065 サラクン4:眼鏡の魔技師
昼過ぎのウルド駐屯地――。
騎士の操る馬に乗って、ひとりの男が駐屯地に到着した。
眼鏡をかけた男はサラクンから派遣されてきた魔技師。
虎の子の魔道具――ヒダント砲の調査にやってきた男だ。
先日モンスターたちが森から街道にあふれた。
本来なら、それをいち早く感知し、迎撃する。
そのはずのヒダント砲はまったく作動しなかった。
その原因究明、そして、必要ならば修理するために派遣されてきたのだ。
魔技師共通の白衣を風になびかせる男は、仕事道具が詰まったカバンを付き従う騎士に任せ、案内されるまでもなく赤い天幕に向かう。
「いやあ、こっちは蒸すねえ」
などと軽口を叩きながら――。
ずり下がった眼鏡を直しながら、男は天幕に入る。
中にはゲララがひとり座ったきり。
その手に握られたマグからは立ち上る湯気とともに、コーヒーの芳しい香りが伝わってくる。
もちろん、部下が育てた豆ではない。
どんな魔法を使っても、たった数時間でコーヒー豆は育たない。
言いつけられた部下が、近隣の街(といっても5キロは離れているが)から徴収してきたものだ。
それをさも当然と飲み下してから、ゲララは顔を上げた。
眼鏡の男と視線が合い、一瞬、顔をしかめた。
だが、すぐに嗜虐に満ちた笑みを浮かべる。
ヒダント砲の件で、この眼鏡をとっちめて憂さ晴らししてやろうと思ったのだ。
騎士の多くと同様に、ゲララも魔道具など信用していなかった。
そして、それを操る魔技師は、それ以上に信用していなかった。
「いやあ、お互い宮仕えは大変だね〜。ゲララくん」
だが、ゲララの思いを知ってか否か、眼鏡は鷹揚な態度で片手を上げる。
その態度にゲララはカチンときた。
ゲララと眼鏡は同じ騎士団所属とはいえ、微妙な関係の立場だ。
ゲララは北方師団、そして、眼鏡は新設されたばかりの魔技師団の所属。
魔技師団は独立した部隊で、他の師団との間に上下関係はない。
なので、眼鏡の態度を咎める筋も権限もないのだが、それでも、20年騎士団で勤め上げてきた自分と、つい最近入ったばかりの眼鏡だ。
それ相応の礼儀は払われるべき。
だが、ゲララの怒りとは裏腹に、眼鏡はまったく気にした様子もない。
つかつかとテーブルに歩み寄り、そこに乗せられていた葡萄に手を伸ばし、そのまま口に放り込む。
「いやあ、僕はマスカットの方が好きなんだよね〜」
聞かれてもいないことを、眼鏡はつらつらと述べる。
ゲララの顔に青筋が浮かんだ。
ゲララは口を開く前に、大きな深呼吸とともに怒りを肚の底に追いやる必要があった。
「無駄話はいいから、さっさと仕事しろ」
「いやあ、そんなに怒らないでよ〜。こっちは残業から解放されて、久しぶりにのんびりできるんだからさ〜」
コイツと話していても、怒りが増すだけだ。
ゲララは部下に「案内しろ」と伝える。
「ちゃんと仕事はしろよ」
「いやあ、大丈夫だよ〜。ちゃんと、葡萄代くらいは働くからさあ」
そう言いながら、眼鏡は葡萄を二粒、三粒と口に放り込んだ――。
次回――『サラクン5:ヒダント砲』




