064 サラクン3:駐屯地
ウルドの森で異変が発生してから二日後の朝――。
指令を受けたゲララは、配下の3小隊18人とともに、森付近にある騎士団駐屯に朝早く到着した。
先遣隊の3小隊と合流し、これで6小隊。
ゲララが指揮できる戦力の過半数がここに揃ったことになる。
この駐屯地はもともと1小隊の滞在を想定されており、狭い小屋がひとつだけ。
急ごしらえの天幕が小屋を取り囲むようにいくつも並んでいた。
緑色の天幕が並ぶ中、ひとつだけ赤い天幕がある。
臨時の司令部となる天幕だ。
ゲララはその中で折りたたみ椅子に座り、仏頂面を隠しもしない。
「クソッ、フェニルの臆病者めっ!」
騎士団トップである団長エドマン・フェニルをこき下ろす。
ゲララは今回の異変は些細なイレギュラーだと思っている。
初日こそ、雑魚モンスターがちょくちょく出てきたが、昨日一日はまったくなにも起こらなかった。
どうせ、このままなにも起こらないうちに収束するだろう。
それなのに、ヤツが臆病風に吹かれたせいで、こんなところですごさなきゃならない。
彼は蒸し暑い天幕に押し込められて怒っていた。
普段であれば空調の効いた部屋でコーヒーを飲みながら、タブレットを眺めている時間だ。
面倒事はすべて部下に任せ、自分は椅子に座ってふんぞり返っていればよかった。
下積みを10年続けた末に手に入れた中隊長という立場。
ゲララはその立場を気に入っていた。
決して手放したくないと思っていた。
実際に陣頭指揮をとるなんて、この地位について10年のうち、二度か三度あったくらい。
厄介な仕事を押し付けやがって、と脳内でフェニルをボコボコにしてウサを晴らす。
「ちっ、たく……」
天幕の中にはゲララ一人。
「必要なとき以外は入ってくるな」と部下には伝えてある。
部下としても、八つ当たりの的にされてはたまらんと、率先して近づこうとする者はいなかった。
ゲララはタブレットを起動する。
勤務中のタブレットの私的使用は軍規で禁じられている。
だが、長年の平和で緩みきった騎士団において、軍規などあってないようなものだった。
まともに守っていたのは、いや、守らされていたのは、ロイズくらいだろう。
「クソッ、魔波弱えな」
魔波は魔力の波だ。
目に見えないが、その波に乗せて様々な情報を伝達できる。
魔波塔が整備されている都市部と違い、ここのような僻地までは魔波は届きづらい。
そのことがまた、ゲララを苛立たせた。
「おいっ、コーヒー持ってこいっ!」
天幕の外に立つ歩哨に向かってゲララは叫ぶ。
呼ばれて入ってた歩哨がうつむきがちに告げる。
「申し訳ありませんが、物資にコーヒーは含まれておりません」
「なんだとッ! コーヒーはないのかッ!」
「残念ながら……」
「ないなら、豆を育てて今すぐ持ってこいッ!」
怒り任せに投げつけた金属マグが歩哨の額を割り、赤い血が流れる。
「はっ。失礼します」
歩哨は反論することもなく、一礼すると天幕を後にした。
「ふんっ」
部下に当たって少しは気が晴れたゲララはタブレットに視線を落とす。
森の中で現在も進行中の異変などまるで知らずに――。
次回――『サラクン4:眼鏡の魔技師』




