050 サラクン2:団長と魔技師
サラクン騎士団長のエドマン・フェニルは執務室で腕組みして、小刻みに膝を揺らしている。
ウルドの森についての報告を北方師団から受け、落ち着けずにいた。
ここ十年以上、サラクン騎士団でイレギュラーな事件は起こらなかった。
それが着任して三ヶ月というこのタイミング。
フェニルは自分の不運を呪っていた。
多少強引な手段で団長になったし、リストラによって騎士たちからも恨みを買われている。
この時期の失態だけは、なにがなんでも避けなければならなかった。
そのせいで、フェニルは必要以上に神経質になっていた。
現れたモンスターは雑魚ばかりで、被害はない。
それでも、漠然とした不安に、心は晴れなかった。
大軍を派遣するべきか?
しかし、現段階でそうすれば、臆病者との謗りは避けられない。
いったい、どうするべきか……。
フェニルの思考はノックの音で中断された。
入ってきたのは白衣をまとった青白く神経質そうな男。
筆頭魔技師であるルチオ・ヒダントだ。
三ヶ月前にフェニルが団長に就任して以来、騎士をリストラし、代わりに魔技師を雇い入れた。
ヒダントはその魔技師たちのトップであり、ロイルにクビを告げた場所にいた男だ。
「お呼びですか、団長殿。実験がいいところだったのですがね……」
「北のウルドの森からモンスターが昨日から何度か街道に出てきた」
「それがなにか?」
ヒダントは鼻を鳴らす。
モンスターの出現など、ヒダントにとっては他人事。
だからどうしたという話だ。
くだらない理由で呼びだされ、実験が中断されたことに苛立ちを隠さない。
「一日たって収まったようだが、ひとつ問題があってな」
「ほう、問題ですか? いったい、私になんの関係が?」
「君のご自慢のヒダント砲はまったく反応を示さなかったようだが?」
エドマンの言葉にヒダントは眉をひそめる。
だが、すぐに勝ち誇ったような笑みを浮かべ、口を開く。
「はっ。どうせ、バテリ切れでしょう。メンテナンスをサボってたんじゃないですか?」
魔道具のエネルギー源であるバテリの定期交換は騎士の仕事だ。
自分の魔道具に絶大な自信を持っているヒダントは故障した可能性など微塵も考えていない。
「これだから、無学な騎士に扱いを任せるのは間違いなんですよ。もっと魔技師を増やさないといけませんな」
ヒダントは騎士を見下していた。
非力で貧弱な彼にとって、大きな身体で威圧する騎士はコンプレックスだった。
そのコンプレックスをバネに勉学に打ち込み、魔技師として名を成したのはいいが、ねじれた性格は治らなかった。
いや、権力を得たばかりに、余計に悪化したとも言える。
騎士たちを顎で使い、自分の力で騎士たちの立場を奪うこと。
なかでも、騎士団イチの巨漢であるロイルにクビを告げたのは、なにものにも代え難い快感であった。
「そうだな。無学な騎士では務まらん。調査のために、魔技師を派遣してもらわないとな」
「魔技師にわざわざ現地まで赴けと?」
ヒダントは小馬鹿にしたように、再度鼻を鳴らす。
「我々にとって時間はなによりも貴重なものなのですよ。突っ立っているのが仕事な騎士とは違うのですよ。調査が必要なら持ち帰らせればいいじゃないですか。力自慢の騎士たちなら余裕でしょうに」
ヒダント砲は重さ100キロを超える。
それを30キロも離れたウルドの森から持ち帰るのに、どれだけの人員が必要か。
もちろん、そのことはヒダントも重々承知している。
その上での言葉だった。
騎士を顎で使える今の立場は、彼のちっぽけなプライドを満足させるに十分であった。
「命令だ。魔技師を一人派遣させろ」
二人の間で視線がぶつかり合う。
フェニルとヒダントは一蓮托生だ。
フェニルが団長に就任できたのは、ヒダントの力があってこそであるし、逆にフェニルなしではヒダントは現在の立場を守れない。
気には食わない命令だが、この程度のことで対立するわけにはいかない。
ここは折れるべきだとヒダントは判断した。
「ふんっ。わかりましたよ。ひとり派遣させますが、その代わり、ちゃんと手当を出してもらいますからね」
それでも、恩着せがましく、相手に譲歩させることは忘れなかった。
「ああ、構わんよ」
フェニルは苦々しく思いながらも、鷹揚に頷く。
いいように言われたのは腹が立つが、自分の懐が痛むわけではない。
結局、フェニルはそれ以上の手を打たなかった。
臆病者と呼ばれることを恐れて。
そして、それが失敗だと気づいたときには、すべてが遅すぎた――。
次回――『トレーニングの日々』
ロイルの話に戻ります。




