039 ゴースト退治(中)
墓地は街外れの寂しい場所にあった。
鉄格子で囲われていて、思っていた以上に広い。
この広さを回らなきゃいけないとなると、けっこう大変だ。
墓地の門の前に立つ。
門の脇には小さな詰め所があり、中には明かりが灯っている。
「依頼人とのやりとりは、ロイルにはまだ大変だよね。私がやるから見ててっ」
「う、ん……あり……が……と」
依頼受注したときのように、また、俺がやらされるのかと心配していたので、ほっとする。
「依頼を受けた冒険者ですけどー」
ディズが詰め所の扉をノックしてしばらくすると、「あーい」という気の抜けた返事とともに中年の男が出てきた。
やせ細っていて陰気。
生気がまったく感じられない男だった。
男はディズが渡した依頼票を受け取ると、ぶっきらぼうに言い放つ。
「ここ数日はおとなしいけど、そろそろ出る頃だ。ちゃんとやってくれよ」
門の鍵を渡すと、俺たちの返事も待たずに、男は詰め所に戻っていった。
「…………」
「まあ、こんなもんね。ビックリした?」
「う、ん」
「墓守はね、世襲制なの。あの男も墓守一族のひとりよ」
墓守の仕事なんて、普通はやりたがらないだろう。
誰もが嫌がる仕事を引き受ける立派な人だと思い込んでいただけに、男の態度には失望したところだった。
だけど……男もやりたくてやってるわけじゃないんだ。
生まれたときから、人生が決まっている。
その人生は……。
15年間、門番をやっていた俺は共感できる部分もあった。
毎日毎日、変わりばえのない仕事。
変化もなく、自分が役に立っているかどうかも感じられない。
――灰色の日々だ。
俺はまだ、辞めるという選択肢があった。
だけど、墓守は自分で辞めることも、誰かに辞めろと言われることもない。
逃げ道が一切ないんだ。
「人からは忌み嫌われる仕事だけど、その分、収入はいいし、仕事にあぶれることもない。基本的に安定した職なのよ。ただ――」
ディズの物言いに俺は息を呑む。
「――彼らは大きな責任を負っているの」
ディズの瞳はどこか悲しげだ。
聖女という役割も、世の平安を保つ責があると聞いた。
墓守のことを儚んでいるのか、それ以上なのか……。
「もし、墓場の悪霊が災害をもたらしたら、彼らは命で償わなければならない」
「なっ……」
その重さに絶句する。
「本来なら、大変な仕事よ。でも、ここは最上の部類ね」
「そ、う……なの?」
どういう意味だろうか?
「死者は現世への未練から悪霊になる。戦場近くの墓地なんか酷いものよ。ひとときも気が抜けないほど、過酷な場所なの。でも、この街は平和そのもの。きっと何十年もなにも起こっていないんでしょうね」
ここメルキの街はずっと平和だ。
戦争もないし、冒険者が多いので、町民がモンスターに殺されることも少ない。
ただ、その分、他の街に比べ、冒険者が多く命を散らしている。
彼らの未練はどうなるのか……。
「冒険者のことが気になるの?」
「う、ん」
「冒険者は普通の人より覚悟が決まっているわ。今日死ぬかもしれない。みんな、その現実を受け入れて生きているのよ」
ディズの視線が俺の瞳を射抜く。
あなたにその覚悟はあるの、と。
「それに冒険者の死に場所のほとんどはダンジョンよ。ダンジョンで死ぬとダンジョンに吸収されて、死体も魂も残らないわ。未練を抱くことすら許されないの」
自分が死んで、ダンジョンに取り込まれることを想像する。
俺にそれだけの覚悟はあるんだろうか……。
「まあ、そんなわけで、ここの墓地は平和そのものよ。墓守が自分の仕事を冒険者に丸投げしても平気なくらいにね」
「それ…………あり……なの?」
自分の仕事を他人に放り投げる。
報酬を払っているとはいえ、許されるのだろうか?
「ええ。これは領主の伯爵も認めていることよ。冒険者支援の一環ね」
「……どう、……いう……こと?」
「新人冒険者は食べていくのもギリギリなのよ」
ギルドでみた様々な依頼票。
FランクやEランク向けはどれも安い報酬。
新人冒険者が依頼をこなすだけで食べていくのは厳しいだろうと俺も思っていた。
「今回みたいに人が嫌がるけど安全で簡単な仕事を依頼というかたちで若手冒険者に回しているの。ドブさらいとか、死体処理とかね」
よく考えられている。
俺にはそんな発想はなかった。
「墓守は安い費用で仕事を肩代わりしてもらえる。冒険者は安全にお金を稼げる。領主にとっては、冒険者が増える。みんなが得するのよ」
「う……ん」
「まあ、それでもゴースト退治は不人気ナンバーワンなのよっ。おかげで私たちに回ってきたんだから、感謝しないとねっ」
「そう……だ……ね」
「じゃあ、さっさと終わらせちゃいましょっ」
「う、ん!」
門の鍵を開け、俺たちは墓場に足を踏み入れる。
次回――『ゴースト退治(下)』




