035 初依頼
「これなんかいいんじゃない?」
ディズが一枚の依頼票を指し示した。
そこに書かれていたのは――。
「ゴースト……退治……?」
「これなら、ロイルも活躍できるでしょ?」
依頼内容は街外れにある墓地のゴースト退治だった。
一晩、墓地に留まって、現れたゴーストを倒す仕事だ。
俺の魔法で悪霊を成仏させられることは、先日拠点を確保した際に実証済み。
たしかにこれなら、俺でも役に立てる。
「2万ゴルッ!」
高い報酬に驚く。
他のEランク向け依頼が数千ゴル程度なのに比べたら、一晩でこの値段は破格だ。
「ああ、それは理由があるんだ。なんでEランク向けなのかもね」
「なん、で……わかる? 聖女……だった、から?」
「うんっ。これでも一応は元聖女だからねっ。お化けに関して詳しいんだ。まあ、除霊はできないんだけどね……」
自嘲気味にディズがこぼす。
そんなのぜんぜん問題ないよ。
俺に比べたらディズはなんでもできる。
ひとつくらい欠点があったって、ディズの魅力は損なわれないよ。
――そう伝えたいのだけど、口が動かず「うっ……」としか言えなかった。
だけど、ディズは俺の目を見つめ「ありがとね」と笑顔で応えてくれた。
言葉にしなくても俺の思いは伝わったようだ。
「報酬が高い理由は後でね。それより、ロイルはどうしたいの? 報酬のことは気にしないで、ロイルがやってみたいかどうか、それが大事だよっ。どうするっ?」
「依頼……うけ、る」
「うんっ! ロイルの活躍、楽しみにしてるっ」
ディズが依頼票を掲示板から剥がし、俺に手渡す。
「……えっ…………?」
戸惑う俺に対して――。
「ほらっ、練習だよ」
「うっ……う、ん」
どうやら、俺が依頼受注をしなきゃいけないようだ。
いつまでもディズに甘えてばかりじゃダメだ。
ちょっとあり得ないほどの緊張で、変な汗が流れまくってるけど、ここは頑張ってみよう。
震える足取りでゆっくりとカウンターに向かう。
たった数メートルの距離が果てしなく遠い。
ぎこちない足を必死に持ち上げながら、頭の中でシミュレーションを繰り返す。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
依頼票を見せて、「この依頼を受けたい」と言うだけだ。
なにも難しいことはない。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
長い道のりを乗り越え、モカさんの前に立つ。
見上げるモカさんと目が合ったその瞬間。
緊張のあまり頭が真っ白になり、固まってしまう。
「ロイルさん、どうしましたか?」
「あっ、…………あの」
ダメだ、口が動かない。
モカさんがにっこりと営業スマイルを向けてくるが、俺の中で気まずさがはち切れそうだ。
俺が固まっていると、モカさんはチラリと視線を俺の手に向け、俺の意図を察してくれた。
「ああ、依頼受注ですか?」
「うっ……う、ん」
固まっている手をギギギと前に出し、依頼票を手渡す。
「冒険者タグもお願いします」
「あっ…………あ、あ」
すっかり忘れていた。
依頼を受けるときは冒険者タグも渡す決まりだった。
慌てて取り出したそれをモカさんに手渡す。
そのときモカさんの手のひらに指が少し触れてしまい、その柔らかさにドキッとする。
そんな俺には構いもせず、モカさんは淡々と作業を進めていく。
「はい。手続き完了しました。頑張ってくださいねっ」
冒険者タグとハンコが押された依頼票を受け取る。
その際向けられた笑顔に顔が赤くなる。
営業スマイルだとわかっていても、胸がざわつく。
「あり……が……と」
俺のつたない返事にモカさんがクスッと笑う。
気恥ずかしさでいっぱいになりながら、俺はモカさんに背を向けた。
あ〜、やっちゃった〜。
絶対に変に思われてるよ……。
沈んだままの気持ちでディズのもとへ戻る。
「……どう、だっ……た?」
「うん。よくやったわよっ。初めてにしては上出来ねっ」
ディズが笑顔で褒めてくれる。
作りものではない本物の笑顔だってわかった。
「でも、私のときとは違う反応ねっ。ちょっと嫉妬しちゃうなあ。ロイルはモカさんみたいな女性がタイプなのかな?」
「ちっ、……ちがっ」
「あははっ、冗談よっ」
コロコロと笑うディズ。
別にモカさんがタイプというわけではない。
ただ、あまりにも女性に免疫がなさすぎるだけだ。
でも……。
たしかに、ディズと接するときとは違うと俺も思った。
出会った当初こそ、会話するのに緊張したけど、今は普通に話せている。
出会ってから少ししかたっていないのに、ディズと話しているとなぜか落ち着くんだ。
まだ上手くしゃべることはできないが、彼女との会話は楽しい。
このままずっと一緒にいたいと思えるくらいに……。
次回――『魔力測定(上)』




