031 始まりのダンジョン(上)
「最初の部屋だよっ。どんなモンスターが出るかな〜?」
ディズは俺の期待を煽るようなことを言う。
タブレットで確認すればすぐにわかるが、俺は地図も含めてできるだけ見ないようにしている。
ネタバレなしの方がワクワクするからね。
同じ理由で【世界を覆う見えざる手】による探知もナシだ。
それにしても、ダンジョンか……。
冒険譚だと――。
――本来出ないはずの強敵モンスターが現れて、主人公が無双したり。
――ヒロインと出会って、一緒にパーティーを組んだり。
――伝説の武器の封印を解いたら、その武器がしゃべり出したり。
いろいろと胸が踊る事件が起こるものだ。
一方、胸糞な展開もある。
――仲間からモンスターの囮にされたり(逃げられないように脚を斬られるオマケ付き)。
――奈落の底に叩き落とされたり。
――でも、そのおかげで隠されていた能力に覚醒したり。
まあ、その後で裏切った元仲間たちが冒険者ギルドに泣きながら俺の死を告げる場面に颯爽と登場して、嘘を暴かれた元仲間たちがギルドを追放されたり、犯罪奴隷になったり、逆ギレして主人公にボコボコにされたり、とカタルシスを与えてくれるからスッキリするんだけどね。
ともあれ、ディズがそんな非道なことはしないとわかっているから、最初から心配はしていない。
起こるとしたらラッキーイベントに決まっている。
さあ、なにが起こるかな?
ワクワクしながら部屋に入ると、そこにいたのは――。
「すら、いむ?」
「うんっ。最弱モンスターのスライムだよっ」
ひと抱えほどの大きさの粘っこい青い塊が3つ。
スライムだ。
突然変異した強いモンスターでも、封印されていた魔神でもない。
なんの変哲もないスライムだった。
ちょっと硬い水風船みたいなもので、ナイフさえあれば子どもでも倒せる最弱モンスター。
俺が読んできた冒険譚でも最初の戦闘シーンに登場する定番だ。
初戦闘といえばスライムかゴブリンに決まっている。
初めてダンジョンに入り、初めてのモンスターとの遭遇。
自分が物語の主人公になった気分だ。
気持ちが高揚し、胸はいつもより早く打っている。
そんな俺の気持ちを知っているのかどうか、3体のスライムがぴょんぴょんと元気に飛び跳ねている。
「じゃあ、私が先に2体倒しちゃうよっ」
ディズはなんの気負いもない様子で、スライムのいる方へ歩いて行く。
それに反応した3体のスライムがディズに向かって飛びかかる。
ディズは両手を胸の前に構えて――。
「えいっ、やっ!」
――パンッ。パンッ。
「……えっ…………?」
2体のスライムが破裂した。
ディズが殴り殺したのか?
速すぎてなにも見えなかった……。
戸惑う俺をよそに、最後の1体をひらりと躱したディズは――。
「そいつは任せたっ」
「うっ……う、ん。あり……が……と」
俺に譲ってくれたようだ。
スライムは標的を俺に変更して、こっちに飛んで来る。
俺も慌てて体勢を整える。
それほど速い動きではないので、狙うのは簡単だ。
俺の攻撃手段はひとつしかない。
相手は最弱モンスター。
出力を最小限に絞って――。
『――【すべてを穿つ】』
――ドゴオオオオォォォン。
「……あっ…………」
俺が放った魔力弾はスライムを貫いた。
そして、それだけではなく――その後ろにあった壁に大きな穴を作り出した。
「うわあ、これまた見事ね〜」
壁の穴は直径2メートル。
10メートルほど先の隣の部屋まで貫通していた。
ディズの表情から、やらかしてしまったことを悟る。
「ダンジョンの壁はちょっとやそこらじゃ傷つかないんだけどね……」
「まず、…………かった……?」
「まあ、しばらくすれば元に戻るから大丈夫よ」
「そ、う……なの?」
「あら、知らなかった?」
「う、ん」
俺の知識は冒険譚から仕入れたもの。
つまり、作り話だ。
ディズと冒険者活動を始めてから、作り話と実際の違いに戸惑うばかり。
ダンジョンの壁に関しても同じだった。
こんなに簡単に壊れるとは思っていなかった。
「その顔だと、今のより弱くできないんだよね?」
「う、ん」
ディズも俺が目一杯手加減したことを察してくれている。
よく考えてみれば、今まで離れた場所にいるモンスターしか標的にしてこなかった。
それに、できるだけ木々を傷つけたり、人間を巻き込んだりしないように、山なりの軌道でしか打ったことがない。
こんな至近距離で水平に打ったのは初めてだった。
近距離での【すべてを穿つ】がこれだけの威力を持っているとは知らなかった。
「う〜ん。困ったなあ」
「そ、う?」
「いくら時間がたてば直るとはいえ、ポコポコ穴を開けていたら大騒ぎになっちゃうよ」
「……う、ん」
「とりあえず、手加減できるようになるまで今のは封印ね」
「…………う、ん」
「焦らなくていいよっ。きっとロイルならすぐにできるようになるからっ。それより、ほらっ、これ見てっ」
次回――『始まりのダンジョン(中)』




