025 スタンピード後(上)
ディズと二人でギルドに戻る。
相変わらず、ギルド内は騒然としていた。
「ねえ、ギルドに報告する?」
「いや……やめ、とく」
「あら、どうして? 大手柄よ。冒険者ランクも上がるわ。Fから一気にCかBまで上がるかもしれないわ」
「どうせ……信じ、て……もら……えない」
門番時代もウルドの森に現れたモンスターを【すべてを穿つ】退治してきた。
今回ほどの量ではないが、オークが大量発生したことも何度かあった。
一度それを上官ゲララに報告したことがあったが、頭ごなしに否定され、「ホラ吹くな」とぶん殴られた。
それ以来、俺はモンスターを倒しても、一切、報告しないことにしたのだ。
今回も同じことだろう。
【すべてを穿つ】は目に見えない。
俺がやったと証明できないのだ。
「そう。ロイルがそれでいいなら、そうしましょ」
「う、ん……」
「それより、話があるわ。あっちに移動しよっ」
ディズはギルド併設の酒場に向かい、人気がない隅っこの席に腰を下ろした。
俺も、ディズの向かいの椅子に座る。
騒がしい喧騒もここまでは届かず、普通に会話するのに支障がなかった。
「ねえ、ロイル。アンタ、自分のやらかしたことの意味、分かってる?」
「えーと……」
いつになく真剣な面持ちのディズ。
言ってみたかったセリフランキング第1位「俺なんかやっちゃいました?」が口をつきかけるが、なんとか思いとどまる。
コミュ障の俺でも、言ってはならない状況だと察せられた。
このセリフが許されるは鈍感マウンティング系主人公だけで、それを「さすがです〜」と持ち上げてくれるヒロインたちがいる場合だけだ。
「この前、森でフローラを襲ったハイオークを倒したときのこと覚えているわよね」
「う、ん」
「あのとき、ロイルは500メートル離れたところから、ハイオーク3体を一撃で葬った」
「う、ん」
「それはまだ分かるわ。凄腕の魔法使いだったら、できないこともないわ」
「う、ん」
「でも、今回は話が別よ。スタンピードを一瞬で全滅させるなんて、宮廷魔術師でもなきゃできないことよ」
「そう……な、の?」
ディズが大きく溜め息をつく。
「ロイルは当たり前に思っているようだけど、アンタの魔法はどれも規格外よ。Aランク、いや、Sランク並みよ」
「そう……な、の?」
「ええ。そこでアンタに訊きたいことがあるの」
「な、に?」
ディズが寂しそうな顔をする。
「私も腕には自信があるけど……。残念ながら、アンタに並んで立てるほどの実力はないわ」
「そん、な……こと……ない……ディズ……パ、ンチ…………すご、かった」
昨日、ミゲルとの模擬戦後、ディズからもらった腹パンは凄い衝撃だった。
あれだけの攻撃ができるディズが弱いわけない。
「ううん。それでも、アンタはもっと強いパーティーに入るべきよ。アンタと一緒に戦えるトップランクパーティーにね」
「…………」
「短い間だったけど、アンタと過ごした時間はとっても楽しかったわ。でも、ここでお別れ。それがロイルのためよ。ロイルには大きな借りがあるわ。それには足りないかもしれないけど、伯爵からもらった資金の残りはロイルが受け取って」
ディズはマジック・バッグから取り出した、金貨が詰まった小袋を俺の前に差し出す。
「いやだっ!」
考えるより先に口が動いた。
大きな声が出た。
自分でも驚いた。
気がつく前に、小袋をディズの前に押し返していた。
袋の中の金貨がじゃらりと立てた音で、俺はようやく考えられるようになった。
なぜ咄嗟に反応したのか?
自分の気持ちを考える。
彼女の言ってる意味は理解した。
でも、俺は別に実力でパーティーを選びたいわけではない。
冒険者の中には、高みを目指す者もいる。
より強い仲間と組み、より強いモンスターと戦う。
そうやって名を上げることを再優先する。
それもひとつの生き方だ。
だけど、俺が憧れた英雄の生き方ではない。
英雄は評価を目的にしない。
自分の生き方を貫いた結果として、後から評価がついてくるのだ。
自分に恥じない生き方――それこそが英雄の生き方だっ!
俺は誰かに評価されたいわけじゃない。
まったく評価されない門番生活のせいで、他人に認められたいという気持ちは擦り切れてしまった。
今の俺はまだ、英雄ではない。
貫き通すべき確固たる信念なんか持っていない。
冒険者生活を始めたばかり。
右も左もわからない状態。
偉そうに生き方を語る以前の段階だ。
今はまだ、毎日楽しく冒険者生活を送れればそれで満足だ。
大切ななにかは、そのうち見つかるのだろう。
そのためには、俺を理解してくれる仲間が必要。
もう、一人ぼっちは嫌なんだ。
そして、ディズほど望ましい相手はいない。
彼女が言う通り、短い付き合いだ。
だけど――ディズほど俺のことを理解してくれる人と今後出会えるとは思えない。
ディズは俺の足りない言葉の意味を汲みとってくれる。
ディズは非常識な俺でも認めてくれる。
ディズは俺に欠けている部分を補ってくれる。
そして、ディズは――俺の隣で笑ってくれる。
ディズの言葉が頭の中でグルグルと回る。
ディズとここでお別れ……。
ディズなしの冒険者生活なんて考えられないっ!
俺はもう一度繰り返す。
さっきより大きな声で。
「いやだっ!」
俺の叫び声にディズが目を見開く。
「おれは……ディズと……いっしょに……いた、い。…………ディズと……いる、と……とっても…………たのしい。……つよ、い……なかま…………いらない。…………たのしい……なかま…………いい。ディズ、が……いい。ずっと……いっ、しょ…………いたい」
つっかえつっかえだったけど、俺は自分の気持ちを言葉にした。
言葉にしないと伝わらないから。
つたないのは自分でも知っている。
それでも分かって欲しくて、一生懸命、伝えた。
「そう……」
ディズが目を伏せる。
葛藤と向き合っているように見えた。
気持ちが萎みかけたが、次の瞬間、ディズは満面に笑顔を浮かべる。
「そう。じゃあ、これからも一緒ねっ! よろしくっ!」
「よろ、しく!」
ディズと冒険を続けられることに――ほっと息を吐く。
「じゃあ、これからはビシバシいくからねっ!」
「びし、ばし?」
「ええ。ロイルには2つ欠けているものがあるわ」
「な、に?」
俺に欠けている2つのもの。
それはいったいなんだろうか。
なんとなく、想像はつくが……。
次回――『スタンピード後(下)』
あらすじでネタバレしている件。




