021 冒険者の洗礼(下)
ふぅ。
無事に勝ててよかった。
ギャラリーには、俺の完勝に見えただろう。
だが、俺は久々の対人戦ということで、ずっとハラハラしていた。
騎士団に入りたての頃に何度か模擬戦をやらされたが、あまりの俺の不甲斐なさに、上層部はすぐに見切りをつけたのだ。
それ以来、模擬戦はやっていない。
約15年ぶりの戦いだった。
それでも、俺が勝てたのは【絶対不可侵隔絶空間】のおかげだ。
門番時代だけでなく、今度も俺を救ってくれた。
立っているだけの門番。
モンスターの襲撃は皆無。
それでも、日々、強敵との戦いが待ち受けていた。
門番にとっての一番の大敵。
それは――――ヤブ蚊だ。
普通の人にとっては、なんてことのないヤブ蚊。
うっとおしいけど、手のひらパチンで倒せる相手。
しかし、身動きのとれない門番にとって、その脅威は計り知れない。
加えて、俺の装備はフルプレートアーマー。
一度中に入られたら最後。
後はヤブ蚊のやりたい放題。
思うがまま、一方的に蹂躙されるのだ。
その上、どんなに痒くても、俺は動けない。動いてはならない。
歯を食いしばって、長時間痒みに耐えなければならないのだ。
俺にとっては、どんなモンスターよりも、はるかに恐ろしい相手だった。
ヤブ蚊対策のために開発したのが【絶対不可侵隔絶空間】。
どんな相手の侵入も防ぐ魔法の障壁だ。
この魔法のおかげで、俺はヤブ蚊に怯えなくてすむようになった。
おまけに副次効果で、暑さや寒さも緩和できる優れもの。
【絶対不可侵隔絶空間】によって、俺の門番生活は格段に快適になり、妄想に集中できるようになった。
ほとんどすべてのものを防ぐ魔法障壁。
しかし、すべてを防げるわけではない。
俺を見て怯える子どもの視線。
北門で働く人たちの冷たい視線。
騎士団員からの侮蔑の視線。
視線だけは魔法障壁をすり抜け、俺のメンタルをゴリゴリと削った。
そんな過去を回想していると――。
「ロイル、やったね!」
駆けてきたディズに抱きつかれる。
我がことのように喜んでいる。
浮かれて騒ぐディズとは対照的に、ギャラリーたちはしーんと静まり返っている。
そんな中、立ち上がったミゲルが声をかけてくる。
「ロイル。強えな、おい」
晴れやかな笑顔だった。
変に逆恨みしたりせず、素直に俺を褒めてくれた。
「なあ、お嬢ちゃん」
「ディズよ」
「ああ、すまん。ディズ、お前さんは貴族か?」
「あら、そう見える? でも、残念。私は深窓のご令嬢でもないし、冷やかしでもないわ」
ディズは不敵な笑みをミゲルに向ける。
「ねえ、ロイル、さっき魔法使ったでしょ? それをもう一回発動させて」
「あっ…………あ、あ」
誰にもバレていないと思っていたのだが、ディズにはお見通しだったようだ。
言われたように【絶対不可侵隔絶空間】を発動させる。
それを確認したディズは俺の真正面に立った。
「じゃあ、いくねっ!」
なにが来るのかわからなかったが、念の為に気を引き締めておく。
大きく息を吸い込み、ディズは半身を引き絞る。
そして、腰を落として重心を下げ、後ろに引いた右腕に力を込めていく。
それをみて俺は悟る。
――あっ、これ、アカンやつだ。
身の危険を感じた俺は全身を覆う膜に魔力を流し込んで強化する。
なんとかギリギリのところで――。
『――【爆裂拳打】』
ディズは叫びとともに、俺の胴体に向かってガントレットを装備した右拳で――殴りつける。
――ズドオオオオオォォォン。
どデカい音と振動が広場に伝わる。
そして、それだけではなかった。
――あぶねっ。ギリギリで間に合ってよかった。
俺も鎧もダメージはゼロ。
衝撃はすべて【絶対不可侵隔絶空間】が受けてくれた。
それでも――俺は半歩後ろに下がっていた。
ミゲルの突進を受けても動かなかった俺の巨体が、ディズの一撃で半歩下がった。
ディズは大きく息を吐くと、満足そうにミゲルの方に振り返る。
「どう? 認めてもらえたかしら?」
「あっ、ああ……こんなの見せつけられちゃあ、言う言葉がねえよ」
ミゲルは引きつった表情で驚いているが、俺もそれ以上に驚いていた。
ディズは腕っ節に自信があると言っていた。
だけど、ここまでとは思っていなかった。
その強さに鳥肌が立った。
そして、次の瞬間――。
わああああ、と歓声が上がる。
その次には、俺とディズは先輩冒険者たちに揉みくちゃにされていた。
「期待の大物ルーキー二人に祝杯だッ!」
そのままギルド酒場に連行され、歓迎会の名のもと、ひたすら酒を飲まされた。
どうやら、俺もディズも彼らの仲間入りを許されたようだ。
俺は相変わらず、まともにしゃべれなかったが、ディズは持ち前のコミュ力で先輩方と打ち解けていた。
上手く輪には入れなかったけど、楽しい時間だった。
騎士団時代は同期が盛り上がっていても、俺は輪の外でポツンと疎外感を感じるばかりだった。
だけど、冒険者たちは俺を仲間と認めてくれた。
同僚騎士からは「ちゃんとしゃべれよ」とバカにされたが、ここではそんな事も言われなかった。
俺が上手く話せず申し訳なく思っていると、「いろんなヤツがいるから気にすることないよ」と笑って受け入れてくれた。
俺は、冒険者になって良かったと、心の底から思えた。
ミゲルからは今回のイベントについても教わった。
新人冒険者というのは跳ねっ返りで向こう見ずだ。
そして、その多くが井の中の蛙だ。
そのままでは、無謀なことをして取り返しのつかないミスを犯しかねない。
それを防ぐため、一度鼻っ柱を折っておく。
それがこの街の冒険者ギルドに伝わる慣習らしい。
中級以上の冒険者が回り持ちで担当するらしく、ミゲルは不幸なことに、今日の担当だったそうだ。
「まあ、お前さんたちには余計なお世話だったがな」
ミゲルが頬をかきながらボヤいていた。
でも、俺はそうは思わない。
あの模擬戦があったからこそ、俺たちはみんなに受け入れられたのだ。
その切欠をつくってくれたミゲルには感謝の気持ちしかない。
それからもいろんな冒険者に声をかけられ、戸惑いながらも応対して、なんとか打ち解けて――幸せな時間が流れていった。
そんなこんなで、結局、宴会が終わって解放されたのは、だいぶ夜も更けてからだった。
今日もダンジョンに行けなかったな……。
第1章「旅立ち」完結です。
次話から第2章「冒険者生活」始まります。
次章こそ、ロイルはダンジョンに潜れる……はず?
次回――『スタンピード(上)』
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