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147 ファンレター

 夜も深まり、街の灯りはほとんど消えていた。

 暗さと静けさの中、どこからか漏れる酔客の声が徐々に遠のいていく。

 道端で横になり夢の世界に旅立った者を避けつつ、俺は拠点に戻る。


 冷たい風で薄まったほろ酔い気分は、拠点に戻るとどっかに飛んでいった。

 窓の向こうは暗かった。まるで、拒絶されるかのように暗かった。


 まだ眠る時間じゃないはずだけど……。

 あれこれ考えながら、ドアを開く。

 家の中は静かだ。二人ともまだ帰宅していない。


 家に一歩足を踏み入れると、魔道具が俺を感知して明かりを灯す。

 明かりの白々しさと突き放す様な寂しさに、俺はポツンと立ち尽くす。


 よく考えれば、この街に来てから初めてだ。

 拠点に帰れば誰かがいる――それが普通だと、いつの間にか感じるようになっていた。


 ――当たり前の幸せは、失われて初めて気がつく。


 どこかの本で読んだ言葉を思い出す。

 それとともに、ディズとサンディがいかにかけがえのない存在かということも……。


 リビングに向かうと、玄関と同じように無機的な白い光が俺を出迎える。

 隅々まで照らし尽くす光が、広々とした部屋と大きな円卓を浮かび上がらせ――もの悲しさをひしひしと突きつけてくる。いやでも突きつけられる。


 俺は円卓につく。

 いつもの定位置だ。

 だが今は、右を見ても左を見ても、誰もいない。声も聞こえない。


 酒で焼けた喉によく冷えた果実水を流し込む。

 喉を鳴らす音はやけに大きく、冷え切った味しかしなかった。


 冷えた頭がようやく働き出す。


 そういえば、今日助けたパーティーと一緒に飲みに行くって言ってたな。

 俺抜きで盛り上がっているんだろうか?

 誘ってくれれば良いのに……。


 そんなネガティブな感情がムクリと顔をのぞかせ――いやいや、とかぶりを振ってその感情を押し殺す。


 そこまで二人に甘えるのはダメだ。

 気持ちを切り替え、二人と出会ってからこれまでのことを思い出す。


 いろんな事があった。

 いろんな思いをした。

 楽しい思い出ばかり。


 ああ、俺は幸せなんだ――。


 しばらく心地よい追憶に浸っていると、ガチャリという音が遠くから聞こえ、記憶の底から意識が浮かび上がる。

 玄関ドアが開いた音だと気づくまで、しばらく時間がかかった。


「ただいま」

「ただいまですっ!」

「おっ、おかえり」

「起きててくれたんだ」

「うん。待ってた」

「先に寝ても良かったんですよ」

「盛り上がった?」

「えっ、ええ、盛り上がりましたよ」


 サンディが目をそらし、早口で答える。

 なにかを隠しているような態度に違和感を覚える。

 問い正したくなるが、ディズが先に話を振ってきた。


「ロイルはどうだったの? ギルマスのとこでやらかしたんだって?」

「うん」

「サンディから少し聞いたけど、今度詳しく教えてね」

「うん」

「さて、今日はもう遅いから寝ましょ」

「そうですね。師匠、お休みなさい!」

「うっ、うん……」


 はぐらかされた様な気がするが、ディズの勢いに押されて頷いてしまった。

 二人と別れ、自室に戻る。


「ふぅ……」


 モヤモヤした気持ちでベッドに腰を下ろす。

 いや、二人にはなにか考えがあるんだろう。

 二人が俺に悪いなにかをするとは思えない。


 頭ではそう分かっていても、いつもだったら、悶々とした思いでなかなか寝つけないだろう。

 だが、今日は違う――そう自分に言い聞かせ、前向きな気持ちになる。


 ――そう。俺にはとっておきの楽しみがあるのだ。


 普段だったら、『冒険者入門』か『モテるための会話術』でお勉強して、それから、お気に入りの物語を読んで眠りにつく。

 だが、今晩はそれどころではない。


 ワクワクしながら、マジック・バッグに仕舞っていた大切なものを取り出す。

 宝物のような――いや、俺にとっては本当に宝物だ。


 昼間もらった2通のファンレター。

 初めてのファンレター。

 女の子らしい、ピンク色の可愛らしい封筒だ。

 ハートマークのシールで封がされている。


 もう、この時点で心臓がバクバク言っている。

 震える手で、破らないようにゆっくりと封を開ける。


 手紙を開くと、花の香りと一緒に綺麗な字で書かれた文章が視界に飛び込んできて、頭がクラクラする。

 俺はゆっくりと、ゆっくりと読んでいく。


 頬がニヤける。ヨダレがこぼれそうになる。

 胸の奥がじんわりと温かく、鼓動が早くなる。


 2通とも、便せん一枚に収まっていた。

 短くなく、長くもない。

 それを何度も何度も、行ったり来たり、読み直す。


「ふぅ」


 どれだけ時間がかかっただろうか。

 便せんは俺の汗でしっとりと湿っている。


 熱のこもった吐息を出しても、身体の熱は下がらない。

 早鐘を打つ心臓も、いまだ休もうとはしない。

 未知の体験の余韻を、どこまでも引き延ばしたかった。


 ディズは仲間として認めてくれる。

 サンディは師匠と仰いでくれる。

 他の冒険者たちも受け入れてくれる。


 だが、それとはまったく別種の好意。

 生まれてから初めて受け取ったもの。


 きっと、普通の人なら、もっと若く青いときに体感するのだろう。

 だいぶ、遠回りしてしまったが、ようやく俺の元にもやってきた。


 ――門番を辞めてよかった。


 ようやく、神様が俺の頑張りを認めてくれたのだろう。

 もっと早く認めろよ――その思いもあるが、今は、どうでもいい。


 2通の手紙を丁寧にマジック・バッグに仕舞う。

 ベッドに倒れ込む。

 意識を手放すまでには、だいぶ時間がかかった気がした。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 ――翌日。


 今日は休日だ。

 とくに約束はしてないけど、ディズとサンディと過ごそう――そう思っていたのだが。


「行ってきまーす」

「師匠、行ってきますね」

「えっ!? どこ!?」

「ふふっ」

「ナイショです」

「う、うん……いって、らっしゃい」


 出かける二人を見送り、俺はまたポツンと玄関に立ち尽くす……。


 なんかそっけないし、俺抜きの二人だけで過ごすことが多い。

 しかも、理由を聞いても、今みたいにはぐらかされるばかり。


「うーん……」


 嫌われている――ってことはないと思うけど……。


 まあ、これ以上考えてもしょうがない。

 せっかくの休みだ。

 一人で楽しく過ごそう!


 俺は今日一日の計画を立てる。

 まずはファンレターへの返事。


 昨日の彼女たちが渡してきたときのことを思い出す。

 恥ずかしながらも、勇気を振り絞って、思いを伝えてくれた。


 もし、自分が彼女たちの立場で返事がもらえなかったら――。


 うん。へこむ。

 もしかして、読まずに捨てられたんじゃないか。

 ビリビリに破かれ、ゴミ箱にポイされたんじゃないか。

 仲間内で読み回されて、「キモい」と嘲笑されたんじゃないか。


 ……どんどんと最悪のシナリオが思い浮かぶ。

 いかに、俺が人間不信な人生を送ってきたか分かるだろう。


 だから、返事を書こう。

 たっぷりと時間をかけて。

 口じゃ上手く伝えられなくても、文章なら俺にもできる。

 誠意を込めた返事を書き上げよう。


 そして、返事が書き終わったら――実験だ!


 昨日、ギルマス部屋で魔銃を暴発させた。

 それは魔道具の仕組みが理解できたからだ。

 俺なら、魔銃をカスタマイズして、実用的な武器にできる。

 それだけじゃない、他の魔道具もいろいろ改造できる。


 よし、今日も一日、めいっぱい楽しむぞ!


次回――『ロイルの身体の謎』

3月1日更新です。


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