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138 オババの店(上)

「サンディ、あんた騙されてるよ。その男を連れて帰りな」


 老婆は冷たい声で告げると、フンと息を吐き、俺から視線を外した。


「オババさん、師匠は――」

「魔力回復ポーションを買いに来たんじゃろ?」


 サンディの言葉を老婆がさえぎる。


「何本じゃ? 買ったら、とっととお帰り」

「……百本……下さい」

「へえ、いつもよりだいぶ多いじゃないか」


 なにやら含みのある声だ。


「まあよい。ほら、コイツじゃ」


 老婆は後ろの棚から取り出した、小さなマジックバッグを手渡す。

 サンディは受け取ったバッグからポーションを自分のマジックバッグに移し、空のバッグを返却する。

 そして、差し出されたしわくちゃの手に――。


「お代です」


 老婆はその金をしまうと、用は済んだとばかり、なにやら作業を始めた。


「オババさん」


 サンディが呼びかけても、返事はない。

 再度、強く呼びかける。


「オババさんっ!」


 それでも老婆は顔を上げない。

 らちが明かないと判断したのだろう、サンディは一方的に老婆に話しかける。


「どうしてですか? 師匠は凄いんですっ!」


 俺のことを説明しようと、一生懸命になってくれる。


「今はちょっと事情があって、魔力が少なくなってますが、私や大賢者様なんかよりも、偉大な魔法使いなんですっ!」


 俺のために必死になってくれるサンディ。


「分かりました。じゃあ、これを見てください」


 深呼吸して、手のひらを前に出す。

 サンディは全力を出すつもりだ。

 室内の空気がぴりりと引き締まり、老婆の眉がわずかに上がった。


「…………っ」


 手のひらに魔力が集まり、球形になる。

 魔力が手のひらの上で転がり、凝縮される。


 ――これが、魔力こねこねだ。


 老婆は顔を上げ、信じられないと目を大きく見開く。


「サンディ、それは……」


 驚愕する老婆に満足した顔で、こねこねを終わらせる。


「師匠から教わりました。これが――魔力こねこねですっ!」

「…………こねこね?」

「これ以外にも、多くを教わりました」

「なんだって?」

「これでも、師匠が信じられませんか?」


 老婆は「ふぅ」と大きく息を吐く。


「やれやれ、年寄りを驚かせるんじゃないよ」


 サンディは得意気な顔を見せつける。


「まったく、この年になって、魔法への考え方を改めなきゃいけないとはねえ……」


 今までは完全に無視していた老婆が、ようやく俺を見てくれた。


「失礼したね。わたしゃ、この街で長らく魔具師をしてる者だよ。サンディみたいに、オババって気軽に呼んでおくれ」


 オババはくしゃりと破顔する。

 偏屈な老婆から、親しみ深いおばあさんに変身。

 見事な手のひら返しだ。


「名前を教えてもらえるかい?」

「ロイル」

「じゃあ、わたしもロイル師匠って呼ばなきゃならないね」

「えっ……いや」


 言い淀む俺にサンディが助け舟を――。


「残念でしたね。オババさん」

「なんだい? 残念って?」

「師匠はそう簡単に弟子を取らないんです」

「い、や…………ちが、っ」


 サンディは完全に俺を誤解している。

 ただ、その原因は俺にある。

 サンディの弟子入りについて、俺の勘違いでひと手間あったからだ。


「ほう。わたしじゃ役者不足かいな?」

「いえ。オババさんなら認めてもらえると思います」

「じゃあ、どういう理由だい?」

「師匠はどんな相手であれ、今日あったばかりの人を弟子にしたりはしません」

「相手をよく知ってからってことかい?」

「はいっ! 私も何度も何度も頼み込んで、ようやく弟子にしてもらったんですっ!」


 なんで、そんなに自信満々なんだろう?


「なら、これから頑張らないといけないね。ロイルさん、よろしく頼むよ」


 とオババは頭を下げるので、困惑してしまう。


「ちっ、ちがぅ……俺、そんな……えらく、ない」

「へえ、これだけのことが出来るのに、ずいぶんと謙虚だね。ますます惚れちゃうじゃないか」


 なんか、凄い気に入られた……。


「わたしがもう十歳若ければ、アプローチするところだったよ」

「ダメですっ! 師匠にちょっかいを出すのは、オババさんでも許しませんからねっ!」


 いや、オババさんは十歳若かったとしても、オババさんだよ……。


「ははは、そんなにムキにならんでいい。年寄りの戯言たわごとじゃ」

「むぅ、からかったんですか?」

「ははは、今日は機嫌がいいのでな」


 頬を膨らますサンディから、俺へと視線を移す。


「それにしても、不思議だねえ。なんとも、アンバランスな御仁じゃ。魔力こねこねについても教えを請いたいところじゃが――」


 オババは真剣な顔つきになり――。


「ロイルさん。ちょっと調べさせてもらえるかい?」


 サンディを見ると、「うん」と肯定。

 オババさんは偏屈かもしれないが、悪い人ではなさそうだ。


「う、ん……いい」

「ちょっと、こっちおいで」


 オババに手招きされ、少し不安になる。


「魔力測定器じゃ。市販品よりも多くの情報を得られる」


 以前、ディズと一緒に魔力測定をしたことを思い出す。

 あのときは口にくわえるタイプだったが、彼女の言葉だとお尻に挿すタイプもあるとか……それだけは勘弁願いたい。


 俺が不安を感じていると、オババは奥から、なにやら取り出してきた。


「ちょっとチクリとするが、その身体なら痛みには強かろう?」

「いっ、……いや……」


 待って。俺はただの見掛け倒し。

 長年、騎士団に勤めてはいたけど、門番として突っ立ってただけだ。

 痛みにはまったく耐性がない。

 せいぜい、なにもないところで転んだり、低すぎる敷居に頭をぶつけたり――その程度だ。


 オババは「ほらほら、腕を出してくれんかい?」と、怯える俺を完全に無視する。

 ローブをめくられ、左腕があらわになる。


「ほうほう、思った以上だね。これならもっと長い針が必要じゃな」


 なんか、すごい痛そうな言葉が聞こえる。

 大丈夫かな?


 オババが取り出したのは細長い透明な筒。

 その先端に10センチほどの針がついている。


 えっ?

 それ、刺すの?

 俺の腕に?


「師匠っ! 大丈夫ですよっ!」


 背後から両腕を回し、励ましてくれる。

 柔らかいモノがふたつ、背中に押しつけられ「ふにゃん」と潰れる。

 あっ、なに、こんな気持ちいいの?

 頑張る俺へのサービス?

 サンディはいい弟子だなあ。


「なにをビビってるんだい。すぐ終わるから安心せい」


 背中の天国を満喫していると、オババが俺の腕に針を突き刺す。


「痛っ!」


 慣れない痛みに、思わず声が出る。


「ありゃりゃ、こりゃ、思ってた以上に大変じゃのう。腕が太いから、なかなか針が進まんのう」


 オババは腕に力を込める。

 針がずぶりと腕にめり込んでいく。


 「うぎゃあああ」と叫びたい。

 だけど、サンディの前で、そんな格好を見せるわけにはいけない。

 師匠としての面目を保つため、必死になって声を抑える。

 背中から伝わる幸せ成分がなかったら、耐えきれなかっただろう。


 地獄の責め苦を耐えると、針が止まる。

 「ふう」と息を吐いたが、これで終わりじゃなかった。


 針から血液が吸い取られ、透明な筒に溜まっていく。

 ジリジリとゆっくりとしたスピードで。

 その間も天国と地獄を行ったり来たりだ。


 長い長い時間が、ようやく終わる。

 筒が血液で満たされ、針が抜かれる。

 このときも、とっても痛かった。


「ほら、終わったよ」

「は、あ ……は、あ」


 地獄が終わると同時に天国も遠のいていく。

 サンディ、そっちは、まだ終わんなくてもいいんだよ?


「師匠、頑張ったですっ!」


 ぐったりする俺の頭をナデナデしてくれる。

 これはこれで、素晴らしい癒やし効果だ。

 アメとムチって大事だね。


「ちょっとお待ち」


 老婆が俺の血液を見たことない器具に流し込む。

 これが魔力測定器なんだろう。


 しばらくして、オババがつぶやく。


「なるほどねえ」


 老婆は眉間にシワを寄せる。

 そして、重苦しい口調で切り出した。


「ロイルさん、アンタ、このままだと死ぬよ」


楽しんでいただけましたら、ブックマーク、評価★★★★★お願いしますm(_ _)m

本作品を一人でも多くの方に読んで頂きたいですので、ご協力いただければ幸いですm(_ _)m


次回――『オババの店(下)』

12月21日更新です。


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