124 サラクン20:ギガ・ヒダント砲4
「よっ、よしっ――」
撃てッ――その言葉が喉までせり上がったところで、異変が起きた。
フェニルが、魔技師たちが、騎士たちが大きく目を見開く。
すべてのオーガは動きを止める。
そして、塵となって跡形もなく消え去った。
呆然と立ち尽くす騎士たち。
目の前の事態が信じられなかった。
だが、やがて、気がつく。
危機が回避されたことを。
自分たちが勝利したことを。
ひとつの雄叫びから始まった。
雄叫びは隣に立つ男へ。
そのまた隣へ。
そして、全体へ――。
騎士たちの腕は天高くへと突き上げられ、割れんばかりの大音声が大地を揺るがした。
「はっ……」
力の抜けたフェニルは尻もちをつく。
全身が震え、心臓は大きく打っている。
今でも助かったことを信じられずにいた。
しかし、目の前の光景が告げている。
生き延びたこと、そして、ギガ・ヒダント砲による大被害を避けられたことを。
フェニルにとっては最高のかたちで終わりを迎えられた。
一方、隣に立つヒダントは口元を歪めていた。
「チッ。せっかく、貴重なデータが得られるところだったのに」
憎々しげにフェニルを見下ろす。
こいつがビビらずにとっとと撃ってれば――と怒りを向ける。
だが、それもつかの間。
過去は過去。「たら、れば」は非生産的。
そして、非生産的なことをなによりも憎んでいた。
ヒダントが考えるのは今後のこと。
すぐに切り替えて、フェニルに話しかける。
「これ以上私にできることはないですね。後の処理はお任せします。私は先に戻ってますよ」
言い放つとフェニルに背を向ける。
まだ現実に戸惑っているフェニルが止めようとしたときには、すでにヒダントは視界から消えていた。
ヒダントは太鼓腹の男のもとに向かう。
「残念でしたね。ヒダント様」
「ああ、それはいい。それより――」
ヒダントの表情を見て太鼓腹が追従するが、ヒダントはそれをさえぎる。
「すぐに帰還だ。君と第1班、最低限の荷物でいい。5分以内に撤収準備を済ませるんです」
「えっ……ギガ・ヒダント砲は?」
「5分後に撤収です」
「しっ、失礼しました」
太鼓腹はペコペコと恐縮そうに頭を下げる。
あれほど、大切にしていたギガ・ヒダント砲。
それを放ったらかしにして帰るとは意外だ。
男はヒダントの考えが理解できなかった。
でも、自分は言われたことに従うだけだ。
慌てて第1班に連絡を入れ、自分も大急ぎで荷物をまとめ始めた――。
――街道沿い、戦場から少し離れた場所にペルスは立っていた。
「いやあ、信じられませんな」
「ああ」
ペルスは振り返り、森の中へと視線を向ける。
「彼らがやってくれたんでしょうな」
「そうとしか、考えられないな」
後十秒遅かったら、大惨事となっていただろう。
だが、すんでのところで悲劇は回避された。
いくら他領の騎士といえど、上官の愚かな命令で無駄に命を散らすのは後味がよくない。
それを回避できたことに、ペルスはそっと胸をなでおろした。
次回――『戦いを終えて1』




