123 サラクン19:ギガ・ヒダント砲3
サラクン本陣近くでは着々とギガ・ヒダント砲が組み立てられていく。
騎士側が防御に徹したので、この間、両軍ともほとんど減っていない。
オーガ二百九十。
サラクン騎士七十七。
そして、ディン騎士十七。
そして――。
「ヒダント様。完成しました。動作チェックも問題ないです」
太鼓腹を揺すって男が告げる。
溢れ出る汗を拭っているが、どうも追いついていないようだ。
「さすが、私の優秀な部下たちです。予定よりも5分も早い」
ヒダントは満足そうにうなずき、フェニルに向く。
「後はあなたが一言、命令するだけです。それでこのバカげた戦いも終わりです。さあ、早く」
ゴクリ。
フェニルが息を呑む。
「…………」
「はぁ……」
無言のフェニルに、ヒダントは大きな溜息をついた。
乱戦状態だ。
ヒダントが言う通り、ここで撃てば戦いは終わるだろう。
だが、その代わり、騎士団の半数以上が巻き添えになる。
フェニルは決断を下せなかった。
その代わりに、部下に伝えたのは後退命令だった。
「引けッ! 本陣に向かって後退せよッ! オーガと距離を取れっ!」
伝令の声が拡声魔道具によって、戦場全体に届く。
騎士とオーガがふたつに別れれば、オーガだけを狙いうちにできる。
それが現状で打てる最善の手だ――フェニルはそう判断した。
それは正しい。
机上の空論という意味で。
「悪手だっ!」
ペルスはたまらず声を出す。
「ええ、最悪ですな」
副官がしかめっ面で同意する。
「下手したら総崩れだぞ。なにを考えてるんだっ?」
「なにも考えていないんじゃないんですか」
「…………」
ペルスは唇を噛みしめる。
「どうしますか?」
「我々が留まって喰い止めるしかない……」
「そこまでの義理はありませんぜ?」
副官の言葉にペルスは一瞬、悩みをみせる。
だが、それもわずか。
かぶりを振って、決断を下す。
「いや、それでもだ」
「隊長がそうおっしゃるなら、我々は従うのみですな」
副官だけでなく、他の騎士たちもひとり残らず頷く。
「それに、ここに留まった方が、逆に安全かもしれませんぜ」
副官の言葉に疑問を感じたが、尋ねる時間はなかった。
オーガたちが襲いかかってきたからだ。
「皆、死力を尽くせ。ディン騎士団の誇りを見せろッ!」
「「「応ッ!!!」」」
後退するサラクンの騎士たちを見て、勢いづいたオーガたちが突進してくる。
ペルスたちはここが正念場と、獅子奮迅の戦いぶりで喰い止めるが、それはあくまでも局所的な善戦でしかなかった。
ペルスの危惧した通り、サラクン騎士たちはオーガと距離を離せない。
むしろ、戦況は悪化している。
後退しながら戦うのは難しい。
よほどの練度がなければ、総崩れになってしまう。
そして、サラクンにはそれだけの練度はなかった。
予想通り――騎士団の一角が崩れた。
オーガはそこから戦線を喰い破るよう突破し、丘の上の本陣に向かって数十体が押し寄せる。
本陣付近には負傷して戦線離脱した騎士が数百名いるが、オーガたちに襲われれば、ひとたまりもないだろう。
そして、彼らが蹴散らされれば、後は本陣のみ。
この戦い最大のピンチだった。
団長フェニルはオーガと目が合った。
「ひっ……」
迫り来る殺意の塊。
フェニルは震え上がり、ひっくり返った声で部下に告げる。
「撃てっ。ギガ・ヒダント砲を撃てっ!」
「しかしっ、今撃てば……」
「構わん。撃てッ!」
「…………」
指揮官としてではなく、自分の身を守るための命令だ。
命令を受けた部下はそれに従うしかない。
「ギガ・ヒダント砲発射準備に入れッ!」
戦場に響き渡る発射命令。
それを受けて数人の魔技師が動き出す。
「バカなッ!」
ペルスは大声を上げる。
正気の沙汰ではない。
だが、発射準備は着々と進んで行く。
「バテリ充填開始ッ!」
「充填開始しますッ!」
ペルスは副官の言葉の意味を理解した。
あのとき後退していたら、確実に巻き添えになっていた。
だが、ここからなら間に合うかもしれない。
ペルスはすぐに決断を下す――。
「突撃だッ! オーガを打ち破って、前に抜けろッ!」
本陣からどれだけ離れられるか。
それが生死をわける。
ペルスの意図を察した騎士たちは、サラクン騎士とは逆にオーガの流れに突っ込んでいく――。
「充填50パーセント」
フェニルはガタガタ震えていた。
間に合わなければ死ぬ。
騎士たちがどうなるかなど気にかける余裕もない。
自分の命が助かれば、それでいい。
後のことまでは頭が回っていない。
間に合うことを天に祈るばかりだった。
「充填80パーセント」
その隣に立つヒダントは、オモチャを与えられた子どものようにワクワクしていた。
魔技師としての集大成であるギガ・ヒダント砲。
その威力を間近で見れることに興奮しきりであった。
「充填90パーセント」
迫り来るオーガ。
後退する騎士。
両者は渾然と混じり合う。
ふたつにわけることはすでに不可能だ。
一丸となって、斜面を駆け上ってくる。
そして――。
「充填完了ッ! いつでも撃てますッ!」
ギリギリ間に合った。
震える声でフェニルが命ずる。
「よっ、よしっ――」
次回――『サラクン20:ギガ・ヒダント砲4』




