122 サラクン18:ギガ・ヒダント砲2
馬車の長い列は丘の上の本陣を目指して登っていく。
騎士団長フェニルの顔には安堵が浮かんでいた。
本陣近くの開けた場所で馬車は止まる。
馬車と一緒に到着した数十人の魔技師と、その倍以上の騎士が積み荷を下ろし、ギガ・ヒダント砲を組み立て始めた。
指揮をとっている魔技師にヒダントが話しかける。
「やあ、ごくろう。予定通りだね」
魔技師団次席でヒダントの右腕の男だ。
男はでっぷりとした太鼓腹を揺らして振り向いた。
そして、その目を輝かせる。
「いやぁ。頑張りましたよ。相変わらず、ヒダント様の要求は厳しいですなあ」
「でも、君は期待に応えてくれた。優秀な部下を持てて、私は嬉しいよ」
その言葉に太鼓腹の男が頬を緩ませる。
親に褒められた子どものような浮かれようだが、だらしなく太った中年男性がやっても気味が悪いだけだった。
太鼓腹の男が言うように、ヒダントの要求はいつも厳しい。
本気で頑張ってギリギリできるかどうか、を要求してくる。
そして、それをクリアできない者は「無能」と切り捨てられる。
この男はその要求を満たし続けた。
コネも経歴もなく一介の魔技師だった男が、たった半年でヒダントの右腕と言われるまでに出世したのだ。
男はそのことに感謝していたし、魔技師としてのヒダントの能力に心酔していた。
「どれくらいかかるんだい?」
「三十分ってところですかね」
「うん。いいよ」
「では、最後のひと働きしてきます」
男は頭を深く下げ、どたどたと馬車の列へと戻って行った。
魔技師の指示で騎士たちは荷を降ろし、ギガ・ヒダント砲を組立てていく。
「実際、どうなんだ?」
笑顔を浮かべて作業に見入っていたヒダントに、後ろから声がかけられる。
騎士団長のフェニルだ。
ヒダントは振り返りもせず、呆れた声を出す。
「予定通りに進んでるんだから、予定通りの結果になるに決まってるでしょう」
そんなこともわからないのか、と言わんばかりであった。
「さっき説明したの、もう忘れたんですか?」
ギガ・ヒダント砲が到着すれば、こちらの勝利で戦いは終わる。
ヒダントからそう聞いていた。
フェニルはもちろん覚えているが、確認したい気持ちが抑えきれない。
誰かに「大丈夫」と言ってもらって、安心したいのだ。
だが、相手はそんな気が利く人間ではなかった。
バカにした態度で、神経を逆撫でする。
部下だったら殴りつけるところだ。
しかし、形式上はともかく、実質的には二人の間に上下関係はない。
対等、いや、魔導兵器を生かすも殺すもヒダント次第である以上、逆にヒダントの方が上かもしれない。
フェニルは拳を握りしめ、グッと堪えるしかなかった。
「それより、そっちは大丈夫ですか? 後三十分持ちますよね?」
ヒダントは眼下の戦場に目を向ける。
入り乱れて戦う騎士とオーガ。
戦闘に関しては素人の彼にとって、それだけが唯一の不確定要素だ。
「だっ、大丈夫だ」
自信なさげにフェニルは答える。
大軍の指揮などとったことがない。
どうなるかは天に祈るしかなかった。
「本当に落ち着いてくださいよ。上に立つ者の動揺は部下に伝わりますよ」
正論であるだけに、ヒダントに指摘されると余計に腹が立った。
動揺していることを自覚していたからなおさらだ。
フェニルが祈る中、騎士たちは奮戦し、ギガ・ヒダント砲はひとつひとつ元の形へと姿を変えていく――。
次回――『サラクン19:ギガ・ヒダント砲3』




