120 魔眼のバロル29:最後の力
知っている。
たったひとつ。
俺の知識にひっかかるものがあった。
――神は言われた。
――「生命よ、ここに」
――こうして生命が生まれた。
――生まれたばかりの生命を、神はみっつにわけられた。
――魔なる力は魔物を産み、獣なる力は獣を産み、聖なる力は人を産んだ。
聖典の一節が頭に浮かぶ。
そうだ。答えは遥か昔に、すでに示されていたんだ。
聖典は布教のために書かれたのではない。
後世に真実を伝えるために書かれたのだ。
魔力も、獣気も、聖気も、もとはひとつの力から分かれたもの。
生命の源は――ひとつの力だ。
――やれる!!!
「サンディはいい子だよね。ロイルの弟子になったし、これからは三人一緒かな? やっと、パーティーらしくなったね」
閃いた俺に、ディズの弱々しい声が届く。
意識が朦朧としているのか、さっきから帰ってからの話ばかりだ。
「たまには、『紅の牙』と一緒に依頼を受けるのもいいね。みんないい人。私たちもあんなパーティーになれるといいね」
これがディズの本音だ。
聖女としての役目を果たすために、命を投げ出したディズ。
でも、本当は生きたかったんだ。
生きて、俺と一緒に冒険者を続けたい。
それが、ディズの本当の願いだ。
だったら、俺はそれを叶えるだけだ。
絶対に死なせない。
必ず連れ帰って、彼女の願いを叶えてみせる。
これからも二人で冒険者を続ける。
それはディズの願いであるとともに、俺の願いでもあるのだからッ!
――問題はふたつある。
ひとつめは残存魔力。
残り少ない魔力を振り絞るしかない。
もうひとつは精度だ。
みっつの力をまとめるのは、さっきやった。
でも、今回の難易度はそれとは比にならない。
ディズへと繋がるパスは極めて細い。
3つの力が完璧に調和しないと、ディズには届かない。
魔力でも、獣気でも、聖気でもない。
みっつが合わさった根源の力。
生気とでもいうべきか。
どのような割合で混ぜ合わせれば、パスを通せるか。
俺はパスを丁寧に解析する。
――。
――――。
――――――。
――道が見えた。
魔物も、獣も、人間も、神から与えられた役割が違うだけだ。
神にとっては、どれも等しい存在。
だから、完全に同じ比率で混ぜればいい。
そうしてできた源の力――生気ならば、この細いパスを通り抜けて、ディズの魂を癒せるはずだ。
憶測の上に積み重ねられた推論にすぎない。
でも、今はそれに賭けるしかないッ!
残りの魔力は少ない。
ディズに残された時間も。
チャンスは一度きり。
絶対に成功させてみる。
ディズの身体から両手を離し、力の抜けたディズを肩と胸で支える。
自由になった両腕を前に突き出し、魔力操作を始める。
広げた両手の間に魔力の球が浮かぶ。
それをくるくると回転させながら練り上げ、3分の1ずつを獣気と聖気に変換していく。
「クッ……」
全身に激痛が走り、痛みはどんどん増していく。
歯を食いしばって、それに耐える。
そして、痛みより辛いのが、身体から魔力が抜け落ちる苦しさだった。
きっと、これが魔力欠乏症だろう。
初めて味わう苦痛に、気を抜けば意識を持って行かれそうだ。
――集中しろ。痛みを忘れろ。苦しさを感じるな。
少しのミスも許されない。
全神経を魔力操作に集中させる。
全身のいたるところで、毛細血管が破れる。
鼻と耳から血が垂れる。
魔力と一緒に魂まで抜け出そうだ。
だが、それでも――。
『――三位一体』
魔力はほぼ全部使い果たした。
だけど、目的はしっかりと達成できた。
目の前に浮かぶ球は、魔力とも、獣気とも、聖気とも違う――まったく別の力を宿していた。
「これが――」
これが生命を生み出す力。
これならば、細いパスでもディズに届くはず。
これでなんとか――。
慎重にパスに流し込もうとして――。
――なんでだッ!?
パスに拒絶され、ディズには力が届かない。
これでもまだ足りないのかッ!
足から力が抜け、膝をつく。
その勢いでディズの身体が揺れたが、かろうじて支えることができた。
ディズのまぶたは閉じれられ、口も動きを止めた。
命の灯火が、今にも消えてしまいそうだ。
もう、時間は残されていない。
絶対に間に合わせてみせるッ!
なにが足りない?
なにが欠けている?
よく考えろ。
答えがあるとしたら、それは聖典だ。
頼りになるのはそれしかない。
聖典にすがるしか術はない。
ガンガンと悲鳴を上げる頭の中で聖典をめくり、何度も何度も読み返す。
どこだ、どこだ、どこだ。
あっ――――これだっ!
――闇がまったくなくなることは、神のお望みではなかった。
そうだ。
神は邪気も赦したんだ。
邪なる者。
世界に害をなす存在。
だが、逆に、それなしでは世界が成立しないのかもしれない。
だから、神は赦した。
そうとしか、考えられない。
目の前がチカチカする。
頭はクラクラ。
いつ、意識が途切れてもおかしくない。
でも、ディズだって必死に命をつなぎとめようとしている。
俺が先に参るわけにはいかないッ!
身体中から、魔力の残滓をかき集める。
身体の内側でパリンとなにかが砕ける音がした。
大切ななにかが砕ける音が。
しかし、今は気にしてられない。
掌に集めた俺の全魔力を邪気に変換していく。
――足りるか?
俺にはもうなにも残っていない。
これで上手くいかなければ、俺にできることはもうない。
変換された黒い邪気を生気の球に流す。
途端、生気の球が高速で回転を始める。
その回転に邪気が吹き飛ばされそうになる。
俺は必死で抑えこみ、邪気を生気の球に同調させる。
神よ、いるなら、聽けッ!
今後、魔力が使えなくなってもいい。
いや、俺の命を捧げてもいい。
だから、今だけでいい、俺にディズを救う力をくれッ!
俺をディズと引き合わせたのがアンタだったら、その責任をとってくれよッ!!
――神は言われた。
――「白き光よ、ここに」
『――四位一体』
神々しい白い光が現れた。
今までのどんな力も比べ物にならない。
途轍もない力だ。
自分が生み出したとは信じられないほどの圧倒的な力。
これこそが、神の力……。
俺の魂が確信した。
これでディズは助かると。
ふっと力が抜ける。
もう、ダメだ。
だけど……。
最後にひとつやらないと……。
神の力をディズのパスに流さないと……。
『――神気供給』
神の力は驚くほど自然にディズのパスに流れる……。
――よかった。
安心と同時に、俺は意識を手放した。
次回――『サラクン17:ギガ・ヒダント砲1』
いよいよ、クライマックス!
最終調整のため、少し更新お休みします。
年内には再開できたらと思ってます。




