119 魔眼のバロル28:俺にできること
俺は駆け出すッ!
今、この瞬間も、ディズの身体からは血が失われ、命も失われていく。
「死なせないッ! 絶対に、死なせないッ!」
「ううん。いいよ、ロイル。これが神のさだめだから」
ディズに飛びつき、後ろから抱きしめる。
俺がすっぽりおおえるほど、ディズは小さかった。
こんなに小さな身体で……。
金属鎧ではなく、ローブ越しに伝わってくるディズの柔らかさと暖かさ。
俺は初めて人肌の暖かさを感じた。
そうか。俺は今まで鎧で人を遠ざけていたんだ。
物理的なだけではなく、精神的にも他人を拒んでいたんだ。
人と話すのが怖くて、人と関わるのを恐れて、鎧の中に閉じこもっていたんだ。
だけど、ディズと出会って変わった。
ディズのおかげで変われた。
ディズは人の暖かさを教えてくれた。
それなのに、その暖かさは――流れる血とともに失われつつある。
「やっぱり、神の掌の上だったね。役立たずだからって教会を飛び出した私が、結局、聖女の仕事をやってるんだもん。ロイルと出会ったのも、神のお導きだったんだね」
サンディからもらったローブがディズの血でぐっしょりと染まる。
残り少ないディズの命の雫が染みる。
失うわけにはいかない。
ディズを。この暖かさを。
「神よ、ありがとうございます。ロイルと出会えたことに感謝いたします」
なぜだッ! なんでだッ!
どうして、これから死ぬっていうのに、そんな笑顔ができるんだッ!
「ロイルもありがとうね。ロイルがいなかったら、私は世界を救えなかった。自分の使命を果たせなかった。ロイルのおかげで、私の人生に意味があったって思えたよ。ほんとうにありがとね」
白い笑顔。
血の気の失せた顔。
違う。そうじゃない。
俺はなにもできていない。
ちょっと人より魔力が多いだけだ。
サンディのように、魔法を極めんと死ぬ気で努力してきたわけじゃない。
ヴォルクたちのように、命がけで戦ってきたわけじゃない。
ディズのように、世界のために命を捧げられるわけじゃない。
俺に感謝するくらいなら、いまここを生き延びてくれッ!
「ごめんね。嫌な役目を押しつけちゃって。でも、これは私が望んだこと。ロイルが気にすることじゃないよ。ロイルも世界を救った一人だよ。胸を張って、メルキに帰ってね」
世界を救えても、ディズを救えないなら意味がないッ!
なにができる?
今の俺になにができる?
ディズを救うためになにができる?
「短い間だったけど、私、楽しかったよ」
俺は必死で探る――。
自分の魔力を。
獣人の獣気を。
バロルの邪気を。
ディズの聖気を。
「あ〜あ、もっと一緒にいたかったな」
その言葉を最後に、瞳が弱々しく閉じられた。
「大丈夫。俺が助けるから、一緒に帰ろう」
俺の言葉にディズはかすかに口元を緩めた。
大丈夫。まだ命は尽きていない。
一生懸命、頭を回転させろッ!
【大いなる生命の息吹】では回復できない。
バロルの邪気に遮られてしまう。
聖なる生贄とロンギヌスによって、バロルの邪気とディズの聖気は急速に減少している。
邪気が尽きればなんとかなるだろうが、その前にディズの命が失われてしまいそうだ。
今も、ロンギヌスの先端から血は流れ続けている。
クソッ!
魔力も、獣気も、邪気も、聖気も――ディズには届かない。
ディズと繋がるパスはひどく細い。
どの力を流そうとしても、弾かれてしまう。
なにか別の方法が必要だ。
よく考えろ。よく考えろ。
「ねえ、ロイル」
「うん」
ディズはうわ言のようにつぶやく。
俺は耳をディズの口元につける。
「私は聖女を辞めて、ロイルは門番を辞めて。二人で冒険者になったんだよね」
「ああ、そうだね」
「これからもいっぱいいっぱい冒険するんだよね」
「ああ」
俺の返事が聞こえているかわからない。
目を閉じたまま、消え入りそうな声だ。
返事をしながらも、俺の意識は救う方法を探し続ける。
怪我を治すにはいくつか方法がある。
一番多く用いられるのは「ヒール」などの回復魔法やポーションだ。
どちらも、対象の魔力に干渉して、身体を修復させる方法だ。
俺の【大いなる生命の息吹】も同じようなものだ。
それと聖女や教会の聖職者が使える神聖魔法だ。
実際に見たことはないが、きっと聖気を使うのだろう。
後は……。
「二人で歴史に残る冒険者になろうね。私たちならAランク、ううん、Sランクだってすぐなれるよ」
「そうだね」
そういえば、獣人の中には高い自己回復力を持つ者もいるらしい。
多分これは獣気を操作しているのだろう。
しかし――。
魔力、聖気、獣気。
どれもダメだ…………。
「ロイルも魔法が上手になったしね。帰ったら、もう一度『始まりのダンジョン』に行こうよ。今のロイルなら、ちゃんとスライム倒せるよね」
「うん」
原因はバロルだ。
バロルの黒い邪気とディズの白い聖気が混ざり合っているから、上手くいかないんだ。
「それから、またいっぱいモンスター倒して、解体場のウルスをビックリさせようよ」
「うん」
邪気も聖気も今日、初めて触れるもの。
俺はなんの知識も持ち合わせていない。
今から解析していたら、とてもじゃないが間に合わない。
「そうだ。フローラちゃんにこの戦いの話を教えてあげないとね。ロイルはカッコ良かったし。私も頑張ったし。きっと、喜んでくれるよ」
…………………………………………いや。
!!!!!
知っている。
たったひとつ。
俺の知識にひっかかるものがあった。
次回――『魔眼のバロル29:最後の力』




