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118 魔眼のバロル27:聖女の役割

 ディズの攻撃はバロルにダメージを与えていく。

 拳が命中するごとに、バロルの身体に痣が増える。

 そして、額の瞳は白い力に侵食され、黒さを失っていく。


 黒い力が押せば、白い力が押し返す。

 白い力の反撃は、黒い力がはねのける。


 両者は均衡し、肉を打つ乾いた音だけが伝わってくる。


 目が放せない。

 動きは見えなくても、視線は釘づけだ。


 時折聞こえるディズのうめき声。

 そのたびに、握りしめた拳に力が入る。

 強く噛み締めた奥歯が砕ける。

 口の中に広がる錆びついた味。


 激しい打ち合いの末、ついに、均衡は崩れる。


 ――バロルが膝をつく。


 瞳は元の黒さを失って灰色に変わっていた。

 その瞳を見て、ディズは笑みを浮かべる。


 口から大きな息が漏れた。

 息を止めて見入っていたことに、ようやく気づく。


「長かったけど、これで準備完了。もう、終わりにしよ」


 膝をついたバロルの背後に周り、ディズは羽交い締めにする。

 ディズを包む白い光が今までで一番大きく輝いた。

 バロルは身をよじってもがくが、ディズが逃さない。


 聖句詠唱が始まる。

 凛と透き通った声。

 天使のような声色。


 ――天にまします新しき神よ。

 ――願わくは御名の威光で世を照らしたまえ。

 ――我ここに古き妄執を断たんと欲す。


 ――古き時代は終わりを告げ。

 ――神の御世が幕開ける。

 ――我はその供物とならん。


『――召喚・真聖槍ロンギヌス』


 詠唱が終わると、空中に白く輝く巨大な槍が浮かんだ。

 アンティオキアよりも大きく、聖なる力がみなぎっている。


「さっ、終わりにしよ」


 穏やかな笑みを浮かべ、バロルに優しい声をかける。

 それから片手を天高く掲げ――。


『――聖なる生贄(サクリファイス)


 ロンギヌスは貫く。

 バロルの胴体を。


 そして――――――――ディズの胴体も。


「…………ッ!!」


 白い槍の先端はディズの背中から突き出て、赤く染まっていた。

 穂先から赤い血が地に流れる。

 ディズの血を空っぽにしそうな勢いだ。


 ディズは自分の傷を気に止める様子もなく、ギュッとバロルを胸に抱く。

 その顔には聖母の慈愛が浮かんでいた。


「あなたを封じるために、私は生まれた」

「クッ……放セ」

「神があなたを赦したように、私もあなたを赦す。命までは奪わない。ただ、封ずるだけ」

「ユルサンッ……ユルサンゾッ!!!」

「ごめんね。ごめんね。私の命をあげるから、それで赦してね」


 バロルの頭を抱き、優しく優しくなでる。

 母が赤子にするように。


 ――なにがあっても驚かないでね。


 戦闘中にディズが三回、口にした言葉だ。

 寂しげな表情を浮かべていた。


 俺は誤解していた。

 聖女の姿に変身しても驚かないで――そういう意味だと思っていた。

 だけど、違った。

 ディズが言ったのは、このことだったんだ。


 最初から、こうするつもりだったんだ。

 知っていたんだ。これしかないと。

 自らを犠牲にして、バロルを封印する。

 聖女の役割だと覚悟し、全うするつもりだったんだ。


 いや、きっともっと前からだ。

 聖女になったときから、すでに覚悟していたんだ。

 人々のために身を捧げることを。

 世界を救うために殉ずることを。


 神が授けた使命かもしれない。

 それしか古き神々を封印する方法がないのかもしれない。

 世界を救うためには尊い犠牲が必要なのかもしれない。


 だけど――そんなの許せるかッ!!!

次回――『魔眼のバロル28:俺にできること』


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― 新着の感想 ―
[良い点] 古い神というか先住民にしてみれば、赦すも何もお前ふざけんなって気持ちだろうなあ。 家主が別人の力を借りたシロアリに打倒されるようなもんか。
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