114 魔眼のバロル23:聖典
バロルの額の瞳が開く――その色は黒。
その瞳が威圧するように睥睨する。
「うっ」「くっ」「んっ」
その目で見られた瞬間、俺とディズ以外の五人は意識を手放した。
さっきのように邪気が放出されたわけではない。
黒瞳が生み出す圧だけで、五人は失神したのだ。
ここでまた、俺とディズ、そして、バロルの三者のみになる。
バロルは動かない。
そして、ディズも。
バロルを包む黒い邪気。
それに呼応するように、ディズの身体を包む白い光がいっそう輝く。
二人は動かない。
二つの力は拮抗し、せめぎあっている。
ピリピリと空気が淀む。
動きはないが、すでに戦いは始まっているようだ。
とてもじゃないが、俺が入り込める余地はなかった。
とてつもない重圧感が支配するこの光景。
白と黒の戦い。
俺は聖教会の聖典を思い出した。
一番最初に書かれている、新しい世界が始まる場面だ。
聖典は一般に公開されているものと、限られた信者しか読めないものがある。
俺は信者ではないが、無料だったし読み物として面白かった。
だから、その内容はよく覚えている――。
『
はじめに混沌があった。
邪な力が渦巻き、ぶつかり合い、荒れ狂っていた。
黒き闇が世界を覆い尽くし、世界は壊れそうであった。
神は言われた。
「白き光よ、ここに」
白き光は黒き闇とせめぎ合い、長い間戦った。
そして、最後には白き光が黒き闇を包み込み、世界を照らした。
神は満足なされた。
神は言われた。
「生命よ、ここに」
こうして生命が生まれた。
生まれたばかりの生命を、神はみっつにわけられた。
魔なる力は魔物を産み、獣なる力は獣を産み、聖なる力は人を産んだ。
神は満足なされた。
神は言われた。
「邪な闇を払いなさい」
こうして闇は生命によって取り払われ、世界の隅に散り散りになったが、完全にはなくならなかった。
闇がまったくなくなることは、神のお望みではなかった。
神は満足なされた。
神は獣に言われた。
「人に従いなさい」
神は魔物に言われた。
「人の供物となりなさい」
神は人に言われた。
「世を統べなさい」
わたしたちは頷いた。
神は満足なされた。
最後に神は言われた。
「邪なる者が現れたら、聖なる力を用いて光の届かぬ地の奥底に封じなさい。獣の力を従えなさい。魔の力を用いなさい。しかし、邪なるものを封じるのは聖の力のみ。獣の力、魔の力に溺れてはなりません」
こうしてわたしたちが獣を従えるようになり、魔物を糧とするようになった。
わたしたちが神の御言葉を果たすのを見て、神はわたしたちを手放した。
神は満足なされた。
』
――以上が聖典の第一章『古い世界は終わり、新しい世界が始まる』だ。
読んでも神と聖教会を信仰しようと言う気にはならなかったが、なかなかにチュウニ心をくすぐるお話だ。
ここから楽しい物語が始まりそうだ。
だが、実際はこの後は説教臭い話が続くばかりで、俺はすぐに投げ出してしまった。
聖教会の教義は人間優位主義だ。
人間は獣や獣人を従え、魔物を討つべし。
そう神が命じられた。
そして、その頂点に立つのが聖教会。
人間優位主義を正当化するために、神という存在を、そして、邪なる者という存在を作り出した。
そして、その試みは成功し、多くの信者を獲得した。
それが以前読んだときの印象だ。
だが、目の前の光景を見て、その印象はひっくり返った。
バロルのような古き神々――邪なる者は実際に存在する。
そして、聖教会の力をもってしても、滅ぼすことはできず、封印することしかできない。
――この現実の前では、聖典の意味は反転する。
聖教会の教義では、神は完全で無謬の存在。
倒せない邪なる者は神の無謬性に矛盾する。
そこで、神は邪なる者の存在を許した――としたのだ。
邪なる者を滅ぼせないのは、それが神の望みだから。
古き神々を抑えつけられなくても、それは神が不完全だからではなく、人間が、人間の信仰が不十分だから。
――本当によくできている。
次回――『魔眼のバロル24:ディズの想い』
明後日の更新です。
ディズ視点です。




