112 魔眼のバロル21:新魔法そのさん
いつもより長いです。
3字下げの文はロイルの詠唱です。
俺は詠唱を開始する。
みんなに聞こえるように。
みんなを鼓舞するように。
肚の底から声を出す。
騎士団に入団したばかりの頃、さまざまな基礎訓練を受けさせられた。
その中のひとつが大声を出す訓練だ。
戦場でも届く大きな声は、騎士にとって欠かせない。
さんざん叩きこまれたので、大声を出す方法は理解している。
問題なのは衰えきった声帯だ。
十五年間お休みしていた声帯がどこまで保つかわからない。
それでも俺は精一杯の大声を出す。
この後、声が出なくなっても構わない。
詠唱に全力を尽くすだけだ。
さあ、始めよう――。
汝の不正を正すため
我が魂は輝きを取り戻す
我が手はすべてをなぎ払い
我が力はすべてを朽ち果てる
俺が詠唱を開始すると、みんながそれに気づいた。
大声を出しているのもあるが、皆に届くように魔力を調整しているからだ。
そして、気づくだけではない。
詠唱は彼らの内に染み入り、魂に火を灯す。
血と涙を落とせ
黄泉の深みへと消えよ
自らの死の前に
死と叫びの果実をしかと見よ
詠唱とは言葉に魔力をのせる技術だ。
音の強弱、高低、長短によって、魔力の流れにうねりを生じさせる。
それは容易ではない。
魔力をうねらせるには大変な修行が必要だ。
だが、俺はその逆ができる。
詠唱によって魔力流をうねらせるのではなく、魔力をうねらせて、そのうねりに詠唱を合わせればいい。
この戦闘中の魔力解析によって、俺はその術を身につけた。
ただのカッコつけ詠唱ではない。
俺の詠唱はしっかりと意味を持つ。
魔力のうねりにのった詠唱。
自分の中から、とてつもない力が沸き起こる。
そして、それは仲間に伝播する。
同じ歌を歌うにしても、歌い手によってまったくの別物になる。
素人が歌っても空気を震わせるだけだが、一流の歌い手は聞き手の魂まで震わせる。
物語の吟遊詩人が言っていた――「人は自分が歌える歌を歌うしかないのさ」。
俺が歌える歌はひとつしかない。
他のことは全然ダメだ。
だから、せめて自分のできることの魂を込めるしかない。
悲鳴と絶叫が夜に響き
反逆者は打ち倒されん
さあ、今こそ奮い立て
その力を見せつけよ
俺の詠唱は空気と魔力に乗って――仲間の魂に届く。
ヴォルクが吼える――。
『――孤狼厄災』
孤狼の全身がひと塊の炎となり、バロルに飛び込む。
腹に突撃を喰らったバロルがうめき声をあげる。
確かなダメージを与えたようで、バロルの身長が12メートルまで縮む。
聖獣気を使い果たしたヴォルクは元の獣人の姿へと戻った。
ヴォルクはしっかりと役目を果たした。
俺も詠唱を続ける。
赤の炎が静寂の中から跳びはね
黒の土が深い底から起こり
白い水がすべての源から涌き
緑の風が無から生じて一陣吹く
魔力のうねりが強まっていく。
うねりはリズムとなり、鼓動と同調する。
心地よい流れに身を任せ、さらに三つの力を混ぜていく。
獣気は原始の旋律を紡ぎ出し。
邪気は不協和音を混ぜ込み。
聖気がすべてを包み込み調和を生み出す。
詠唱はひとつの曲となり、魂を強く揺さぶった――。
地を這う鳥よ
海を泳ぐ獣よ
天を翔ぶ魚よ
宙を行く人よ
オルソが唸る――。
『――十字爪爬』
バロルの背後から、巨熊が振り上げた両腕を斜めに振り降ろす。
鋭い爪がバロルの背中に十字を刻む。
オルソも元の姿に戻り――バロルの身長は11メートル。
地も海も
天も宙も
四つの死に襲われる
『――四種混合障壁』
新魔法発動の第一段階として、全身を包む障壁を作る。
練習の時は【絶対不可侵隔絶空間】を発動させたが、今回はアドリブで魔獣邪聖、四つの力を混ぜた障壁だ。
その障壁は【絶対不可侵隔絶空間】とは比較にならない強度を持つ。
ごっそりと魔力が減る。
バロルの邪気を吸収して魔力は回復できるが、身体への負担が大きい。
激しい痛みに頭が割れるように痛い。
気を抜いたら、意識を手放してしまいそうだ。
唇を噛み締め、なんとか意識を保つ。
切れた唇から血が流れるが、気にせずに詠唱を続ける。
世の理はたゆたう小舟のごとし
荒れる激しい海にもまれる頼りない小舟
小舟は波に飲まれゆき
揺らいで、乱れて、砕け散る
ルナールが謡う――。
『――九魔尾』
妖狐の九つの尻尾それぞれから撃ち出された蒼炎が大きな球となって飛び、バロルの身体を灼く。
ラカルティが咆哮する――。
『――龍神力』
空を翔ぶ古龍がブレスを吐く。
衝撃波をもろに喰らったバロルの巨体が揺れる。
二人とも聖獣化が解け――バロルは9メートル。
我が力によりて
黒き法は白き法へとかわり
秩序は新しく生まれ変わる
これぞ――原初の終わりとならん
新魔法発動の第二段階は複数の魔弾を生み出すこと。
【すべてを穿つ】による魔弾は発動と同時に飛んでいく。
しかし、障壁の内側に発現させれば、その場に留めることが可能――新魔法開発中に発見したことだ。
障壁内に留めたまま複数の魔弾を生み出し合体させる。
そうすることによって、魔弾を連発させる場合よりもはるかに強力な一発を放てる。
これこそが新魔法開発の副産物として生まれた3つ目の新魔法だ。
ここでもまた、俺はアレンジを加える。
魔弾だけではなく、四つの力それぞれを使って、四種類の球を作り合成する。
ぶっつけ本番だが、絶対に成功させるッ!!
覚悟を決めたそのとき、鼻から血が垂れ、唇を伝う――。
さっきから全身が悲鳴を上げっぱなしだ。
だが、それでも、俺は――。
『――【すべてを穿つ】』
まずは最大火力の魔弾を生成。
これは練習通りなので問題ない。
『――獣気弾生成』
続いて獣気――成功。
『――邪気弾生成』
次は邪気――成功。
『――聖気弾生成』
最後は聖気――成功。
準備は整った。
だが、四発をバラバラに撃ってもダメだ。
第三段階は四つの球を合成させること。
それによって、威力は何倍にもなる。
聖気と獣気の混合はさっきやった。
同じ要領で聖気弾と獣気弾を合成させる。
それに魔弾を合成するのも問題ない。
だが、最後の邪気弾。
これが厄介だ。
最も異質な邪気。
3つを合成した魔弾に、邪気弾を融合させていく。
――ドン
大きな音が響く。
最初はバロルとの戦闘音かと思った。
だが、違った。
音は俺の内側から鳴り響いた。
俺の鼓動の音だった。
心臓を鷲掴みにされたようだ。
耐え切れず、俺は膝をつく。
呼吸が荒い。汗が止まらない。
――負けるなッ!
体内の魔力が荒れ狂う。
このままだとヤバい。
でも、このまま続けるしかない。
歯を食いしばって立ち上がり、詠唱を続ける――。
汝の死をもってして
新たな時代の鐘が鳴る
サンディの詠唱が完成した。
『――雷霆・双重』
二つの魔法陣が重なり、ひとつの魔法が発動する。
極大魔法をさらに上回る魔力の奔流が撃ち出された。
またたく間に生じた黒雲がバロルの頭上に収束していく。
濃密な漆黒となり、バロルの身体より太い雷柱が命中する。
凄まじい魔法だ。
荘厳で美しい。
俺の方が弟子入りしたいくらいだ。
バロルは7メートル。
力を使い果たしたサンディの身体がふらりと傾く。
我が手は畏敬に震え
我が魂は強く胎動す
ディズもここで畳みかけるつもりだ。
祈りの言葉をつむいでいく。
――すばらしきかな 天なるものの輝き。
――神の霊がそこにましますこと。
――我が霊がここにあらんこと。
――これぞ祝福なり。
――御使いよ。
――その使命を。
――まっとうすべし。
『――神風』
聖句の発動とともに天使たちが光り輝く。
それぞれが武器を構え、バロルに向かって突撃。
その数13。
激しい音と光を生み出し、天使は消滅した。
バロルは5メートル。
ディズの背中から翼が消え、地上へと降りてくる。
意識もしっかりしているし、ゆっくりとした速度なので安心した。
地上に降り立ったディズが俺に微笑みを向ける。
後は任せたとばかり。
――みんなすごいな。
後は俺がみんなの期待に応えるだけだ。
荒れ狂う魔力が制御を失って暴走する直前。
準備は整った――。
天啓よ、今ここに、示されん――
さあ、詠唱はこれで完成だ。
喉は焼けるように痛い。
だが、これで声帯が焼き切れても構わない。
俺は最後の叫びを上げるッ。
『――【すべてを滅す】』
次回――『魔眼のバロル22:すべてを滅す』




