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103 魔眼のバロル12:覚醒

 立っているのは俺とディズだけだった――。


 【世界を覆う見えざる手ムンドゥス・コゥヴェ・インヴィジ・マヌス】でバロルを注意深く観察していた俺は、すぐに原因を理解した。

 額の眼が開くと同時に、バロルの全身からとてつもなく濃密で大量の魔力が放出されたのだ。


 満ち満ちた魔力は、バロルの結界で覆われたこの広い空間を一気に充満した。

 俺たち人間が持つ魔力とも、モンスターの魔力とも違う。

 初めて出会う禍々しい魔力だった。


「やっぱりね」


 ディズは予想通りといった表情を浮かべる。

 その身体は白く輝く光で包まれていた。

 これは魔力……じゃない。


 もしかして、聖気か?

 聖職者だけが使える特別な力があると言われ、その力は聖気と呼ばれている。

 バロルの魔力同様、こちらも初めての体験だが、きっとそれに違いない。


「わかって……たの?」

「うん。眼が開いたら、みんなこうなると思ってた。ロイルだけは耐えられるかなって期待していたんだけど、やっぱりロイルは凄いね」


 ディズが言う通り、バロルの魔力は普通の人間だったら耐えられない。

 耐えられるのはディズのように聖気で身を守れる者か、俺みたいに規格外の魔力を持つ者だけだ。

 ディズの期待に応えられたことが嬉しかった。


「ここからは二人で行くよっ」


 ディズは鋭い目でバロルを睨みつける。

 バロルも虹色の二つの眼と額の赤い眼で見下ろす。


「ちょ、っと……まって」

「ん?」

「考え……が……ある」

「うん、わかった。じゃあ、私が時間を稼ぐわ」

「あり、がと」

「一分。それだけ守って。それで準備が終わるから」

「う、ん」

「なにがあっても驚かないでね」


 俺に向けるディズの目はやはりどこか寂しそうだった。


 ディズは片膝をつき、ロザリオを胸の前で掲げ、目を閉じる。

 それからこうべをたれて、祈りの聖句を唱え始めた。


 ディズは神に祈る。

 慎み深く、荘厳。

 聞く者の心に響く声だった。


 俺はディズを庇うように、前に立つ。

 どんな攻撃でも、ディズには届かせない。

 俺が全部防いでやるっ!


 バロルの赤い瞳が輝き、光線が撃ち出される。


『――【絶対不可侵オムニノ・ノモレスト・隔絶空間セパラティオ・ロゥクス】』


 光線が障壁にぶつかり、ガリガリと削られる。

 俺は障壁に魔力を流し続け、削られる端から修復していく。


 拮抗するふたつの力。

 どちらも負けず、長く長く感じられる時間が続く。

 俺の魔力が減るのと同じくして、光線の輝きも弱まっていった。


 そして――勝ったのは俺の障壁だった。


 だが、魔力の消費が著しかった。

 俺はふらつく。

 頭がクラっと揺れる。


 視界が低くなり、その場に崩れる。

 なんとか、片手をついて、転倒はまぬがれた。


 たぶん、魔力は空っ欠。

 もう、魔弾のひとつも撃てないだろう。


 魔力がなくなった俺は、ただの案山子も同然。

 俺の予想が当たっていることを祈るばかりだ。


 ディズを見ると、彼女は聖句の詠唱を終えたところだった。


『――神身一体』


 ディズの全身から膨れ上がる聖気。

 それが一点に収束し――ディズは姿を変えた。


 純白の聖衣。

 細かく編まれたレース。

 ふわりと広がるスカート。


 背中には一対の白い翼。

 ばさりと広がった二枚は日の光を反射してきらめく。


 その姿はまさに、物語から飛び出した聖女そのものだった。


「さあ、滅びなさい――」


 バロルに向かって高らかに宣言した。

次回――『魔眼のバロル13:聖女、舞う』


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