101 魔眼のバロル10:極大魔法
「師匠……用意…………できま……した」
そうだ、俺たちにはもう一枚切り札があったんだ。
その声に、俺は後ろを振り向く。
血の気の失せた顔。
額に浮かぶ脂汗。
ふらつく足元。
それでも、サンディは懸命に両腕を前方に突き出したまま、その姿勢を維持している。
腕の先には直径5メートルはある巨大な魔法陣が空中に浮かぶ。
魔力で描かれた魔法陣だ。
この魔法陣を描くために、サンディはほぼすべての魔力を使い果たした。
意識を保っているだけでも精一杯なはずだ。
「う、ん……やる、よ」
弟子がここまで頑張ったんだ、俺もちゃんと応えないとな。
俺はサンディの肩に手を置き、魔力経路を繋ぐ。
「では……いきます…………師匠……お願い……します」
俺の魔力は魔力経路を通じてサンディの身体に流れ、彼女の手から魔法陣へと――。
魔法陣に魔力が流れ始める。
中心が青く光り、その光が少しずつ広がっていく。
そして、それと同時に、黒い雨雲が発生する。
「くっ」
サンディが歯を食いしばる。
彼女の身体には今、許容量以上の魔力が流れている。
かなりツラいだろうと伝わってくる。
だが、それでもサンディは耐えている。
俺を信じて――。
雨雲はまたたく間に天を覆い尽くす。
昼夜が逆転したような暗さの中、巨大な魔法陣だけが青く光る。
「できましたっ」
俺は空いている方の手を挙げ、ディズに合図を送る。
「みんな、離れてっ」
ディズの言葉に、『紅の牙』は這いつくばったまま、バロルから距離を取る。
バロルは興味深そうにこちらを見据え、動かない。
これがサンディの切り札――極大魔法だ。
『――雷霆』
裁きの雷が絶え間なく、バロルに降り注ぐ――。
魔動車のこねこね講座の最中、俺はひとつ魔法の真理を理解した。
――なぜ、魔法使いは魔法行使の際に、詠唱や魔法陣を用いるのか?
サンディの魔力の流れを見ていて、その理由がわかったのだ。
俺の魔法は膨大な魔力を頼りに、力技で行使している。
それに対し、他の魔法使いはどうか?
彼らは俺に比べると圧倒的に魔力が少ない。
それなのに、保有する魔力に比べて強い効果を持つ魔法が使える。
その理由が詠唱や魔法陣だ。
それらによって、魔力を効率的に使えるのだ。
術者の魔力は詠唱や魔法陣によって、現実の事象へと変換される。
燃やしたり、凍らせたり。
――詠唱と魔法陣。
どちらも長い長い歴史をかけて、膨大な数の魔法使いたちの努力と研鑽によって洗練されてきたものだ。
少しの無駄も省くように最適化されてきたものだ。
だから、魔法使いは少ない魔力でも魔法を発動できる――とても効率的な方法で。
そして、強い魔法が長い詠唱や大きな魔法陣を必要とする理由。
強い魔法ほど効率化のためのプロセスが多いからだ。
強大な魔法を撃つためには両輪が必要となる。
大量の魔力。
そして、詠唱や魔法陣によっ変換を効率化させる技量。
魔力と技術、両方が必要なのだ。
サンディの魔力は冒険者の中では並外れて多い。
だが、そんな彼女でも――極大魔法を撃つには足りない。
彼女の言葉によると、極大魔法を使えるのは、大賢者様を含め数人しかいないそうだ。
サンディは極大魔法を撃てない。
しかし、サンディの努力、才能、そして、魔法への思いは人並み外れていた。
彼女は大賢者のもとで、何年も修行してきた。
貪欲に知識を求め、様々な魔法に挑んできた。
ひとつずつを身につけていき、習得できる魔法はすべてマスターした。
そして、それでも彼女は探求を続けた。
常人なら立ち止まる場所で、彼女は歩みを止めなかった。
――極大魔法。
魔法使いの極致と言われ、天災規模の威力を誇る。
常人ではとてもたどり着けない、膨大な魔力量と緻密な魔法陣構築能力が要求される。
サンディの魔力ではギリギリ魔法陣を構築するので精一杯。
極大魔法を発動させるには、それよりはるかに大量の魔力が必要だ。
サンディひとりでは無理だ。
だけど――。
後は俺が魔力を供給し続ければ――極大魔法でも撃てるッ!
暗くなった空が、光り輝いて見えるほど、雷撃は途絶えない。
すべての雷がバロルの巨体に落ちる。
辺りには焦げ臭い匂いが立ち込めた。
次回――『魔眼のバロル11:開眼』




