表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の飼い猫さんはさいきょーでした!  作者: おばた屋
2章 楽団と新たな邂逅
24/37

24話

 馬車に揺られて二日目。

 道中はいたって平穏だけれど、私は危機に直面していた。


「……………………ぅ……」


 もうすでに私は死に体状態だ。

 ガタゴトと揺れる幌馬車は私の三半規管を、お尻を、ダイレクトで攻め立ててくる。何度かの休憩で騙し騙しやってきたが、もうすでに限界。


「てい、ゆっくり呼吸して。身体はボクに寄せてくれたらいいから、そう。ゆっくり……」

「もうじき野営に入りやがるそうですよ、大丈夫ですか? あ、目ぇ閉じちゃダメですよ。遠くを見るです」


 顔色の悪い私の身体を何とか横にならせようとするが、この狭い幌馬車の中では、私だけでそこまでスペースを取るわけにはいかない。

 鮨詰めで十人は乗るだろうけど掃討者は荷物も多く、装備が嵩張るせいか、乗れる人数はそれより少ない。同乗している掃討者パーティーは四人。リーダーさん一人は御者と共に御者台にいるが、彼の荷物と仲間たち、そして私たち三人で幌馬車は手狭となってしまっている。

 コマメがそっと身体に触れて、私の身体を自身に預けさせて背中を擦ってくれた。


「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめん……」


 口をつくのは謝罪だ。日本で暮らしている時は乗り物酔いとは無縁だったせいか、こんなことになるとは思ってもみなかった。

 リコリッタの助言通り、何とか視線を上げて外を見るようにしてはいるが、同乗している掃討者パーティーの人たちの顔を見ることが出来ない。

 迷惑がられてないかな……。呆れられてないかな……。


「謝らなくていい。ゆっくりと呼吸して」

「こういうのに弱い人は少なからずいやがるですよ。だから気にするなです」

「私も昔はよく酔ってたなー」

「そうそう、こればかりはどうしようもないもんだ」


 リコリッタの言葉に、他の人たちも声をかけてくれた。

 優しさが涙腺に直撃する。情けないなぁ……もう。


「よし、今日はここらで野営する。街道を外れるからな、準備を怠るなよ」


 街道とは、現代日本のような舗装された道路ではなく、行商や掃討者のように行き交う旅人たちによって作られた轍のようなものだ。

 当然、歩きやすい道を選ぶものだから、街道を外れれば途端に悪路となる。揺れは激しいし、幌馬車を牽く馬の歩みも遅くなるから時間がかかる。


「~~~~~~~っ」

「よしよし、がんばったねてい」

「出すもの出しちゃえば楽になるですよ」

「~っ、はぁ……はふ、ごめ……んね、~~~っ」


 結果、テレビ番組ならキラキラモザイクが上からかけられるような事態になるわけで。

 川の水で口を(すす)いでは、もう出ない胃の中身が流されていくのを目で追った。

 初日はまだ耐えられたんだよ? 食べて寝られる環境が整いつつあった町から出ることに、不安やドキドキしてたし、ワクワクもしてた。

 昨夜はそんな気持ちもどこかへぶっ飛び、死んだように眠った。そのせいで野営の見張りをコマメとリコリッタ(ふたり)が私の肩代わりをさせられたと朝に気付いて謝り倒した。それでもこれですよ。


 こんなことがあと、十日も……心折れちゃう。


 今夜の野営場所は河川を背にした、見晴らしのいい箇所だ。盗賊や魔物の襲撃を考えるとこうして見渡せる方がいいらしい。掃討者パーティーのリーダー、バルバロッサさんが魔石による簡易結界を配置して戻ってくる。

 この簡易結界というのは、物理的な阻害は出来ないものの結界の境界を出入りする存在を知らせてくれる旅には必須の道具らしい。


「そこのお嬢さんはどうだ?」

「昨夜にも言ったが彼女はボクのご主人だ。彼女の分までボクが働くよ」

「おー、リコも仲間ですからね! どんと任せやがれ!」


 迷惑ばかりのダメダメ女でごめんなさい……。


「あぁ、掃討者も助け合いだからそこは気にしちゃいないが、魔法を使える者はいないのか?」

「ボクは(あやかし)でね。残念ながら毛色が違う」

「リコも踊り子でやがりますからね」

「強いて言えば主人(てい)が扱えるかもだが、ご覧の有り様だ。あまり人に見られたくない姿でもあるから、少しは遠慮してくれるとありがたいのだが」

「そりゃすまねぇな。ならウチから一人出してやるからちと待ってろ」


 嘆息したコマメの歯に衣着せぬ物言いに苦笑して、野営準備をしている仲間の元へと戻っていく。魔法なんてファンタジー、使えるものなら使ってる。

 結局一言も私から発することもなく、未だに燻るお腹の呻きと闘っていた。


「はいはーい、調子はどう?」

「おせっかいな人間たちだな」

「掃討者は危険が付き物だからじゃねーですか? こういうものでいやがりますよ」


 バルバロッサさんの仲間でもある魔法使いのマリエッタさん。ちょっとした傘並みの大きなつばが付いた三角帽子(マウンテンハット)がトレードマーク。

 お祭りの日、射撃をしていたあのお姉さんだった。


「んふふ、そういうこと。道中は有事を見越してあまり手を貸せないけれど、こういう時はね──ちょっと身体触るわ」


 何度目かの川の水で口を濯ぐ私の背中をそっと擦って、手に持った杖で宙に円を描く。それだけで目の前の川の水が、私の拳くらいの塊として軽やかな音を立てて浮かぶ。

 

『不浄なるモノを(そそ)げ。命の水に力を』


 杖の先端が輝くと、浮いた水に反応し無色透明から澄んだ水色へと変わる。マリエッタさんは操作したまま水を瓶に移して漸く光が収まる。


「ごめんね、私は戦闘職だから気休めにしかならないかと思うけど。口に含んで湿らせるようにゆっくり飲んで」

「んっ……あ、ごめ、ごめんなさい」

「冷たかったね落ち着いて、大丈夫だから。ね。ゆっくり、ゆっくり──」


 優しい手付きで瓶を口元へと宛がい、ゆっくり傾けてくれる。ほんの少量ずつ流し込まれる水を言われた通り、ゆっくり喉へと飲み込む。

 同じ川の水を使っているのに、すごく冷えていることに驚いて溢してしまった。

 せっかくの好意を無下にしてしまった気がして、また少し涙が出た私にマリエッタさんは優しい口調で介抱を続けてくれる。

 ひとくち、ふたくち、と飲んで行くと、ずっとモヤモヤしていたお腹の呻きがスッと溶けるように霧散していった。

 馬車で移動を始めてまだ二日目だ。自分が情けなくて悔しくて、身体を丸めて小さくなるしか出来なかった。


「あの、ありがとうございます……だいぶよくなりました……」

「ん、良かったわ。私もね、昔はよくなったものよ。だから迷惑とか考えなくていいわ。こういうものはお互い様よ」


 また気分が悪くなったら同じように少しずつ飲めばいいと、瓶ごと置いてパーティーのもとへと帰っていく。


「回復魔法持ちでやがりましたか。さすが山貫(やまぬき)ですね。リコも旅を舐めてたですよ。準備不足でした」

「うん、ボクもこれから気を付ける」


 年長者の私がしっかりしてなきゃいけないのに。準備だって軽く見てた。テレビ番組なんかで見るのとは全然違う、過酷な現実だった。


「幌内を使っていいって言ってくれてるから、ていはゆっくり休むといいですよ」

「……ご、ごめ──」

「謝らなくていいから。てい、ボクに捕まって」


 コマメに抱き寄せられれば、いつもの香りに少しずつではあるけど、波打つ心が穏やかになっていく。


「おやおや、ていは甘えん坊でやがるんですね~」

「可愛いだろ、ボクのていは。こういうのとは無縁の子だったからな。無理もないんだ」

「はいはい。リコは先に夕飯の支度をするですよ」

「あぁ、頼む。……てい、ご飯は食べられそう?」


 首を振る仕草だけで答える。

 吐いたばかりで何も食欲が湧かない。

 バルバロッサさんたちと同乗こそしてはいるものの、基本的にはパーティーは別れて行動をしている。

 つまり、ここで私が駄々をこねていると、ふたりはいつまでもご飯が食べられない。役立たず(わたし)はさっさと幌に行けばいいのに、コマメの優しさに甘えてわがままになってしまっている。

 日本とは違うんだ。強くならなきなゃいけない、のに……どんどん弱くなる。


 ─リィィィ…ン─


 ……鈴の音?

 それと同時に周囲から危険だと告げる感覚だけが私を襲う。

 溌剌(はつらつ)とした好奇心や、憂いを抱く不安、そして明確な悪意。

 それらがすべて私に向かって進んできている。


「何の音だ?」

「どうかしやがったですか?」

「鈴の音だ。リコリッタは聞こえなかったのか?」

「いや、リコには何も──」


 コマメにも聴こえたんだ。

 だけど私の耳にはもっとひどい声が届いていた。


─ハラガ、ヘッタ─ ─ナカマ、クワレタ─


「てい? どうした?」


    ─ハラ、ガ、ヘル─  ─コワ、イ─


「こわいの……くる……きちゃう……いや……」

「怖い? 何が来る?」


 ─ヒトノコダ、ニク、ニク、肉、ハラガ、ヘル─


「やだ……怖い、痛い、やめて、怖いよ……」

「ていはどうかしやがったですか?」

「わからん。だが警戒しろ、……何かが迫ってきている」


 鼻を使って臭いを探るコマメが、何かを捕らえ表情を歪ませた。


「お嬢ちゃんたち、結界に反応があった!」

「凄まじいスピードよ、気を付けて!」


 次第に近づく悪意に晒され、身体が震える。

 慌てた様子のバルバロッサさんたちが駆け寄って、私たちの側で戦闘体制を整えた。

 その剣呑な雰囲気にリコリッタも腰の短剣を抜き、逆手に構える。


「………きた」


 ─肉、喰ウ、肉、喰イタイ、肉にくニクヲ喰ワセロ─


肉にくニクにくニク肉肉ニクにクニく肉肉にくニクにくニク肉肉ニクにクニく肉肉にくニクにくニク肉肉ニクにクニく肉

肉にくニクにくニク肉肉ニクにクニく肉肉にくニクにくニク肉肉ニクにクニく肉肉にくニク肉ニク肉肉ニクにクニく肉

肉にくニクにくニク肉肉ニクにクニく肉肉にくニクにくニク肉肉ニクにクニく肉肉にくニクにくニク肉肉ニクにく肉クニ


「グルルゥウオオオオオッ!!」


 傷つき餓えて我を失い正気を保てなくなった、かつて狼だった個体。怨敵に対する怨念、不甲斐ない己への怒り、仲間を失う悲しみ、飢餓による恐怖に飲み込まれ、前の世界のフィクションでよくある不死者(ゾンビ)のように変貌していた。


「不味いぞ、穢れだ!」

『不浄なるモノに浄化の炎を! 穢れ祓え!』


 猛スピードで傷ついたその肢体から体液を撒き散らしながら迫る不死狼に、間髪入れず魔法を放つマリエッタさん。

 避けようともせず、瞬間、炎が燃え上がるもすぐに消されてしまう。


「そんな!?」

「ちぃぃっ!」


 バルバロッサさんの剣擊の一閃は不死狼の脛椎(けいつい)を深く抉っても勢いを止めず、振り払いその足を止めることはなかった。


 “ガギィィィッ”


「こいつっ、痛みも感じねーですか!?」


 裂けて大きく開かれた牙を短剣で受ける。強く打ち合わさったため、金切り音が響いた。


「グルルゥウオオオオ!!」

「ぐっ、うあっ?!」


 すでに死への恐怖を無くし獰猛に襲いかかる不死狼に圧し負け、華奢なリコリッタは呆気なく転がされた。

 獲物としては絶好の機会。それなのに不死狼はバルバロッサにもリコリッタにも目もくれず、一直線に向かう。


 ──その先には。


「ひぎ……っ!?」

主人(てい)を狙うか……!」


「グルルゥッ!」

「しゃぁぁあああっ!!」


 抱き締めていた私を背に隠し、威嚇の声を張り上げる。

 炎にも斬擊にも怯まなかった不死狼が足を止めた。


「てい、ボクから離れないで」

「う、ん……ごめんねコマさん」

「ていを狙うヤツはボクが許さない……!!」

いつも読んでいただき

ありがとうございます(*´ー`*)


のんびり更新していきますので

気長にお待ちください。


次回投稿4月19日10時予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ