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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
閑話

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閑話『こぼれ話・天木秦の懐事情』

 考え事をしながら文芸部部室の扉を開いて中に入り、二歩ほど歩いてとあることに気付いた。


「あれま、珍しい」


 思わず言ってしまった。


 本日は一月下旬の某日。大安である。


 ――吉日であるけれども、学生の身分で六曜を気にするかと言えばそんなことは全然ない。


 学生である私がそんなものに意識を割く理由は簡単で、修めている魔術の一部が陰陽道やら神道やらを邪配合した実に日本らしいふざけたモノであり、術式によってはそういった六曜が影響するのもあったりするからである。


 一般的な家庭――この『一般』は『特殊ではない』という意味――で育ったりすると、この大安やら仏滅やらを気にするようになるのはそれこそ自身の結婚式だったりするのではないかと思うわけですよ。――身内に不幸があれば葬儀で考慮することになるかもしれないけれど、若いうちであれば喪主を務めることはそうないでしょう。


 いえまぁ私は数か月前に喪主を務め、ささやかながらに身内の死を弔ったわけですが……。


 などと意味もない思考にふける私――空海(そらみ)成世(なるせ)を見つめるのは一人の男。


 死んだ目の印象が強過ぎてそれ以外が吹き飛ぶ野郎。分類は命の恩人。種族は敬愛する先輩。属性はヒモ。シスコンブラコン拗らせの天木(あまぎ)(しん)である。


「なにが珍しいのさ成世ちゃん」

「いえなに、珍物があるなぁって。あと、ちゃん付けしないでください」

「珍物ってなぁお前……。一応聞くけれどそれってどれのこと?」

「鏡、必要ですか?」

「……物扱いはいただけないな」


 言及すべき点はそこなのかなー? と思う。この人、どこかズレているのよな。


部室(ここ)に先輩がいるのにスノウさんがいないのは珍しいと思いましてね」

「ん、そうか?」

「そうですよ。先輩って基本的にスノウさんの付属品(おまけ)じゃないですか」

「いきなり人権問題に発展しそうな発言かましてきたな……。ていうか、それを言うなら刀河こそスノウの付属品だろ」

「いやいや、あの人はスノウさんとは一組(セット)と言いますか、どちらかと言えば相棒(コンビ)ですよ。どっちも単独で成立しますけれど、先輩はここではスノウさん在りきじゃないですか」

「あー、そう言われると否定できない」


 先輩的にもその自覚はあるのか、むべった。


 ――お前はオマケだ。などと、酷いことを面と向かって言われているというのにそれをあっさりと受け入れた。この人は自己をしっかりと確立させているくせに、自我はやたらと薄い。


「お前ら。当人を前にしてオマケだセットだコンビだと言いたい放題だなオイ。ここはハンバーガーショップじゃないんだぞ」


 部室の奥、大企業の社長とかが座っていそうな高めの椅子に身を沈めながらこちらを三白眼で睨むのは刀河(とうが)火灼(かやく)さん。


「別にいいじゃないですか。悪口じゃないんですし」

「悪口じゃなければなんでも言っていいとは限らないのが人間社会だぞー? ……まぁ、いいや。成世ちゃんてば随分とご機嫌というか、うわついているわね? なにかいいことでもあったの?」


 火灼さんは私の心情を見透かしているのか、私がいつもより上機嫌なことを指摘する。とくに隠すこともないので私はそれに頷く。多分、火灼さんもその理由には見当がついているだろうし。


「今日は給料日じゃないですかー! お賃金が振り込まれたので何に使おうかなーって、それを考えるだけでウキウキしちゃいますよね!」


 おっちんぎん! おっちんぎん! と発声しながら喜びの舞を踊る。

 先輩に「色々とやめなさい」と窘められた。


「そうかいそうかい。成世ちゃんが労働したことによって得た対価だからね。好きなように使うといいさ」


 うむうむと頷きながらまるで老人のようなことを言う火灼さん。この人、見た目は若いけれど時折年季の入った言動をする時があるのよね……。いくつか戸籍を持っているらしいし、その中には年齢が三十歳(みそじ)になっているものがあることは知っているのだけど、実年齢はいくつなのだろう? ……ただまぁ、この手の詮索は自分の首を絞めるだけなので考えるに留める。


「あぁそっか。今月は今日が給料日なのか」


 天木先輩は今知ったとばかりの言い方だった。実際、今知ったのだろう。


「先輩……。学生の身でありながら働くのはなんのためか、それは遊ぶ金欲しさ以外に存在しないでしょう⁉ 遊ぶ金が手に入るんですよ! どうしてそんなにどうでもよさげなんですか!」

「今日の成世ちゃんは色々と問題のある発言しかしないね……。んー、そもそも俺が南雲さんのところで働いているのはなし崩し的なところがあって、お金目的じゃないからな」

「それを言うなら私だってそうですよ!」


 南雲(なぐも)(かざり)さんと火灼さんに使いっ走りよろしく東奔西走させられてはいるが、労働力として体よく扱われているだけという自覚はある。保護されている身なので、唯々諾々と従うしかないのが現状だった。


「けど、今の成世ちゃんはお金もしっかりと目的になっているよね?」

「そうっすね!」


 少なくとも、娯楽に不自由しない額が振り込まれている現状に文句はなかった。


 そこでふと思う。私ですらそこそこ貰っているのだから、先輩やスノウさんはどれぐらい貰っているのだろうか、と。


 そもそも、先輩の仕事内容を私はよく知らないことに気付く。スノウさんが荒事担当なのはなんとなく理解している。


 私が任されている仕事は魔術師の関わった武具や道具――魔具の蒐集が主だ。魔具は取り扱いに注意の必要なモノも多いが、形成術という物体の解析・分解・変換・再形成を得意とする魔術を修める私には合っており、つつがなく仕事をこなせているのである。適材適所というやつなのだが、それでは、先輩の適所とはなんぞや? となる。


「先輩っていくら貰っているんですか? あと、どんな仕事を回されているんですか?」

「……………………」


 私の質問を受けて先輩はしばし沈黙したのち、ちらりと火灼さんを見る。視線を投げつけられた火灼さんは至極どうでもよさそうに返した。


「教えてもいいよ。別に隠しているわけでも守秘義務があるわけでもないし」


 火灼さんにそう言われた先輩はあっさりと教えてくれる。


「給料は年収がギリギリ三桁に行かないように調整してもらっているよ」

「……え、それは億ですか?」

「万に決まっているだろ。メジャーリーガーかよ」

「少な過ぎませんか⁉」

「多いよー? バイトしている学生としては多いほうだよー?」

「先輩、南雲さんに薄給でこき使われているんです?」


 へらへらと胡散臭く笑う南雲飾の顔を思い出す。


「違うから。そういうんじゃないから。さっきも言ったけれど貰い過ぎないように調整してもらっているんだよ」

「なんで貰い過ぎないようにするんです? お金なんてあればあるだけいいじゃないですか」

「うん、まぁ、否定はしないけれど、色々とあるんだよ」

「色々とは?」

「親の扶養から外れないようにしているんだよ」

「ふよう」

「そう、扶養。扶養控除のこともあって、俺の自由裁量所得を増やすために両親が払う税金を上げるのは嫌だし、払う税金よりも俺が家に多く入れればいいかと言うと、そんなに稼ぎのいいバイトってどんな仕事内容なのか? ということになって親に心配させてしまう。魔術に関することなんて、正直に話せるような内容じゃないしな」

「……先輩って、魔術のことを親御さんには何も伝えていないんですか?」

「伝えてないよ。知らないで済むのなら知らない方がいいことだからな。できることなら家族には魔術のことを一生知らないまま――無関係なままに過ごして欲しいと思っている」

「それってワガママじゃないですか? 親御さんからしてみれば、自分たちの子供がどういう状況に立っているかは知りたいんじゃないですかね」


 一般論を並べ立てる。実感したことのない親の心境をそれっぽく言い募る。当たり前というモノから著しく乖離したくせに、ありふれた『普通』を享受するために当たり前であり続けようとする先輩のその姿勢に物申してしまう。


「そう、だろうね。きっと、母さんも親父もそうだろうな。だから、お前の言う通りこれは俺のワガママだよ。ただのエゴだ。でも、家族だからな。俺はそんなワガママを家族には押し付けるよ」

「家族であることを理由に押し付けるんですか? それって酷くないですか?」

「それを決めるのは俺と家族だよ。それに、俺はそれを酷いとは思わない。家族とはそういうモノだと、俺の価値観は認めている」


 先輩の声音には一切の躊躇が無かった。私と一歳しか違わないというのに、自己が組み上がり過ぎている。十代というのは価値観の解体(スクラップ)(アンド)再構成(ビルド)が繰り返される時期であり、それによって不安定な時期のはずだというのに、この人はそういった部分での揺れがない。そのくせ、出力されているのは月並みな十七歳の青年という凡庸に近しいなにか。同年代の人間からしてみるとそれは不気味にも映るし、強固にも映る。その在り方に近寄り難さを感じることもあれば、頼もしさを感じることもあるだろう。きっと、自身の在り方に不安や焦りがある人ほど、この人に惹かれてしまう。


「さいですか」

「さいですな」

「ちなみに、今月分はいくらでした?」


 なんとなく聞いてみると、先輩は「ん~?」と唸りつつ携帯端末を取り出してペタペタと触り、教えてくれた。


「五円」


 なんでやねん。


「チロルチョコすら買えない……」

「いやほら、五円チョコなら買えるから」

「あー、あのスーパーの駄菓子コーナーとかにあるやつですか。でも、あれって五円玉を模しているだけで五円じゃないじゃないですか。袋売りですし」

「いや、あれは実際に一つ五円で売っていたんだよ。今は知らないけれど、小学生の時、祖父母の家の近くにある駄菓子屋で買ったし」

「え、マジすか」

「マジマジ。十円でチロルチョコ一つか五円チョコ二つかで悩んだものだよ。質か量、難題よな」

「くだらねぇ~」

「まぁ、そのとき近所に住んでいた大学生のお姉さんが店にあるモノを買い占めた挙句にその場にいた少年少女たちに買った駄菓子をバラ撒くという暴挙に出たせいで俺の些細な悩みは消し飛んだけどな。あのときのお姉さんは俺たちのヒーローだったよ」

「楽しそうな幼少時代ですね……。いや、というか、なんで給料が五円なんですか。色々とおかしいでしょ」

「でも実際に振り込まれているのはその金額だから……」

「銀行の利息かなにかと勘違いしていません?」

「ほれ」


 画面を見せられる。振り込み元の名前は私が知っているのと同じだ。そしてしっかり五円である。なんでだ。


「どういうこと……?」


 疑問に思い、つい火灼さんの方へと視線を向けてしまう。だいたいの疑問はあの人に聞けばだいたい分かるため。


「最初に払い過ぎたから後半は大体そんな額なの。ちなみに五円は私が適当に決めた額よ」

「払い過ぎって……、いくらだったんですか?」

「九十万」

「いきなり限度額まで届いているぅ……。え、じゃあ先輩って最初に働き始めた月以降は毎回五円振り込まれているんです? そりゃ給料日の喜びとか皆無っすね」


 先輩が給料日に喜びもしない理由が判明した。喜べというのが無理な話だった。ところが、私の理解に対して先輩は「違う違う」と訂正を入れてくる。はて? 何が違うというのだろうか。そう疑問すると火灼さんが説明してくれる。


「いや、最初って言ったでしょ。天木の給与形態は固定給と歩合制の組み合わせで、当初は依頼を一度こなす度にそれ以上の額が入る予定だったのよ。初日――一日目の振り込みで天木が騒いだから私が南雲やネセルと交渉の場を設けて、そのへんの調整をしたのよ」

「どういうことっすか」

「そのあたりの説明をするのなら、まずは天木の仕事内容を知ったほうが早いわね」


 火灼さんはそう言って、天木先輩に発言権を放り投げた。説明するように促された先輩は少しばかり考えたのち、話し始める。


「まず、俺は魔術に関してはまだペーペーなわけだ。それは成世ちゃんも知っているだろう?」

「……はい。確か、昨年の夏ぐらいから学び始めたんですよね」

「そう。俺は魔術に関しては若葉マークが必要な素人に毛が生えた程度の人間なわけだ。そんな人間がさ、魔術の総本山たる『学府』の中でも上澄みなスノウや刀河、学府には所属していなくとも代々続く魔術師の系譜で純正の魔術師である成世ちゃんなんかと同じだけの成果を出せるかと言えばそんなのは不可能なわけ。いくら刀河やスノウによる詰め込み教育によって促成栽培が施されているとはいえね。多分、魔術師として『使える』人を探そうと思えば、もっと他にたくさんいる。で、学府でも最上位権力者の南雲さんがそんな未熟な新米をわざわざ高い給金を出して手足として使う理由ってあると思う?」

「……理由があるから使われているんですよね?」

「まぁそうなる。じゃあ、その理由って何だと思う? ヒントとしては、さっきも言った通り俺個人の『魔術師』としての質は低いという部分かな」

「…………」


 説明を聞いていても思ったが、この人の自己評価は正しいけれど適切ではない。


 確かにスノウさんや火灼さんに比べれば天木先輩は『魔術師』としては劣るし、空海家が専攻する符術や形成術に関しては私の方が遥かに上手だ。だが、だからといってこの人が『魔術師』として質が低いかと言えばそんなことはない。そもそも、本人が言うように魔術を学んで一年未満であり、魔術を学んだのが学生生活の片手間であることを考慮すれば、むしろ現時点での在り方そのものが異常と言っていい。莫大な魔力量こそ絶対のアドバンテージではあるが、そのことを差し引いても色々とおかしいのである。基礎魔術は習得済みで、空間魔術という高等魔術を使用に耐える段階で使えている時点で素人とは言えない。評価基準にしている周囲が狂っているだけであり、天木秦という存在はすでにその辺の魔術師よりもよっぽど上質なのだ。


 天木先輩がいる環境と照らし合わせれば正しい評価であるが、天木秦の魔術師としての評価としては適切ではない。もし、一般的な魔術師が彼の習得技能とそれに費やした期間を知れば間違いなく憤慨し、才能という二文字に呪詛を吐き出すだろう。


 とはいえ、それだけでは学府第三席の南雲飾が持って来る仕事を処理するには――要求される水準としては些か力不足、という自己評価が正しいのも確かでもある。たかだか『才能がある』程度でどうにかなるような段階の話ではないのだ。魔術師が際立つには、才能なんてのは前提条件に過ぎない。そんなの上に登る奴ならば誰だって備えていて当然のモノでしかない。


 ――では、そんな中で天木先輩の特筆すべき点は何か。簡単である。


「世界端末であること」


 私が言うと、先輩はその先を手振りで促してくる。


「先輩に世界端末そのものとしての価値はあっても、それ自体が利用できるかどうかは別ですよね。結局のところ、世界端末はどこまでいっても世界の代替――バックアップでしかないわけですし。検体としては価値があっても、魔術師としての価値自体は――魔力量が多いことを除けばほとんど無いに等しい、ということですもんね」

「面と向かって言われるとつらいぜ」


 微塵もつらくなさそうな声音だった。


 ――それに、それは純粋な魔術師としての評価だ。魔術師という言葉が内包するモノはどちらかといえば『研究者』という側面が強い。探求者。追求者。求道者。元来、魔術師とはそういうモノだ。だが、それとは別の側面――スノウさんやネセルさんのような在り方――暴力装置として見るのならば、この人はすでにそれらに比肩しないまでも届き得る段階にいる。暴力――或いは対暴力としての対人技能、対獣技能、対群技能、そういう観点であれば、人間兵器としてならば、この人はすでに上澄みにいる。


 でも、それでも、だとしても、わざわざ世界端末(このひと)を使う理由にはならない。貴重な世界端末を暴力の対抗手段として使うのはリスキーでしかない。というか、多分だけどスノウさんが許さない。


「こうして考えてみると、この人扱いづらいなぁ」

「ん? なんで唐突にディスった?」


 無視する。


「ということは、本当に世界端末であることが肝要になるわけですよね。でも、世界端末そのものとしての部分ではない…………あ」


 そこで気付く。世界端末であることによって得られる副次的な恩恵を。


「精神干渉耐性。もっと突き詰めれば、魂に作用するあらゆる事象への耐性。これですね」

「はい、大正解。世界端末である俺は呪いとかも効かない体質なんだとさ。そんな俺のお仕事は『見たら死ぬ絵』の梱包作業とか『開けると呪われる箱』の開封とか『触れると発狂する楽器』の運搬とか、そんな曰く付きな物品に関することだよ」


 先輩の話を火灼さんが引き継ぐ。


「天木は気軽に言っているけれど、そのどれもが学府ですら扱うのを拒否した等級外の呪物や汚染品よ。一つ対処するだけで二桁の報酬だって安いくらいだからね」

「……それは万ですか?」

「億に決まっているでしょ。子供のお使いじゃないんだから」


 少し、くらりときた。


「南雲と私はそれを利用していくつかの不解決事象を進展させている。それがどれほどのことなのか、成世ちゃんにだって理解はできるでしょう? お金も、時間も、人員も、手間も、途方もないほどのそれらを要求するはずだった事象に対して、私たちは天木秦という存在をあてがうだけで良かった。それによって得られたのは単純な金銭に代えられるものではない。モノによっては魔術史の転換点に関わるであろうモノだってあったからね」

「……そんなにすごいことをやっていて、お金もたくさんもらえるはずなのに先輩は扶養から外れないようにとか、そんなしょっぱい考えで断っているんですか? 謙虚は美徳と言ったところで限度ってもんがあるでしょうに」

「いいんだよ。その分だけ南雲さんにも刀河にも色々と便宜を図って貰っているしな。元々、俺は自分の生活を変に崩される方が嫌だったんだ。そうならないように無茶を言っている自覚はあるし、それの対価として手を貸している。両者合意の上なんだから、いいんだよ」

「本人がそれで納得しているのなら、まぁ、私からはこれ以上言えないっすね……」

「そうそう。それに、ある程度の資産価値があるモノは現物で支給されているから、いざとなったらそれらを換金すればいいってことになっているんよ。言うほど不当な扱いをされているわけでもない」

「なるほど……。ちなみにその現物支給品とは?」

「金とかプラチナとかのインゴット」

「思ったよりしっかりしているモノで渡されていますねぇ!」

「今は刀河の勧めで銀行の貸金庫に入れている状態だけど、収納魔術が向上したらそっちに入れるように言われている」

「あー、そっちの方が確実ですもんね。空間魔術が使えるとそういう部分は便利でいいなー」

「まぁ、今の俺の容量だと学生鞄分ぐらいが精々だから余分なのを入れる余裕がないんだけどな」

「ないよりはマシじゃないですか」

「うん。それはそう」



 □■■□



 その後も取り留めもない会話は続いたが、部室にスノウさんがやって来たことによって会話は打ち止めとなった。先輩はスノウさんと一緒に帰るらしい。どうやらスノウさんが学内に所用があったようで、先輩はスノウさんの用事が終わるまでの待機場所として部室にいたようだった。


「それじゃまた明日な、後輩」

「なるちゃん、またあとでねー」


 手を振るスノウさんに私も手を振り返し、見送る。


 二人の足音が遠退いていくのが壁越しに聞こえる。


「それにしても、先輩の仕事ってあんな内容だったんですね。スノウさんや火灼さんの仕事に私が同行することはあっても、先輩のほうに同行することがなかった理由がわかりました」


 部室に二人きりとなった火灼さんに感想を言う。


 数少ない例外は正月明けの一件だろうが、あれは仕事というよりも慰安旅行だったのでノーカンだろう。


「どれだけ人手を用意しようと、最終的には天木一人でしか対応できないからね。道中の護衛が必要な場合はあるから私やスノウが同行することはあるけれど、護衛対象より弱いんじゃ意味がないからね」

「そりゃま、そうですよね……」


 そう言って私が肩を落としていると、火灼さんは立ち上り、楽しそうに笑った。


「まー! そのあたりはおいおいどうにかすればいいのよ! 大丈夫、成世ちゃんはまだまだ伸び盛りだからね。そんなことより私たちも帰ろっか! 成世ちゃんが給料日であるように私もまた給料日だからね。ここは先輩兼保護者らしく夕飯をご馳走しちゃる」

「やったー! 奢りだぁ! 叙々苑行きましょう! 叙々苑!」

「奢りって聞いて真っ先に高級焼肉チェーン店を提案する成世ちゃん、図太いぜ!」


 その後、火灼さんは本当に連れて行ってくれた。


 てっきり、ハンバーガーショップあたりにでも押し込まれて終わりだと思っていたがそうはならなかった。


 やきにく、おいしかった。まる。


四章を書いていて思ったのですが、このあたりのこと(秦のバイトの内容とか)を書いていなかったし本編中に書く機会もなさそうだったので閑話で消化しておこうという次第でした

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