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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
閑話

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81/86

閑話『スノウとクラスメイト』

「無理、今日は死ぬ」


 火灼(かやく)はそう言ったきり、睡魔に誘われるまま夢の世界へと落ちていった。


 創立記念日によって休日だった金曜からの三連休に寝る間も惜しんで色々とやっていたらしく、枕にうずめる直前にちらと見えた目の下には墨汁で描いたかのような隈が出来ていた。


 三徹の代償は抗えない眠り。まぁ、無理に抗う必要もないでしょう。


 火灼が休むのならば私も休もうかと一考するが、


「ダメです」


 もう一人の同居人である空海(そらみ)成世(なるせ)――成世ちゃんに怒られた。


 成世ちゃんは実質的には居候のような立ち位置であり、同居仲間になってしばらくは私や火灼に対する配慮のようなモノを見せていたのだが、気付けばこうして偉そうに説教をしてくるようになった。


「なんで?」

「なんでもなにも、スノウさんには休む理由がないでしょ」

「む……」

天木(あまぎ)さん――先輩と一緒に卒業するって決めたのはスノウさんなんですから、そのためにも出席日数はちゃんと稼がないと」


 その通りではあった。


 その通りでしかないので、私は大人しく通学へと気持ちを切り替えた。


「それじゃ、行こうか成世ちゃん!」

「あ。私は南雲(なぐも)さんからの依頼でこれから仕事なので、学校は休みます」


 よく見ると成世ちゃんは学校指定の制服姿ではなく、事務所で貸与されるスーツを着ていた。


 ――そういうわけで、久しぶりに私、スノウ=デイライトは一人での登校となった。



 □■■□



「おはよー……ってあれ? デイライトさん、一人?」


 級友の篠根(しのね)さんが教室に入った私に軽く手を振ってくる。私の隣に刀河(とうが)火灼――火灼がいないことについて言及する程度には、私と火灼は学校で一緒にいるのだろう。


「おはよう。うん、今日は一人だよ」


 篠根さんの席は教室後方の扉から一番近い席、つまりは廊下側の一番後ろだ。そんな場所にいる彼女は、こちらの扉から入室するクラスメイト全員に挨拶をする。男女分け隔てなく、気楽に気さくにコミュニケーションを図る人だ。銀縁眼鏡の似合う黒髪ボブの彼女は、見た目だけなら委員長キャラと言ってもおかしくない。なお、委員長ではない。


「おやまぁ、珍しい」

「そうかな? そうかもね。火灼は体調が悪いから、今日はお休みなの」

「……気になっていたのだけれど、デイライトさんと刀河さんってどういう関係なの?」


 普段ならば「そうなんだ、お大事にね」などと、その程度で会話を切り上げそうなのに、篠根さんは一歩踏み込んできた。


 私と火灼はクラス内でそれなりに浮いている。浮いているというか、距離を取られている。それは畏れとかに近い感情で、つまりは腫れ物に近い認識を持たれているのだ。とはいえ、私自身の見た目が理由の一つであることは十二分に理解しているが、それ以上に火灼に問題があると私は見ている。


 ――火灼は振る舞いがおよそ学生らしくないのだ。


 いや、学生らしくないというよりかは幼さがないと言った方が適切だろう。


 どれだけ大人びていようとも透けて見えるはずの未熟さが彼女にはない。同じ学生という立場のはずなのに、刀河火灼にはそれが感じ取れなくて、それが理由で級友や教師たちは距離を取ってしまっているのだろう。


 私は火灼がそうである理由は理解しているし、その上で一緒にいるので気になったこともないのだけれど、同級生や教師たちからしてみればそれはかなり直感的ではないことも相俟って近寄り難さを感じる所以なのかなと、そう思うわけだ。


 だからこそ、こうして火灼が不在のタイミングで篠根さんは私に質問をぶつけてきたと、きっと、そういうことなのだろう。


「関係。関係かー」


 私は頬に指先を這わせる。


 ――私たちの関係を表す言葉は色々とある。


 仕事仲間。相棒。同業者。債権者と債務者。契約者。共同研究者。同居人。共鳴者。


 一言で表すのが難しい気もするが、私も火灼もそれらをひっくるめてこの一言で済ます。


「友達だよ」


 友達。便利な言葉だと思う。便利であり、きっと一番適切な言葉だ。

 けれど、篠根さんはそんな回答に不満そうだった。


「と、友達の一言で済むような間柄には見えないんだけどナー」

「そう? じゃあ、篠根さんにはどう見えているのかな?」

「えーと、友達よりももっと深い関係? それこそパートナーみたいな?」


 驚いてしまう。私と火灼は他の人からはそういう仲に見えていたというのだろうか?


「パートナーではないね。それについては断固、否定しておくよ」

「え、そんなに力強く?」

「そりゃね。私のパートナーは秦くんだけだから」

「え、しんくん……?」


 どうやら篠根さんは「シン」という響きの名前に心当たりがないようで、疑問符を頭上に表示させていた。秦くんは穏やかに緩やかに目立つようなことをせずに生きているため、こうして一部のクラスメイトからは名前を憶えて貰えていなかったりする。


「そう、秦くん。天木秦だけが私のパートナーだよ」


 そこでふと思い至る。こちらでは相棒(バディ)のこともパートナーと呼んだりすることがある。そう考えると、篠根さんの表現もなんとなく理解できた。そんな内心で自己完結している私をよそに篠根さんはやや困惑気味だ。


「えと、あまぎしん? ……あまぎって天木のこと? え、天木? え? 秦くん? 天木がパートナー? えっと、つまり、え?」


 彼女の中で一つ一つ筋道立てて咀嚼しているようで、段々と一つの結論へと至ろうとしている。


 ――私と秦くんの交際は別に隠していない。


 隠してはいないが、別段言い触らしているわけでもない。学校でベタベタしているわけでもないので、校内での私や秦くんを見ていてもそういう間柄という結論になる人はそうそういない。


 とはいえ、こうして判断材料さえ与えれば分かる人には分かるだろう。


「つまり、デイライトさんは天木と付き合っている……?」

「うん」


 端的に肯定すると、篠根さんの向こう側で動きがあった。


「えっ⁉」


 それはかなりの大声だったので、音の発生源は教室内にいる人達が視線を向ける程度には注目を浴びた。音の発生源――片原(かたはら)さんは周りの人に軽く謝りつつ私と篠根さんの会話に闖入してくる。


「スノウちゃんって天木と付き合ってるの?」


 抑え気味の声量で問われ、私は今一度頷いた。


「うん」

「ほえぇー……」


 年頃の少女としては些か品性を疑われるような大口を開け、片原さんは感心とも放心とも取れるような声を出した。



 □■■□



 ――お昼休みになり、私は気付く。


「お弁当が……ない」


 いつもは火灼が用意してくれているので、見事に失念していたわけである。


 別段、昼食を抜いたぐらいで問題はない。私はよく食べる方ではあるが、燃費が悪いわけでもない。やろうと思えば一週間ぐらいは絶食絶水しようが体調に支障は出ないようになっているし、身一つで不眠不休のダカール・ラリーを行えと言われても問題ない程度には鍛えているのである。


 いつも通り秦くんが友人の玖島(くしま)と食事をしている姿を席から眺めようかとしていると、私に接近する物体があった。


「スノウちゃーん。約束通り一緒にお昼食べよー!」


 弁当箱を片手にぶら下げた片原さんである。


 ……はて、約束とは?


 などと思ったけれど、そういえば今朝に「あとで詳しく聞くからッ!」と言われたのを思い出す。――だが、おかしい。私はそれに頷いた記憶がない。一方的な約束を履行させようなどとはどうかと思う。そう結論して断ろうかと思ったが、先ほどから視界に収め続けていた秦くんが手で小さく「行って来い」のジェスチャーをしてきたので私は片原さんに頷いた。


「おっけー」


 頷いた私は片原さんに手を引っ張られて女子複数名が固まっているグループへと連行される。


「あれ? デイライトさん、お弁当は?」


 その中には篠根さんもいて、人をよく見ていることに定評のある篠根さんは私が手ぶらであることに疑問を呈した。――関係ないが秦くんは手ブラが好きだ。あと髪ブラも。長髪でよかった。


「今日はないんだ。いつもは火灼が用意してくれているんだけれど、今日はいないから」


 オケラのポーズを取りつつ説明すると、みんながなにか言いたそうな雰囲気を出しつつも、篠根さんが立ち上がり私の手を片原さんの手から取った。


「購買にパンを買いに行こっ。もうあんまり良いのがないだろうけれど、微妙そうなら私のおかずをあげるから」


 そういえばこの学校には購買部があるのだと、今になって思い出す。使ったことがないのですっかり忘れていた。


 篠根さんに案内されて購買でいくつかの余りものを購入し、教室に戻ると女子グループへと歓迎された。


「いらっしゃーい」


 南葉(なんば)さんが緩い笑みを浮かべつつひらひらと手を振ってくる。南葉さんはセミロングの黒髪にブルーのインナーカラーを入れており、クラスの中では見た目が目立つ方である。なお、この学校の校則はそこそこ緩いので問題にはなっていないそうな。


 ――ちなみに、秦くんは染髪とかピアスはあまり好きじゃない。メイクもナチュラルメイクが好きだったりで、そういうところは女子という幻影に夢見ている年相応の純朴男の子だったりする。本人には気付かれないように少しずつ現実との擦り合わせをさせてはいるけれど、思春期の男の子が妄信しがちなオンナノコ幻想に囚われている姿も大変愛い(うい)ものなのである。私はもう少しそのあたりを堪能したいと考えているので、火灼や成世ちゃん、秦くんの女家族である妹の奏ちゃんや母の郡さんには私の考えを伝えてある。つまり、秦くんをあますとこなく堪能する私の計画は今のところ順調だった。


「お邪魔します」


 とりあえず手を振り返しつつ用意された席に座る。端から一瞥していき、改めて顔を確認する。篠根さん、佐藤(さとう)さん、南葉さん、船道(ふなみち)さん、片原さん。私を除いて五名。なかなかの大所帯である。記憶によれば篠根さん以外は比較的行動を共にしているはずだが、篠根さんは普段であれば別のグループにいたような気もする。……ふむ、どうやら巻き込まれたようだった。


 私はあまり他人を認識しないのだけれど、流石にクラスメイトともなると覚えようとはするし、その名前や顔、上辺の性格や関係性だって覚えている。火灼とばかりいるため殆ど交流はないけれど、街で見掛ければ見知らぬ人との区別がつく程度にはちゃんと把握している。


 ちなみに、秦くんはそういうのを本当に覚えない。秦くんは私に対して無関心キャラの印象を抱いているが、一番の無関心キャラは彼だ。彼はクラスの半数以上の名前と顔が一致していないまである。私や火灼は別として、彼がクラスで名前と顔を覚えているのは唯一と言っていい友人の玖島と、その玖島と仲のいい男女ぐらいだったりする。そのことを知った成世ちゃんには「ド陰キャじゃないっすか……」と引かれていたが、まぁ、うん、別に無理して覚える必要もないことだと私は思う。


 などと由無し事(よしなしごと)を考えていると、佐藤さんが嬉しそうな顔をして言った。


「えへー。まさかデイライトさんとお昼を一緒に過ごせるとはねー」

「まさかなの?」


 小首を傾げると、佐藤さんは癖のある髪の毛先を指に巻き付けながら苦笑した。


「いやまぁそりゃね。なんと言いますか、壁を感じていてねー」

「壁なんて作ったつもりはないけど」


 私はクラスメイトとの交流を断とうとしたことはない。挨拶はそれなりにするようにしているし、クラスメイトたちとの間に心理的にも物理的にも壁を作った記憶はない。むしろ、彼女たちのほうが壁を作っているようにも感じていたりする。私の言葉を受けた佐藤さんは取り繕うように説明し始める。


「いやさね、なんというかね? こう、デイライトさんは生き物として違うなーって」

「じ、人種差別……?」


 とりあえず深刻そうな顔をしてそう言ってみると、佐藤さんは大層慌てた。


「ちっ、違うよ! そういうんじゃないよ⁉」


 こっちとしては軽いジャブのつもりだったのだけれど、思った以上に佐藤さんは慌てふためくし、片原さんは私のジャブに追従して来た。


「そんな……。さっちゃんがレイシストだったなんて……。そういえば確かにそんな思想が透けていたような気が」

「おいコラ片原ァ! 人聞きの悪いこと言うな! 洒落になってねぇんじゃい!」


 佐藤さんはそんなに大声でもないのにやたらと耳通りのいいツッコミを入れた。



 □■■□



「コイバナの時間です!」

「ワー! ぱちぱちー!」「きゃっほー」「…………」「え、なにこのノリ……」


 片原さんの音頭に楽しそうに乗っかる佐藤さん。棒読みで追従する南葉さん。無言だが小さく拍手だけはする船道さん。特に何も知らなかったっぽい篠根さん。三者三様である。


 とりあえず私もぱちぱちと拍手しておく。


「本日のゲストはスノウちゃん! 喜べてめぇら。洋モノ美少女のアレソレを聞けるゾ!」

「洋モノ言うな」


 南葉さんの鋭いツッコミが入る。船道さんはコクリと頷き、ボソッと言う。


「ノンデリの極み」


 楽しそうに燥ぐ女子たちを見ていると、教室内の一部で動きがあった。そちらに視線を向けているわけではないが、私は教室程度の範囲であれば魔力の反射によって全容を把握できる。なので、その動きの正体が秦くんと玖島であり、移動の準備を始めていることは容易にわかった。


 また、最近頑張って練習している聴覚強化のおかげか彼ら二人の直前での会話も聞こえていた。


『なぁ天木よ。どう考えても今からあそこでお前とデイライトさんの話が根掘り葉掘りされるようだけれど、耐えられる自信はあるか?』

『玖島。助けて』

『……中庭に行くか。今時期だと寒風吹きすさぶ中庭は人気がないし、およそ人類の生きられる環境じゃないと言われているけれど、実は知る人ぞ知る無風地帯があってな。しかも今の時間帯だと丁度陽の光が降り注ぐ場所でもあるから、これが案外居心地の良い空間になるんだ。さ、行こうぜ』

『く、玖島ぁ……』


 ――秦くんが素直に助けを求める相手は少ない。


 というか、私の知る限り彼があぁも真っ直ぐに頼るのは両親を除けば玖島の野郎だけだし、あんな縋るような――ある種の信頼関係あってこその声を出すのも玖島だけである。


 表情には出さないが、臓腑が煮え滾りそうだ。私が思うに、私の一番の敵は玖島だろう。奴とはいつか決着をつけなければならない。そう内心で殺意の波動を迸らせつつも、目の前の少女たちの会話にも意識を向ける。


 一通りのやり取りをして満足したのか、片原さんは本日の主役(オモチャ)である私へと視線を向けてきた。


「さて、では改めての確認ですが、スノウちゃんって天木と付き合っているの?」

「うん。そうだよ」


 今朝と同様に答えると、佐藤さんは「ほえー」だなんて小さく声を漏らした。その隣に座る南葉さんは目をぱちくりと見開いているが、船道さんは手作りと思われるおにぎりを小さな口いっぱいに頬張りながら私を見つめるだけである。


「いやぁ、アレだね。こう改めて言われても、意外としか言えないわ」

「意外?」


 片原さんの言葉に私が小首を傾げたところ、篠根さんが目を見開いた。


「ちょっ、片原! あんた言い方っ!」

「え。あ、悪い意味じゃなくてね? なんていうかこう、本当に意識外の関係だったからさ!」

「――うん。大丈夫だよ」


 手を合わせペコペコと頭を下げる片原さんに私は気にするなと手を振る。


 片原さんが言外に含めたモノも、それを察した篠根さんの苦言も理解はできるが、私はそこまで気にはしていない。実際に私と秦くんに学校での接点はないし、学校での秦くんは昼行灯と言っていい在り方をしている。それは妥当な評価であり、むべなるかな。むべー。


「いつから付き合っていたん?」


 南葉さんが挙手し、質問を投げかけてくる。挙手制なんだ。


「夏休み前ぐらいからだよ」


「え、そんな前から?」「気付かんかった」「密会のプロか?」「密かにしていたわけではないのでは?」「ていうか、なんやねん密会のプロって」「密会のプロって言われると、不倫を隠すのが上手いみたいにならない?」「すごい偏見」「アンタ、それは昼ドラの見過ぎでしょ……」「昼ドラだと、大抵の場合密会はバレてね?」「確かに」「そして、そこから始まる犯人不明の殺人事件……」「それはもうサスペンスなのよ」「そういえば昼ドラじゃないけれど、洋ドラでデスパレートな妻たちってのがあってさ」「あぁ、あの愛憎入り混じり過ぎて人間関係滅茶苦茶なやつね」「なにそれ……」「あれはね――」


 こうやって複数人のグループに交じることは今までほとんどなかったけれど、なんというか会話の転び方がすごい。話題のタネとして呼ばれたのは理解しているが、こうも別方向へと吹っ飛んでいくのを見ると、彼女たちにとって私と秦くんの話は本当に話題の取っ掛かりでしかないのかもしれない。


 そうやって少女たちのやり取りを眺めていると(存外面白い)、私のことを意識に収め直した片原さんがハッとしたようにこちらを見る。


「そういえばスノウちゃんはさ、天木のどういうところが好きなの?」

「うん? 好きになったら全部を好きになるでしょ?」

「おおぅ、あばたもえくぼでしたか……」

「そもそも、ウチは天木のことをよく知らんのよね。どういうやつなん?」


 南葉さんが挙手して疑問を口にする。船道さんもそれに同調するかのように頷いている。


「もうすぐ進級でクラス替えなのに……?」


 クラスメイト全員との交流に積極的な篠根さんが二人の無関心っぷりに困惑しているが、当の本人である秦くんもクラスメイトのことを全然把握していないのでお互い様だと思う。


「じゃあ、そういうシノっちは天木のことをなにか知っているのかね?」

「えっ、……えーと、うーん?」

「悩んでるじゃん! 人のこと言えんだろコイツ!」

「くっ……、考えてみても(はじめ)くんの印象で上書きされるな」

「クッシマーの隣によくいる人って認識しかないよね」


 なんだその量産型可変モビルアーマーみたいなあだ名は。


 哉くんというのは、玖島のことだ。秦くん唯一の友達と言っていい男、玖島哉である。やたらと秦くんとつるむくせに、秦くんのような交流範囲狭小人間と違ってあいつは交流の幅が広い。イベントごとには積極的に参加するし、能力もあるためか周囲から慕われている。だというのに、あいつは最終的にだいたい秦くんの隣にいるし、それが当然であるかのような態度をしている。


「でもまぁ、哉くんと仲が良いってことは悪い人じゃないんだろうなぁってなるよね」

「そうだね。なんか、こう、無害? ってなる」

「無害ってアンタ。人に対する評価としてソレはないでしょ……。しかも付き合っている人の目の前で……」


 少女たちは明け透けに、歯に衣着せぬ物言いで話している。きっと普段からこのように直球な言葉を交わしているのだろう。そう考えると、この子たちの仲を窺い知ることができる。ただ、今回は私という異分子がいるからか、南葉さんが窘めていた。とはいえ、私としても佐藤さんのその言葉には理解があるので頷いてしまう。


「そうかな? 人間関係って、突き詰めると害と益の有無に帰結するし、適切な表現だと思うよ」


 彼自身、数多にとっての有害でありたくないという思いと、家族にとっての有益でありたいという思いが強い。そう考えれば『クラスメイトの女子』という存在から無害認定されているのは望み通りと言えるだろう。肯定こそすれ、反発を覚えることなどない。


「中々に辛辣なことを言うねデイライトさん……。そうなると、デイライトさんが天木くんと付き合っているのは有益だからってことなの?」

「うん。そりゃね。――彼と一緒にいると、それだけで幸せになれる。ほら、それはこれ以上ないほどに有益なことでしょ?」


 何人かの女子から黄色い声が出た。



 □■■□



「なぁスノウさんや」

「なんだい秦くんや」


 放課後。


 南雲のいる事務所に用のある私と秦くんは連れ立って歩いていた。傍から見れば仲良く下校しているカップルにしか見えないだろうし、実際に仲良く下校しているだけのカップルなのでなにも間違っちゃいない。


「一応聞いておきたいのだけれど、クラスの女の子たちとはどこらへんまで話した感じですか?」

「気になるんだ?」

「ならないほうが難しくない?」

「それもそうだね。別に、私と秦くんが清く正しい男女交際をしていることを話しただけだよ」

「最近、お前との交際が清かったり正しかったりするのか俺は不安になりつつあるよ……」


 ふむ、直近のあれそれを振り返ってみる。


 それなりに豪遊しているし、ほどほどに耽溺しているね。ただまぁ、


「少なくとも不純ではないね!」


 私の心からの言葉をキミは溜め息一つ、そして呆れ声。


「不純ではないからといって純粋であるとは限らないし、純粋であることが清いかどうかはまた別の話にならないか?」

「今日は、そういう話をするの?」

「あぁ、いや。よそうか。違う気がする」

「はいはい。それにさ、別に清くなくても、正しくなくても、私は秦くんと一緒にいられるのならなんだっていいしね」

「それは、冥利に尽きる言葉だな」

「尽かれちゃ困るぜ。私は今が幸せだけれど、これからも幸せでいたいし、そのためにはキミにも幸せでいてもらわなきゃいけないんだから」

「……なんていうか、お前さんといると安心するよ」

「褒めてる?」

「褒めているよ。――なんて言えばいいのかね。スノウは生き様に迷いがないから、見ていて不安定にならない」

「単純ってこと?」

「芯があるってことだよ。それは俺には無いモノだったから、それをきちんと持っている人がすぐ隣にいてくれるということに、この上なく安心する」

「そういうのって成長と共に形成していくモノだから、青年期の今に出来上がっていなくとも普通だと思うけど」

「いや、それはそのまんまそっちにも言えるから。同い年よね?」

「一般論だよ。一般論を私に当てはめるのはオススメしないネ!」

「それは、そうですね……」


 そう言うと、秦くんは少しばかり黙る。隣を歩く私をじっと見つめる。さて、何を考えているのだろう? 秦くんとは目と目で通じ合う、つうと言えばかあの間柄を目指す私としては言葉にせずとも考えていることを当てたいところなので真剣に考えてみる。


「おっぱい、揉む?」


 真剣に考えた結果である。「男なんておっぱいが全てなんだよ。ウィーアーザ・おっぱい」とは秦くんの言である。


「公衆の面前ではちょっと……」


 どうやら違ったらしい。ではなんじゃろか? と、再び考えていると秦くんが口を開いた。


「クラスの奴らと話すの、楽しかったか?」

「うん? うん。面白かったよ。たまにはいいよね」

「そっか。たまには、か。なら考え過ぎか」

「ふむ、なんのことを考えているのかな?」

「一般論が当てはまらないスノウさんのことだよ。それってつまり一般的じゃないってことだろ? 一般的な奴らとの交流で、何か思うところがあったりはするのかと考えたけれど、そのことに対して後ろ向きな感情は特段なさそうだし、心配したところで余計なお世話でしかないと結論した」

「なるほどね」


 どうやら色々と考えを巡らせていたようだけれど、私自身が平常運行なので益体のないことだと結論したらしい。確かに余計なお世話と言えるだろうけれど、余計なお世話、大いに結構。秦くんがこちらを思ってくれているという事実そのものが嬉しいので、今後もジャンジャンバリバリして欲しいモノだ。


 ――そのことを表明すると、「お前さんはブレないねぇ」と、キミは朗らかに笑った。


 啓蟄も間近、春の気配どもが顔を覗かせたかと思えば土俵際で踏ん張る寒気に委縮して引っ込むこともしばしば。上級生との関りがないためにどこまでいっても他人事である卒業式を数日後に控えた三月の始まり。


 私とキミは大したことのない日々を過ごす。


「もうね、こうやって大事ないまま過ごしたいよね」

「スノウさん、それフラグ……」


 噂をすれば影が差す。


 そんな発言の回収をするはめになるのは、私と秦くんが上級生となってからのことである。

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