◆二十八話:後日談
「あのー……」
私――刀河火灼は、同居人兼親友のスノウ=デイライトと友人の天木秦に締め上げられていた。
比喩表現とかではなく物理的に、である。縄で腕を胴体に雁字搦めにされている。しかも使用されている縄がトラロープなのだ。トラロープとは黒と黄の二色で編まれた標識ロープのことであり、視認性に優れており目立つので砂利敷きの駐車場とかで区間を示すために使用されていたりするアレである。このトラロープ、そういった用途で使われることもあってか結構頑丈で、早い話が硬い。およそ人間の束縛に使うような代物ではない。ていうか普通に痛い。
腕を縛られ、足首も縛られている。食い込みに涙が出そうだ。
そんな状態で正座を強要されているのだが、視界の隅には何故か十露盤板と石板が何枚も見えていた。すごく嫌な予感がする。正直勘弁して欲しい。
十露盤板というのは、いくつもの三角柱を横に並べた板なのだが――イメージとしては洗濯板の出っ張りの一つ一つがとても大きいモノだと思って貰えればいい。石板は一抱えもあるモノが五枚。合計すれば余裕で二百キロオーバーは確実な重さだろう。
――うん。ていうかアレ石抱きだよね?
石抱きというのは有名な江戸時代の拷問だ。身動きできないように固定した囚人をまずは十露盤板の上に正座させる。ちなみにこの時点で普通に痛い。マジで痛い。角が骨に食い込む感触に泣きそうになる。
そして、用意した石板を膝に載せていくというのがこの拷問の全容である。まず一気に全部を載せて最大の苦しみを教え、退かしたあとに改めて一枚ずつ時間を掛けて載せていくやり方が定番なのだけれど、これが本当にキツイ。負荷が全て足の骨の一部に集中するのだけれど、あまりの痛さに身体中の穴という穴から色々なモノが止めどなく出てしまう。なにぶん固定されているので、痛みから意識を逃すことができない。継続性のある痛みの恐ろしさを知ることが出来てしまう。気を紛らわせるために身動ぎでもしようものなら骨への食い込みが深まるので、むしろ動けない。動けないけれど、動かなくても別に痛みは減らないので、歯を食いしばってじっとりと脂汗を垂らしながら我慢するしかない。一分が十分にも一時間にも感じられるので、体感時間を延ばしたい人が試してみるといいかもね。責任は取らないよ。
「待って、何が望みなのか言って頂戴。こちらには可能な限り話す準備があるわ」
石抱きの準備を始めようとしたスノウと天木を見て、私は即座に降伏の意を示した。
だが、そんな私の意思表示を無視してスノウは天木に質問していた。
「ねぇ秦くん。この方法だと下半身への責めに対して上半身への責め苦がかなりおざなりだと思うのだけど」
あら、お目が高い。――そんなところに目を付けるな。
「んー、元々は鞭打ちの後に行われる拷問だったからな。最初は上半身――というか背中への鞭打ちで、次に石抱きで脚を痛めつける。次に海老責めという全身を無茶な姿勢で何時間も固定する方法をとって、最終的には縛って吊るす『釣るし責め』――というのがポピュラーな拷問の流れと言われている」
「へぇー」
天木のどうでもいい無駄知識が火を噴き、それにスノウが感心している。私はなんとなくではあるが、次にスノウが言うことが予測できた。
――スノウはこんなんでもしっかりと手順や形式などのしきたりを重んじる部分がある。魔術師である以上サイクルを重要視するのは当たり前ではあるのだが、自己というモノが希薄だった期間が長かった彼女にとって、その通りに進めれば大抵の場合は上手くことが運ぶ『決まり』というモノにとりあえず従う癖がある。
つまり、彼女はこう言う。
「じゃあ、鞭打ちからの方がいいんじゃない?」
「おいコラ! そんな提案をするな!」
思わず文句を言ってしまう。気軽に言ってくれるが鞭打ちは立派な拷問である。鞭そのものに触れる機会の少ない現代人にはいまいちピンと来ないかもしれないが、鞭は純然たる凶器なのだ。
鞭と言われて思い浮かべるのは、カウボーイの持つ一本鞭が基本だろう。人によってはSとかMとかの性風俗店で使われるようなバラ鞭だったりするかもしれない。あれは音が派手なだけで痛みが比較的少ない――あくまでもプレイ用のモノである(それでも痛いモノは痛い)。そして、実際に拷問で使われるような鞭は……かなり痛い。バラ鞭によって起きるのはミミズ腫れが精々だけれど、拷問用の一本鞭は一振りで皮膚を切り裂き、骨を露出させることもある威力だったりする。複数回にわたって鞭に打たれた場合、死ぬことすらあるので笑えない。鞭と言えば『音』の印象もあるが、鞭を振るったときに響く音は副次的なモノとしても機能する。あまりの激痛によりその音を聞くだけで大の男が泣き叫ぶこともある程度には効果的なのだ。
「鞭打ちは疲れそうだからやらないよ」
「そっか。殴るほうの手も痛い理論だね」
やらない理由も大概だが、理由に納得するのも大概だ。
「そ、そうだね……」
天木が引いていた。なんでお前が引くの?
二人が相談を終え、私へと向き直った。天木がこちらの名前を呼ぶ。
「えー、刀河火灼さん」
「はい」
「戸沼桃恵さん」
「はい」
その後、私が使用している名前のうち三分の一ほどを読み上げられたので、その全てに私は素直に頷いた。天木がすごい三白眼でこちらを見ている。
「……お前さ、以前に『魔術師にとって偽名は邪魔なモノでしかない』って言っていたよな?」
「言ったわね」
「めちゃくちゃ偽名あるじゃん……」
そこに引っ掛かりを覚えていたのか。
「全部本名よ。それぞれちゃんと戸籍が存在するし」
「本名の定義とはなんぞや……」
「少なくとも、私たち魔術師にとっては自己定義の一種ね。それを己の名前であると認識できるかどうかが重要になるの」
「つまり、俺の本名が増えたり変わったりする可能性もあると?」
「普通にあるでしょ。一番身近なのは結婚して結婚相手の名字に変わることかな。もしスノウの家にでも婿入りすればアンタはシン=デイライトになるよ」
「それは――しっくりこないな」
「誰だって最初はそんなものよ。気付けばそういうモノとして腑に落ちている。そうなればその名前がそいつにとっての本名になる」
「そうなのか……」
自分なりに納得しようとしているのか、天木が顎に手を添え考え込む。
私と天木の会話を横で聞いているスノウが口元を笑っているんだかすぼめているんだかもにょもにょと動かしている。おそらく、天木との結婚という部分に反応してにやけそうになっているが、天木のデイライト家への婿入りという明らかに七面倒臭い状況を考えると素直に喜べないのだろう。
スノウは放っておき、天木の理解に踏み台を添えることにする。
「昨今だと、ハンドルネームとかも当てはまったりするわよ」
「ハンドルネーム?」
「そ。ネットとかで使うでしょ? ハンドルネームが自分の名前――自分を示すモノとして浸透する人は結構いるのよ」
「ふむ?」
どうやらあんまり伝わらなかったらしい。天木はネットゲームやSNSにのめり込んでいない人種なので、伝わらないのはさもありなんか。とはいえ、そういう人がいること自体は理解しているはずだ。
「誰かが会話をしていて、そこに出てきた特定の文字列を耳にしたときに『ん? 自分のことか?』って反応するようなモノが名前よ」
「なるほど。なんとなく理解はできた」
実体は違うのだが、現状の理解としてはそれで問題ないのでそれで進める。
「私はそのへんのが多めになっているわけよ」
「ハンドルネームがたくさんあるやつってことか……」
「私の場合はどっちかというとアカウント名かなー。それぞれで引き出せるモノが違うし」
「引き出す?」
「こっちの話だよ。――それに、私の名前のほとんどは魔術系の界隈とは関係ないところで使用しているからね。過去から未来に於いて魔術師としての私は『刀河火灼』だけだから安心していいよ」
私が言えるのはそこまでで、それは私なりの譲歩であり、私なりの信頼表現であった。
私は言葉を選んだ。だからだろうか、天木はしばし黙考を挟んでただ頷いた。
「そうか。わかった」
スノウ=デイライトが選んだ少年なだけはあると、思わず嬉しくなる。
□■■□
十露盤板の上に移動されずに済んだ。畳が肌に優しい。
「刀河。お前、今回の件についてどれぐらい関わっているんだ?」
でも、正座は継続だった。
私の正面に座る天木も正座しているが、そちらは座布団を敷いている。それ私にもくれよ。
「今回の件って、占い師のこと?」
「占い師もそうだし、おっさんもそうだし、神父もだ」
天木から共有された情報にあった面々だ。おっさんというのは『ク・ウォン』という私のことを探し回っていた人物のことだろう。
「……なぁ天木よ。お前もしかして私が全ての元凶とでも思っていたりしないか?」
「半分ぐらい?」
「篤い信頼に涙が出そうだよ……。言っとくけれど、今回の件だってどれも私からの干渉はないよ。――いや、マジでマジで。長期休暇だからと後回しにしていた諸々を片付けるために飛び回っていた私としちゃあ、南雲の勝手な行動には青筋立てているんだよ?」
「そうなのか」
「そうなのよ。もうね、カンカンよカンカン」
そう言いつつ両手を頭の後ろに回して人差し指を立て、鬼の角を表現する。
「――つってもまぁ、今回の件に関しちゃ南雲ってよりかはネセルが推した案件らしいし、なんだかんだコキ使っているお前らへのご褒美としての側面が強かったんだろうね」
「ネセルさんはそんなことないって言っていたけれど、まぁそうだよな。あの人は基本的にそういうところがある」
「南雲だってまさかこんな色々なのとかち合うとは思っていなかっただろうね。『魔法使い』と『世界端末』の接触で何かが起きることを期待していたぐらいだろうし、その当ても外れているわけだしね」
「やっぱりそうだよな。神父やおっさんを俺やスノウと対面させるのが目的だった場合を考えようとしても、流石にタイミングの問題とかもあるし、あまりにも遠回りで確実性がない」
――それに、もし何かが起きることの確信があったのならばこんな杜撰な送り出し方はしないだろう。私から隠すつもりで不在時を狙ったのであれば、私の帰国が出来ないように手を回していたはずだから、というのもある。
「ク・ウォンについてだって、元々は私が目的で、スノウとやり合ったのは流れなんでしょ?」
流れでスノウに喧嘩を売るような奴がいるという事実に驚愕だ。
「そんな感じだった」
「というか、スノウが一方的に負けるような相手ってのが聞き捨てならないのよね。しかも、吸血鬼化したスノウが負けたんでしょ? ただの素手の人間に」
天木の横に座り、黙って成り行きを眺めていたスノウに話を振る。
「そうね。制限付きとはいえ吸血鬼だった私に攻撃を通して、心臓を潰してきたわ」
「俺が見たときにはスノウの身体に浮上していたデイライト家の先祖が相対していたのだけれど、そっちも一方的にやられた後だったよ」
気になる話ばかりが出てくる。ほんと、私のいない間に色々起きてくれやがってと文句を言いたい。デイライトの遺伝子に刻まれた開祖の呪いについても色々と調査が必要だけれど、それは本題ではないので後に回す。
「魔術師じゃないし魔法使いでもない、それなのに吸血鬼の持つ『接触権限』を越えたわけでしょ。私の知る限りでは、それに該当するような存在は『到達者』だけなのよね」
「到達者?」
「到達者?」
スノウと天木、二人の声が綺麗に重なった。
「至ったモノ。世界に触れたモノ。呼び方は色々あるけれど、簡単に言えば上位階に干渉できる能力を有した存在のことね。まぁ普通に化け物よ」
スノウが不思議そうに訊いてくる。
「そんなこと可能なの?」
もっともな疑問だ。魔術師という存在自体がそれの再現をありとあらゆる方法で試みる者たちの総称だったし、出来ていないからこそ未だに数多の魔術師が研究に励んでいるわけだし。
「実在する以上は可能みたいだけれど、私に聞かれても困るのよねー。分かっている範囲で言えば、到達者は『一を窮めた存在』と言われているわね」
「なにそれ格好いい」
天木が目を輝かせる。男の子はこういうのなんだかんだ好きよね。
「『万芸一道に通ずる』とでも言えばいいのかね。あらゆるモノの極点は同じ一つに終着するようになっているという思想でもあるわけよ。ここで言う『一つ』は『世界』のことね。すべての事象に於いて、極まった先にあるのは世界という考え。きっと、その男は武道の極致にでも辿り着いているんじゃないかな」
「そういうのってもっとこう、老師みたいな感じになって辿り着くやつなんじゃないのか?」
天木の指摘に苦笑してしまう。
「時間を掛ければ至れるというわけではないんだろうよ。重ねた時間に価値があって欲しいと思うのは人類の悪い癖ね」
それが通じるのであれば、魔術師はもっと単純だっただろう。そうであれば逆説的に『時間さえあればいい』とそれだけに腐心出来たのだろうけれど、実際は時間だけがあっても無駄に朽ちていくばかりなのが人間だ。
「時間じゃどうしようもない部分もあるのか……。でもまぁ、それはなんだってそうか」
「そうそう。才能とか、環境とか、運とか、そういった様々なモノが絡み合って出力される結果なのだろうね。――で、今一番重要なのはそんな推定到達者と思われるク・ウォンが私を探しているという事実ね……」
思わず頭を抱えてしまうと、天木が意外そうに言ってくる。
「え、心当たりないのか?」
こいつが私のことをどう思っているのか、今度しっかり話し合うべきではないかと真剣に考え始める。
「ないわよ。マジでない。というか、一人の人間にそこまで名前を抑えられているというのもすでにおかしいのよ。活動時期も地域も結構離れているのよ? 全体的に使い古しているモノだから、モノによってはそろそろ鬼籍に入れる必要もあったりするのだけれど、そこから辿れたりするか……?」
□■■□
考え込み始めた刀河をよそに、俺は隣に座るスノウに気になったことを聞いた。
「なぁスノウさんや」
「なんぞやー」
「刀河ってどれくらい生きているんだ?」
「知らない。秦くんは気になるの?」
「むしろ気にならないのか?」
「あんまり。初めて会ったときの見た目は三十歳ぐらいだったんだけれど、私が借金を肩代わりした翌日には私と同じぐらいの年恰好になって来たから、そういう人なんだなーって思って気にしていなかった」
「…………」
うん、魔術師に常識を適用させようとしたこちら側に問題があるな。気を取り直して話を進めることにした。
「刀河。思い悩んでいるところ悪いけれど、本題に戻させてくれ」
「うん? うん。そうね。悩むのはあとでするわ。それで他に何を聞きたいのかな?」
切り替えの早さは流石と言うべきか、年の功と言うべきか。
「おい天木お前今失礼なこと考えただろ」
「考えたよ」
「誤魔化しすらしないのもそれはそれでどうかと思うなぁ!」
「はいはい。それじゃあ話を戻すけれど、佐田親子を助けた理由ってなんだ?」
刀河はその質問に間髪入れずに答えた。
「そりゃ善意だよ。困っている人がいて、自身に差し伸べることのできる手があるのならば、その手を差し伸べるのは当たり前だろう?」
「そうか。……そうか」
そう言われてしまえば、俺からそれ以上を聞くことはできなかった。何故なら、それは俺が一番に望んでいる答えだからだ。
刀河の真意はわからない。
おためごかしのようなその答えは本意なのだろうか。
――でも、事実として一つの親子が救われている。
あの旅館にて、佐田花織さんと個別に話す機会があった。
悠理くんと成世が遊んでいる横で、俺は彼女の身の上話を聞いた。
一人の女性に救われて、今では親子ともに十分な生き方が出来ているという話だ。
唐突に現れて解決策を提示してくれるという物語に出てくる魔法使いのような存在。
それはなんて都合が良くて、なんと理解の及ばない恐ろしい存在だろうか。
結局のところ、俺はこの刀河火灼という人物について何もわかっていない。前よりも少しだけその過去を知ったはずだというのに、理解は遠くなるばかりだった。
――けれど、そんなの本当は誰だってそうなのだろう。
理解なんてのは幻想でしかない。家族や恋人、友達などという関係性を示す言葉で取り繕うとも、その実、相互理解には至れない。そもそもとして、人は自分のことすら満足に理解できていない。想起された感情と思考は肉体という不完全な殻を媒体として出力されるが、それがどこまで原型を留めているのかを把握できていない。そうした不完全なモノを、言語という不十分な伝達手段を用いて相手に投げつける。共通言語というまやかしの上で成立させている言葉のキャッチボール。不完全な俺たちが不十分な言葉で行う精一杯の交信。
――それが分かっていながらも、俺たちは相手を理解したいと思ってばかりいる。
「俺にはお前が何を考えているかわからん」
俺のそんな呟きに、言われた本人は一瞬だけキョトンとした表情を見せ、笑う。
「そんなの私だってわからんよ」
「……そういうところが余計に胡散臭いんだっつーの」
「私が胡散臭くとも、別に天木に問題はないだろう?」
「あるよ」
「あるのか?」
「あるさ。お前はスノウの親友だろ。――好きな人の親友だ。そして、少なくとも、俺はお前のことを友達だとも思っている。友達のことを理解したいと思うのは普通のことだろう。はぐらかされてばかりだと、その、対処に困る……」
結局のところ、俺の本音はこれだった。
助けてくれた奴のことは信じたい。
見知らぬ誰かを助けることができるような人間には敬意を払いたい。
この一年を通して、俺はスノウのことをたくさん知ったつもりだ。
そして、そのスノウを通して刀河についても少なからず知ったつもりだ。
そうして知った刀河の人となりに対して思うところはあれど、信頼したいとは思った。
――信頼できるとは言えないけれど、信頼したいと思ったのだ。
こちらのそんな思いを知ってか知らずか、刀河は聞いてきた。
「天木はさ、完璧ってあると思うかい?」
「……ないだろ」
「じゃあ、そんなありもしない――辿り着けない完璧を目指して進む人は愚かだと思うかい?」
「思わないよ。目指すことと――理想とすることと、完璧の有無はまた別の問題だ」
届かないと分かっていてなお、理想に手を伸ばすことは愚かではない。
そこに近付こうとすることそのものに意味がある。
――意味がないこともきっとあるだろう。
そうすることによって生まれる成果がある。
――何も生まれないこともあるだろう。
だから、俺は完璧を否定した上で完璧を目指すことを否定しない。
そういった在り方こそを綺麗だと思うから。
「きっと、私の考えていることがわかる日なんて来やしないだろうさ。でも、あんたがそうやって考え続けるうちはそれでいいんじゃないかな」
「またそうやってはぐらかすのか」
「いいや、これは本音だよ。――そしてまぁ、先延ばしでもある」
そう言って、刀河はちらりと俺の横にいるスノウを見る。俺も釣られてそちらに目を向けるが、スノウは泰然自若という字が似合いそうなほどに落ち着いているだけで、こちらの会話に入ってくる様子はない。そんなスノウを見て刀河は苦笑し、言葉を続けた。
「何事にも段階ってモンがあるわけだよ。スノウとあんたみたいな関係をすっ飛ばして結論だけ先取りして、後になって過程を回収するのは特殊だし特別だ。けど、私とあんたはそうじゃあないだろう? だから段階だよ。天木が私を信頼したいと思うように、私だってあんたが信頼できるかどうかを判断する必要がある。一方通行では成立しないのが人間関係ってことだね。そしてまぁ、今のあんたにはまだまだ言えないこともある。能力も知識も経験も足りていないからね。それが私の為であるのはもちろんとして、天木のためでもある。それが分かっているからこそスノウだって私の判断に文句をつけない」
それは、言われてみればとても当たり前のことだった。
「確かに、そうだな……」
自身の至らなさなど何度も経験しているはずだったのに、それが抜けていた。自身が目の前の相手からしてみれば未熟者同然の立場で、事実教えを乞うてばかりの立場であることを失念している。なんて、勘違いも甚だしいことだろうか。
「まぁ、気落ちすんなって。言ったでしょう? 先延ばしだって」
脱力感から肩を落としたこちらの頭を刀河がばしばしと叩いてくる。
「きっと、長い付き合いになる。そんな中で、私がやろうとしていることを天木に話す日も来るだろうさ。そのときは、よろしく頼むよ」
言って、刀河はにぃと笑った。
俺はその期待に応えられるようにと、不敵に笑ってみせる。
「あぁ、そのときは任されるよ」




