表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
三章『その目に映るのは』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/86

◆二十六話:帰り道での語らい

【一月七日/午後】


 温泉旅館をこれでもかと満喫(?)した俺たちはチェックアウトし、帰途についた。


 現在は極寒キャンプを平気なツラして完遂した女ことスノウと合流して電車に揺られている。“平気なツラして完遂”などとは言ったが、スノウは今回のメンバーで唯一荒事に巻き込まれていたこともあってか疲労はそれなりに溜まっていたようで、今は俺の肩を枕にして穏やかに寝息を立てている。


 ――行きと同じように車内はすっからかんで、俺たち以外に利用者はいない。


「そういえば先輩、一度として悠理ちゃんのことを“ちゃん付け”で呼んでいない……」


「むしろ、その時点でおかしいと気付くのでは?」


「でも先輩、私のことを“くん付け”で呼んだりするから、そういうモノなのかと……」


「あれ? 俺のせい?」


 俺と成世はというと、至極どうでもいいことの補足をしていた。


 佐田悠理――悠理くんの性別についてである。


「そもそも骨格を見りゃわかるだろ」


「いや、骨格とか気にしたことないですよ……。というか、あの見た目はどう見ても女の子と思うじゃないですか!」


「線が細くて背が低いのは昔の栄養不足が響いているんだろうな」


「髪が長いじゃないですか!」


「その理論で行くと寂聴さんは男になるし、アルフィーのリーダーは女になってしまうぞ」


「一般論じゃボケェ! ほら、あんなに可愛いじゃないですか!」


「おっと、可愛いは女の子だけの特権じゃないぜ?」


「うるせぇ!」


 うるさいのはお前だよ?


「まともに答えると、男の二次性徴は遅いと十三歳前後――中学一年生とかになるし、そうなるとアレぐらいの年齢で男女の区別が見た目でつきにくいのはそれなりにあることだろうよ。栄養不足だったなら、なおさらそこら辺が遅れるのはあり得るしな。それに可愛さってのは幼稚さ、純真さ、無垢さに対して感じるモノだからな。幼いってのはそれだけで可愛さの塊だし」


「ランドセルが赤い!」


「近所の一人娘から貰ったって言っていただろ。男の子の方がランドセルをボロボロにすることが多いし、出来るだけ傷みの少ないモノとなると女の子が使っていたのになりやすいんじゃないかな」


「えー……。というか、そうなるとなんで記憶を直に体験した私は気付かなかったんですかね?」


「自身の性別を意識する機会って子供だとそんなにないんじゃね。そういうのを一番意識するのって二次性徴を迎えてからだろうし。いや、トイレとかの細かい記憶にまで手を伸ばせばわかるだろうけれど、記憶の追体験ってそういうのは見ないだろうし」


「じゃあ、あのヘアピンは、なに!」


「普通に教えてくれたけれど、昔に助けてくれた大好きなお姉さんからの貰い物だそうで」


 それに、男でもヘアピンを使う時代ですよ。


「知らねぇ!」


「お前が見てない年齢のときなんだろうな。ていうか、一人称僕だったろ」


「ボクっ娘だと思ってました……」


「…………」


 こいつなー。根本的に対人経験が少ないせいで変なバイアスが働いている節があるよなぁ。


「そういえば、イト様も私が言った『女の子』って言葉に引っ掛かりを覚えていた……!」


 愕然とする後輩を見て、俺はゆっくりと溜息を吐いた。



 □■■□



 ――成世とは途中で別れ、俺はスノウの住まいへと向かっていた。


 成世は南雲さんの事務所へと向かった。お土産を届けに行くとのことだ。


 自宅へ向かわない理由は簡単で、スノウが起きないからである。


 駅からここに至るまで、俺はスノウを背負い続けている。キャリーバッグ等はスノウの空間に収納しているため、両手も背中も空いており問題はない。とはいえ、流石に女子高校生一人を背負って歩くというのは結構大変だ。具体的には衆人の目。ただでさえ目立つ状態だというのにスノウの容姿も相俟ってなおのこと目立つ。ちょっとした羞恥プレイなのではないかと思う。


 駅から離れるほどに閑散としていくので、気持ち早歩きで移動していたのもまた疲れる要因だった。スノウが住んでいる地区は住宅街――それも頭に高級が付く場所で、人通りはそれほどでもないから今は落ち着いている。


 落ち着いたので、俺はやっとこさ感触に集中できるようになった。


 ――背中の半分ほどの面積を柔らかいモノが触れている。


 厚着の上からでも確かな質量を感じることが出来るのは、それだけ大きいということだ。


 きっと、幸せってのはこのことなのだろう。そんな譫言じみたことを言いそうになる。言う。


「……背中に当たるこの感触はとても素敵だ」


 そう呟くと、ぴくりと反応があった。


 背中のスノウが身動ぎをする。ただ、その動きは離れようとするモノではなくて、むしろ押し付けようとする動きだった。上下されると本格的にいやらしい気持ちになってくるので勘弁してくれないかな。


「スノウさんや、目が覚めているのなら自分で歩いてくれませんかね」

「や」

「おや、珍しくワガママだ」

「私、重い?」

「………………」


 物質的な話だろうか、精神的な話だろうか。


「いいかスノウ。世間一般において、人間ってのは重いんだよ」


「そこは嘘でも軽いって言う場面じゃないの?」


「お前に嘘は吐きたくない。というか、事実としてお前重いだろ」


「事実でも言っていいことと悪いことがあるでしょ」


「いや、だってお前さん体重(そういうの)とか気にしないじゃん……」


「まぁそうだけどさー。でもホラ、そういうやり取りのテンプレを消化しておきたくてね?」


「お前に限ってはそのテンプレの対象外だと思う」


 スノウは女子にしては背が平均より高い。だが、体重はその比ではなかったりする。


 肉体の密度が常人離れしているので、三桁にこそ届かないがそれに近い数値を叩き出しているのである。別段、女の子には軽くあって欲しいという願望はないし、見た目だって俺からすればとても綺麗なモノなのでそのことに不平不満はない。むしろナイスバディと声を大にして言いたい。そんなわけで、健康そのものと言っていい状態である以上、体つきについて俺から言うことはないのである。


 そのことについて本人も特に気にしていないのは今の会話の通りだ。


「私が秦くんをお姫様抱っこしたときは重さなんて感じなかったよ。埃かと思ったね」


「誤差の範囲がでかすぎる……。というか、その比喩の対象はもうちょいマシなのはなかったのかな? 羽とか花びらとかあるよね? ちょっとどうかと思うよ? ……いや、まぁいいか。今回はお前が一番大変だったわけだしな。このまま家まで運んでやるよ」


「わーい」


 喜ぶスノウが抱きつく力を強める。その分だけ背中におっぱいが当たって潰れる。最高!


「――あぁ、そういえばお前にも聞いておこうと思っていたんだった」


 ク・ウォンの探し人たちについて、スノウにも確認しようと考えていたのだ。


 俺はポケットから取り出したメモ用紙をスノウに渡す。


「ふむ?」


 スノウは俺の右肩に顎を乗せながらメモ用紙を眺める。


「この中で見覚えのある名前ってあるか?」


 つってもまぁ、こちらはこちらで大して期待していない。成世が箱入り娘であるとすれば、スノウは浮世離れの人だ。人間個々人に対する興味関心の程度が著しく低いのがスノウ=デイライトという女の子である。人の名前を覚えることに頓着しない質な以上、名前の羅列を見たところで出てくる言葉は――


「ないねー」


 当然こうなる。


「だよな」


 だから、俺だってそのことに肩を落とすようなこともない。名前の羅列を見て、記憶の隅に引っ掛かってはいないかとスノウなりにうんうんと唸ってはくれたようだが、知らないのもむべなるかな。なので、本命はどっかに出掛けて現在音信不通な刀河――


「でも、心当たりはあるよ」


 立ち止まるぐらいには驚いた。



 □■■□



 ク・ウォンの探し人は七名。名前は以下の通り。


 ・舘野(たての) 千聖(ちひろ)

 ・(ツァオ) 明美(ミンメイ)

 ・法霊崎(ほうりょうざき) 桑折(こをり)

 ・蓮舎(はすや) 世那(せな)

 ・Lene(レーネ)=Kelso(ケルソー)

 ・戸沼(とぬま) 桃恵(もえ)

 ・霧丹部(むにべ) 結友(ゆゆ)


「それで、この中の誰に心当たりがあるんだ?」


 一度、唾を飲む。


 そもそもとして、あのおっさんの目的は人探しだ。それ以上でもそれ以下でもない。そこは本人も明言していたので確定していい。重要なのはあのおっさんが駆り出されるような人探しであるという点だ。


 常人――少なくとも非魔術師でありながらにして、学府の上位戦力に数えられるスノウを一方的に叩きのめせるような存在を必要とする人探しというのはどう考えても穏やかじゃあない。そして、その探し人を求めて俺やスノウの住む地域に出現したということは、その探し人たちは俺たちの身近に潜んでいる可能性があるということになる。


 そういった理由から他人事ではないという思いもあり、少しばかり食い気味に聞いてしまったわけである。


「この中というか、なんというか……」


「どうした。らしくなく歯切れが悪いな」


「んー。そもそもさ、秦くんはコレに対して違和感というか、おかしいなーって思わない?」


「まぁ、特徴的な名前ばかりだとは思う」


「名前それぞれにじゃなくて、全体を見て欲しいな」


 そう言って、スノウはメモ用紙を俺の眼前に持って来る。目に映るのは名前の羅列。


「全体?」


 そうは言われても何も思いつかない。それらに名前以上の意味を俺は見出せない。


「まぁ、引っ張るようなことじゃないから普通に教えるけれど、これらの名前は日本を出身とする人――日本語を第一言語とする一人の人が考えたんだろうね」


「これら? ……いや、明らかにそうじゃないのもあるぞ」


 七つのうち五つは日本名だから理解はできるが、二つは明らかにそうではないだろう。


「いやいや、これは明らかにカタカナでの発音を前提にしているよ。多分だけれど、日本名が多いのはこれを考えたときには一応のヒントとして『そういう前提』ってことを示したかったんじゃないかな。いや、そんなこと考えずにただ雑に付けただけの結果もあるけれど……」


「随分と理解があるように言うのな」


「まぁねぇ……。それで続けるけれど、これらがそれぞれ日本式での発音を前提にしているということを踏まえると、重要なのは音だろうね。漢字に意味を見出そうとすると、Lene(レーネ)=Kelso(ケルソー)が例外になって通用しなくなるから、漢字は関係ないとみていい。じゃあ、それぞれのフリガナ部分だけの文字を抜粋しよう」


 スノウはそう言って文字に指を這わせる。すると、フリガナ部分の文字だけがメモ用紙の下部分へと移動した。なにそれ。魔力の発露は感じたので魔術によるモノなのは理解できるが、なんかオシャレだった。


 ・たての ちひろ

 ・ツァオ ミンメイ

 ・ほうりょうざき こをり

 ・はすや せな

 ・レーネ=ケルソー

 ・とぬま もえ

 ・むにべ ゆゆ


「この中で、おかしいなぁって思う部分はないかな?」


「うーん……、うーん?」


「何も思いつかないのね……。『こをり』という名前の『を』がおかしくないかな? どうして『お』じゃなくて『を』なんだろうって思わない?」


「……おかしいか? 歴史的仮名遣いだろ? 名付けでは時折見掛けるぞ」


 それこそ、俺の母である天木郡の『郡』と似たようなモノだろう。あれは『こおり』と読むが、昔は『こほり』と書いていたというし。


「あれ? 普通にあるの?」


「あるな」


「あれま……。うーん、そこをフックにして繋げようと思ったのだけれど、まぁいいか。じゃあさ、改めて音に注目してよ」


「音?」


「そう、音。一度、声に出して読み上げると分かったりするかも?」


 言われた通りに、読み上げるが一向にピンと来ない。


「秦くんは察しが良いんだか悪いんだか……。どの名前も他の名前と文字が被っていないんだよ。ほら」


 スノウはそう言って、改めてフリガナ部分を俺に注目させる。


「ん? ――ほんとだ」


 パッと見ではあるが、一つの名前の中に同じ文字はあれど、どれも他の名前に使われている文字は使用されていない。


「パングラムっていう、一つの文の中に一つの言語の文字をすべて使う言葉遊びがあるの。これはソレだと思う」


 ――スノウの補足説明が入る。


 パングラムはギリシャ語で『すべての文字』を意味する。また、パングラムの文章を作る際には文字の重複自体は問題ないらしいが、重複は少なければ少ないほど――文章が短ければ短いほどに良いとされるらしく、重複のない文章は完全パングラムと呼ばれるのだそうだ。


 日本において一番有名な完全パングラムは『いろは唄』だろう。日本語は文字単体で意味を持つモノも多いので作ろうと思えばそれなりに作れるらしいのだが、日本語には濁音や拗音もあるため、それらも含めた完全パングラムを作ろうとすると難易度が一気に跳ね上がるとか。


「へぇ……。だからスノウはこれが『一人の人が考えた名前』だと言ったわけか」


「そういうこと」


 へぇと、思わず感心の声を上げたが、引っ掛かる部分がある。


「いや、だとしても、どうしてそれで心当たりがあるようになるんだ? 知り合いにこういう名付け方をする奴やされる奴がいるのか?」


「そんな知り合いはいないはずだったけれど……。あと、そもそもこれで終わりじゃないからね。パングラムだとして、これには全部の文字が使われていないもの」


 そう指摘したスノウはまた指を文字に這わせ、動かす。


 すると、文字が指先につられて動き、


『あいうえお』

『 き けこ』

『さ すせそ』

『たちつてと』

『なにぬねの』

『はひ へほ』

『まみむめも』

『や ゆ よ』

『 りるれろ』

『  を ん』


 使われている文字が五十音順に並んでいく。


「使われていないのは、『か』『く』『し』『ふ』『ら』『わ』か…………ん?」


 何かが引っ掛かる。思考という沼に箸を入れると、そこに確かな感触は存在するのだが、如何せん上手く掬えないせいでもどかしさがある。


「こう……、すき焼きでよそった白滝を溶き卵の中に入れて混ぜた後、思った以上につるつるしていて上手く掴めない感覚……」


「なにそのたとえ……。今夜はすき焼きにしようか」


 夕飯が決定した。


「やったぁ」


 素直に嬉しいので、その喜びを露わにする。こちらの態度にスノウは小さく笑うが、一瞬で『すん』となって、フラットな口調でぴしゃりと言う。


「――違う。そうじゃない……。別に引っ張ることじゃないから言うけれど、藤河(ふじかわ)楽禍(らくか)という名前に聞き覚えはある?」


「………………あるな」


 藤河楽禍。


 それは刀河火灼が複数持っているという戸籍の一つである。


 俺は頭を抱えた。


「あいつかぁ…………」


 そりゃスノウは心当たりがあると言うだろう。


○藤河 楽禍

刀河火灼が所持している戸籍の一つ。二章の後日談でちらりと触れた。

この戸籍は二十五歳なので煙草が買える。火灼が所持しているtaspoとかもこの名義。

住居の名義などもこれ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ