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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
三章『その目に映るのは』

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◆二十四話:恋愛相談

「――あんたの未来は見えないね。そういうのを期待していたのなら、すまないね」


 イトは俺を見て、開口一番にそう言った。あまりの直球な言葉に面食らい、唖然としてしまう。


「そう、ですか」


 絞り出せた言葉はただの相槌。


 驚いたのは事実だけれど、内容にはそこまで驚いてはいない。なんとなくだけれど、目の前の占い師が俺の未来を見通せないことは予感していた。ただ、そのことをこうも堂々と言われるとは思わなかったと、そういうわけだ。


「さて、私としてはそれでもあんたと話をしたいのだけれど、いいかい?」

「そりゃ、もちろん」


 元々、この旅行はそういうモノだ。目の前の占い師に占って貰えるのではなく、目の前の占い師の会話相手としてお目通りさせて貰えて、その上で、ことのついでに未来を予知してもらえたりする。


 たとえ未来予知をしてもらえなくとも、この宿泊施設をロハで使用できるというだけで十分なまでに十分なのだから。


 この老婆だって、ここで断られるとは思っていないだろう。それでもこうして一度は確認のていを取るあたり、人がいいというか、人が出来ているというか、踏まえているというか。人を相手に商売するだけあって、人との会話を成立させる方法を弁えている。


「むしろ、俺としてはあなたの眼よりも、あなたの経験を見込んで話を聞いて欲しいんですよね」


「おや、そうなのかい?」


「えぇ、若輩の身ではありますが、そんなのでも一丁前に悩むことがあって、それを誰かに聞いて欲しいという思いがあるんです」


「いいじゃないか。それはとてもいいさね。ちなみに、具体的にはどんなことを聞いて欲しいんだい?」


 思った以上に食いつくイト。


「思春期の子供が持つ悩みなんてそんなに種類はないですからね。進路とか、将来とか、そういうのの不安ですよ。あとは――付き合っている女の子がいて、初めての交際で、今はそれこそ我が世の春とばかりに謳歌しているのですけれど……、無性に不安になるときがあるんです」


「ほっほぉ。若いねぇ、青いねぇ、いいねぇ」


 イトはだいぶ楽しそうだ。本当に愉快そうで、話に対して前のめりだった。どう考えてもこちらの色恋沙汰に興味津々なので、そちらへと舵を切ることにする。将来への不安だってソレにまつわる話でもあるのだから、問題はない。


「その女の子は可愛いんですよ」

「いいね。惚気かい?」


「彼女は、可愛くて、綺麗で、格好良くて、強くて、美しいんです」

「べた褒めじゃないか! 盛り過ぎじゃないかい? はてさてそいつは事実なのか、盲目なのか」


「事実ですし、盲目ですね。ただし、盲目もまた、彼女の方なんです。いや、盲目というよりかは、俺しか見ていないんです」


 盲目というのは比喩表現だ。彼女の視力は十全に機能している。十全どころか、十二分と言っていい。アレの視力はマサイ族すら超えており、ミジンコの拡大図を裸眼で写生できるほどに目が良い。


「自慢していいことじゃないか。人に深く好かれているということは誇れることだよ。誰かに好かれるってことは、それだけで凄いことなのさ」


「……でも、それはちょっとしたズルなんですよ」


 常日頃から思っていたことが言える。思っても考えないようにしていたことが表層に浮かび上がる。


 目の前の老婆は赤の他人だから。家族じゃなくて、友達じゃなくて、教師じゃなくて、知り合いじゃなくて、この場この時だけの、継続性のない相手だからこそ言える。


「ふむ? ズルとは?」


「なんと言えばいいのかな。彼女のその好意は――偽りではないのですけれど、本物だとは感じているのですけれど、下駄を履かされているんです」


 ――本心からの好意ではあるが、好意となる閾値に届いているのは、底上げによるモノだ。


 今現在、スノウは俺という人間を見てくれているけれど、そもそものきっかけは俺が『世界端末』だからであり、彼女がそれの『探知機』だからだ。きっかけがなんであれ、好意があり、それに応える気があり、それで両者が幸福であれば問題はないと、俺はそう思っている。


 でも、果たして、それが前提にないと成立しない関係は果たして健全なのかと、そう思うときがある。


 ――いや、違う。その前提が崩れたとき、その下駄が脱げたとき、果たして彼女は俺のことを見てくれるのだろうかと、そう思ってしまう。彼女自身はそんな時は訪れないと確信しているようで、だからこそ運命だったり、永遠だったり、唯一だったり、絶対だったり、そういった力強い言葉を当たり前のように使う。その気持ちの強さを、俺に伝われとばかりに表現する。それはたまらなく嬉しいけれど、たまらなく怖くなる。


 もし……、もしもだ。もしも、その時が来てしまったとき、彼女はどうなるのだろうか。俺たちはどうなるのだろうか。来るかどうかも分からないそのときを考えて、それに悩んで、迷って、そんなときが来ないで欲しいと、浅はかにも思ってしまう瞬間があって、すごく、嫌だ。


「下駄で、それがズルねぇ。よくわからないけれど、それはお前さんが履かせた下駄なのかい? それはお前さんがしているズルなのかい?」


「いいえ、それは不可抗力に近いモノです。――でも、それに乗じているところはあります」


 元凶は別にある。そこに俺は関わっていない。でも、それを理解していてなお、その上で彼女の好意を受け入れている以上、ズルをしているのではないかと、そう思ってしまう。


「別に、いいんじゃないのかい?」

「それはどうして?」


「容姿が良い人間がそれで人から愛されるのはズルいことかい?」

「いいえ」


「特殊な容姿の人間を好きな人がいて、それは悪いことかい?」

「いいえ」


「特殊な容姿――その条件を満たしている人間が、その人の前に出ることはダメなことかい?」


 ――自らの特徴を、自らの強みを活用することは、ダメなことなのかい?


 老婆はそう訊ねてくる。


「……いいえ」


「じゃあ、どこにも問題はないね。それをズルと呼ぶのは、さかしらさね」


「でも、人は変わります。好みは変わりますし、好まれた側が変わることもあります。変わることで生じる不和があれば、変わらないことで生じる不和があります。ある日突然、その下駄が脱げるかもしれないと思うと、少しばかり……嫌です」


 そんな俺の言葉を、イトは一笑に付す。


「それは誰だってそうじゃないか」


「いや、彼女のは事情が、その、特殊で……」


 そう。特殊なのだ。斯く在るようにとされて、そう生まれた。


「特殊であろうとも、根本は変わらないだろう。それは誰にだってあり得る普遍的なモノさね。別に、愛やら恋やらは永遠に続くモノじゃあない。始まるモノである以上、終わるモノさ」


「……それは、かなり嫌な話ですね」


「そうかい? そんな話はどこにでもありふれていると思うけれど……。ふむ、あれか。あんたはそういった恋愛そのものに夢を見ているんだね」


「夢を見ているつもりはありませんけれど」


「いやいや、夢見がちだろう。例えば、大恋愛の末に結ばれ結婚した男女が離婚するだなんて思いもしないタイプだ。劇的な物語を紡いだ末に両想いになったカップルが別れることを考えもしないタイプだ」


 ――いや、正解は『考えたくない』ってのが根底にあるのだろうさね。


 と、占い師は付け足した。


「そうかな……」


「そうさ。いい人生を送っているんだろうね。お前さんみたいなやつは家族に恵まれていることが多い。ご両親は仲が良いだろう?」


「……そう、ですね。そうですね。そう言われると、俺はそういうのを考えないようにしていたのかもしれません」


 破局などをどこか他人事に見ていたという節はある。それこそ、架空の物語や絵空事と同じように感じていたのかもしれない。でも、こうしてスノウと付き合うようになって、その嬉しさとか楽しさを知ったからこそ、知ってしまったからこそ、これが終わるかもしれないという可能性が他人事ではなくなった。


 それが不安となり、悩みとなり、こうして弱音になっている。


「じゃあ、今度からは考えるようにしなさい」


 イトはあっさりと言う。返事に窮するこちらの言葉を待たずに続けて喋る。


「いいかい。あんたの夢見がちと言えるソレは精神性の話だ。あんたは純愛とかそういった言葉が好きだったりするだろう。――いやいや、それを私は否定しないよ。純粋で、高潔で、一途であることを私はあり得ないだなんて言わない。それはきっと実在するよ。でもね、私たち人間はこうして肉体を持つ。形而下にある。それもまた受け入れなければならない。形がある以上、変化は免れない。私たちはどうしたって変わるんだ」


 ――百年の恋だって冷めるときは冷めるんだ。


 イトは諭すようにそう言った。


 その代名詞とも言えるモノを俺は知っている。


「教会で永遠の愛を誓った夫婦が、成田で離婚してしまうやつですね」


 そう、成田離婚である。


「なんでそんなことを知っているんだい」


 などと苦笑される。そして、改めて言われる。


「それなら、考えなさい。――変化は避けられないのだから。誰だって変わるんだ。お前さんの恋人が変わるように、お前さんだって変わる。相手の好きだったとこが変わるかもしれない。自分の好みが変わるかもしれない。それでもなお、相手のことを好きでいたいと思うのなら、その上でどうすればいいのかを考えなさい。変わってもなお好きでいて欲しいのであれば、変わっても相手が好きでいてくれるような自分になりなさい」


 ――人は変わる。


 ――否が応でも変わる。


「一生を添い遂げると誓っても、愛し続けると誓っても、変わってしまうんですね」


 それでは、まるでその場だけの都合のいい言葉ではないか。勢いだけの誠実性のない言葉になる。


 イトは一度頷き、そして首を横に振る。そうだけど、そうじゃないのだと言う。


「でも、だからといって、それを嘘だとは思ってはいけないよ。その時には、その言葉は本物だったのだろうからね。その一瞬に於いて、その永遠は本物だったんだ」


「……詭弁では?」


「そうかもね。でも、事実さ。誰も嘘を言ったつもりはないのだからね。本当に心底からそう思っているんだよ。それに必ずしも変化は悪いモノじゃあないさね。好きだった相手を、もっと好きになることもある」


 なんとなく好きだった女の子を、今ではしっかりと好きになっている。


 それもまた、変化だ。


 ――以前の俺であれば、こんなことは考えなかっただろう。


 色々と見たせいで、色々と知ったせいだ。


 子供を道具のように扱う親がいる。

 子供に重荷を負わせるのを当たり前だと思う親がいる。


 ――子供を大切に思っていてもなお、責任を押し付けてしまう親がいる。


 離婚するような人達がいて、吹っ切って新しい恋を探すような人達がいる。


 今までの価値観が崩れ、再構築された。


 その結果として、不安になった。


 好きだとか、愛しているだとか、そういう言葉が言葉でしかなくて、どれだけ言葉を尽くして想いを伝えようとも、その想いにどれだけの真実味があるのかと考えてしまった。


 でも、占い師はあっさりと言った。


「いいねぇ、若い子の苦悩だ」


 取るに足らない、ただの青臭い悩みだよと、そう言って笑った。


 誰もが通る道であり、その道を進んだ上で互いに寄り添って生きる人達がいる。


 好きだと、一緒に居たいと、そう思うのであれば、ただそれを目指せばいいのだと、老婆は言う。


「そういう二人を、私はたくさん見てきたし、これからもたくさん見るのさ」


 それはとても頼もしい言葉だった。



 □■■□



 イトは不思議そうに言った。


「つってもまぁ、あんたぐらいの年だとそうなるのはやや珍しいさね。特に、お前さんみたいなやつは初めての恋人に舞い上がって、そんな不安とかを思うことなんてなさそうだけれどねぇ?」


 実際のところ、俺だって最初は不安を抱かなかったのだ。スノウが徹頭徹尾あの調子なので、彼女との関係の終わりを考えることすらなかった。


 だが、ここ数ヶ月で色々と見てしまったのである。


 悲しい現実を見てしまったのである。


 盛大に祝われて結婚したというのに、今では夫の不倫に項垂れ、家庭内別居状態に悩む人妻を。


 若くして最愛の夫に先立たれた悲劇の未亡人が、人肌恋しさに新しい相手を見つけようと躍起になっている姿を。


 そういった年上の女性たちと知り合う機会があり、今では時折お茶をして、そのような厳しい現実の話を聞かされていることを。


 固有名詞を避けつつ。そんなこんなをイトに説明した。


「……それは、どういう経緯でお茶をする仲になったんだい?」


「いえ、なんか、色々あってたまたま愚痴とか悩みを聞く機会があったんですよ。頑張って話を聞いて、自分なりに慰めていたら『秦くんは私の話を聞いてくれるのね、ありがとう』って言われたりして、そうしたら時折お呼ばれするようになりまして」


 イトがこちらのことをなんだか凄絶な目で見てきた。



 □■■□



 ――イトとの面会が終わった。


 他人から見ればよしなしごとだろうけれど、自分的にはそれなりに思うところがあった色々を相談し、言われた言葉を自分なりに反芻して、その上でどうするべきかはなんとなく結論が出たのだけれど、占い師からは総括として「女運が悪い」といった感じの言葉を頂いた。


「おかしいな……」


 ――イトは俺を見ても、特別な反応を見せなかった。


“あんたの未来は見えない”


 と、そう言われた。それだけだった。


 元々の目的は魔法使い――或いは超能力者に世界端末やその成り損ないである俺や成世を会わせ、何かが起きたりしないかを探るのが目的だったわけだ。けれど、その目論見はこうしてあっけなく無駄に終わった。それまでの間に、余所の家庭事情に首を突っ込んで痛い目を見たり、ほとんど関係ないところで戦闘狂に絡まれてスノウが死にそうな目にあったりと中々に濃い事態には遭遇しているが、本筋とはなんも関係ない。南雲さんだって必ずしも成果があるとは思っていなかっただろうけれど、こうして完全な成果皆無を突き付けられると若干の申し訳なさがある。とはいえ、俺に出来ることなど特にはないわけでして。粛々とその結果を胸に留めることしかできない。


 そして、経験豊富で海千山千な名士でもある老獪な占い師を前にして、未来が視えないからと言って切り上げてお役御免とばかりにその機会を棒に振るうのも違うだろうと思うわけだ。なので、普通に人生相談みたいなことをした。思春期の少年らしく将来の不安とか、付き合っている女の子との関係についてとか、人間関係とか、そのあたりのことをそれなりに濁しつつ吐露した。


 途中までは好ましい雰囲気だったのに、俺の交友関係や、彼女(スノウ)との馴れ初めや普段の言動について説明をしていたら段々と老婆の顔から表情が消えていった。


 とまぁ、そんなあれやそれやを俺は南雲さんに提出する用のレポートに打ち込む。


 俺がまとめ上げたレポートのような何かを背後から覗き込んで読んでいた後輩が言う。


「これを出すんスか……」


「まぁ、給料出てるし……」


「これで給料が出るの、労働って言葉に対して失礼では?」


「否定できねぇぜ……」


 一応、レポートの体裁はそれなりに整えているので、見栄えは悪くない。内容があまりにも俺の私事に偏っているけれど、実際にこれが俺とあの老婆の会話なので仕方がない。それに、成世だってだいたい似たような内容になっているだろ? そう言うと、


「いや、私はそれなりにイト様の能力について探りを入れましたからね? ほら」


 そう言って携帯端末を手渡される。メモ帳アプリにまとめているようだった。うーん、現代っ子。


「お、本当だ。未来予知の精度とか、その派生についてとか色々聞いているのな」


「えっへん」


 胸を張られた。見慣れているスノウの胸張りに比べるとなんだか謙虚さが滲み出るなぁ。


 思わず鼻で笑ってしまった。


「おい。あんた今誰か別のと比べただろ。侮りが顔に出てんぞ」


 口が悪いなこのエセ後輩キャラは。


「つーか、色々と聞いてはいてもほとんどはぐらかされているじゃねぇか。俺のと大差ないだろこんなの。五十歩百歩だわ」


「オメェは一歩も進んでないでしょうがッ!」


 ――確かに。


 そんなやり取りをしつつ、南雲さんに提出するのとは別に報告用のメールを作成した。


 宛先は刀河火灼。


 内容はスノウが遭遇した『教会』の人間を取り逃したこと。スノウが『デイライトの始祖』を呼び起こしたこと、その始祖が『到達者』と呼ぶおっさん――ク・ウォンにスノウが敗北したこと、そのおっさんの人探しを手伝うこと。これらを記載した。


 こっちは南雲さんにはまだ伝えない。スノウと話し合い、まずは刀河に共有し、あいつの意見を聞くべきであるという結論になったからだ。


 今回の一連の出来事において全くの蚊帳の外にいた刀河火灼へと俺は思いを馳せた。


 ……あいつ、本当に今どこでなにをしているんだろう?


秦は自己評価がそんなに高くないので、スノウとの釣り合いとか心変わりとかを定期的に考えたりします。


スノウは自己評価が高いのでそんなことを考えません。告白前は秦に対する評価が青天井だったので振られる可能性の恐怖でやや二の足を踏んでいましたが、付き合い始めて秦から直接「好きだよ」と言われている内は迷わないし自己肯定感MAXです。現在のスノウは秦以外からはなにを言われようとも揺らぎません。当然のように好かれるための努力をし続けるつもりなので破局なんて考えていません。なので、すでに二人が入る墓も購入済みです。


※スノウは日本贔屓ですし「一緒のお墓♡(最後まで一緒♡)」という響きにうっとりして日本国内にてお墓を即決購入しています。


※スノウのそういう話を聞かされてイトはドン引きしています。墓って普通に高いですからね。十代で墓を買うな。

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[良い点] 重い女なのはわかってたけど墓かぁ....重過ぎて地盤歪む
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