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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
三章『その目に映るのは』

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◆二十二話:アメイジング・グレイス

 私――空海成世とイト様の会話は終始他愛もないモノだったと、そう言えた。


 それもその筈で、イト様を特別たらしめているのは《先識》――未来予知能力によるモノであり、その能力の対象外であるらしい私と相対したのであれば、そこにいるのはただの老婆だからだ。


 とはいえ、そういった特別性を差し引いても海千山千な老婆であることに変わりはないので、その言葉の端々には鋭利さを覗かせているし、繰り出される言葉は含蓄に富んでおり思わず「確かに」と頷いてしまうことも多々あった。


 占い師の持つイメージと言えば、水晶玉を手に持ち、奇を衒った格好に身を包み、猿叫じみた声を上げながら「お前はこのままだと地獄に落ちるぞ!」とか言ってメッキ塗装のブレスレットとかを法外な値段でふっかける感じなのだが……――いや、これはダメな部分の煮凝りであり単純にTRICKの見過ぎだ。


 実際の占い師は相手の状況を見極め、適切な助言や後押しをするのだという。現代風に言えばアドバイザーやカウンセラーの複合と言えるだろう。魔術的、或いは魔法的な素養を持つ人間はここにそれらを組み合わせて精度や確度を高めていく。


 占い師という存在が持つ胡散臭さの原因はそれらがピンキリであり、保証がないからというのもあるだろう。制度がなくて誰でも名乗れる以上、それが本当に有用な存在と言えるのかが難しい。それを逆手にとって騙す人もいれば、実際に適切な助言を出来る人物であるにも関わらず“合わなかった”せいでインチキだと誹られることもあるわけだからだ。


 イト様はその点、純粋な“占い師”としての腕も良いのだろう。観察力が高くて嗅覚が鋭いのだ。


 数多の人間の相談を受け、幾度も未来を見て、繰り返し助言を授けてきたからなのか、イト様はとても適切な言葉選びをする。


 こうなると、たとえ未来の見えない相手を前にしても、相談役、あるいは助言役としては高い数値を叩き出せるので、インチキ占い師とはならない。


 ――学府がそういうものとして判断を下したのも納得できる。


 イト――伊地知桃花は『真実と繋がった者』とも呼ばれている。 では、“真実”とはなんだろうか。それは世界の全てなのかもしれない。世界の記録。世界の記憶。世界という総体、その録音。


 アカシャ年代記と呼ばれる概念がある。それにはこの世界の始まりから終わりまでの全て――そう、誇張なく全て――が記されているとされるモノだ。


 イト様のその呼ばれ方は、まるでソレと繋がったかのように聞こえてしまうだろう。


 ――私たちはその概念そのものを『世界』と呼ぶ。


 私たちはソレと繋がっている人を知っている。


 南雲飾の魂胆は不明だけれど、なるほど確かに引き合わせてみたくなる。


 それが本物であれなんであれ、それだけの呼称をされる人物がアレを見て、どうなるのかは、私も非常に気になる。


 ここまでは私の興味の話。

 ここからは私の趣味の話。


「イト様は、これまで占った人たちのことを覚えていますか?」


 これだと私が悪役みたいだ。いや、自分が善人だなんて世迷言をほざくつもりは毛頭ないので、ある意味適切な言葉選びなのかもしれない。


「大抵のことは覚えているよ。耄碌するにはまだ早いさね」


「へぇ、じゃあ、次に面会予定の女の子が以前に一度占った相手であることも覚えていますか?」


「そりゃあ、もちろ……ん?」


 私の質問を受けて、イト様が硬直する。


 肉付きのいい顎に手を添え、宙へと視線を彷徨わせる。


「ちょっと不安になってるじゃん!」


 こちらの指摘を無視して、イト様は手元のタブレットに指を這わせ、何かを確認する。そうして何かに納得したのか頷き、こちらへと視線を戻す。


「いやなに、少しばかり齟齬があったように思えたが、勘違いだったようだから気にしないでおくれ。大した問題ではないことだったしね。……それで、次の――そう、次のお嬢ちゃんについてか、そうだね。覚えているよ。あの子には、私なりにどうすべきかを伝えたつもりさね」


「それが、縄を見つけさせることだったと?」


「――おや、具体的なことを言うね。どうして知っているんだい?」


「事情を知る機会があっただけですよ」


「そうかいそうかい。それなりに込み入った話だから、昨日今日に知り合ったばかりでは教えて貰えたりはしなさそうだけれど、以前からの知り合いだったのかい?」


「…………」


 イト様はどこまで佐田親子の事情を把握していたのだろうか。込み入った話であると言える程度には把握しており、その上であんな解決方法を示したのだろうか?


 見知らぬ誰かを――見知っただけの誰かを救う義務なんてモノは誰にも存在しない。


 能力のある人間が困っている人を助けなきゃいけないなんてのはキレイゴトでしかない。


 だから、イト様のあの助言によって、袋小路だった佐田親子のうち佐田悠理を助けられただけでも、それは慈善だったと言えるのかもしれない。


 それでも――


「もっと、あんな方法じゃなくて、もっと……いい方法がなかったのかな」


 思わず言ってしまう。恨がましく、責めるような言葉が口をついて出る。


 だが、老占い師はそれをすぐに否定する。


「無理だね。あれが私にできる精一杯だ。むしろ、あぁするしかなかった」


 お母さん――いや、違う――佐田花織はあそこで死ぬしかなかったと、そう言いたいのだろうか?


「未来が見えるのなら、どうとでもなりそうだけれど」


 私の呟きにイト様は嘆息し、嘲るように笑う。


「無茶言うんじゃないよ。少し先が見えるだけの人間にできることなんて、たかが知れている。身の程を弁えるんだね」


 ――身の程を弁えろ。


 それはひどく突き放した言葉のように思える。


 でも、きっと正しい言葉なのだ。彼女にはそこまでする義理がない。義理がないなりに、佐田悠理が助かる道を示した。むしろそれは褒められるべきことで、きっと優しいことなのだろう。人助けであり、とても綺麗なことなのだ。


「そう、ですか」


 でも、私にはそれが綺麗だとは、とても思えなかった。



 □■■□



 私は面会部屋を出て、待機廊下へと出た。気分が悪い。ひどく苛立つ。意味もなく叫びたいぐらいなのだけれど、流石にこんな場所でそんなことはしない。とりあえず落ち着こう。深呼吸だ。そう考え、息を吸い込もうとした瞬間に、


「終わったのか」

「わっ!」


 いきなり声を掛けられ、思わず大声が出てしまった。


 声のした方向へと顔を向けると、先輩――天木秦がいた。


 壁に沿うように設置されているベンチソファに先輩が腰掛けていた。


「せ、先輩……。い、いつの間に」


「ついさっきだよ。色々とあったんだけれど、とりあえず解決したから戻って来たんだ」


「色々ってなんですか……」


「いやー、マジで色々とあったんだよ。俺はそこまで関わっていなかったんだけれど、スノウが意味不明な追突事故に巻き込まれた感じでさ。俺はその後始末というか、後片付けにちょっとだけ時間を取られた」


「追突事故?」


 先輩の言葉は全然要領を得ないけれど、とりあえず何かがあったということは理解できた。


 先輩は自分の隣をぽんと叩く。座れということだろう。素直に従い、先輩の隣に腰を下ろす。


「そう、追突事故。ほら、チェックインのときに神父がいただろ? アレがしっかり“教会”の関係者でさ。駅のあたりでスノウとニアミスしたらしくてね? スノウも教会関係者であることは立ち振る舞いからなんとなく見抜いていたらしいんだけれど、表立ってことを起こすつもりなんてさらさらなかったから放っておいたんだと。向こうからしても大っぴらに魔術でも使わなきゃ魔術師であることなんてわかりようがないしさ」


「あー、あの人マジでそうだったんですね」


 先輩の勘がしっかりと当たっていたということになる。捨てたもんじゃないな。


「ただ、向こうがスノウの顔を知っていたらしくてね」


「え? そんなことあるんですか? あの人って結構な箱入り娘ですよね? 名前のわりに顔が割れていないって火灼さんが言っていましたし。どっかで教会とやり合ったときの生き残りですかね?」


 学府時代も派遣先ではだいたい虐殺が基本だったそうで、知名度に反してその顔を生きて知ることになる外部の人間が少ないと聞いていた。ただ、皆無というわけではないので、その手の存在と遭遇する確率はあるわけだ。


「いんや、スノウが表立って教会関係者とドンパチしたことはないらしい。話を聞くと、以前に教会と協会と学府が巻き込まれ入り乱れて文字通り血の海にまでなった紛争地帯があったんだと。協会の人間が教会の救護テントに奇襲を仕掛けて民間人もろとも虐殺していたことがあって、そこにスノウ含めた学府の上位戦力が横から割り込んで協会関係者を潰し回ったことがあるんだとさ。で、多分、そのときの数少ない教会側の生き残りだったんじゃないかという。少なくとも、スノウが教会関係者に顔を知られるタイミングはその時ぐらいしかなかったというのが本人の弁だ」


 さらりと言うが、物騒な話だと思う。


「はー、そのときの神父に……追突事故をされたと?」


「そ。まぁ、それについては問題なく撃退したらしいんだよ。ただ、その神父との戦いに触発されて通りすがりのおっさんにスノウが襲われたわけ」


「へー……。ん? どういうことです? だいぶ唐突ですが?」


 唐突過ぎてびっくりする。どういうことだ。サプライズ忍者理論?


「スノウが奥の手まで使って迎撃しようとしたんだけれど、普通に負けたんだよ」


「? ??? ?????」


 理解が追い付かない。


 少なくとも、スノウさんは通りすがりのおっさんに負けるような存在ではない。


「で、殺される前に俺が割り込めたのだけれど、なんとびっくり、そのおっさんは俺が以前に空腹で倒れているところを助けたおっさんでな」


「急に日本昔ばなしみたいな話の繋がり方をしましたね」


 ていうか、なにやってんのアンタ。空腹で倒れているおっさんを助けるとかいう機会なんてそうそうないでしょ。そこはせめて可愛い女の子でしょ。


 なんなんですか、おっさんて。おっさんが倒れていて誰が喜ぶんですか?


「いや、可愛い女の子が倒れているぐらいならおっさんが倒れている方がいいだろ。おっさんが倒れていても誰も困らないけれど、可愛い女の子が倒れていたら世界の損失だよ」


 なるほど、一理ある。


「そんで、おっさんが恩返しとして今回は見逃してくれることになって、解散ということになった」


「はー。なんていうか、めちゃくちゃですね」


 この先輩、変なのに遭遇したりおかしなのに巻き込まれたりする才能があるのだろう。


「俺もそう思うよ……」



 □■■□



 スノウさんは意識が回復して、現在はキャンプ地にしている場所で安静中とのこと。……あの人が気を失うことなんてあるのかと驚くばかりである。


 そして、そんな状態の恋人をほっぽって後輩のところに来る先輩はダメなのではなかろうか? そのことを尋ねると、


「あっちは一先ず大丈夫なんだよ。その上でお前の心配だよ」


 なんでも、スノウさんが使用した“奥の手”なるモノは彼女の身体に負担を掛けるモノだったそうで、それによって、スノウさんと魂の繋がりを持つ先輩と、その先輩と繋がっている私にまで影響が出ている可能性を懸念していたのだという。


「とりあえず、意識できる範囲ではなんともないです」


 いつもより自分の体調を慮ってみるも、違和感などはない。なので、思ったままに伝える。


 すると、先輩は心底から安心したかのように緩く笑った。


「そっか」


 嬉しそうな安堵を滲ませた優しい笑みだった。


 ――先輩の用事はそれぐらいだったそうなので、私はそのまま先輩に愚痴を始めてしまった。


「聞いてくださいよ先輩――」


 そんな言葉から始まって、私はイト様との最後の会話を先輩に話した。


 未来を覗けるはずの占い師が大した干渉をせずに済ませたという事実。


 あの占い師には助ける義務も義理もないけれど、それでも、そんな中途半端に介入するぐらいなら、もっと誰もが笑えるような結末へと導いてくれていいじゃないかと、そういう不満。


 つらつらと不満を言い終え、話すだけでも存外すっきりするものだと感心していたのだけれど、先輩からの反応がないことに気付く。不思議に思い、先輩の方に視線を寄越すと、不思議そうな顔をしていた。


「なんスか、その顔」


 そう言うと、何かに納得したのか先輩はまた笑った。


「成世は思い込みが激しいな」

「はぁ?」


 どういう意味だと詰め寄ろうとするが、先輩は時計を見て「そろそろか」と呟いて、私から視線を外した。先輩は視線の先に何かを捉えたのか「ほら」と言って、私にもそちらを見るように促した。


 そちらへと目を向けると、こちらに向かって歩いてくる悠理ちゃんがいた。


 悠理ちゃんの隣には――――お母さんが、いた。


 佐田悠理の母である佐田花織が、そこにはいた。


「秦お兄ちゃん!」


 私と先輩に気付いた悠理ちゃんが急ぎ足でこちらへと近づいてきた。


「よっ」


 先輩は手を軽く挙げて悠理ちゃんに挨拶をして、そのまま隣にいる悠理ちゃんのお母さんへと挨拶をした。


「こんにちは、天木秦です。悠理くんとはゲームコーナーで遊んだ仲です」


「あぁ、悠理から話は聞いています。遊んでくれてありがとうございます」


 先輩の自己紹介を受けて、花織さんは恭しくお辞儀した。頭を上げると、今度は私の方へと、視線を向けてきた。記憶の中の顔と輪郭は重なるが、その顔には随分と生気が戻っていた。


「おかあ、さん……」


 思わず漏れ出た言葉に、相手は不思議そうに首を傾げる。


「え? あ、そうです。悠理の母です。そちらは成世さん、でよろしいですよね? 悠理が楽しく遊んでくれたと、嬉しそうに話していました」


「あっ、はい。成世です」


 どうやって返事をすればいいのかもわからず、たどたどしくなってしまう。


 そうこうしている内に、悠理ちゃんがボディチェックを終えて面会部屋へと入っていった。


 先輩が花織さんと雑談を始めている。


 状況が飲み込めない私はそれを眺めているしかできなくて、ただ座って、二人の会話を眺めていると、


「――――、――、――」


 歌が聴こえた。


 歌の発生源は、面会部屋。


 声は悠理ちゃんのモノで、お母さん――花織さんが学生時代に合唱部で歌ったという曲。


 お母さんがとても好きな曲で、昔によく二人で歌った讃美歌。


 アメイジング・グレイス。


 素晴らしき神の恩寵。


 懺悔と赦しの唄。


慈善事業ではないので、しっかりと報酬(対価)を要求しています。

未来予知によって素晴らしい歌唱を「知る」ことは出来ても、実際に「聴く」ことはできないので、これを楽しみにしていたところもあります。




あと、秦はスノウの先祖返りやおっさん(ク・ウォン)の特殊性とかの情報は意図的に端折って説明しています。

説明が面倒なのと情報規制が半々です。

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