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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
三章『その目に映るのは』

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◆十七話:There's always somebody above you.

 ――集中力が切れているようだ。


 私――スノウ=デイライトのではなく、目の前の神父の話。


 目前の敵ではなく、周囲にいるお仲間に意識が向いてしまっている。


 だから、意識の誘導にあっさりと引っ掛かった。当然のように私はその隙を狙う。


 私の身体の傾きを神父はその方向への移動と錯覚した。


 私の速度にある程度慣れたせいか、予測してしまった移動先へと視線が飛んだ。


 私はそのまま反転して跳ねる。神父の目からは消えたように映っただろう。


 その視界の真後ろ――完全な死角に移動し、頭を貫こうと刃物を突き出す。


 獲った。


「よっ」


 知らない声が聞こえた。一緒に右腕が折れる感触。


 ――あ?


 本日二度目となる自身の肉が潰れる感触。骨が軽快に砕けていく音が空気ではなく骨を伝って身体に響き脳に届く。嫌な骨伝導だ。


 ――吸血鬼の肉体は別に頑丈ではない。


 その特性上、頑丈である必要性がないのだから当然と言えるだろう。けれど、私は吸血鬼である以前に私であり、土台が私の肉体である以上、この肉体はダンプカーに轢かれようとも平気なぐらいには頑強だ。


 だというのに、今、私の腕はまるで普通の人間の腕のようにへし折れている。


 見えたのは拳だ。人の拳。それが私の右腕を肘から砕いた。


 後退して距離を取る。全体像を視界に収めるために、必要最低限の距離を確保する。


 痛覚の遮断は普段から無意識でやっているから問題はない。そちらに意識は向かないし、身体性能(パフォーマンス)も落ちない。痛打を受けてなお、私は十全に動けるようにできている。だから、動作にズレは出ない。視界にソレを捉える。


「あれま、今ので繋がったままなのか」


 男。肥満体で黒髪短髪。東洋系。年齢は三十路? 東洋人は若く見えがちなので後半か初老ぐらいの可能性も十分にある。上背は秦くんと同じか少し低いくらいで、つまりは私より少し高い。


 ――汗が噴き出る。


 気付けば、私は空間を開いてそこから二刀一対である双刀『凩』を取り出していた。一本は左手に握り取り、もう一本は右手側の地面に突き刺さる。本能が警鐘をやたらめったらに打ち鳴らしている。男は立ち姿からして重心に一切のブレがない。


 だらしのなさそうな見た目に反して、肉体が完成している。仕上がっている内側を覆うように脂肪をくっつけている。なんだそれは。


 観察のための様子見で動かない私に対して、肥満体の男は気楽そうに喋りかけてくる。


「ていうか、どういう状況? なんか面白そうなことをしているからちょっかい出したけれど、キミたちはなに?」


 ――こっちのセリフだった。神父の関係者か?


 見れば、助けられたはずの神父ですら理解が及んでいない味わい深い表情をしている。


 やめろ。こちらに説明を求めるような視線を向けるな。助けられたお前に分からないのであれば私にわかるわけがないだろう。


「私たちは今、命の取り合いをしているの。邪魔しないで」


「そいつは違うな。お嬢ちゃんが今しているのは一方的な狩りだろ。命の取り合いってぇのは双方に()()()()()()という確信があるモノを言うんだ」


 したり顔が妙に苛つく。


「あなたの定義に興味はない」

「…………」


 本人的には上手いことを言ったつもりだったらしいが、この場においてそういった問答を私は求めていなかったので切り捨てた。私の態度に冷たさを覚えたのか、肥満体はしょげた。


 ――いや、しょげるな。


 本当になんだこいつ。だが、存在がふざけていても、無視はできない。


 ――右腕が未だに再生している。


 そう、再生が続いているのだ。再生が終わっていない。吸血鬼となった私であれば、粉砕骨折程度なら数秒で治るというのに、その再生が遅々としており、再生し終えるのにあと数十秒は必要な治癒速度なのが感覚でわかる。


 ――だが、その理屈がわからない。


 魔術ではない。目の前にいる肥満体の男からはそういった魔力の流れは感じ取れない。


 魔法でもない。魔法であれば、私の魔術が打ち消される筈だが、私の魔術は消えていない。


 そもそも、今の私は吸血鬼だ。安定のために出力は落としているけれど、それでも、この状態の私に対して干渉している時点で常軌を逸している。


 ――本当になんなんだ、こいつは。


「もう一度言うけれど、邪魔をしないで。……あなたの目的はなに?」


「ん? 目的? 目的は人探しだよ」


「なら、あなたの探し人は私? それともそっちの男?」


「どっちも違うね。女を探しているのだけれど、少なくともキミではない。聞いていた特徴とも一致していないし。え、ていうか腕治っているじゃん。すげっ。こわっ」


 治った腕を見て、肥満体が感心したように表情をする。だというのに、あまり驚いていないし、そんな異常性に対して恐怖心も見受けられない。少なくとも、私のこの治癒能力をこいつは脅威だと思っていない。


「そう、なら関係ないよね。とっとと去ね」


 ――あまり、意味がないことをしているという自覚がある。


 このような手合に対して、他人が言葉を重ねることほど空虚なことはない。


「そう冷たいこと言わないでくれよ……。元々はさ、目撃情報があった場所に行ったのだけれど、全然見当たらなくてね。途方に暮れていたところ、なんか明らかにヤバい気配のがいてさ、それに釣られて追っかけたらここに着いたわけ」


 気配? 魔力ではなく? 私を追って来た? だけど、元々の目的は私じゃない? つまりはただの偶然ということ? 虚偽の可能性だってあるけれど、その場合は仮定が爆発的に膨れ上がる。……考え過ぎはダメだ。思考に嵌ると鈍る。剃刀で切り落としていい。


 重要なのは今、目の前の存在が私の障害となるかどうかだ。


「そう。これで最後だけれど、邪魔をしないで。――次はない。疾く、失せろ」


 右手で刀の柄を握る。


 ――呼吸を同調させる。


 視界が広がる。肌を撫でる空気の形がわかる。指先まで感触が巡る。充満する濃厚な血の匂いが鼻腔をくすぐる。神父や自身の微細な動作によって起きる衣擦れの音を鼓膜が拾う。意識が切り替わる。肉体が組み替わる。


 目の前にいる肥満体の男は、身体をゆっくりと揺らしているというのに、衣擦れの音が全く聞こえなかった。


「へぇ、邪魔をしたらどうなるんだい?」


 ――排除する。


 返事はしない。


 行動こそがその答え。


 動作を組み立て、道を繋げていく。それを使用できる魔術全てで補助し、道筋を固める。


 ――先に置く。


 この肉体は弾丸だ。放たれれば決められた道筋に沿うだけ。だから、今この肉体の動作からは何一つとして予測は不可能。思考内で決定された道程を刹那のうちにただなぞるだけの銃弾。


 網膜が光を、鼓膜が音を、肌が空気を感知し、その刺激が電気信号として脳に届き、処理されるまでの合間を穿つ神速の技術。


 ――出し惜しみはなしだ。


 この男の気配を私は感知できなかった。つまり、神父との戦闘は見られていた可能性が高い。相手の手札が未知数であり、こちらの手札は一部が開示されている。


 ――この一撃で排除する。


 打ち合いもやり取りもさせない。


 ――直感が告げる。この男の底がわからない。


 判断できないからこそ、初撃こそが最大の好機であると、そう悟った。


 ――幻視するは上段からの幹竹割。


 それは意識と意識の連なりの隙間、その瞬断を合図に今と今が全く別の状態へと変わる。


 ――肥満体の男を脳天から両断した。



 ――はずだった。



 ◆◆◇◇◆◆



 虫の知らせ。第六感と呼ばれる現象。アレは結局のところ、無意識下で感じ取った五感のどれかからの情報を処理した結果でしかないという話を聞いたことがある。例えば、遭難して水場を求めていたら辿り着いたというのも、微かな水場の匂いや水の流れる音を感じ取ったからである。とまぁ、そういう話だ。


 あとは経験則とかもあるそうだ。そっちはまぁ、どちらかと言えばマーフィーの法則的なアレと言っていい。当たったから印象に残るだけに過ぎない。


 ――というのが通説となっている。


 魔力、或いは魔術という神秘が存在することを知れば、霊感とも呼ばれるソレを疑うのも馬鹿々々しく思えてくる。あるものはあるのだから、疑うべきはもっと別のことになる。


 実在の有無ではなく、実在する真偽にこそ目を向けるべきなのだ。


 ――魂を感じ取ることはできない。少なくとも、今の俺には。


 俺――天木秦はスノウ=デイライトと魂で繋がっている。刀河や南雲さんがそう言っており、俺と違ってスノウ自身はそれを漠然とではあるが知覚できているらしいので、きっとそれは本当なのだろう。あっちの方が詳しいし偉いのでたぶん正しい。俺は長い物には巻かれる主義だ。


 さて、では、魂とはどういったモノなのだろうか? 形があるのか? 質量があるのか? 魂はどこに宿る? そういった疑問が浮かんでは消える。消えるな。……いや、どう頑張ってもその魂を知覚できない以上、考えても無駄なので泡沫のように消えるのは仕方がないのである。


 考えても栓のないことを考え続けられるほど、俺は上等に出来ていない。


 だから、人の受け売りをそのまま呑み込む。


 ――魂は肉体に宿る。肉体そのものに。だが、肉体にしか宿れないわけではない。


 刀河曰く、魂はどこかの部位に偏ることもなく、満遍なく肉体に重なっているらしい。


 元来、魂に形はなくて、肉体という形に引っ張られているに過ぎないのだという。


 元々、魂が肉体と離れることに問題はない。


 魂が抜けてはいけないというのは人の思い込みでしかないと、あいつはそう言っていた。


 だからこそ、俺とスノウの魂の接続は可能なのだ。どれだけ肉体的に距離を取ろうとも、魂が常に繋がり続けている。それは魂に座標などないからこその芸当だという。


 だからこそ、成世への眼球移植は成立している。摘出した眼球に俺の魂が残り続け、それが成世の魂に癒着することによって『世界の情報』が俺へと流入し続けている。


 ――俺の義眼や成世の左腕はそこに魂を宿していない。


 モノにすら魂は宿るのだと、刀河は言っていた。義肢にすら魂を宿し、それを自らの一部として認識することは往々にしてあり得る。


 では、どうしてこの偽物の眼球に魂が行き渡らないのかと言えば、もしもその義眼を眼球として魂が認識すると、刀河に移植した方の眼球から俺の魂が外れるのだという。それ即ち、成世の死を意味する。それでは、なんらかのきっかけで認識が変わる恐れがあるのではないのかと確認したけれど、その心配はないとも刀河は言っていた。


 成世の左眼から俺の認識が外れることはないのだと、そう言い切った。


 そのような処置はしていないと、自信満々に。


 ――刀河の言葉を思い出す。


「だから心配はいらない。もしも天木の身に起きるとすれば、それは認識の拡張だ」


 魂に形はない。形があるというのは思い込みであり、その思い込みこそ人が人であり続ける理由でもあるという。もし、俺がこの紛い物の眼球を自身の一部として認識できた時、それは認識の拡張となる。人の身を逸脱したことによって可能となる認知の拡充。成世の左眼は俺の目で、俺の左眼にある義眼もまた己のモノであるという確信。本来であれば一つしかない筈の左眼が二つ存在するという事実に俺が納得した時、世界もまたそれを許容する。


 ――いや、許容ではない。それが当然となるのだ。


 自分にだけ許される真理の更新。人でありながら人のまま人から外れる越権行為。


 ――まぁ、さっぱりだ。


 結局のところ、それはかなり先の話になるそうで。そもそも今の俺に魂の知覚が出来ない以上、魂の認識に影響は及ばないのだと、そう刀河は言っていた。


 ――じゃあ、これは魂の知覚なのだろうか?


 スノウの身に何かが起きていると、そう思った。


 俺とスノウは魂で繋がっている。スノウが俺の異常を感じ取れる以上、俺にもまたスノウの異常を感じ取れるはずだ。俺はスノウによって生かされているので、スノウに問題が発生すればそれは俺にも波及するはずなのだ。


 だけれども、心の裡にあるのは不安と焦燥だけで、魂の繋がりを辿ることなど出来やしない。


「繋がらない」


 電話を掛けても圏外であると返されるだけ。


 ――きっと、これは第六感や虫の知らせではない。


 霊感と呼べるようなモノではなくて、恐らくは無意識下での不調を感じ取っている。


 俺に流れている『世界の情報』を人が処理できる『情報』として濾過し、それを流し込まれて処理しているはずのスノウの魂に問題が出ている。


 ――スノウの魂に負荷が掛かっている。


 それゆえの不調だと判断する。


 平時のスノウであればこのようなことは起きない。


 であれば、現在進行形でスノウに何かが起きていると、そう考えるべきだ。


 成世に一報だけ入れて、俺は釣り堀を後にした。

○チラ裏補足


身長は秦が175ちょっとで、スノウが170ぐらいです。

スノウはカップルの理想の身長差が15cmぐらいという記述を雑誌で見て不機嫌になったことがあります(交際前のことです)。そのときは火灼がなだめましたが、今では目線が近いことを秦に喜ばれて気に入っています。


※秦の好みは長身の女性。たまにバレー部の女子へと熱い眼差しを向けていることがあります。思春期の男の子ですね。


火灼は160届かないぐらい。成世は150ちょっと。成世は高身長に密かに憧れていますが、成長が完全に止まっています。涙拭け。


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