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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
三章『その目に映るのは』

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◆十五話:続・化け物退治

映画「リベリオン」は必修科目にすべきだと思うんです。ハイ

 ――服の下に鉄板でも仕込んでいたのか?


 いや、鉄なら簡単に貫けているので、それよりももっと硬い。硬いというよりかは、密度が違うと言った方がいい。近くでちゃんと見て、その格好が神父であることがわかった。秦くんが会ったという神父とその特徴は合致する。魔術師と見れば襲い掛かってくるあたり、本当にこんな感じなんだなと感心してしまう。教会の人間との遭遇は初めてなので、慎重に対処すべきだろう。


 少しばかりの思考を巡らせて、私――スノウ=デイライトは追撃を試みることにした。


 先ほどの感触は明らかに人体を突き刺したときのモノではない。


 思い出すのはネセルの形態変化の一つである『牛頭形態』時の体毛だ。毛の一本一本が尋常ではない硬度としなやかさを持っており刃がほとんど通らない。かといって打撃にシフトしたとしても、体毛の下にある肉体は鋼鉄でも詰まっているのかと言いたくなるような密度を誇っており、打ち込んだこちらの拳が砕けるほどだった。


 聖人ではない教会の人間は私たち魔術師と違って、肉体性能の限界が常人の域を出ない。


 魔術によって殺傷力を向上させた刃を受けて、無事で済んでいるということは魔法による何らかの効力が施されていると考えていい。魔術は届かなかったと、そう見ていい。ただし、それは首下まで――恐らくはあの服――キャソックに仕掛けが施されているはずだ。顔に向けて撃ち込んだ『歪み渡り』を避けたことを鑑みると、顔に当てさえすれば殺せる可能性が高い。


 問題は施されている魔法が防御に適したモノであるかどうかだ。


 効力が防御性能にまで及んでいる場合、魔術師ではその防御性能に対抗する手段は殆どない。直接的な突破手段が無い以上、搦手で戦う必要が出てくる。私が知る限りだと確か、衝撃を無くす魔法が存在したはずだ。ただ、そういった強度の高い魔法は数が少ない上に条件も厳しく、使い勝手がかなり限られる。


 衝撃を無くす魔法は籠手などに付与した場合、いかなる物理的攻撃も無効化されるが、同時に籠手を付けた拳による殴打も無効化されてしまう。魔法使いによる都度の魔法使用ではなく、魔法効力の付与という形である以上、ある程度の不便さも付随する。


 服に付与すれば無敵の鎧となりそうだけれど、そうはならない。服全体が衝撃を消す場合、着込んだものは身動きを取れなくなるからだ。それはあまりにも間抜けだし、実際はそうなっていない。一番無難なのは、胸当てなどで局所的に守るようにすることだろうか。


 なんて、そこまで考えてみたけれど、あまり意味のない考察だったかなと、そう思う。


 あの神父は衝撃自体を受けてはいるのだ。だから刺突を受けて吹き飛んだ。


 衝撃が入るのであれば、十中八九あの防御性能は魔法由来ではないはず。


 だったら、あり得るのは科学技術による肉体の補強あたりだろう。


 教会は科学技術による発展を推奨している。否、積極的に寄与している。


 意外なことに、教会の信奉する宗教では科学技術の発展を疎んじてはいない。


 当然のように、彼らの主――神の不在証明でもしようとすれば糾弾の対象だが、神の創造した天地の理、その法則を理解しようとする姿勢自体はむしろ奨励すべき行為という扱いなのだ。教会は学問を否定しない。教会は学問を肯定する。そんな教会は魔術という紛い物に対抗すべく、科学技術を積極的に取り入れ、そこに奇蹟を組み合わせた。


 ありえるとしたら、あのキャソックの下に防刃系で柔軟性に優れているスーツなどを着こんでいるとかだろうか? 教会の保有する技術は私たちの知る技術より進んでいると聞いているから、それだって大真面目に考慮すべきだ。


 というか、きっと、そちらの可能性の方が高い。


 ――そうなって、追撃を選んだ。


 衝撃の無効化が出来ていないのであれば、あの勢いで対岸――私のキャンプ地付近――まで飛ばされたら、まず間違いなく着弾時の衝撃で死ぬだろう。たとえ頑丈な防具などを着込んでいたとしても、それを着ている身体が衝撃に耐えられない。見た目が無事でも中身が挽き肉になっていてもなんら不思議ではない。ただの人間は脆いので、だいたい何をしても死ぬ。でも、人はそのことをしっかりと理解しているのでそれを補う。


 五点接地のような着地時の肉体に掛かる衝撃を最小限に抑える技術も存在する。


 なので、確実に仕留めるためにも追撃をする。



 □■■□



 十数秒の――浮遊と呼ぶには些か速度のある放物運動を終えたグレン=ミルフォーズは三半規管の乱れを抑えて立ち上がる。肉体の状況を意識し把握する。


 ――筋の断裂、内臓のいくつかが破裂し、骨も折れている。


 ――けれど、その程度で済んでいる。


 スノウ=デイライトが刺突の構えを取ったと認識したとき、グレンは防御ではなく、インナースーツの下――左脚太腿部分の肌に直接巻いた留め具を叩いて起動させていた。


 仕組まれた針は皮膚を突き破り、その針に籠められた奇蹟がグレンを祝福した。


 反復によって身体の芯にまで染み込ませていた受け身の動作が着地の衝撃を最小限に抑え、キャソックの内側に着込んでいるインナースーツによって、身体の形が保てていた。


 教会謹製のインナースーツは特殊合成繊維によって編まれており、耐圧、防刃性能が高い。少しばかり可動性に難がある仕上りとなってはいるが、グレンのような常人が断罪人(エンフォーサー)として魔術師に相対しまともに組み合うには必須の装備だった。


 齎された祝福は治癒力の活性。


 全身が沸騰したかのような錯覚。ごっそりと体力が持っていかれる。


 ――だが、怪我は治った。


 直撃した段階での衝撃によってスーツの中が挽き肉となる筈だったが、肉体が崩壊しながらも強引に再生することによって生命活動が継続されていた。そして、それが完遂される。今のグレンの肉体に瑕疵はない。


 意識を外界に戻す。周囲を見やり、スノウがキャンプ道具一式を展開していた場所付近まで飛ばされたのだと気付き、自身が飛んできた方向へと視線を向ける。


 距離があるせいでぼやける建物。そこから黒点が発生する。それはすぐに大きくなる。それが黒点の接近によって起きている拡大現象であると認識できたのは、色の判別ができる段階だった。


 金色が飛来する。


「ッ!」


 大きく横にはねる。


 直後、そこに暴風が着弾する。土煙が巻き起こり、砂利が破裂するように跳ぶ。それらから目と口を守るために腕で顔を覆う。右腕は目の位置を守るように掲げ、左腕は左手で右腕の上腕を掴み風圧で押されないように支えつつ口を守った。


「お、生きてる。すごいね」


 思わず出てしまったかのような、剣呑さの欠片もない呟き声を少女は漏らす。


「じゃあ死のっか」


 スノウ=デイライトは刀を上段に構えた。


「えい」


 神速の袈裟斬り。


 “先置き”あるいは“先起き”と呼ばれる技術がある。


 それは一部の魔術師たちが利用する技術の総称。魔術を肉体の運用に振り切った使い方。


 人の反応速度の限界。刺激と知覚と反応の隙間に全ての行動を終える技術の転用。


 光、音、圧、匂い、熱、それらの刺激を受けた受容器からの神経伝達によって脳が行為を知覚するよりも速く――電気信号が到達するまでの間に定めた一連の動作を行う人外の技。


 認識の連続性が途絶える不連続的行動。


 もしも常人が先置きを使われれば、次の瞬間には首と胴体が離れていることが必定となる。


 斬られたという過程が認識できず、その結果だけを押し付けられる理不尽な技。


 当然のように、それらの過程は先置きを行う術者にすら認識が出来ない。事前に定めた行動を起こし、次の瞬間にはその設定した行動によって起きた結果が提示され、それを認識して初めて先置きの成功が理解できる。そういった、人と人の相対における読み合いという概念を無意味にする技。


 急加速と急停止を行使出来てその負荷に耐えられるだけの肉体と、肉体に対する緻密な行動設定、その行動をなぞる際に肉体へと掛かる負担――空気抵抗などをすり抜けるための術式調整が必要とされる技術。


 とある魔術師が言った。『すでに人は光速に至れる』と。


 けれど、実際に肉体を保ったまま光の速度に至るには必要な魔力も、その制御性も、青天井に等しい要求をするために机上の理論とされた。


 だが、では、その要求値に対して出力可能な限界値を入れた場合はどうなるか? 先置きはそういった発想から確立された技術だった。


 こと対人、それどころか生物の枠組みに収まる存在であれば、まず間違いなく必殺となり得る技術。


 上段から右斜めに振り下ろされた切っ先は腕と腕の隙間を沿ってグレンの顔面を通過する。


 スノウはそういう軌跡を設定した。


 だというのに、刃が止まっていた。腕と腕に挟まれていた。


 防がれることを想定していなかったがために、その分の動作の隙間を設定していなかった。


 振り抜くという本来の軌道をしなかったせいで、スノウの肉体はぎちりと軋んだ。


 いくつかの腱が断裂し、腕と脚の骨に罅が走る。


 ただ、スノウにとってそれは大した痛手ではない。すぐに治癒が始まる。数秒もすれば動作に支障は出なくなる。そんなことよりも重要な事象が目の前にあった。


「……真剣白刃取り」


 刃は強固に挟み込まれている。


 いや、それ以上にどうして反応できたのか――スノウにはそれが疑問だった。


 対して、グレンはスノウの驚きの表情に付き合う余裕がなかった。


 グレンの右腕上腕にも留め具があった。


 顔を守った際に起動させ、仕込まれていた針がグレンに打ち込まれ、彼を祝福していた。


 最初に使用した左脚上太腿の留め具には再生の祝福。


 次に使用した右腕上腕の留め具には超感覚の祝福。


 生物からの一時的な逸脱。第六感の発生。突如発生した新たな感覚と、それを処理するための脳機能の追加。常人であれば確実に狂うであろう既知のモノなど何一つない情報の流入。それを受け、処理することによって、本来であれば知覚外の一撃をグレンは認識し、止めた。


「……あなた、ずいぶんと疲れているようだけれど」


 脂汗を垂らし、肩が震えているグレンを見て、スノウはすでに彼が満身創痍であると認識した。小突けば倒れそうな調子。気絶一歩手前の人間を前にして、慢心まではしなくとも警戒に留める程度の存在と判断した。


 男は、口を開く。


「――あぁ、疲れているよ。私のような人間が駆り出される死地が嫌というほどある。そこにはお前たちがいる。魔術師。魔術師。魔術師。お前たちは平然と理を捨てる。主より授かった命を粗末に扱う。魔道に身を窶し、他者を愚弄し、世を破滅へと導く。どうしてお前たちは穏やかに生きることを選べない。どうして人の範疇で収まろうとしない。どうしてお前たちは人として生きようとしないのだ!」


 グレンの言葉を受けて、スノウは不思議そうに言う。


魔術師(わたしたち)は人だよ。貴方達が人として正解で、私たちが人として不正解みたいに言うけれど、どうしてそんなことを確信しているかのように言えるのかな」


「正しい正しくないの話ではない。魔術は、在ってはならないのだ。人という枠組みが手を出せば、そこから外れることになるモノだ」


「在ってはいけないなんて言うけれど、現に存在する技術だよ。それに、人という枠組みから外れる、だなんて言うけれど、――あなた、今だけで何度その“人の枠”から外れた?」


「……私は聖人ではない。選ばれていない。これらは、そのような私がお前たちのような化物と渡り合うためには必要なモノだ。手を出してはいけない領域であることなど重々承知し、怒りの日を迎えたとして、地獄行きの審判を下されることも理解した上で選んだ道だ」


 強固な信仰をスノウは否定しない。少女にとっての信じる対象が一人の少年であるように、誰かにもまた信じる存在がいるということを理解している。


 信じる何かのために、人はどこまでも極端になれることを少女は理解している。


「そう」


 なので、スノウには正直どうでもよかった。


 ――末期の言葉はできるだけ聞くように。


 師だった人物にそう言い含められている。受けた教えを守る気がそんなになかったスノウなりに、出来そうな範囲で順守しようとした結果の行為だった。


「地獄に行けるといいね」


 刀から手を離す。手元に空間の亀裂を開け、そこからククリナイフが滑り落ち、スノウの右手に収まる。それを振る。


 先置きは負担の大きい技術なので連続して使えない。加えて、グレンが先置きに対応できるのであればカウンターを考えるとおいそれと使えない。ただ、その先置きに対する反応は防御が精々で攻勢には出ていない。そしてすでに満身創痍。警戒心は捨てず、確信を持つ。


 それらを踏まえれば適切で、それでいて十分な一撃のはずだった。


 だが、響いたのは斬首の音ではなく金属の衝突音。


 スノウはナイフを止めた物体を見る。


「銃?」


 グレンの両袖から二丁の拳銃が這い出てその両手に収まり、銃身がナイフを受け止めた。


 スノウは違和感を二つ覚える。ただ、その疑問を口にする前に動く。発砲音。


 撃ち出された弾丸をナイフで弾き流す。感触から刀身の歪みを理解し、違和感が追加される。続く発砲音。放たれた五発の弾丸を躱し、グレンの顔面へとナイフを叩き付け――避けられる。


 グレンは一度距離を取るためにバックステップをしながら、銃弾をばら撒く。マズルフラッシュが繋がり一筋の光となる。間断なく撃ち出される鉛弾が軌跡を描く。片手持ちであるにも関わらず、撃ち出された弾丸はスノウの顔と胴体を正確に撃ち抜こうとする。


 四発を躱す。七発をナイフの側面で叩き落とす。


 手に伝わった感触にスノウはほんの少しだけ顔をしかめる。


 ククリナイフの刀身が歪み拉げている。


「……その袖からどうやって出したの?」


 袖から出てきた拳銃は大口径のデザートイーグル。明らかにキャソックの袖に収まるサイズではない。魔術師であればどうとでもなるがグレンはそうではない。スノウにとってはそれが一番の疑問だった。


 グレンは答えない。


 スノウの得物が刃物としての機能を失ったことを見て、距離を詰め直す。男はスノウが空間からナイフを取り出していることを認識している。取り出す余裕を与えないために詰める。


 詰めながらも発砲は止めない。移動をさせないための牽制射撃と当てるための銃撃。


 男は今この瞬間にしか勝機がないと考えた。


 男は今この瞬間であればこの少女を殺せると考えた。


 弾丸を躱す。弾丸を得物で弾く。


 スノウは一目見てグレンの持つ銃を危険だと判断した。それは直感によるものであり、スノウ本人にすら無意識でしかない嗅ぎ取りだった。そして、しかと見て、銃の在り方を把握し、その直感の正しさを肯定した。


 だが、それこそがグレンの確信を後押しする。


 祝福された弾丸を使用した狙撃。その銃弾に当たってもスノウは傷一つ付かなかった。


 二発目を掴んだのは正確な狙撃位置を割り出すためであり、避けることもできたのにそれすらしなかった。それに引き換え、今、スノウは当たらないように避けた。


 ――この銃によって撃ち出された弾に当たれば傷を負うからだ。


 ――けれど、当たらない。何故?


 男は二丁の銃を向ける。銃口が常に少女を捉えている。至近距離。体術を組み合わせて距離を詰め続ける。空間から得物を取らせない。逃さない。膂力は少女の方が上だが、祝福によって超常の第六感を獲得した男は反応速度と肉体の始動速度で少女を上回る。知覚の拡張によって引き起こされた演算処理の超越は男に一秒先の未来を見せ続ける。


 ――それでも、当たらない。


 体勢を崩すための脚への発砲。それはほんの数センチの距離だというのに、撃ってから躱される。跳ねたスノウの脚が空を蹴り、空間に罅が走る。魔術師はそこに足場が存在すると主張する。世界の在り方を無視し、まるで重力になど囚われていないかのような動き。その動作から繋げられたスノウの肘打ちがグレンの顔を轢き潰そうと迫る。


 だが、その動きがグレンにはあらかじめ見えている。祝福によって与えられたわずか一秒の優位を最大限に活用して、人外の動きに対応する。先んじて動き、避け、伸び切った腕に銃弾を叩き込もうとするが、スノウはそのトリガーを引いたのを見てから肘先の空間を固定させ、肘打ちをそこで無理やり止める。空を切る筈だった肘がなにもない空間を強打して破砕音を響かせ、衝撃が走る。


 ――先取りした未来が次々と塗り替えられる。


 グレンの置く攻撃に対し、スノウは秒間での行動数で対処する。


 差し込もうとした手刀の向かう先に銃弾が飛来する。スノウはそれを視認して、知覚して、腕を強引に逸らすという方法で躱す。場合によっては空間魔術で固定した空間を置いて、それによって無理矢理止める。


 異常な反応であり、異常な肉体の可動。当然のようにその負担は無理をした箇所に掛かる。筋繊維の断裂や血管の破裂が起き、服の下、身体のあちこちでは内出血によって白い肌に青紫色が浮かび上がらせている。だが、スノウはそのことをおくびにも出さない。涼しい相好を崩すどころか、汗の雫一つを浮かべることなく回避と牽制を行う。


 それは自身の状態を相手に目視させないための発汗制御であり、肉体の持つ機能を意図的に随意操作できるスノウだからこそ取れる手法だった。


 脂汗を浮かべ、必死の形相で相対するグレンはそんなスノウを見て嫌悪感を抱き、早期決着を考える。グレンはすでに限界であり、命を前借りして動いている状態でしかない。いつ意識が飛んでもおかしくない。時間を掛ければその分だけソレが近づく。


 スノウ=デイライトの底が見えない以上、長引くのは悪手であるという判断を下し、グレンは前のめりに仕掛ける。


 呼吸の切り替え。それに連動して意識を切り替える。


「っ、は」


 この時点で、スノウはグレンの持つ銃の仕組みについて不完全ではあるが察した。


 ――再装填が一度も行われていない。


 グレンの持つ銃から放たれた弾の総計はすでに三桁に近付こうとしている。銃火器に明るくないスノウでもそれが明らかにおかしいことは理解していた。また、リロードを必要としないのをいいことに弾丸をばら撒いているが、それだけ連続で撃ち続ければ銃身が過熱して様々な不具合が生じる筈だった。だが、そのような気配は微塵もない。男もまた、そのことを心配している素振りはない。


 なにより。――そう、なにより。


 銃弾には魔力が籠められていた。指先ほどの弾丸に異常なまでの魔力が籠められている。それどころか、銃そのものが尋常ではない魔力を帯びていた。


 ――まるで、銃そのものが魔術師であるかのよう。


 スノウはそのような感想を抱いた。


 教会の人間がどうしてそのようなモノを使用しているのかスノウにはとんと見当が付かない。それでも、それは魔具と呼んで差し支えなく、スノウの肉を抉れるだけの威力を有していることは感じ取れていた。


 けれど、所詮は銃。直線上の軌道しか設定出来ないモノ。


 銃口の向き、使用者の視線の動き、トリガーに掛けた指の筋収縮。それらをしっかりと見てさえいれば避ける――あるいは弾くことが可能だった。


 ――だから、その動きは予想できなかった。


 二丁の拳銃の先端が明滅する。右が五発、左が四発。そのうち、何もせずにいれば直撃するのが計四発、安易な避け方をした先に置かれているのが計三発。残りの二発はどう足掻いても掠りすらしない方向だ。最後の二発はそちらに飛び込みでもしなければ当たりようのないモノなので認識から外れる。三発の向かう先を見て、それらを避けるように直撃の四発を避ける。


 無理に身体を捩じる必要があった。だが、グレンもまた無理な姿勢で撃ったせいで体勢を崩している。肉体性能自体はスノウの方が上であり、復帰もスノウの方が早い。


 急いたがための致命的な隙。


 ――ではない。


 スノウの斜め前方で金属の衝突音が響く。紙一重で通過する筈だった銃弾。スノウはすでにその弾道からは外れていた。だが、銃弾と銃弾が激突する。跳弾が起きる。発射後の弾丸がその軌道を変える。


 ――銃弾と銃弾をぶつけ、あまつさえそれによって逸れる角度まで把握していたというのか。


 スノウは相対した男に対する認識を改めた。だが、改めたところで重心の移動が間に合わない。魔術による空間固定を利用した姿勢制御も間に合わない。


 衝突によって歪に変形した銃弾はスノウの側頭部へと吸い込まれるように進む。


 ――左手だけが間に合う。


 そこに躊躇はない。


 スノウは左手を掲げた。掌外沿で弾丸を受け止める。肉が抉れる。魔力によって威力を高められた弾丸はそのままお構いなしに左手を貫通してスノウの頭部を目指そうとする。スノウは銃弾が手の中ほどに到達した瞬間に手を振り払う。


 親指以外の指が千切れ飛ぶ。銃弾もまたその軌道を変え、千切れた指と同じ方向に飛ぶ。


 手の平が半分ほど消し飛んだが、それでもスノウは銃弾を逸らすことに成功した。


 千切れた手の断面から鮮血と肉片が飛び散る。砕けた骨が空気に晒されている。左腕を無理に稼働させ、銃撃の衝撃を強引に逸らしたせいで関節は砕け、肩は脱臼した。左腕はもはや肩の先に生えているだけのただの重りでしかない。けれど、スノウはそのことに――痛みも問題もないかのように顔色一つ変えない。


 ――化け物が。


 グレンは心からそう感じた。ただ、言葉にして悪態を吐く余裕などない。


 今、渾身の一撃が防がれた。片手を削ったとはいえ、目の前の魔術師がその程度の傷で活動に支障が出るようには見受けられなかった。だから、もう、グレンには撃つしかなかった。


 先に立て直したスノウに対して、崩れた体勢での銃撃。幾度も引き金を引く。先ほどまでの精密射撃など見る影もなく、撃つたびに反動で銃が持ち上がる。何発かは真上に向けての発砲となった。


 スノウは弾丸を躱し、空への無駄撃ちによって生じた時間を利用して空間魔術を起動し、自身の周囲に拡張形成した空間と繋がる穴を開き、そこから抜き身の短刀を滑り落とす。


 血で濡らしたかのような朱色の刃。それを掴む。暴力が凶器を手にした。


 右手のみ。手数は通常の半分。


 否、左腕が潰れている。腕という部位は細かく動かすことによって身体全体のバランスを取るモノであり、それが機能しないということは、ありとあらゆる動作に支障が出るということに他ならない。


 そんな常識がスノウ=デイライトという存在に通じると、グレンは思ってしまった。


 スノウ=デイライトの異常性は内包する魔力量、使用する術式の特殊性、極端な精神性、そして何よりも埒外な身体性能にある。強靭性、伸縮性、柔軟性、どれもが人外のそれであり、それらを活かすように、突出した一番の特異性は肉体に対する意識的な調整能力。


 動く。隙を見せたグレンへと斬りかかる。当然のように、機能しなくなった左腕という重りによって、刃の軌跡がブレる。最高速度に達することができなかった。その動きを目で捉えることに成功したグレンは刃を銃身で受け流した。体勢を崩したスノウに向けて、反撃の発砲を行う。倒れる先に、置くように、当たるように偏差射撃を行った。


 スノウは踏ん張るのではなく、崩れる姿勢に身を任せた。否、その勢いを加速させた。


 リード射撃よりも先に身を投げ出し、地面に接すると同時に全身で跳ねた。


 空中で綺麗に回転する。そして、着地する。ふらつくこともない。身体のどこも揺れない。


 完全に衝撃を消している。あまりにも綺麗な跳躍と着地。


 ――綺麗ということは、無駄がないということで。


 スノウはたったの一動作で、動かない左腕がある状態で問題なく動けるように肉体を調整(アジャスト)した。その事実をグレンは理解する。目の前の化け物は人の形をしているが、人の形をしているだけだった。


 在ってはならない存在――スノウがグレンに接近する。グレンは近づけさせないために撃つ。それをスノウは減速することなく突っ込んだまま躱し、躱しきれないモノは右手に握った短刀で逸らし弾く。銃弾を弾いた朱い刀身に小さな傷はつくが、今度は拉げない。


 グレンの懐に飛び込むように突進しながら、握り込まれた朱い刃が振るわれる。


 グレンがキャソックの下に着込んでいるのは首元手首足首まで覆うインナースーツ。それに刃が通り難いことをスノウは理解している。だから、スノウが狙ったのは手首。銃を撃つために伸び切った右腕。伸び切ったことによって革の手袋とインナースーツの隙間から男の地肌が覗く。


 スノウはそこに、刃を、通した。


 手が跳ね上がる。


 感覚の消失。半世紀以上に亘ってそこに在った当たり前の感覚が消えた。その事実がグレンを襲う。だが、そんな事実よりも気にしなければならないタチの悪い現実が目の前にあり、なおも襲い掛かろうとしている。だから、グレンは後退する。大きく後ろに身を投げ出す。


 ――?


 その行動にスノウは疑問する。今、この場において後退は悪手でしかない。距離を取ることによって得られるアドバンテージはスノウの方が圧倒的に多い――厳密には、グレンが失う優位性が大き過ぎるからだ。


 銃という中距離以上で真価を発揮する武器を握る男の方が距離に意味を見出せそうに思えるが――逆だった。距離が開くほどに、スノウにとって銃の脅威度は指数関数的に下がる。至近距離で放たれる弾丸は回避に集中する必要があり、攻勢に出る余裕を与えない。だが、一定の距離さえ取ることができれば、躱した勢いを利用してそのまま加速し、縦横無尽に動き回りグレンの背後を取ることができる。


 それは両者の共通認識だった。


 それを踏まえて、グレンは張り付くように動いていた。肉体性能でスノウが勝っていようとも、それこそがグレンの唯一の勝ち筋だったから。


 なのに、その唯一の勝機を手放した。


 ――つまり、距離を取るということは?


 切り刎ねた男の右手が最高点に到達し、重力に負けて落下を始めている。


 それに握られている拳銃が“脈動”する。


◆教会/神父◆

とっても魔術師が嫌い。魔術師絶対殺すマン。


利権的な意味や、実際に魔術師が教義に反した在り方をしているというのもあるけれど、魔術師の大半が自己中心的なカスで傍迷惑な存在なので仕方がない部分もある。


※一般人の立場からすると、教会のほうが圧倒的にマトモな組織です。


一章で美術館を襲ったりしている魔術師連中がいるけれど、あんなのが魔術師的にはわりとスタンダードな在り方です。(スノウや火灼もそのことそのものには批判していない=魔術師がそんなものであることを理解している)


自分の目的最優先。そのためなら平気で人類の敵になるのが魔術師です。


スノウはその節がありますけれど、秦に出会うまでは目的(率先して動くこと)がなかったので、学府や火灼の依頼で一般人以外を相手にするぐらいでした。秦に出会ってからは、秦が比較的平和主義者でみんな平穏が一番というスタンスだったため、カタギには迷惑をかけず平和裏に済ませることを優先しており、結果的に人類の敵になっていない。


結果的に人類の敵になっていないだけのヒロイン。それはヒロインと言っていいのか……?



学府が魔術師たちに魔術の隠匿をさせているのは教会に関わりたくないから、というのもある。


そのため、学府は魔術師界隈における自浄作用を担っています。浄化し切れてはいませんけれど。


※学府は「異常者の爆心地」とか言われたりしていますが、それですら魔術師たちの中ではマシな方に分類されます。


教会も自分たちの視界に入らないようにして世間を騒がせないようにしている学府は後回しにしています。


当然のように、視界に入ったら全力で潰しに行きます。


学府「一般人に迷惑かけんなよー。かけるとしても大々的にはダメだぞー」


おいたが過ぎると教会に嗅ぎ付けられて抗争になるので、そうなる前に潰します。


ネセルの本国での仕事は主にそれでした。



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