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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
三章『その目に映るのは』

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◆十四話:化け物退治

【一月五日/午下】


 ――準備が整った。


 丘陵地の頂上付近に建てられた宿泊施設(ホテル)


 数ある部屋のうち一室に神父の格好をした男――グレン=ミルフォーズはいた。


 建物自体は二階建てであり、広い土地を存分に活用した横に長い設計――典型的な田舎の宿泊施設ではあるが、麓の先に広がる湖とその奥に広がる木立を一望できるようになっており、開けた視界は壮観の一言に尽きる。


 ただし、男はその見晴らしの良さを美点ではなく利点としてしか認識していない。


 男は部屋に運び込んだギターケースをゆっくりと床に置き、慎重にロックを解いていく。


 開かれたケースから分解された部品を取り出し、横に並べていく。


 取り出し終えたそれらを見回し、脳内で照らし合わせを終える。不足がないことを確認し、慣れた手つきで組み立て始める。


 組み上がったのは無骨な鉄の塊。全長が小柄な人間ほどの大きさを持つ対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)


 バレットM82A3――米陸軍における制式採用名称はM107――12.7mm弾を吐き出す怪物。


 ノートパソコンを開き、弾道計算ソフトを起動する。ソフトは中間地点にいくつか配置してきた風向計や風速計の情報を取り込み、予め打ち込んでおいた地形情報を参照していく。地球の自転の影響や、湖の上を通過させる都合で蜃気楼の発生による大気の歪みなども含めて計算していく。


 ――できることなら観測手(スポッター)が欲しいが、ないものねだりなどしている場合ではない。


 望遠鏡を手に取る。眼前に掲げて覗き込み、対象を確認する。


 湖を挟んだ対岸の広場は湖畔キャンプ場として開放されており、夏場などであればそれなりの賑わいを見せる。しかし、真冬となる今現在、水辺の近くということもありその利用者は極端に少ない。


 ――いや、少ないとすら言えない。今現在、利用者は一人しかいない。


 そして、その数少ない利用者は一人の少女。


 実用性の中に一握りの可愛さを縫い付けた防寒着に身を包み、グラウンドチェアに身体ごと沈めるように座っている。少女は耳まで覆うタイプのニット帽を被っており、そこから覗くのは透き通るような純正の金髪。


 湖を挟んでおり、通常であれば男と少女は向かい合う位置関係にある。とはいえ、距離は一キロを優に超えている。男のように高倍率の望遠鏡でも介さなければ認識することも難しい。


 ただし、もしも少女がそういった常識を無視するような視力を持つ存在だったとしても、その視界に男が映ることはない。理由は単純、少女は湖を見ていない。


 グラウンドチェアは湖に対して左半身を見せつけるように設置されていた。


 少女の視線はキャンプ場から数キロ離れたところにそびえ立つ木造建築群がある彼方へと向けられていた。


 その建物のことは男もよく知っている。


 ――それどころか、元々はあちらが目的だった。


 真理と繋がったという占い師。一年の内の実に九割を国内外での辻占いに費やす狂人。


 使命に気付いていない聖人か、図々しくも奇蹟の再現を騙る魔女か。


 昔に一度、魔女――魔術師かどうかの確認はされており、その際に『魔術師に非ず』という結論は出ている。


 仮に祝福を受けし者だった場合、異教徒であろうとも迷える羊を導こうとしているのであれば、そう目くじらを立てるようなことはないというのが教会の見解だった。


 なにより、信仰心の薄いこんな極東の島国に一々構っていられないというのが本音なのだ。


 モノの吉兆を感じ取れる程度の存在に割くような時間はない。


 だから、捨て置いていいという認識だった。


 ――だが、そうとは言えなくなった。


 ――あろうことか、あの占い師はこう言ったのだという。


『神なんてやつはいやしないよ。そんなのがいるならこんなクソみたいなことになっていないさね。もしもそんなのがいるのなら、こんなクソみたいな人生(ショー)を展開して悦んでいるようなクソの塊だ。あんたたちはクソの塊を神と呼ぶのかい?』


 主の否定。我らの父への侮辱。我らが信仰の侮蔑。


 ――到底、許せるようなものではない。


 ――許容など不可能。慈悲など不要。断罪を。鉄槌を。


 組織の中でも過激派の若い連中がそのように喚いた。


 男もまたその気持ちは理解できたが、それでも一応は一般人の括りである人物にその対応は過剰であると諭した。結果として、男が発言の撤回を促すように掛け合ってみるという面倒な流れで落ち着くことになった。上司からは実質的な休暇だと苦笑され、肩の荷を下ろして寛ぐようにと言われていた。


 それでも、男は自分に課せられた役目を果たそうとはした。


 この時期であれば占い師がいるという確認は取れていた。けれど、占い師の棲み処の守りは堅牢であり入り込む隙は少なく、その少ない隙も人の手によって埋められていた。あの施設に魔術師の気配はなく、占い師以外の祝福者も見受けられなかった。つまり、あの要塞は純粋な人の手のみで築き上げられたということに他ならない。


 男の属する機関は相手が超常であれば手段を選ばない。だが、そうでないのならば基本的には不干渉を選ぶ。苦言を呈するという行為自体が珍しいのだ。


 つまるところ八方塞がりだった。どうしようもない。どうしようもないのであれば、致し方なしと上司の言葉を思い出し、気持ちを休暇へとシフトさせた。


 宿泊中は定期的に占い師への目通りを窺いはしたが、叶いそうにはなくそのままチェックアウトすることになった。


 ――そのまま帰途に着こうとした。


 信心深いためにやや過激になってしまうことがある若い衆たちをどのようにして説得しようかと男はそんな心配をしていたが、バス乗り場ですれ違った存在を認識した瞬間にそんなことを考える余裕がなくなった。


 ――占い師などという、そんな存在のことが後回しになるような特級の化物がいた。


 スノウ=デイライト。学府の魔術師。上位戦力。


 群がる亡骸を足蹴にして歩く生ける死神。


 災禍を往く屍人のような生者。


 ――数年前、紛争地帯で行われた人身売買組織間での抗争の折に一度だけその金色を見たことがあった。


 かの紛争では協会の魔術師が裏で介入したために被害は激化し、その性質は陰惨を極めた。


 魔術師の存在を認識した教会はこれに聖人、及び断罪人の部隊を投入。それと同時期に学府もまた協会勢力の魔術師を鎮圧させるために上位戦力を派遣。結果として三つ巴となり、戦場は殺戮の坩堝と化した。


 当時、男は負傷した仲間たちを逃がすことに専念していたため、それを遠目に見ることしかできなかった。血肉と火薬と土埃と糞尿の混ざった醜悪な臭いがこびりついた戦場(じごく)で、その幼い少女は汚れ一つない黄金色の髪をなびかせながら歩いていた。


 歩くだけで、人が撥ね上がる。


 まるで暴風そのもので――それなのに、その中心である少女だけは静謐だった。


 ――不覚にも、その光景を見て美しいと一瞬でも思ってしまった。


 そして、ここに来て、男は再びその金色を認識してしまった。


 間違いなくあの時の少女だった。随分と成長していた。まつわる噂もよく耳に届いた。


 ――あれはここで仕留めなければならない。


 学府の上位戦力は生ける核弾頭と比喩される。その表現は大仰ではなく、一切の誇張なしで実に的を射ている。そして、一番の問題点はそれらが意思を持った個人であるという部分だった。


 それらはすでに人という枠から外れている。


 それどころか、生物――生命を持つ存在が単体で至ってよい領域ではない。


 異教徒、魔術師、狂人の土壌、異常者の爆心地。そんな学府という組織が抱える過剰戦力。人類が人類として在る上で、あってはならない力。事実として、学府は魔術師を管理しきれていない。自浄作用が及ばず、暴走し無辜の人々を危険に晒す魔術師が都度現れている。


 人が人として、人同士で争うことは悲しいことではあるけれど、それは人の範疇だ。


 だが、魔術は違う。あれは人の理を、神の示す理に反している。


 神の意に反した悪魔の術は人を狂わす。人を狂わせ、世を壊す。


 あのような存在など、人には必要がない。あってはいけない。あってはならない。


 そういった存在を打ち砕くために男たちは存在する。


 悪魔を打ち砕く一条の光であれ。


 覚悟を一つ。


 誓いを二つ。


 慈悲を願い。


 ただ、祈りを捧げる。


 斯くあれかしと、呟く。


「Amen」


 照準器に映る少女の横顔。


 引き金を絞る。火薬の破裂。男の重厚な肉体に衝撃が走る。それを力で抑える。


 音速の倍を超えて放たれた弾丸が空気を貫き裂く。二秒と少しで、銃弾は吸い込まれるように少女のこめかみへと――側頭部に激突し、少女ははじかれるように吹き飛び転がった。


 十メートルは転がっただろうその姿をレンズ越しに見て、男は猛烈な違和感を抱く。


 人の肉体は脆いからだ。


 半インチの弾道初速マッハ二越えの弾丸が人体にぶつかったとして、そこで起きる結果は着弾箇所の破裂だ。直立した人間の頭部を撃ち抜けば、頭は四散し、首から下がその衝撃にあおられて倒れるのが普通だ。


 ――なぜ、身体全体が転がった?


 答えはすぐに開示される。


 少女――スノウ=デイライトの頭は残っていた。


 それは原型を留めていた。


 ソレは碧い瞳で男を見た。


「ッ――!」


 疑問がグレンの脳裏を駆け巡る。何故だ、と声に出そうになる。


 今しがた撃ち出した弾丸は聖人によって奇蹟を施された対魔術師用の銃弾である。


 施された奇蹟自体は殺傷性を持たないものだが、奇蹟そのものが魔術を否定する――歪められた法則を是正する。


 全ての魔術師が使用する変則防御。纏った魔力による無意識下での法則の改変。それがあるために、魔術師という生き物は尋常ではない防御を誇るようになる。魔術師が魔術師と相対した際、武器に魔力を通す理由はなにも武器の強度や殺傷力の向上だけが目的ではない。魔力の相殺によって変則防御を突破しないと、攻撃がまともに通らないという理由が存在するからだ。


 だが、そういった魔術師の小細工を祝福者――聖人は嘲笑する。


 本物の奇蹟は紛い物を駆逐する。どれだけ強固に変則防御を構築しようとも、真の奇蹟は粗悪な法則を上から叩き砕く。


 故に、弾丸に施された奇蹟もまた、少女が纏う魔力――それによって改変された法則を打ち砕いたはずだった。秘跡によって欺瞞を引き剥がされた魔術師はただの人間でしかない。そこから先はただの弾丸と人肌の激突でしかない。そうなれば導き出される結果は非常に単純なことであり、少女の頭部が弾け飛ぶだけのはずだった。


 それにも関わらず少女は無事で、その瞳で男をしかと見た。


 少女が立ち上がった。視線がかち合った。背筋が凍った。


 当惑と並行して男は次弾が薬室に異常なく装填されていることを確認し、狙い直し、息を吸い、吐き、呼吸を止め、発砲した。


 その間、実に四秒。


 ――怪我はないが、身体は撥ねた。それはつまり、衝撃自体は受けているということだ。


 威力自体の減衰は起きていない。何らかの方法によって表皮の強度が上がっている可能性などを男は考慮した。そのことを踏まえて狙ったのは眼球。弾道計算ソフトによる再調整の余裕はなかった。長年に亘って積み重ねた経験が無意識に導き出した最善――勘に従って、ほんの少し、コンマのズレを微調整して弾丸を撃ち出した。


 音を置き去りにして放たれた二の矢が正確に少女の碧眼へと迫る。


 狙撃の女神は彼に微笑んだ。



 だが、それを、少女は、握り掴んだ。



「冗談であってくれ」


 男の口から思わず声が出る。顔の筋肉が引き攣る。笑うしかないからだ。


 眼前に羽虫が飛んできたからと、それを掴むような自然な動作で、自身の眼球まで僅か数センチまで近付いた弾丸を平然と握り取った。


 今度は弾の衝撃を完全に殺された。


 少女はその場から動かなかった。握り潰した銃弾を手から離した。圧し潰れ拉げた弾が地に落ちるよりも早く、気付けば少女は日本刀を取り出し、納刀したまま構えていた。


 ――なにを? それは――


 これまでの経験にない動きに対しての疑問。


 これまでの経験を踏まえれば予測できたその後の動き。


 遠距離からの攻撃を受けたとして、取れる選択肢は少ない。


 真っ先に取るべき行動は遮蔽物に身を隠すことだ。圧倒的な位置的優位、情報的優位のある狙撃手からその両方を無くすために取るべき基本的な手段。そこから反撃に転じられるかどうかは、同じように遠距離からの攻撃手段があるかによる。


 少女が取ったのは、武器を構えるという行為だった。飛来した銃弾を手で掴み取ったのは弾丸の向きから正確な狙撃地点を割り出すためで、武器を構えたのはそれが有効的な反撃の手段であるからに他ならないと、少女の態度がそれを物語っていた。


 ――死の、歪みを、見た。


 少女が抜刀し、空間が歪んだ。


 白刃が空間を引き裂いた。


 少女の前から、男の顔に向かって空間が剥がれるように裂ける。


 目に見えない斬撃が走り、その痕跡を示すかのように空間が裂けていく。


 銃弾を超える速さで到達したその裂け目を避けることが出来たのは、少女が日本刀を構えた瞬間、それに疑問を抱いた思考を無視して肉体が回避を選択したからだった。


 室内の壁へと到達した裂け目はコンクリートの壁をケーキのスポンジと見紛うように抉った。


 男は明確に死を意識した。一瞬の動作一つで、明暗が――顔面がわかれていた。


 そして、死は過ぎ去っていなかった。


 空間に走った裂け目が消えていない。


 壁に到達する手前部分の裂け目が甲高い音を立てて砕け、広がった。


 裂け目から手が生える。生えた手は隙間を広げようと裂け目を掴み、さらに広げる。


 金色が――碧玉の瞳を覗かせた。


 瞳孔の開き切った目が光ったかのように見えた。


 ――取れた行動は一つのみで、それを選んだのは直感としか言いようがない。


 男の視界はすでにコマ送りの世界へと突入していた。極限の集中は世界を克明に描写する。


 そのはずなのに、少女の動作はコマが飛ぶ。裂け目から半身を出したかと思えば、次のコマでは身体の全てが這い出ており、その次には刺突の構えを取っていた。


 鉄の塊同士が当たったかのような音が響く。


 そこで初めて、金色の少女は眉を顰めた。音を置き去りする速度で繰り出した刺突がもたらすには在り得ない手応えだったからだ。


 男が、部屋から吹き飛んだ。


 窓なんてなかったかのように、窓枠を歯牙にもかけないように打抜いて、湖に向けて吹き飛んだ。


◆《歪み渡り》◆

湖岸流に伝わる技の一つ。


空間魔術との併用を想定した流派【湖岸流】の技である《歪み渡り》は刃先に纏わせた空間魔術を撃ち出す。


要は飛ぶ斬撃。


飛ぶとは言うけれど、正確には一直線に空間魔術を伸ばし続けているので、どちらかというと伸びる斬撃。


斬撃とは言うけれど、正確には空間魔術の軋みによる断裂現象なので、斬撃ではなない。


…………飛ぶ斬撃?


飛距離は魔力量に準じ、飛距離を伸ばすほど空間魔術を繋げ続けるための技術力も要求される。スノウは十キロメートルぐらいが限界。火灼の補助があるとかなり延びる。(というよりも、術の質が変わる)


速度は刃先のヘッドスピードに応じて変わる。


伸ばした空間魔術をつたって空間の裂け目を開けて移動することもできる。空間の裂け目から這い出る姿はわりとホラー。


スノウが数キロメートルの距離をすぐに移動できると言った理由はだいたいこれ。


一章でネセル相手に使った《虚ろい空》はこれの範囲攻撃版みたいなもの。《虚ろい空》は学校というスノウの魔力が周囲に充満している場所であり、火灼による補助があったので使用できた。通常はできない。


一章のスノウは環境による後押し(事前準備されていた魔力と魔術式)と、火灼による補助(術式精度の援助)があったのでネセルと正面から戦えていたところが大きい。


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