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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
三章『その目に映るのは』

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◆十一話:※わりと本気でやったうえで負けました

 ――天木秦の周りにいる女にろくなやつはいない。


 エアホッケーで少女に圧倒的大差で敗北した先輩――天木秦は膝を付いていた。


「バカな……、ホンジャマカの再誕と言われた俺が負けた……?」


 ホンジャマカ死んでねぇよ。


 少女の方は勝ち誇るようにコロムビアしていた。


「はい、ちょっとこのお兄ちゃん借りるね」


 少女に断りを入れると、こくりと頷かれる。

 了解を得たので先輩の首根っこを掴み立たせる。


「あのですね、先輩は女運が悪いんですから気を付けたほうがいいすよ」


 先輩の肩に腕を回し、少女に聞こえないようにコーナーの端っこに引っ張りつつ耳打ちする。


「オンナウン、ワルイ……? そうか?」


「自覚ないの? ていうか、女運とか以前にあなたはどうしてこう行く先々で女を引っ掛けるんですかね」


「いや、引っ掛けてないが」


「いやいや。冷静に考えてくださいよ。ただでさえ普段はスノウさんと火灼さんに囲まれ、なんかたまにちょっかいかけに来るミランダとかいう胡散臭いアマがいて、つい先日の団地の件ではなんか湿度の高い未亡人と粘度の濃い人妻に執着されていたし……」


「アマてお前……。というか、鷹仲さんや城口さんとはそういうのじゃないから」


「ほんと、先輩の周囲にいる女性ってろくなのいないですよねー」


「あの、それだとキミも含まれるからね? 女の子の自覚ある?」


「ていうか、先輩はもう身内からしてヤバい。妹さんとか大概でしょ。弟のトモくんはあんなにいい子に育っているのに、どうしてあんなヤベェ妹が出来上がるんですか?」


 先輩の妹である天木奏との初対面時における第一声を思い出す。


『うーん、年上だけれどなんか妹に欲しい! どうです? うちの弟とか将来性花丸で上等な物件ですよ!』


 これである。あの妹マジでおかしいよ……。今思い出しても恐怖しかない。


「失敬だな。つか、俺の妹にケチつけるたぁいい度胸しているじゃないか。表出ろ」


「出たよ、シスコン」


「弟妹思いと言ってくれ。ていうか、お前勘違いしているようだけれど――」


 肩を叩かれる。視線を向けるとすぐそばまで来ていた少女が、近くに設置されているベンチを指差しながら言った。


「座りませんか?」


 年齢にそぐわぬ落ち着きがあるソプラノボイスで、その声音からはしっかりしていそうな印象を受ける。先輩の弟――トモくんほどではないにせよ、年齢にそぐわない慇懃さだ。


 ……なんというか、怪しい。


 そもそも、ここにいるということはあの推定超能力者であるイト様とやらに会いに来ているわけだ。普通に生きていればおよそ縁のない存在である。面会者選出のための抽選自体は無作為で行われたらしいけれど、それに応募している時点で「何か」がありそうと思わせる。


「そうね。座りましょうか」


 少女に警戒心を抱きつつも、促された先にある休憩コーナーへと向かうことにした。



 □■■□



「僕は佐田悠理って言います」

「悠理ちゃんか。いい名前ね」


 隣に座った少女――佐田悠理ちゃんに名前を教えてもらった。名前を褒められたのが照れくさいのか、悠理ちゃんは小さくはにかむ。可愛いぜ。


 そして悠理ちゃんはボクっ娘だった。リアルに存在したのかと内心興奮した。


「私の名前は空海成世。空と海で“そらみ”、成功の成に世界の世と書いて“なるせ”」


「そらみさん」


「うん、名前で呼んでくれると嬉しいな」


「なるせさん」


「いいね。ちなみに、あのお兄さんの名前はもう聞いている?」


 そう言って、少し離れたところに設置されている自動販売機で飲み物を購入している天木秦の後ろ姿を指差す。


「秦さん」


 すでに自己紹介は済んでいるようだ。


「あの人、目つきが悪いけれど怖くないの?」


 悠理ちゃんは不思議そうな顔をする。首をふるふると振る。


「そんなに」


 ということは、ちょっとは怖いのか。そう思うと苦笑してしまう。


「あははははー、ははん……?」


 少女の瞳を見て、滲む恐れの色に気付く。


 あぁ、そうか、きっとこの子の恐怖は個人に対してのモノではない。


「人って、怖いよねー」

「――っ!」


 私の同調に悠理ちゃんは目を見張り、こくこくと激しく頷いた。


 苦笑いが強くなる。こんな幼い子供がそんな目で人々を見ているのか。


「わかるよ、あの人はそういう“人の持つ怖さ”が限りなく弱い。目つきは怖いのにね」


「そう、です」


 コンセンサスを得られたのが嬉しいのか、少女は微笑み、件の先輩のほうへと顔を向ける。


 私はそんな少女を足元から一瞥する。宿の用意した浴衣から出ているのは線の細い手足。綺麗な黒髪はエアホッケーをして汗をかいたのか少し濡れている。その澄んだ瞳は先輩の後ろ姿を眺めておりどこか楽しげだ。前髪を留めている三本のヘアピンに目が行く。


 ――先輩は相変わらずおかしな女を引き付けるようで。



 □■■□



「昔、とても困っているときに助けてくれた大人のお姉さんがいたんです」


 悠理ちゃんは一歩踏み込んだ話をしてくれていた。共感を覚えた子供は口が軽くなる。人に対する認識が警戒と油断の両極端になりがちな子どもは一度気を許せばと与しやすいと、そう言ったのは火灼さんだったか。


「その人が、先輩――あのお兄さんに似ているの?」


「はい」


 先輩とは顔見知りだったとかではなく、ほん十数分前に言葉を交わしたばかりだという。それにもかかわらず、この少女は先輩に対して好意的な雰囲気を醸しており、不思議に思った私はその理由を聞いたのだ。そうしたら、このような答えが返ってきた。


「見た目とかは全然違うんです。ただ、なんというか、雰囲気が似ているんです」


「ほー。雰囲気がね」


 先輩に似ているというお姉さんに対する興味はあるが、これ以上踏み込むほどではない。


 そう考え、どうやって話を運ぶか逡巡していると、水のペットボトル、コーラの缶、緑茶の缶を持った先輩――天木秦が寄ってくる。


「なんの話?」


 こちらにペットボトルを差し出しながら、会話内容について聞いてくる。


 それを受け取り、てきとうに返す。


「先輩って空気みたいですよね」


「え、なんでいきなり悪口を吐かれた……?」


 悠理ちゃんは差し出されたコーラの缶を手に取り先輩にお礼を言う。


 先輩はそれに頷くと、飲むように手振りで促す。


 二人それぞれがプルタブを引くと、気持ちのいい音が連なって響く。


 ……確かビールの自販機もあったよなぁ。などという考えが脳裏を過るけれど、今は麦に思いを馳せている場合ではない。話の舵を切ることにした。


「悠理ちゃんはイト様の面会っていつごろ?」


 この四日間でこの旅館にいる人間であれば共通の話題となるのはこれだ。


「明日の夕方ごろです」


「お、私と同じぐらい――私のあとかな? 私は明日の十五時なんだ」


「あ、僕は十六時」


「あとだー!」


 とりあえずハイタッチする私と悠理ちゃん。


「そういえば、先輩はイト様に占って貰う内容、もう決まりました?」


 クッションとして先輩に話を振る。


「――あぁ、一応な」


「へー、気になるなー。悠理ちゃんも気になるよね?」


 そう追従を促すと、悠理ちゃんはこくこくと頷く。

 やはりこの手の話題となると女の子は興味津々になるよね。


「そんな面白いことではないからな? 将来のこととかだし」


「うわー、置きに行っていますね。つまんねぇ人生送りそー」


「安寧を求めているだけでそこまで言う?」


「悠理ちゃんはなに聞くか決めてる?」


 先輩が目で「無視?」と訴えてくるが、それも無視する。


「んー……」


 悠理ちゃんは迷うような声を出して私と先輩を交互に見る。躊躇いの表情を覗かせたが、ふと、破顔する。どうやらなにかの関門を突破したようだ。


「聞くことはね、ないの」


「ふむ?」


「僕はね、お礼を言いに来たんです」


「お礼?」


「そう。お礼。――ありがとうございました。って、そう言うの」


 少女は無垢に笑う。


「それで、ちょっと文句も言うんだ。えーと、なんて言うんだっけ。えっと、そう、ちょっと“手荒”だったから。そのことでくじょーを言います」


 くじょー。――苦情か。


「でもね、いまの僕がこうなのは、あの占い師さんのおかげだから“お礼”をするんだ」


 そう言って、にんまりと笑った。


 子供らしくない、下手な笑みだった。


フレンドパークってもう終わってから十年経過しているらしいですね……。


一応の補足として、秦や成世は世代ではない古いバラエティ番組になぜか精通しています。

彼らが年齢の詐称をしているとか、実は90年代の人とかでもないです……。


秦は「ギルガメッシュないと」に興味津々でした。思春期の男の子ですね。

成世は「ボキャブラ天国」がお気に入りです。


大丈夫かこいつら。

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