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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
三章『その目に映るのは』

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◆Interlude-2:年末年始

話をぶった切るのはどうかと思う。

けれど、こういうのが定期的に欲しいので挟みます。

今回はスノウ視点。

 初詣の形態の一つに『二年参り』というものがある。


 神社仏閣へと大晦日――年越し前に参拝し、その場で新年を迎えるというものだそうで。


 私はそこまで神道に詳しいわけではないので、通常の初詣と比べてそれにどういった意味や御利益があるのかは知らない。


 それに、私にとって大事なのは“誰と過ごすか”なので、イベントでさえあればなんだっていいところがある。


 そういう意味でも、この日本という国を私はとても気に入っている。その理由は四季折々で様々な行事が入り乱れているからに他ならない。年末の一週間とか特にすごい。ツリーやらイルミネーションやらが派手派手しく飾られクリスマスを祝ったと思ったら、世間は一気に年越しムードに切り替わって、門松がそこかしこに乱立するのである。松迎えをちゃんとやるような家だと、クリスマスのイルミネーションがギラギラと輝いている家の玄関に門松があったりする。なんでもありだ。


 とはいえ、そんな“なんでもあり”のおかげでイベントを理由に秦くんを色々なところに連れ回して様々な思い出をつくることに私は成功しているわけでして。


 結局のところ、この二年参りもまた同様なのだ。


 君となにかをするための方便に過ぎない。



 ◆◆◇◇◆◆


【十二月三十一日/夜遅く】



 準備を終えたので、私は思わず言ってしまう。


「着物って、意外と簡単に着ることが出来るのね」


「今回は紬ですからねー。小紋や紬はそれこそ普段着用のモノ――カジュアルでもありますし、慣れれば一人でそう時間を掛けずに着られるようになりますが、これが振袖とかになると色々と増えるので時間も掛かりますよ」


 着付け師さんが一仕事終えた後の満足感を出しながら答えてくれた。二十代後半ほどでショートカットの女性だ。ふにゃふにゃした笑みを浮かべているこの着付け師さんは火灼の昔からの知り合いらしい。


 本来であれば、この着付けは火灼に頼もうと思っていたのだけれど、火灼は少し前から出掛けており家にいない。そのこと自体は前々から知らされていたことなので文句もなく、むしろ事前に顔馴染みの着付け師をこうして呼んでくれていたのだから火灼の配慮には頭が下がる。


 心の中で親友に謝意を示しつつ、目の前の姿見に意識を向ける。着付け師さんはヘアセットやメイクもできるとのことで、着付け前に和髪にして貰ったのである。白い華の意匠が施されたかんざしが綺麗で気分が上がる。


 鏡に対して横を向き、首を少し傾けるとうなじが覗く。うむ、秦くんは私のうなじが好きなので悩殺間違いなしだろう。などと下心を弾ませていると気付いたことがある。


「こんなにすっきりするものなんですね」


 私はいつもよりすっきりした体型を見つつ呟く。横を向いたことにより身体のラインがはっきりとわかるのだけれど、凹凸がかなり抑えられている。いわゆる寸胴だ。


「お嬢ちゃんはだいぶメリハリのある体型でしたし、やっぱり驚きますよねー。着物は真っ直ぐが綺麗なようにできているので、そのあたりの体型補正はだいぶ発達しているんですよ~」


「和装用のブラがあることにまず驚きました。着物って下着はしないと聞いていたので」


「あっはっはっは、偏った認識だ。それはそうと、今回は紬で良かったんですか? 初詣には振袖を着ていく人もいますよ?」


「そうなんです? 振袖って成人式に着るものと聞き及んでいましたけれど」


「晴れ着だからと、祝いの場に着ていくモノとしての認識が先行しているところがありますねぇ。TPOはそりゃありますけれど、こういうのは機会があればガンガン着ていくべきなんですよ。服なんて着てなんぼのモノですからね」


「へぇ~」


「そうやって機会が増えれば、こちらの商売も繁盛しますし」


「へー……」


 商魂逞しい人だった。


「それにしても、桃さんが面倒見ている子だって言われたから、どんなヤベーやつなのかと内心ドキバクさせながら来たのだけれど、会話ができる子でよかったよ!」


「ハードルが低い……」


 着付け師さんの歯に衣着せぬ物言いに苦笑する。『桃』というのは火灼が使っている名前の一つだろう。


「アタシが初めて桃さんに会ったときに連れていた男の子とかマジでヤバかったからね。絵に描いたような野生児でさー。首輪付けられてリードを握られている人間とかそのときに初めて見たよ! 当時ウブだったアタシはそれ以来性癖がちょいとズレちまったものさ」


 そんな歪んでしまった性的嗜好を明け透けに吐露されても困る。というか、あいつはなにをしているんだ。そういう行動ばかりするから「魔術師は異常者の集い」だとか言われるのではなかろうか。一途に恋して愛を育んで末永く幸せに暮らすことを望むだけの私を見習って欲しいものだ。



 □■■□



 その後、白を基調として鮮やかな紅の模様が入った長羽織を着させられ、深緑色の襟巻きを巻かれた。


 姿見で見れば、こうして長羽織を着ることによって“冬の装い”として纏まったように思える。


「冬に外で動くときはヒートテックに助けられている部分がありますけれど、やっぱり羽織も大事っすからね~。うーん、いいねぇ! お嬢ちゃんてば素敵ですよ! 素材がいいと合わせがいがありますわ~」


 私よりも着付け師さんの方が燥いでいる。


 インナーとしてヒートテックを着させられているのだけれど、その前後は逆で着用させられている。なんでも、こうするとうなじを見せてもインナーが見えなくなるのだと言われた。まぁ、今は襟巻きをしているからそのうなじも見えないのだけれど。


 実のところ、私は寒暖に強いのでヒートテックも長羽織も必要ないのだけれど、秦くんは女子が着込むことにもテンションを上げるタイプなので、むしろ好都合と言えるだろう。私がスキーウェアを着たときに向けてきた笑顔を忘れることはない。


 ゲレンデマジックは……実在するっ……!



 □■■□



 冷静に考えると別にアレはゲレンデマジックとはならない。秦くんが衣装替えを好む傾向にあるだけだ。スーツに着替えてもテンション上がるからねあの人。髪型とかは、私はまとめられればそれでいいからと基本はポニテで済ませがちなのだけれど、火灼が手慰み感覚で私の髪を色々と弄ることがあり、それが秦くん的にはかなり嬉しいことだったらしい。初めて見た五体投地は私の彼氏が私の親友に向けたモノでした。


 そんなことをつらつらと考えつつ、私は待ち合わせ場所に辿り着いた。待ち合わせの雰囲気を楽しむため、ときおりこうしてどちらかが先行して家を出て、相方を待つようにしているのだ。


「お待たせっ」


 駅前のロータリーでベンチに座り、放心気味に虚空を見つめていた秦くんの前に躍り出てその視界を占領する。面食らったように身を引いたかと思えば、焦点の合っていなかった目に光が戻り、私にピントを合わせた。


「ここは……? あぁ、そうか、とうとう俺にも迎えが来たんだな……。パトラッシュ、ネロ、俺も今からそっちに行くよ。大晦日だと天使も着物姿になるんだな」


「そっちには行かない行かない」


 秦くんの頬に両手を添えると、案の定、冷えている。私の指先はこの程度の気温で冷えるほどヤワではないので、じんわりとその頬に熱を伝え続ける。秦くんはモッズコートを着て両手をそのポッケに入れているぐらいで、マフラーやネックウォーマーを使ってはいないため顔周りは防寒性が著しく低い。手をそのまま耳にまで移動させて、耳朶をつまむ。


「あう」


 秦くんは耳が弱い。豆知識である。私以外は知らなくていい。


 顔を満遍なくぐにぐに揉み揉みしていると、こちらをしっかりと認識した。


「ん、あぁ、スノウだ」


「そうだよー。キミの可愛い彼女さんだよ~」


「可愛い~」


「えへへー」


「ていうか、着物じゃん」


「おっ、気付いたかね。じゃーん」


 見せびらかすようにくるりと回る。


「似合うよ。綺麗だ」


「もっと言って~」


「かーわーいーいー」


「わぁ~」


 脳がふやけていそうな会話だ。けれど、私は秦くんとするこういった会話が好きだ。


 些細で小さな幸せ。

 でも、私はこれが欲しかった。

 欲しいモノが手の中にあるという実感。


 キミに会うまで、私は何が欲しかったのかもわからなかった。欲しいモノがあるということは理解していて、でもそれがなんなのかは判明しなくて、それに焦りを覚えて、心は渇いていて、寂寞に包まれていた。


 キミに出会って私の世界は完成した。


 毎日が楽しい。本当に楽しい。


 秦くんといる日々は綺麗で、嬉しいことばかりで、これ以上を望むことなど何もない。


 ――いや、それは嘘だ。

 ――私はこれ以上を望んでしまう。


 キミと、この幸せの先へ。


 火灼が言っていた。


 神道における参拝は『神頼み』ではなく、自分自身への『誓い』なのだとか。


 祈りとは、世界に対する自己表現だ。望みを示し、進む姿勢を決める行為。


 願いが叶うよう神に縋るのではなく、願いを叶えようと自らに言い聞かせる。


 うん、丁度いい。この二年参りで私は誓っちゃうかー!



 □■■□



『一月一日/零時』



 大晦日を終えて、私達は新しい年に足を踏み入れる。


 私達が足を運んだ神社はそれなりに大きく有名だったため人混みが凄まじい。


「ぬぅん……」


 秦くんはふらふらしていた。有り体に言えば酔っている。


 人混みに酔ったのではない。配られていた甘酒に酔ったのである。酒粕によって作られた甘酒のアルコール度数は微々たるものなのでお酒に分類されないのだけれど、アルコールが含まれていることには違いない。そして、秦くんはアルコールに滅法弱かった。


 秦くんのお母様――郡さんはワインをガブ飲みすることがあるのでザルと言えよう。なのできっとお父様の方が弱いのだろうと、未だ見ぬ未来の義父へと思いを馳せる。


 なお、私はアルコールに滅法強い。いや、強いと言うか、効かない。私の身体は全体的に性能が高いので、だいたいの毒は無効化できる。アルコールもまた同様で、その分解もまた即座に行われるし上限値も青天井なのだ。


「――♪」


 去年に聴いたうろ覚えの曲を口ずさむ。気分がいい。


 私達が今いる場所は社務所の中にある休憩所だ。本来であれば関係者以外は入れない場所とのことだが、神主が魔術の系譜に関わる人であり、魔力を垂れ流している私に慌てて声を掛けてきたのでこれ幸いと便宜を図って貰ったのである。


 ――現在、酔った秦くんが私の後ろから覆い被さるように抱きついてきている。


 そしてめっちゃ撫でてくる。ここが天国か……。


 普段は私から接触を試みることが多いけれど、今日は逆だ。秦くんから積極的にボディタッチをされる。どうやら秦くんは酔うと絡む性質のようだ。左腕を私の胴体に回して、がっしりとホールドしてくる。多幸感でいっぱい。


 私のうなじ部分に顔をつっこんできて、そのままちろりと首元を舐められた。ゾクゾクする。


「いい匂い……」


 誰に向けたわけでもないだろう呟きが私の耳朶を伝って鼓膜を震わす。普段の秦くんであれば言わないワードチョイスや倒錯的な行為だ。帰ったらウィスキーボンボンを注文することも視野になる。秦くんは遵法精神もそれなりに持ち合わせているのでお酒は二十歳にならないと飲まない。合法的にアルコールを摂取させるのであればウィスキーボンボンが手頃だろう。


 とはいえ、この私的には大変興奮するふれあいが必ずしも秦くんの本質とは限らない。そのことはしっかりと理解している。


 アルコールよる酩酊が齎すのは抑圧された自我の解放ではない。それは積み上げられた自己の削剥でしかない。酔いによって生み出された言葉や行為がその人の本質な筈がなくて、それは形を成す前に露出した不出来な断片だ。素面の時ですら人は思ってもいないことが口をついて出てしまうというのに、酔えばそれが解消されるかと言えばそんなことはなくて、むしろ悪化する。だから雰囲気にあてられて思いもしないことを口走る。思考の断片を拾ったからと言ってその人のことを理解出来るわけがない。だから、酩酊は弱体化に他ならなくて、弱り目の人が吐き出す言葉に信用はない。それでも、人が酒の席に特別性を見出すのはむしろその弱みを見せるということに意味があると考えているからだ。弱さを曝すことによって、隙を見せる。隙を見せるという行為は相手への信頼を示しているという共通認識があるからだ。本当はそんなことなどないというのに、人々はその幻想に縋る。そうしないと成り立たない関係の上にあることを無意識に感じ取っているから。だから――


 ぎゅっと抱きしめられた。


 ――これは秦くんの本質に違いないだろう。


 私は前言を全て撤回した。


 酔うと本性が出るとはよく言ったモノだ。理性から解き放たれた秦くんの野生は私のことを求めてやまない。私もその求めに応じるのも吝かではない。正直言って大いに臨みたいところだけれど、いかんせん場所が悪い。ここは神社の社務所であり、別室では神主が頭を抱えている。


 あの神主は学府とも関わりがあるようで、デイライト家についても知っているようだった。会話をした際に穏便に早急に帰って欲しい気持ちがありありと伝わってきた。こんな素敵な時間を甘酒とともに提供してくれたこの神社に対して悪感情など皆無だし、むしろ思い出の地の一つとしてしっかりと残って欲しいぐらいであるからして、人のことを爆発物のように扱うのはどうかと思う。


 ともかく、秦くんの酔いが覚めるまではここで待つしかないだろう。お参りは人が多くて時間が掛かりそうだったこともあり、後回しにしたかったのでちょうど良いぐらいだ。すし詰めで他人と密着するのも嫌だし、飛び交う会話のせいで秦くんの声が聞き取りづらくなるのも好ましくない。しばし休んでいれば雑踏のピークも過ぎて賽銭も投げやすくなるだろうと、私は結論を出した。



 一時間後、目が覚めた秦くんと私は神主にお礼をして社務所を後にし、お参りを終えた。


「スノウはなにを願った?」


「こういうのって言葉にしたら叶わくなるんでしょ?」


「そんな話もあるな」


「つまり、絶対に叶わないでほしいことを願った上でそれを他者に言いふらせば……?」


「悪用を考えるな」


「そういう秦くんはなにを願ったのさ」


「んー、世界平和」


「………………本当に男子高校生?」


「いやほら、世界が平和じゃないと俺終わっちゃうからさ……」


「結構切実だった!」


 帰り道ではそんなことを話したりした。

 なお、秦くんは酔っていた時の記憶がなかった。


 ――私は通販サイトでウィスキーボンボンを注文した。


 さて、あとは秦くんの家にまで着いて行って、天木家の人たちに挨拶をして、祖父母の家に行く秦くんたちを見送れば私の正月は終わりだ。

Interlude-3『年始』に続きます

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