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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
三章『その目に映るのは』

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◆Interlude-1:年末

年末のときのスノウと秦のお話です。

本編の途中に挟むと時系列が分かりづらくなったりしそうだなと思いつつも、まぁいいかなぁと思いました。

 一年の計は元旦にあり。


 使い倒された有名な言葉だ。擦り過ぎて穴が空いてそうな言葉だけれど、それでも未だに引用されるのだから、思うところのある人が多いのだろう。


 意味は『何事も始めが肝心』といった感じである。計画は最初に立てなさい、という当たり前のことを教訓めいた言い回しでそれっぽく指摘しているだけだったりする。


 ただ、人類は当たり前のことを当たり前のように出来ないので、教訓として何度も口を酸っぱく指摘して認識させないと意識から抜け落ちてろくな計画を立てずにアドリブでその後の一年を過ごすことがままある。


 だからこそ、我々は繰り返すのだ。

 一年の計は元旦にあり、と。


 ちなみに、元旦というのは元日――要は一月一日の――午前を指す言葉だ。午前中のうちに計画を立てろということになるので、思ったよりも期限が短い。……き、厳しくないですかね?



 □■■□



【十二月三十一日/午後】


 現在、十二月三十一日。年の瀬の末端であり、今年もあと僅かとなった昼下がり。


 場所はとある河川敷。そこに俺とスノウはいた。


 川を撫でる風は冷たく、顔に当たるたびに体温を奪っていく。ポケットに手を突っ込みコートを着込んでいるので顔以外の防寒は充分なのだけれど、やはり地肌を晒す顔だけは少しばかり厳しいものがある。


 目出し帽の購入を真剣に検討している俺とは対照的に、隣に立つスノウは寒さなど感じていないかのような面持ちをしている。スノウも防寒着で身を包んでいるけれど、彼女のそれはどちらかといえばファッションとしての側面が強い。


 スノウは生物としての強度が高いので、環境による体調の変化が生じにくい。真夏に今と同じ格好をしても汗をかかないようにすることも出来るし、今時期の海に飛び込んでも低体温症で身体機能が低下することもない。学校などの一般人の目があるところだと意図的に体温を上げ下げして発汗や寒さによる震えを起こしたりもするので、なんかもう怖いを通り越して尊敬している。


 ついでに言うと、スノウは不随意筋である心筋などを自分の意識である程度コントロール出来たりもする。要は心臓の動きを自分の意思で止められるのだ。それによって迫真の死んだフリができるのだけれど、あまり役立つことはない。以前に「き、貴様は、死んだはずでは!?」というコテコテの台詞を殺人鬼に言わせたことがあるけれど、それがピークだろう。あの時は殺人鬼が哀れでしかなかった。その他の使い道は……ジョジョ3部ごっこぐらいしか思いつかない。


 心臓止めたら死ぬだろ、血流とかどうすんだよ。というのが真っ当な疑問だけれど、それはスノウが魔力によって血流をコントロール出来るからこその芸当でもある。血液そのものが動くので、心臓というポンプが必要ないのだ。当然のように心臓を止めると鼓動が無くなるので、血液が流れているのに脈がない(脈拍が測れない)とかいう異常な状態が起こる。かの殺人鬼はこれで騙された。


 こうしてちょっとした特技特徴を挙げてみても、スノウは常人離れしている。まぁ、魔術師だしな。とはいえ、それだって人の可能性の延長線上であり、結局は人よりちょっと凄いだけだ。


 スノウを眺める。襟首の部分になんかもふもふしたものがついている鮮やかな赤色のダウンジャケットを羽織っていて、下は黒のスカートだ。スカートはミニ丈なので短めだけれど、タイツを履いているので露出面積は極端に少ない。冬の格好としては至極真っ当なものだ。


 空っ風によって靡いたブロンドはいつ何度見ようとも綺麗で、唯一肌が出ている顔にしたって冬の乾燥など知ったこっちゃねえとばかりに艶とハリがある。


 俺の性癖はこの一年でだいぶスノウに寄せられた。……調教かな? 字面がよくないな。それだと変態的だ。調整された。うん、これなら大丈夫だろう。


 調整された性癖の中でも金髪なんかは最たるものだ。スノウのそれがとても綺麗だからというのもあるのだろうけれど、現在の俺は金髪に対しては一家言持つようになってしまった。まぁ、古来より紳士は金髪を好むとも言うので、それは俺が紳士になった証なのだと前向きに受け入れることにした。


「ん、なに?」


 いつまでも見ていられそうだったのでスノウの顔をしばし見つめていたら、不思議そうな顔をされた。


「いやなに、綺麗だなって」


 そう言うと、スノウはその意味を分かっているだろうに、なんのことやらと首を傾げた。そうやって明確な言葉を要求してくる。そうやって要求してくれるのは、地味にありがたい。


「お前はいつも綺麗で、いつも見蕩れるよ」

「そかそか、えへへっ!」


 スノウはその綺麗で整った相好を崩す。端正な顔立ちをしているため、普通にしているときのスノウは鋭い印象が強い。だけど、こうして破顔すると年相応の幼さが垣間見える。


「そうやって笑うと、可愛いよ」



 □■■□



「なにこれ」


 スノウさんはとても冷めた目でこちらを見ていた。碧い瞳から放たれるその視線はとても鋭利で、正直ちょっと怖い。……怖いので問いには答えず、俺は手元に集中する。用意していた一斗缶にはあらかじめ側面の下部分や底部分にいくつか穴を開けてある。そこらへんにある手頃な大きさの石を砂利の上に並べ、その上に置く。空気の通り道、よし!


 場の準備ができたので、スノウに説明を始める。


「お焚き上げ、というものがある」

「ふむ?」


 意図は伝わらなかったようだ。スノウが首を傾げたので説明を続ける。


「日本にはお焚き上げという行いがあるんだよ。左義長とか卸焼納の方が正式な名称らしいのだけれど、お焚き上げの方が一般的になっていてピンと来る人も多い。それで何をするのかというと、御守とか、御札とか、しめ縄とか、役目を終えたモノを集めて燃やすんだ。厄を集めて引き受けたそれらを浄化して――浄火にくべる。元々は神事としての側面が強かったのだけれど、今では『愛着があったモノをただ捨てるのも忍びないからと、感謝をしたりしながら燃やす』みたいな行為としての側面が広く知れ渡っているところがある。人形の供養とかもそこからの派生みたいなモノでな。行事としては小正月に行うのだけれど、明確にその時期じゃなきゃいけないってわけじゃあないんだよ」


 そこまで言うと、今から俺が行おうとしていることをスノウは理解した。


「なるほど。つまり、秦くんはお世話になったモノを燃やそうとしているわけだ」

「理解が早くて助かるよ」


 一斗缶の中に着火剤を放り込み、その辺から集めてきた小枝と枝をその上に置いていく。燃えやすいようにと意識して隙間を作る。側面下部分の一箇所だけは灰やらを取り出せるようにと少し大きめに切り取っているので、その部分からチャッカマンの先端を入れて着火剤に点火する。着火ぁ。


 ミニうちわをパタパタと軽く扇いで、空気を緩く送り込む。枝に火がしっかりと燃え移るまではそんなに強く扇いでも意味がない。少しばかりすると、小枝が燃え、枝が燃え始める。


「よーし、準備できたぞー」

「おー」


 かがんで俺の一挙手一投足を眺めていたスノウがパチパチと拍手を送ってくれる。どうもどうも。


「じゃ、燃やすか」


 そう言って、俺はそばに積み重ねていた雑誌に手を伸ばす。その手を掴まれる。

 スノウがこちらを見ながら言う。


「もう一度言うね、なにこれ?」

「エロ本……ですね」


 ――俺が燃やそうとしていたのはエロ本だった。


 説明を求められた気がしたので、説明することにした。


「俺は常々、彼女がいるのにエロ本を所持するというのはある種の浮気に該当するのではないかと、そう思っていたわけです」


「そんなことを考えて生きているの……?」


 生き方に疑問を持たれてしまった。めげない。


「なので、捨てようと思い立ったわけです。でも、散々お世話になっておいて、彼女ができたから捨てるというのはあまりにも身勝手ではないかと、そう考えたのです」


「そう……」


 なんかもう興味なさそうな雰囲気を醸し出されるけれど、ちゃんと最後まで説明する。


「なので、ちゃんと感謝を込めて供養するためにお焚き上げをすることにしたわけだ」


「野焼きって法律で禁止されていなかったっけ?」


 聞こえなかったことにした。


「決別の行為でもあるので、スノウにも知っておいて欲しくてな」


「これはなんだろう……、新手のそういうプレイかな? ……わざわざ年末に?」


「プレイではない。それに年末だからこそだろう。区切りの一つだ!」


 真剣な表情で言い放つ。


「とりあえず、秦くんなりに思うところがあってのことだとは理解したので、続けてどうぞ」


「うっす」


 彼女からの理解を得られたので、お焚き上げを進めることにした。

 一冊一冊に感謝と別れの言葉を述べ、くべていく。


 そんな俺を見て、スノウがぼそりと言う。


「うーむ、きしょい」


 聞こえなかったことにした。



 □■■□



 ――エロ本は全てが灰になった。


 眦が濡れ、頬を一筋の雫が伝う。気付けば、俺は泣いていた。


 スノウはそんな俺を見て一言。


「えっ、泣いている……。こわっ」


 追い打ちに余念のない恋人である。俺はハンカチを取り出して涙を拭う。


「……まぁ、実際に自己満足でしかないから反論はしないけれど、彼氏がエロ本を持っているのを嫌がる人も多いと聞くし、スノウに対するケジメみたいなところがあるので、こう、もう少し手心と言いますかね?」


 若干の押しつけがましさを自覚しながらも、スノウに嫌がられたくないから燃やしたという側面があることも主張する。自身の愚行に正統性を見出そうとする姿があまりにも惨めだった。


 けれど、そんな俺に対してスノウはあっさりと言ってのける。


「別に、持っていていいと思うけれどね」

「……あれー?」


 スノウさんは理解のある彼女だった。


「情欲と愛情はまた別でしょう?」

「まぁ、一応……?」


 一応ってなんだよ。と自分自身でも思うけれど、そこらへんは男の愚かな部分と言いますかね? 情欲とは別であると、そう思いたいけれど、じゃあどうして美人局――ハニトラが世の男どもに対して有効であり、浮気が本気になることがあるのかと、そういう話になるので言葉尻が弱くなる。


「そこで『一応』ってなるから、後ろめたさがあるんでしょ。男の人の思考や機能的にそこが完全には切り離せないのは理解しているつもりだよ。むしろ、そこで後ろめたさがあるのであれば、私はそれでいいと思っているし」


 う、うーん? 割り切り過ぎじゃないですかね?

 スノウさんの言葉にむしろ俺が戸惑い、つい反論をしてしまう。


「いやさねスノウさん、でも、俺はお前が他の男の裸体を見て興奮していたりしたらすごく嫌ですよ?」

「しないよ」


 断定される。即答だ。食い気味の即答だった。


「私が興奮するのは君だけだよ、秦くん。君だけなの」

「……ありがとうございます」


 男冥利に尽きることを言われたので、思わずお礼を言ってしまった。


「まー、でもそっかぁ。確かにね。秦くんがそれを嫌がるのであれば、確かに秦くんだけがそういうのを持つのは不公平か」


 その不公平に不満を持つのがスノウではなく俺であることまでスノウは理解している。

 俺はうんうんと頷く。


「そういうわけですよ。なので、せめてその辺はしっかり線引きしておこうと思い、先ほどの所業に至り候」

「所業って言っちゃったよ」


 所業って言ってしまった……。



 □■■□



「でもさ、実際問題として、燃やして大丈夫なの? 若いと旺盛でしょ? 必要だから持っていたのだろうし、ないと厳しくない? それともアレかな、秦くんは妄想でイケる口なのかな?」


 大真面目な顔をしたスノウが心配を示す。


「世のカップルたちはこんなことまで明け透けに話すのか……?」


「ヨソはヨソ、ウチはウチでしょ」


「む、それもそうか。ちなみに俺は妄想だと厳しい」


「じゃあなんでなおさら燃やしたのかな……。それにこういうのってジャンルが多岐に亘るでしょ? 私は秦くんの所持していたのを全部把握していたから分かるけれど、私には掠らない性癖もあったじゃん。そういうクチになったときってどうするのさ」


 聞き逃せそうにない事実を突きつけられた俺はかなりの動揺をしながらもツッコミを入れる。


「待ってくれ今なんか恐ろしい事実をさらっと言わなかったか?」


 だが、あっさりと流された。


「たとえば『今日は黒ギャルに虐められたい気分や!』ってときにはどうするの?」


「森田?」


 スノウさんの読書傾向に一抹の不安を覚えつつも、それは至極真っ当な疑問だった。


「たとえばスレンダーな体系の人がいいとか、大人のお姉さんがいいとか、そういうのに良さを感じているときに私だと、違くない?」


「とても返答に困ることを聞いてくるね!」


「まぁ、いい機会だし、一度そのあたりのことを話し合うのもいいかなぁと。――でさ、実際そうでしょ? 妥協……って表現はすごく嫌ね。代替? いや、私は本命でしょ……。うーん、いやー、嫌だな。む、確かにこうして考えると嫌だ。嫌だけれどなぁ、むしろその辺の処理のため、という方向に割り切ればギリギリ……かなぁ? 元々そういうモノだと思っていたし」


 自分で言っていて、改めて考え直してみるとやはりあまり好ましくなかったようだ。


 なにかしらの結論が出たのか、パンと柏手を打った。


「今度、一緒に買いに行こっか!」


 ……なんでそうなる?


 とはいえ、それがスノウなりに譲歩した結論のようなので、俺はそれに対して文句も注文も付けず、次のデートの約束をした。



 ――それからしばし、火が完全に消えるまで雑談に興じた。



 火が消えたことを確認すると、スノウが立ち上がった。


「さて、それじゃ一度家に帰ろっか。夜には神社に行くんだし、ちょっと仮眠しておきたいな」


「それもそうだな。じゃあ、俺はこれをもって帰――」


 そう言いながら、燃え尽きた灰を入れた火消し袋と煤で汚れた一斗缶を持とうとしたところ、スノウが素早く回収して、空間魔術によって開けた穴にそれらを放り投げた。


「よし、これで荷物はなくなったね。じゃ、秦くんもうちで私と一緒に寝よっか!」


 いい笑顔で言われた。圧が強くて断れなかった。


「あっはい」


 特に断る理由もなかった。

Interlude-2『年末年始』とInterlude-3『年始』に続きます

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