◆六話:魔法と超能力と奇蹟、それと魔術
世界観と設定のちょい開示
「そうだ」
ふと、やろうと思っていたことを思い出したので思わず声が出た。
「えっ、なに、なんですか!?」
思った以上に声量があったらしく、隣に座る成世が目を見開いていた。
……こいつ、初めの頃は語尾に「っす」を付けていたりしたけれど、最近は普通に喋っているんだよなー。俺に接近する上で作り上げた『後輩キャラ』だったのだろうけれど、あれはあれで惜しかったなと、そんなどうでもいいことを考えてしまう。
「……なんか、やましいこと考えていませんか?」
気持ち三白眼で見ていたのだが、あまりにも見当違いな勘違いをされた。
成世は胸を隠すように身を縮めて引き、若干の距離が開く。
「そんな御大層なもんじゃねぇだろ。しばくぞ」
「は、はぁ!? あるわっ! 全国の高校一年生女子の平均値以上はあるんだぞう! 友達なんかこの間『すごい! 掴める!』って言っていたんですからね!」
「つまめる?」
「出っ張りじゃないやい!」
「ほら、俺はスノウが基準だから」
「例外中の例外をデフォルト値に設定するとか狂気の沙汰ですよ」
「あぁ、そうだ。こんな話がしたかったんじゃないんだった。あと、もうちょっと友達は選んだ方が良いぞ」
「余計なお世話過ぎる……! 何様だ!」
気持ち的には保護者だよ。
「成世くんや、君、事務所でしていた話でよくわかっていないとこあったでしょ」
本題に入ると、成世の動きが綺麗に固まる。本人にも思い至るところがあったのだろう。
「そ、そんなことないですヨ?」
声が上擦っている。何故に見栄を張る?
「お前、空海家の教育方針の都合で魔術に関する知識が穴だらけなんだろ。物質の変形・変質を行う形成術や術式符の使用、護身用としての最低限の体術ぐらいで、魔術という概念に対する歴史的な知識がないのは知っているんだからな。ちょうどいい機会だから今回はそのあたりの簡単な説明をしてやる」
「なんで先輩が私ん家の教育方針や私の習熟度を知っているんですか!」
「式神たちに聞いた」
「あ、あいつらぁ! 個人情報だぞ! そういうのは昨今厳しいんだぞ!」
「はいはい、そういうのいいから」
――まぁ、半分は嘘だ。正確に言えば、成世の兄である玄外と式神の一人である刹那の記憶情報を取り込んだことによって把握していたものだ。実際にその二人が教育係を任せていた式神から聞いたことなので、半分は間違っていないだろう。
教育方針に関してはそもそも玄外が出していた指示なので聞くまでもない。
空海という魔術師がそこで途絶えてもいいからと、空海成世という個人を普通の世界に送り出すために下した結論。魔術に関する余分な知識を与えず、普通の女の子として遜色のない思考をできるようにと願ったが故の方針。
……いやまぁ、本人は冷徹な魔術師感をバリバリに出しているけれどもね。
成世に植え付けたそのあたりの認識は、下手に人前で魔術を使わないようにするために意識させたことであり、式神たちの教育の賜物なのでなんとも言えない。
――ただし、話が変わったのだ。
自身の左眼に触れる。人差し指で瞳に触れているが、指に伝わるその感触は硬い。爪の先で叩けばかつかつと音が眼孔内に響く。狭くなった視界にもだいぶ慣れた。
成世はその左眼に世界端末の眼球を宿している。それがある限りこの娘は普通の世界で過ごすことなど出来ず、失えばその身に巣食う消失を止める術がなくなり生きることが出来なくなる。後戻りは不可能。そうであるのなら中途半端な知識は毒にしかならない。だからこそ、理解を深めさせていく必要があるのだ。
とはいえ、肉体の使い方という観点ではスノウが正しい指導をしているし、技術面では刀河が適切な教育を施しているはずだ。そうなると俺がやることなんてないと思っていたのだけれど、ほとんどの魔術師が最初期に覚えることを成世が把握していない事実が判明した。であれば、俺がその辺りの埋め合わせをすれば丁度いいはずだ。
この一年で学んだばかりのことなので明瞭に話せる内容。それに加えて、特殊な環境下とはいえ累計二十年以上を生きた魔術師の知識が一挙に詰め込まれた状態でもあるので、それらの知識を“思い出す”のにも利用できる。一石二鳥というやつだ。
「えー、では成世くん、とても初歩的なことだけれど、どうして魔術という技術が生まれたか知っていますか?」
「……え、知らない。考えたことない。あって当たり前のモノだし」
知らないのは知っていた。けれど、考えたことがないというのに引っ掛かり、それが当たり前のモノだという言葉に納得する。
確かにそうなるのか。生まれたときから身近にあるモノなのだから、それは成世にとって当然のモノなのだ。なんらかのきっかけによって興味関心を抱くようなことがない限り、使い方以外の部分――仕組みや背景にまでは理解が及ばない。こちらで言うところの携帯電話やインターネットがそれに該当するだろう。使い方は誰もが知っているけれど、その仕組みや成立の歴史的背景までを誰もが知っているとは限らない。
「じゃあ、その当たり前になった理由を知っていこうか」
□■■□
「魔術の起源はいくつかあるとされているんだけれど、本流としては『魔法』の再現が発端とされている」
雰囲気を出すために度の入っていない黒縁の眼鏡をかけ、知的な感じに講釈を垂れ始める。
この伊達眼鏡はスノウがくれたものなのだけれど、妹や成世達からはそれなりに好評だ。
目元が隠れ、死んだような目が緩和され人相の悪印象が軽減されるから、とのことだった。
泣いていい?
「……あの、すみません。そもそも魔術と魔法って同じじゃないんですか? 言い回しの違い程度の認識なんですけれど」
「あー、全然違う。何も知らない人からしてみれば、両者によって起きている現象の明確な違いを理解することは出来ないのだけれど、魔術師であればすぐにわかることだよ。さて、なんだと思う?」
「え、なんでしょう。規模? 質?」
「それは魔術師によってもかなり振れ幅があることだから見分けるための判断材料にはならないよ。……いやまぁ、別に引っ張ることではないから言うけれど、正解は魔力の使用だ」
「……消費魔力の違いとかですか?」
「いいや、もっと極端だよ。さらに正確に言えば、魔力の使用有無だ」
その答えを聞いて、成世は首を傾げる。そう、お前が抱いたその疑問は正しいよ。
どちらかに解答すれば、自ずともう片方の問題の答えも埋まるタイプの問題だからな。
魔術という超常現象の行使には、魔術師たちが魔力と呼んでいる不思議エネルギーが必要不可欠だ。では、魔法はというと――
「あの、それだと、魔法は魔力を必要としないかのように聞こえるんですが……」
魔法なのに? 魔なのに? と、成世が言葉の揚げ足取りをする。
「そう、必要としないんだよ。ついでに言えば、その魔法という呼称はあくまでも魔術師達の使用する呼称だ。世間一般で言えば、こう呼ばれることが多い――超能力、とな」
「超能力、ですか」
「そして、教会関係者はこう呼んでいる――奇蹟、と」
「奇蹟」
「まぁ、その辺りは後々絡んでくるから頭の片隅にでも置いといてくれ」
「はぁ」
「超能力を使う超能力者、もしくは魔法を扱う魔法使い、はたまた神に祝福されし聖人が起こす奇蹟。呼び方なんてどれでも良かった。大事なのはその現象だ。在り得ないことを、因果関係を無視して不可能を可能にしたという事実が何よりも重要だった」
指先一つで巻き起こる竜巻。語り掛けただけで意思を持つかのように動く樹木。なぞるだけで塞がる傷。空中を自由自在に飛び回る人。他者の心の内を一言一句違わずに読み上げる存在。
「さて、それらの存在を知った人たちはどうしたと思う?」
こちらの問い掛けに、
「真似をしようとした」
成世は間髪入れずに答える。
「そうだ」
「――そして、できなかったんですね」
「その通り。魔法はどこまでも生まれつきの才能であり、天賦の異能であり、与えられた祝福でしかない。何故ならその仕組みは未だに解明されておらず、後天的に意図して得ることが不可能だったからだ。でも、それだけで人間は諦めない。では、どうするかと言えば?」
「再現しようとした。再現できる方法から探したんだ」
「それを試みようとした人たちが集まり、学府の前身となる組織が出来上がった。各地に存在する魔術――技術として確立された奇蹟の紛い物――遺伝もせず、発現方法も不明な魔法と違い、技術として伝えられている――を蒐集した。それが二世紀前半ぐらいの出来事」
一呼吸入れて、言葉を続ける。
「紀元前から魔術も魔力も各地で独自に発展して概念としては存在していたし技術体系もあった。けれど、それらをまとめ上げる場所がなかった。民族移動や戦争などによって他の体系の影響を受けたりすることはあれど、まとめることはなかったんだよ。けれど、学府はそれらを『魔術』という一括りに統合した」
言葉を続ける。
「辿り着いたのは魔力と呼ばれていた第零元素。万物に成ることを可能とし、一つに成ることのできない架空の元素。『欺瞞元素』とか『曲筆線』とも呼ばれている“在り得ないが確かにそこにある力”の発見には一人の魔法使いの協力があったとかー、なかったとかー、どうとか言われているけれど、実際のところは俺も知らない」
言葉を続ける。
「けれど、間違いなく魔術史における黎明だ。なにより重要なのは魔力が誰にでも存在し、その方向性が多岐に亘っていたことだ。つまりは、魔法も超能力も奇蹟も再現しようと思えば限りなく再現することができるようになったんだ。当時、数の限られた祝福者の多くを有していた教会は怒り狂ったとかどうとか」
成世は得心が行ったかのような顔をする。
「あー、それで、教会が魔術師を唾棄するようになるんですね。神の御業、選ばれし者に施された奇蹟の再現を騙る異端者。過程はどうであれ、引き起こされた結果は奇蹟と同質ではなくとも同様だった。それを見た無垢なる一般人の皆々様は教会の権威に疑問を抱くようになってしまった。そういうことですよね?」
「そう。だいたい合っている。有り体に言えば、パチモンを安価に売る商売敵が出たせいで商売に支障が出そうだから、邪悪なる存在認定して弾圧するようにしたわけだ。元々、地域によっては魔術を良くないモノとして扱う歴史はあったのだけれど、それを顕著にさせたのは教会が頑張ったからってのもある。近世あたりで一度、一部のイケイケな魔術師達が表社会に進出しようとした際には大規模な抗争に発展したりして、それが魔女狩りに繋がったりもした」
刀河曰く、その余波でバチカンに比較的近いところに拠点を構えていた魔術組織が五つほど壊滅したらしい。
「へー。ん? ……ということは、魔女狩りが歴史に残り、魔術師の存在が裏に留ったということで、最終的には奇蹟――魔法を有する教会側が勝ったということになりますよね。魔法って魔術よりも強力なんですか?」
お、いい質問だ。
「概ねその理解で正しい。魔法は魔術よりも“強力”だ。ただし、それは『法則としての強度』としての意味に限る」
「法則としての強度?」
「魔法で引き起こせる現象って限定的なのが多いし、個人によって規模も変わるのだけれど、人によってはマッチ一本分の火しか出せない人とかもいるんだよ。それに対して魔術師である俺ならちょっとした火炎放射器ぐらいの規模は頑張れば出せるわけだ。これ、結果として見るにどっちのほうが強力だと思う?」
「先輩」
そうだよな。
「対象物を燃やすという勝負をした場合、速度でも火力でも俺の方が上――強力と言える。さて、ここでその対象物を魔法使いと魔術師にそれぞれを変更してもらうとしよう。五分後、どっちが立っていると思う?」
「……普通に考えたら先輩」
明らかにこちらが欲している答えだと理解した上でその通りに答えてくれてありがとう。
「しかし、実際にはマッチ程度の火によって小さな火傷を負った俺の姿がそこにはあるんだよ。魔法使いは煤一つだってついていやしない」
「先輩がしょぼいとか、そういう話ですか?」
「おいこら、それがたとえ事実だとしてもだ、もう少しオブラートに包みなさい」
「オブラートに包めばいいんだ……。ていうかまぁ、話の流れ的にそれが『法則としての強度』に繋がるわけですよね。いまいちパッとしないんですけれど、どういうことです?」
「んー、魔術ってのは基本的には世界にある法則――理を一時的に書き換えるというか、誤魔化す力なんだよ。元々、魔力自体がそういう性質だからな。魔術によって法則に手を加えようとも、法則が歪むことに対して世界は矯正力を働かせる。これによって魔術は継続性のない一時的な誤魔化しとなる。ただ、発生した結果に対してまでは矯正が働かないから、結果のための手段としては十分なんだ。これに対して超能力――魔法は『世界に組み込まれた法則を発現させる』モノなんだ」
「ふむふむ。ふむふむ?」
「魔術が“本来なら起きない発火現象を無理に起こす”モノだとしたら、魔法は“認可された発火現象”そのものなんだよ。世界がそれを当然としている。そういった世界による“後押し”がある現象に対して、誤魔化しでしかないただの魔術はあっさりと負けるんだ」
「なんか、以前に言っていた『位階』の力関係みたいですね。上位存在に対する接触権限ってやつ」
「あぁ、実際にそれだよ。認識としてはそれで間違っていない」
ただの人の力が神に届かない理由は法則強度の次元が違うからだ。そして、魔法は大なり小なりその領域に足を踏み入れている行為なので、中途半端な再現程度の魔術では書き換えができずに無力化される。
「そうなると、魔術師では魔法使いには絶対に勝てないってことじゃないですか。教会の聖人とやらに遭遇したら逃げるしかないってことです?」
「いや、そうでもない。魔法だって別に万能ではないからな。できることは限られているし、力の派生にも限度がある。そもそも魔法を使えるってだけでそれ以外はただの人間と同じだ。殴れば痛むし、焼けば焦げるし、切ったら血が流れる。それらが過ぎれば命に関わる。……それで死なない人もちらほらいるらしいけれど、基本は普通の人と同じってことはよく覚えておいたほうがいい。魔術師がある程度動けるように身体強化をするのもそれが理由だよ。肉体の内側に作用する魔術に干渉できる魔法はあんまりないから、肉体性能で圧倒することもできたりするし、なんなら逃げ切ることもできる」
「あれま、意外となんとかなる?」
成世はスノウによるしごきを受けているので、肉体の使い方に対しての知見は日々深まっている。楽観的になる気持ちは分からんでもないが、釘を刺しておかなければならない。
「けれど、これがそうでもなくてなー。教会が外に派遣するような聖人は魔術師を滅殺することに特化していることが多い。それなりに動ける魔術師を捻り潰す方法を熟知し、力量も相応にあるんだってさ。俺とかお前ぐらいなら全力で逃げたほうがいいんだわ」
これはネセルと刀河の言だ。
「えーと、つまり?」
「相手の力量と自分の力量次第で、それを見極めるのが大事」
「すごく無難な結論!」
まぁ、そら、そうなるだろ。
□■■□
さて、魔法、或いは超能力、若しくは奇蹟。
それらの発現には脳が関連していると言われている。
脳の特異発達による機能の拡張。人ならざる力の発現。
超越した人外。進化した人類。選ばれた人間。一つ上の位階に片足だけ踏み入った存在。
けれど、それは人の身には過ぎた拡張であり、あり得てはならない機能。
――本来ならば存在しない領域を加えられた脳は異常を示した。
歴史上に名を残した人物。よく通る声と言葉巧みな弁舌によって大量虐殺を引き起こした『かの大衆扇動者』や、百年戦争を勝利へと導いた『オルレアンの乙女』は神の声を聞いたという諸説が伝えられている。
――しかし、それは果たして本当に啓示だったのだろうか? と、否定する言がある。
一部の文献から推察するにそれらの人物には“てんかん”と呼ばれる神経疾患の症状が見受けられ、聞こえた声や見た姿は幻聴や幻視の類だったのではないかと、超常を否定しようとする試みである。
脳内で発生した異常な神経活動。それによって起きる精神の不調や混乱。それらが狂気とも呼べるような行動を後押ししたに過ぎないという推測。
――でも、ここでさらに別の考察が生まれる。
脳の神経疾患による症状として『幻聴とも言える啓示』を受けたのではなく、上位階の存在からの『真正の啓示』を受信できるように脳が特異発達し、その代償として脳の一部に異常が起き、それがてんかんと同様の症状に見受けられていた、という説だ。
なんてまぁ、聞きかじった知識でそれっぽいことをそれっぽく言ってみるが、俺はそんな遥か昔を生きた存在たちの実態を詳しくは知らないのでなんともかんとも。
けれど、今を生きていた――生きている人達にはもう少しだけ思いを馳せることができる。
かの『無敵の人』は真実を悟ったと嘯いた。自分だけが辿り着いたことであり、それに気付けていない周囲の人間を愚かだと見下した。それが自己防衛のための虚栄なのか、それとも本当に行き着いて“超えた”結果なのかは今となってはわからないことだけれど、それの可能性も万が一にとはいえあり得るのだ。
そして、今から会いに行く『占い師』は“真実と繋がった者”などと呼ばれている。こちらは自称ではなく他称のようだし、口だけだった『無敵の人』とは違って、実際に占い師として活動しているので、幾分か信憑性はあるほうだ。
さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。




