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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
三章『その目に映るのは』

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◆一話:拾わないでください

第三章のはじまりです。今回は比較的ゆるいお話になる予定でした。

【一月四日/午前】


「行き倒れだ」


 ――目の前にあるのは見事なまでの行き倒れだった。


 色々とあった三が日を終え、日常へと回帰した俺――天木秦(あまぎしん)の前に現れたのは、ちょっと小太りなおっさんの行き倒れだった。思わず声に出してしまうぐらいには行き倒れである。人通りの少ない道とは言え、路地の真ん中でうつ伏せになり微塵も動かないのは行き倒れに違いないだろう。


 ……いくら日の出ている昼前とはいえ、季節は草木も凍える真冬だ。当然のように地面のアスファルトだって冷えている。そんなアスファルトに身体の前面を当て続ければ体温は急速に低下していき、最終的には低体温症によって凍死するだろう。想像すると身震いしてしまう。


 羽織っているコートのありがたみを再認識する。


「さて、お昼はどうしようかな。んー、ここは豪勢に一人焼肉でもするか?」


 触らぬ神になんとやら、という諺を思い出しながら、方向転換する。


 ――すると、背後からだばだばと音がして、嫌な予感を覚えるのと同時に足首が掴まれた。


 ただ、勢いはあったけれどその掴む力は弱い。試しにそのまま気付いていないかのように足を前に出すとあっさりとその拘束が外れる。これ幸いとそのまま歩こうとして、


「人としてどうかと思う……」


 と、後ろから弱々しくも恨みがましい声が聞こえた。



 □■■□



 焼肉けいおす。店主がどのような精神状態で付けたのか理解に苦しむ店名ではあるが、評判はそれなりにいいお店である。もちろん焼肉屋だ。本日は土曜日なので、昼前から開店している。家族連れの姿や、浮かれた大学生みたいな集団が視界に映っており、年明けから繁盛しているように見える。


 みんな笑顔で肉を焼いている。目の前にいるおっさんも、それはそれはとてもいい笑顔で肉を焼いている。網に落とされた肉が炙られる。脂が溶けて滴り、網を通過してその下にある備長炭へと当たって弾ける。凝縮された牛の匂いが広がり鼻腔をくすぐる。その匂いを嗅いで、これが牛の肉であることを強く意識する。


「やっぱりまだちょっときついな……」


 匂いはまだしも、音がなぁ……。思い付きで焼肉とか言うんじゃなかったと、少し後悔する。


「人の顔を見ながらキツイとか言うんじゃないぞ少年。泣くぞ?」

「あんたに言ったわけじゃない。ていうか、子供に飯たかろうとしている時点でキツイでしょ」

「ははははははは」

「笑って誤魔化すな。いや、そもそも誤魔化せてないし」


 あの後、この小太りなおっさんは幾度もこちらの足に縋りついてきた。こんな存在のために走って逃げようとするのも億劫だったため、無視して国道沿いの飲食店が密集している場所まで歩き、目についたこの店に逃げるように入ったところ、当たり前のように対面に座った。


「一応聞きますけれど、なんであんなところで倒れていたんですか」

「空腹でなー。仕事で日本に来たのだけれど、依頼主と連絡を取るための携帯電話をうっかり壊してしまい、今にいたるわけよ」


 今の経緯が説明になると思っているのか……?

 というか、外国人? 流暢な日本語だし、顔立ちも日系っぽいけれど国籍が違うのだろうか?


「お腹を空かして倒れていた理由にはならないんじゃないですかね」

「ダイエットだよ」

「その腹を見るに、成果が出ていないようですが。……つーか、今ここでその量の肉を食ったらダメだろダイエット戦士!」


 テーブルに運び込まれた山のように肉が盛られた皿と、服の上からでも分かるほどに山なりになっている腹を見て言う。


「いやなに、こういうのは食える時に食っとかないとな」

「その発想がダイエットをしている人間のものじゃねえよ!」

「ち、チートデイだから!」

「その言い訳には無理があるでしょ……」



 □■■□



 注文した肉を一通り焼き、そして食べ終えた小太りのおっさんは先ほどよりも出っ張った腹を叩いている。


「いやぁ、食った食った。ところで少年、道で倒れている人間を見て、引き返すのは人としてどうかと思うぞ?」


「席に着いての第一声が『金ある?』で、頷いたら秒で二人分の食べ放題コース頼んだ人間が思っていいことではないからな……」


 というか、


「一応、戻った先にあった公衆電話から警察に通報するつもりでしたよ」


「……おれ、変質者じゃないよ?」


「警察は変質者を捕まえることだけが仕事じゃないから……。行旅病人及行旅死亡人取扱法というのがあって、倒れている人がいたら保護する法律があるんですよ。だから、そのための警察への連絡です」


「キミは携帯電話持ってないの? その場で通報すればいいじゃないか?」


「は? や、嫌ですよ。出来るだけ関わりたくないのだから、公衆電話使うでしょ」


 携帯だと番号が知られてしまう。通報までは市民の義務として甘んじて行うけれど、その後の展開には一切関わりたくないというのが本音だ。


「フツー、まずは安否確認しない?」

「嫌ですよ。通報が最大の譲歩です」


 ここ最近、踏み込み過ぎて痛い目を見ることが多かったので、その反省だ。


「それで何か処置が必要な状態だったらどーすんの?」


 必要な処置というと、心肺停止時における自動体外式除細動器の使用とか、呼吸が止まっていた際の人口呼吸とかだろうか。機械を使用するために見知らぬおっさんの服を脱がすのも、人道的接吻を行うのも心底嫌だ。というのが本音なので、


「……その時はまぁ、運が悪かったということで」

「キミの?」


 なんでこっちが対処することが前提になっている?


「あなたの。その場合、こっちが悪くなるのは気分ぐらいですよ」


 ――人の死を見過ごすので、気分というか、後味が悪いというか。


 翌日の朝刊の隅にて、行き倒れて凍死した人がいたという記事でも読んでしまったら、その日一日は鬱屈とした精神状態で過ごすことになっただろう。


 ……けれど、そうはならなかった。そうはならなかったんだよ。


「でもまぁ、結果的にこうして捕まったので、運も気分も最悪ですが……」


「最近の日本の若者は面倒事を極端に避けるって聞いたけれど、キミは筋金入りだね。なんつーか、達観! とか、厭世! って感じ? ほんとに若者? 実は人生二週目? ん? やー、ちょっと違うか。キミのそれは老成ってほどではないな。なんつーか、人生の折り返しを迎えて悟った感出してる四十代のオジサンみがあるねぇ!」


「…………本当に面倒事を嫌ったらここであんたと飯食ってないと思うけど」


「それもそうだ。じゃあ、どうしておれが追うのを止めさせなかったんだい? 走って逃げられたら流石に追い付けなかったけれど」


「中途半端に動ける状態だと、通報して位置を伝えても動かれる可能性があったこと。俺が逃げたとしてもその後に偶然通りかかった無辜の市民に被害が及ぶ可能性があったこと。行動が無意味になる可能性と、第三者への被害拡大の可能性。そう考えると、俺が被害を受けたほうがマシだと思ったからです」


「へぇ、意外と献身的なんだね。……ん? おれのこと犯罪者か何かだと思ってる?」


「どっちかというと事故ですねー。ていうか、実際に事故でしょこれ。何が悲しくて見ず知らずのおっさんと相席して飯を食っているんだって話」


 しかも代金はこちら持ち。冷静に考えても色々とおかしい。


 ……今からでも遅くないから通報するか? そういう思考が雰囲気に出たのか、おっさんが慌てたように弁解する。


「いやいや! もちろんお礼はするよ? 今は手持ちがないけれど、さっきも言ったようにこっちには仕事で来たからね! 仕事が終わったらしっかり返すさ!」


「いい年した大人が素寒貧っておかしくないですか」


「はっはっはっはっ、大人に幻想を抱き過ぎだろうキミぃ。無一文な大人なんてそこら辺にごろごろ転がっているさ」


「嫌な現実だ……。マジでそこらにコレが転がっていたんだから現実は嫌だ……」


「あはははははー、いま、おれのことコレっつった?」


「で、あんたがおけらだった理由は?」


「財布を落とした。赤の原色をぶちまけたかのような革張りの長財布、見つけたら拾ってネ! いやぁ、財布があれば少年に物乞いすることもなかったんだけれどねぇ」


「で、中身は?」


「えーと、確かひゃく……いや、八十円ぐらい!」


「自販機のジュースすら買えねぇ……。拾っても金にならないのを拾えと?」


「おいおいおいっ、中身抜く気満々じゃねぇか! 善良な市民らしく交番に届けてくれよ!」


「ネコババなんてしませんよ。……善良な市民は落とし物を拾ったら、分け前を貰えるんです」


 おっさんが不思議そうな顔をする。


「分け前?」


「あー……、日本だと拾得物――要は落とし物を拾った場合、それを持ち主に返すか警察に届ける必要があるんです。必ずね。そして、拾得者は持ち主に対して拾ったモノの価値の五分から二割の間で報労金を要求できるんです。これは遺失物法というもので定められていて、あなたの言う善良な市民に与えられている権利なんですよ」


 なお、警察に届けられた落とし物は落とし主が現れずに三ヶ月を過ぎた場合、拾得者が丸々貰う権利が発生する。一部例外はあるが、金銭などであれば基本は丸々だ。


 ただこの遺失物法とやら、細かい注意事項が存在する。落とし物を見つけた場合、基本的には警察に届けることになるのだけれど、これがデパートなどの施設内で拾った場合になると、その施設の管理者に預けなければいけなかったりするし、その権利を行使するには預けるまでに時間制限があったりするのだ。まぁ詳しいことは各自で調べてくれとしか言えない。


 その昔、八十億円近くの小切手を拾った人がいて、その報労金でひと悶着があり裁判沙汰にまでなったという面白い事件がある。小説をきっかけに知り、少しだけ調べたことがあった。


「きみ高校生とかだよね、なんでそんなことを知ってんの?」

「高校生でも探せば誰かが知っていることですよ。それを俺も知っていただけです」


 交番に落とし物を届けるような機会でもなければ、普通は知る機会のない知識だ。


 けれど、知識に触れるきっかけはそれこそ周辺に溢れている。俺は本で知り、ほんの少しだけ調べた程度だけれど、きっと知識欲の豊富な高校生であれば法令を丸暗記していることだってあるはずだ。実際、法に詳しくて――精通していて、「法にも穴はあるんだよな……」って言いながら法そのものである六法全書に興奮するような奴も実在する。精通ってそっち?


 高校生までの少年少女達が持つ知識に偏りはあるだろうけれど、きっと、それらすべての知識をまとめれば、人類史で培われた知識のほとんどは網羅できるだろう。だから、この程度の豆知識と呼べるようなことを知っていたとしてもなんら変ではないし、凄いことでもない。


「はー、そういうもんか。ところでさっきの報労金ってやつだけどさ、なんで振れ幅があるの?」


「さぁ、なんででしょうね。基本的には一番低い割合――五分の要求が妥当ですけれど、感謝とかそういう気持ちを乗せられるように、ってことじゃないですかね」


「ほーん、五分か。八十円の五分ってーと……五分って?」


 感謝する気ゼロかよ。


「五パーセントなので、四円っすね」


 五円チョコすら買えねぇ。


「あー、それなら五円にした方がキリがいいな。なるほど、そのための振れ幅」


「多分、法令を考えた人はそういう意図はしていないと思うんですよね」


 ……いや、案外そういったキリの良さとか、そういうのも考慮されているのかもしれないか。


 つーか、


「八十円って、財布を拾ったとしても全然ダメじゃないですか! ここでの代金を一割も払えない……。あーもう、今返せないならいいですよ。この出会いは一期一会で済ませたいので」


「おおう、素敵なことを言うね少年! でもそれだとおれの気が済まない!」


 二度と顔を見たくない。と、そんな表現のつもりだったのだけれど。


 迂遠な言い回しが良くなかったのかな……。と、反省しているこちらを余所におっさんは何かを考え、そして手を叩く。なにか妙案を閃いたらしい。


「実はおれ、武術家ってやつでね。お礼に鍛錬してあげるってのはどうだい? 武の極意とか教えちゃうよ?」


 そう言って、上半身だけでなんかそれっぽいポーズを取るおっさん。


「なんですかそれ、中華拳法?」


 中国の人か?


「んー、半分正解かな。源流は別なんだけれど、おれが修めたのは中国武術と合わさったモノだからね。けっこう実戦的だから、オススメだよ! 極めれば複数のチンピラに囲まれても返り討ちにできるよ!」


 しゅっしゅっ、と、おっさんは口で効果音を言いながら手刀を機敏に動かす。

 ……なんかこう、アレだ。デブゴンを彷彿とさせるな、小太りで拳法家。


「いや遠慮します」

「なんでさ!?」

「……拳法って要は素手でしょ? 今どき素手で実戦的とか言っちゃう方がどうかしていません? 素手って人間の戦闘方法としては一番弱いじゃないですか」


 これはスノウの教えである。


 ――鋭利な爪、強靭な顎と牙、頑強な角、分厚い筋肉などなど。


 そういった、生まれ持っての武器を持たない生物である人間は『何かを使う』ことを前提とした生き物である。だからこそ、刃物や鈍器、果ては火器というモノを人類は生み出したわけだ。それは魔術だって同じで、戦闘面での役割はそれらの互換でしかない。そして、戦闘を前提とするような魔術師たちは「互換関係なら両方を扱った方がいい」という結論に至り、武器を携え魔術を駆使するようになる。だからこそ、実戦的なスノウなんかは刃物を扱うわけだ。


 ――火器、特に小銃が使われないことに関してはまた少し話が変わるのだけれど、それはまぁいいか。


 ネセルさんは基本的に素手(ステゴロ)だけれど、あれはネセルさんの魔術が特殊だからだ。刻術による形態変化。強力な爪や牙、それらに見合うだけの肉体へと身体を変質させるからこそ、外付けの武器を必要としない。むしろ、下手な武器ではネセルさんの使用に耐えきれずに壊れるという諸事情もある。幻獣の肉体は武器を使うように出来ていないというわけだ。


 と、そんなことを考え、デブゴ……おっさんに対して呆れたようなコメントをしたのだが、


「おいおい少年、お前は拳法って響きで勘違いしているようだけれど、中華拳法――正しくは中国武術――は武器だって使うからな? 武のための術に、武のための器が使われるのは当然だろうに」


 おっさんは素人を窘めるような穏やかな口調で俺の言葉を否定した。


「そうなのですか?」

「むしろ、ありとあらゆる武具に精通し、使いこなすのも真髄の一つだぜ?」

「む」


 そう言われてみて、これまでに見た中国のアクション映画を思い出してみると、確かにその通りな気もする。


「確かに、ジャッキー・チェンの映画とか見ると、椅子とか使いこなしていますね」


「真っ先に連想するのがそれかい……。まぁ、椅子に限った話じゃないけれど、おれが教えられるモノのイメージとしてはそっちが正しいかな」


 はてな? と、おっさんの言葉の意味に首をかしげる。


「――その場にあるものを使い、相手を確実に仕留める。そういう武術さ」


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