閑話『バレンタイン』
深く考えないでくださ(ry
●登場人物
スノウ:去年、チョコを作ったはいいが勇気がなくて渡せなかった。
刀河火灼:スノウの作ったチョコをこっそりと秦の机に仕込んだ。
天木秦:無記名で出処不明の食べ物は普通に怖かったので捨てた。
◆◆◇◇◆◆
放課後、特別棟に存在する文芸部室に来ていた。
理由は二つ。そのうちの一つとして、俺が文芸部に所属しているからである。部員が部室に行くのは当たり前のことなので、理由としてはこれ以上ないほどに真っ当なモノだ。
もう一つの理由としては、放課後になったら文芸部に顔を出すようにスノウに言われたからである。俺は文芸部員だけれど、呼ばれない限りは行かないからである。
刀河は毎日部活に行っているがスノウや成世は週に二度ほどしか行かないし、俺に至っては呼ばれたときにしか顔を出さない。……当たり前のことができていない。
ちなみに、この部活動及び部室はスノウと刀河が私物化しており、以前に所属していたその他幽霊部員三名や教員たちだけでなく、全校生徒がその存在を忘却している形となっていたりする。七不思議の一つである『存在しない部活とその部屋』はなにを隠そうこの文芸部である。
文学少女が入学したらどうすんだよ。とは思うけれど、現状の文芸部に入られても困るので、諦めて図書委員にでもなって欲しいと、まだ見ぬ三つ編み眼鏡の少女に心の中で敬礼する。
……文学少年? 男なんか知るか。図書館行け図書館。俺の家から近いとこにある図書館で働いている女性の司書さんが美人だったのでそっち行け。眼鏡の似合うお姉さんで本当にいいぞ。
――話が逸れた。
成世がスノウのところでやっかいになるようになってからは、学校でも関わる――集まるようになり、その際の場所としてこの部室が選ばれるようになった。学年を跨いだ生徒が集まる場所としては都合が良かったのである。その際に幽霊部員三名は本人のあずかり知らぬところでリストラされ、俺と成世がその枠に入れられたという次第だ。
なお、活動自体はちゃんとやっているらしい(主に刀河が)。文化祭のときには会誌もしっかりと発行していたのだそうだ。自分たちが卒業した際には原状回復した上で戻し、空白期間がないかのようにするつもりだとかなんとか。
一番の問題は部員がいない状態で残されることでは? とも思うが、その辺は考えがあるらしいので、深く考えないことにした。
で、そんな文芸部室に来た。通常の教室の半分くらいの広さで、その両側面には棚が設置されており、刀河が持ち込んだ薬品や資料などが所狭しと並んでいる。部屋の中央には長机を二つ並べた簡易的な大机とそれを囲むようにパイプ椅子があり、なんというかまぁ、見た目だけならわりと文芸部室っぽさがある。薬品は知らん。
以上、内装の説明終わり。あとはキャスター付きホワイトボードがあるとか、ロッカーとか、冷蔵庫だとか、そこら辺もあるのだが割愛。
――そして、まぁ、呼ばれた理由には心当たりがある。
教室を出たタイミングは同じだけれど、俺はお手洗いに行ったり自動販売機に飲み物を買いに行ったりしていたので、部室に入ってみれば既に刀河やスノウは席に付いている。どうやら成世はまだ来ていないようだけれど、友達と放課後トークでもしているかなんかだろう。
「手作り問題ってあるじゃん?」
俺は席に座りながら、口火を切った。
「ふむ?」
窓際のお誕生日席に座っている刀河は反応せず、長机の真ん中――俺の対面に座るスノウのみが反応した。
「いわゆる、手作りはどこから手作りなのかというやつだよ。例えば弁当を作ったとしよう。白いご飯にミニハンバーグ、クリームコロッケとちくわきゅうり、プチトマトが入っていたとする」
「ふむふむ」
「ご飯は炊いただけ、なんならレトルト。ミニハンバーグとクリームコロッケは冷凍食品。ちくわときゅうりは切って穴に詰めただけ。プチトマトは水に通したのを配置しただけ。さて、果たしてこれを『手作り』と呼べるか? ってやつだよ」
「微妙だねー」
スノウは素直な感想をくれる。
「まぁ、それを『手作り』と呼称するかどうかは知らんけれど、それを『用意』する手間とかを考えれば大変だとは思うし、それが自分のために用意されたものであれば感謝の気持ちはもちろんある」
出来合いであろうとも、お弁当の容器に入れる際には発生する『切ったり詰めたり』の作業がある。あれはやってみようとすると結構手間だ。慣れた人であればそれこそ『ちゃちゃっと』出来るものなのだろうけれど、手際よく出来るということは、別に手間が掛からないというわけではないのだ。
そして、その上で、なんとなく思っていたことを言ってみる。
「既製品を湯煎して型に流し込み直しただけのチョコとか、熱した生クリームと混ぜ合わせて成型してココアパウダーかけただけのトリュフチョコとか、その手のやつを手作りと称するのは些かどうなのだろうか、みたいなのがあるわけだ」
「バレンタイン当日にその話する?」
スノウがじとっとした目をしながら問うてくる。
「する」
力強く返答する。
「してるねー……」
スノウの声音は呆れが混じっている。
ちらと横を見やれば、刀河が机に突っ伏して肩を震わせていた。
「――とまぁ、秦くんならそんな素朴な疑問を持つと前もって予測していたスノウさんですよ!」
「マジか」
おっと、実は予測されていたらしい。ここからはスノウの手番か。
「なのでカカオから作ることにしました!」
「原材料からかー」
稀に聞くパターンだ。愛が重いとそうなるのか?
「私が三歳ぐらいのころにパパが買ってくれたカカオ農園があります!」
「攻撃力のある文面で殴って来たな」
どんな家庭環境だ。金持ちの考えることはわからん。
「そこにあるものは私のものなので、実質的に種から私が育てたようなものです!」
「そうか。……そうか?」
カカオの樹は植えてから四、五年ほどで実を付けるようになるらしいので、確かに種から育てたモノからチョコの製造も可能か。……所有者と生産者は別な気もするが。
「農園のオーナーは私。元となる種を購入したのも私。従業員さんたちにカカオを作らせているのも私。つまり、カカオを作るという行為の源流には私がいるので、私が作ったと言えます!」
「手作り問題に対して別のアプローチで襲い掛かって来たなこいつ……」
手作り問題に一石を投じないで欲しい。
「そして、これはそのカカオを私が砕いたり潰したり磨り潰したりして、砂糖とかミルクとか混ぜたりコンチングしたりテンパリングしたりしてできたものとなります!」
綺麗にラッピングされた箱を渡される。……テンパリングってなに。テンパるの進行形?
「……ありがとう」
受け取る。
「えへへ、どういたしまして! チョコ自体はオーソドックスなミルクチョコレートなんだけれど……おや秦くん、顔が赤いね?」
「おいやめろ事実を言うな」
ちょっと息が詰まる。
こう、思った以上に『好きな子からチョコを貰う』ということが嬉しいことに気付いた。そして、そんな自分自身に気付いてなんだか、無性に恥ずかしくなる。なんでだ。
「秦くんは変なところで捻くれているからねー。受け取ってくれるし喜んでもくれそうだけれど、斜に構えて考えそうだったから、先回りしてそれを考えられなくしたの。――それはキミのために材料から集めて、キミのことだけを考えながら一から作って、私がキミのことをどれほど好きなのかを伝えるためだけに作ったモノだよ」
そうだ。最初からスノウは言外にそう匂わしていた。だから、その事実にやられたのだ。
頬杖をつきながら、スノウは艶やかに笑う。言葉が上手く出ない。
「照れてる。かわいい」
「……好きな子に貰うの初めてなんだよ」
思わず呟いてしまう。すると、スノウはちょっと面食らったような顔をしたかと思うと頬を上気させ、
「チューしていい?」
「人前では嫌だ」
粘度の高い笑みを浮かべている刀河がそこにいる。
◆◆◇◇◆◆
●登場人物
空海成世:刀河に教わって作ったチョコレートマカロンをクラスメートに配ったところ、男子のうち三人が落ちた。女子は四人落ちた。
刀河火灼:冗談で『手作りチョコの手渡し引換券』を千円で提示したところ、男子が五名、女子が八名買いに来た。売った。
◆◆◇◇◆◆
友チョコを配り終えた私は文芸部室に向かっていた。
特別棟の廊下は殊更に寒い。建物の中であるため風は吹いてこそいないけれど、それでも指先や鼻先などの外気に触れている部分は冷えた空気がちくちくと刺してくる。なお、厚めのタイツを履いているので下半身は完全防備である。生足派の友人は気合いで過ごしているけれど、なにが彼女をそこまで駆り立てているのかは不明だ。
「どうもでーす」
扉の前に辿り着いたので、特に躊躇の気持ちなどなくそう言って扉を開ける。すると、部室内では暖房が効いているのか、温かい空気が私を包むように流れ出てくる。
ぬくい空気のこれ以上の脱走を止めるため、素早く部屋に踏み入り扉を閉める。
「ん、いらっしゃい」
部屋の主である火灼さんが迎えてくれる。部屋の中には火灼さんの姿しかない。
「今日は火灼さんだけですか?」
ハンガーラックからハンガーを取り、そこに上着を掛けながら聞く。
「スノウと天木もいたけれど、成世ちゃんが来るちょっと前に仲良く帰ったよ」
「なるほど」
きっと、デートにでも行ったのだろう。
私からしてみれば今日という日は学校で完結する行事だけれど、カップルからすればどこかに出掛けたりするための名目となる日なのだ。
「作ったのは好評だったかい?」
「うん。その場で食べた人は美味しいって言ってくれましたよ」
渡した人の中には私と同じようにマカロンに挑戦した子もいたのだけれど、どうやら失敗したらしく「マカロナージュが……マカロナージュが……」と譫言のように言っていた子もいた。
「それは重畳」
火灼さんは穏やかに笑った。
まだ数ヶ月の付き合いでしかないが、なんとなく、気分が良いのだろうということが伺えた。
マフラーを外し、折り畳む。
私の通う一学年の教室は四階部分にあり、この文芸部室も特別棟の四階部分にある。教室棟と特別棟は空中回廊で繋がっているのだけれど、その空中回廊があるのは二階部分なので中を通るには一度二階まで降りる必要があり、その一階分の余計な上下移動を面倒くさがる場合は三階から空中回廊の上部分を通ることになる。そうなると、その際に冷たい風に晒されるため、校舎内での移動だというのに防寒対策を万全にする必要が出てくるというわけだった。
暖房の効いた部屋で過ごしやすい格好になった。なので、お茶でも入れようかと思い部屋の隅に設置されている作業台へと向かい、その上に置かれている電気ケトルへと手を伸ばす。
すると、
「そういえば、天木には渡さないの?」
火灼さんが聞いてきた。
「……恋人がいる人に渡すわけないでしょ」
それも、その相手はあのスノウさんだ。
「いやいや、友チョコとかいう文化が形成されているのだから、そんな感じでいいじゃない。それこそ、今日配ったのはそれでしょ? 同じように渡せばよくない?」
ちょっと楽しそうな声音だ。
「先輩にそういうのは、なんか違うから」
そう答えると、
「そっか」
火灼さんはそれ以上のことは言わなかった。
「火灼さんもお茶いりますか?」
「お願いしたいかなー。あ、淹れるなら日本茶じゃなくて紅茶にして。成世ちゃんもね」
「え、なぜ?」
別に紅茶が嫌いというわけではないが、私は慣れ親しんだ緑茶や昆布茶の方が……と言おうとしたところ、
「冷蔵庫にザッハトルテが入っているから、それを一緒に食べようよ」
「! もしやそれは火灼さんが作ったのですか⁉」
「そうそう。だから紅茶の方が合うだろうし、ね?」
「承知!」
私は棚から取り出していた日本茶用のティーバッグの袋を戻し、スノウさんが備蓄している結構いい値段のする紅茶の茶葉が入った茶缶を取り出した。
迎えられるかどうかも分からなかった十六の冬はもう折り返しを迎えている。
それをこんな穏やかな形で迎えられるようになるなんて思ってもいなかった。
――こういう日が続けばいいのにと、そう思った。
こういうの無限に書けそう(無限には書けない)




