◆エピローグ『後日談/裏』
「つーかさぁ、今回の件に関してはどういう想定だったか一応聞いていい?」
――分かり切ったことだけど。と、刀河はそう加えた。
駅前のオフィスビルの一つ。『学府・極東日本支部』と呼ばれている事務所の一室にて、刀河火灼と俺――天木秦はソファに腰掛けていた。
刀河に連れられて事務所に来たのだが、初っ端から喧嘩腰だった。
第一声が「灰皿持ってこい」だったし、ネセルはそれに黙って従った。
しかも、最初の五分ほどは刀河が黙って煙草を吸い続けていただけで、一言も発さなかった。
紫煙を吐き出しながら吸い殻を灰皿に押し付ける動作は正直怖い。
「今回の件とは、空海の件でいいんですよね?」
南雲さんが確認する。
「あぁ、その認識でいい」
「一度説明したと思いますが、あくまでも学府として、『世界端末』に関する研究の共有を目的として――」
「だとして、そのことを私とスノウに言わなかった理由は?」
「言わなければいけない理由はありませんよね」
「あるだろ。お前たちの目的は『世界端末』の代替品、バックアップの獲得だったからね。実際に空海成世は今こいつの左目を埋め込んでいる。これによって、天木の身に何かがあった際に――例えば不幸があってその身体が爆発四散したとしても、空海成世が最低限の代替品として成立する土壌が整った」
めちゃくちゃ物騒なこと言うなオイ。
「当初の目的はソレでしょ。だから、結果としては一部を除いてお前が想定した状態になっている。違うか?」
「……どうでしょうね」
「シラ切るなよ。わかってんだから。じゃなきゃわざわざ私たちが向こうに行っている間に成世が天木に接近したりしないだろ。偶然なわけがない。……つーか結界に歪みがあったのよ。天木への認識阻害にズレが生じるようになっていた。本来なら私たちがいない間、一部の人間を除いて学内でこいつに話し掛けることは不可能にしていたんだからな」
衝撃の事実。
「刀河お前そんなことしていたのか!」
「アンタ一人が楽しいタイプだからいいでしょ。新たな出会いとか別に欲してないでしょ?」
「……確かに」
思わず立ち上がったが、納得して座る。
「で、こんな天木が自分から積極的に話し掛けるわけもないし、それに話し掛けられる時点でおかしいんだよ。成世やそれに付いていた女の技量の方向性を加味すると尚更」
少し、南雲さんの表情が動いた。今、彼はなにに反応した?
「最終的にはあの子はこっちで回収したし、天木やスノウの希望もあるから可能な限り自由にさせるつもりだ。本来であれば、お前が回収するつもりだったんだろうけれどな」
「そうですね。いや残念。上手くいかないものですね」
柔和な微笑みを浮かべ、困ったような顔をしてみせる南雲さん。
「で、その上手くいかなかった理由については? 不確定要素に関してはどれだけ把握している?」
「…………」
南雲さんは答えない。
「当初の手筈だと、成世と天木を接触させて、天木に成世を同情させるつもりだった。そうして同情した天木に対して、解決策をちらつかせて唆すつもりだったんでしょ。方法は私がやったのと似たような手段だな」
……もし、あのような強硬手段ではなく、南雲さんを介して成世の状態を教えられて、その解決策を提示されたとしたらと、想像する。
先ずはスノウ達に相談しようとするだろうけれど、もし時間が無いと言われたりしたら、事後説明でいいかと思っていた可能性が高い。
そう思い南雲さんをじっと見ると、目を逸らされた。
「そうなっていたら、私たちも強く言えない状態だった。天木が選んだことならば、スノウは納得するだろうからね。結果として、功労者であり管理する必要があるという名目で代替品が手に入るあんたが一番得をする」
「――誰も損はしない、そんな結末であれば文句はないかと」
「あぁ、だろうね。唯一損をするはずの天木がそれを望んだのならば、こいつはそれを損だとは思わない。そうなれば、私もスノウもとやかく言うことが出来ない」
「ちなみにこれ、ネセルさんは把握していました?」
ふと思い、横で立っているネセルに聞いてみる。
「知らないな。この件に関しては南雲の独断だ」
ネセルの口調はやや冷たい。ただし、その冷たさの矛先は南雲さんに向かっている。
懐刀である自身に説明が無かったことを怒っているのか、それともなんなかんや俺たちのことを気遣って怒っていてくれているのか、……多分両方だろう。後者の理由があるからこそ、南雲さんもネセルには説明しなかったのかもしれない。南雲さんの手筈通りに進んでさえいれば、子供を騙すという行為が露見せず、ネセルに小言を言われずに済むからだ。
「わぁ、味方がいませんねぇ」
白々しい……。
「今からでも遅くないから、味方という認識を持って欲しいわね。あの女について、強硬手段なんてものを成世に唆した女について話そうじゃない」
「空海家との仲介、及び空海成世の監視を行っていた私の部下――ケレスを殺した人ですね」
「成世から確認した話によると、所属は協会で、それ以上は不明。空海家に近づいたのは『世界端末』に関する情報を得たため。それに関連する研究をしている一族を探っていたところ、学府との交流を断絶していた空海家が動いていることを確認し接近、と」
「それ以上は?」
「あとは知っての通り。あんたの部下を殺して挿げ替えて、横からちょっかいかけていたって感じだね」
「情報としては乏しいですね」
「部下の死体を検死したんでしょ? なんかわからなかったの?」
「これといって特定できそうな痕跡はありませんでしたね」
「心当たりもない?」
「世界端末に関することですからね、そもそもが知られていないものですし、その上で可能性がある協会のグループとなると、候補は絞れますが如何ともし難いですね」
「そう、八方塞がりね。天木、あんたはなにかわかる? 話したんでしょ?」
ぼうっとしながら会話を聞いており、話を振られると思っていなかったので少し驚く。
「話したっつっても、二言三言だし、そんなに意味のある会話ではなかったからな……」
記憶を遡る。記録として――空海玄外としてのフェリシティとの会話を観るが、成世が言っていた内容とほぼ変わらない。
「……じゃあ、とりあえず今日はこれまでかしらね」
そう言って、今思い出したかのように、そうだ、と、刀河が口をまた開く。
「天木あんた、拡張空間の体育館が無残な有様になっていたんだけれど。そっちには心当たりあるわよね?」
笑顔で問われた。その顔をよく見ると額には青筋が立っている。
「……………………あります」
「ネセルも、あるわよね?」
「……あるな」
紙切れを手渡される。
「それに書いてある場所に魔力を流し込むための術式を刻んであるから、二人とも十五分ぐらいそこに魔力を流し込み続けるように。それ使ってあとで修復するから。もし修復時に量が足んなかったらキレる」
ネセルと顔を見合わせ、黙ってエレベーターに向かった。
◆◆◇◇◆◆
男二人がエレベーターに乗ったことを確認した火灼は口を開いた。
「さて、話を続けましょうか」
「続けるような話がありますか?」
不思議そうな顔をする南雲に火灼は答える。
「あるよ。それじゃ先に私の要求を言ってあげる。『世界端末』に関する研究を行っている在野の魔術師とその一族のリスト。あるんでしょ?」
「――それは、なんのために?」
「第二第三の『空海成世』なんていらねぇからだよ」
火灼は吐き捨てるように言い切った。
「今回の件で、世界端末には至れなくとも、世界端末の一部を埋め込むことができる個体の存在は確認できた。そして、それの獲得に失敗した。じゃあ、他の似たような存在を再度あのお人好しにあてがうことを考えるのは当然じゃない?」
空海家のような状態に陥っている一族が他にも存在すると、火灼は当然のように考えた。そして、南雲飾がそのことを把握していると、そう断定した。
「まさか、教えるとでも?」
南雲は暗に、そのリストが存在することを認めた。
「究極的には、教えなくてもいい。あんたがそのリストを破棄して、抹消して、知らなかったことにしれくれるのなら、それでもいい。天木とスノウ、それに成世がそのことを知ることがなければ、私はそれでいい」
「刀河さん、あなたは――」
南雲は刀河の意図を理解する。
「――えぇ、他は見捨てる。奇蹟は一度でいい。これ以上の負担を天木には負わせられない。あいつの手はそんなに多くを掴めない。私としては成世で限度ね」
「……それを要求するということは、なにかいいネタがあるんですか?」
「あるよ」
火灼は空間を開き、目的のモノを取り出す。
「それは……」
南雲が取り出された物体を見て、目をやや見開く。
取り出されたのは、ガラスで出来た筒だった。問題はその大きさと、中身。
抱える必要のある大きさで、その中には人の頭が入っていた。
「件の女、フェリシティの頭部」
「……殺していたんですね」
「えぇ、たまたま逃げるとこに出会えてね」
「処理は?」
「してある」
表面を指で叩く。硬い音が響く。
「解析者の伝手があれば、ある程度の情報を抜き取ることができると思うけれど」
言われ、南雲は考える。その生首から得られる情報の価値を量る。
「グループ名は『新世界秩序』」
「っ」
「成世の件を経験した上でそれと似た境遇の可哀想な人間を天木に見せたとしても、スノウや私がいる以上、あんたの思惑通りに進むことはあり得ないと言っていい。そんな情報を抱えるよりも、こっちの方がよっぽど建設的でしょ?」
南雲は立ち上がり、鍵付きの書類棚から一つのファイルを取り出した。それに掛かっている魔術を解除し、火灼の前に置いた。
「成立ね」
「えぇ」
空間魔術によって作られた空間の裂け目にそのファイルを入れ、火灼は帰る準備を始める。
そんな火灼のことを南雲はじっと眺めた。
「これから、どうするんですか?」
「帰って情報の整理ですね」
要件が済んだからなのか、火灼の言葉遣いからは険が取れていた。
「整理した後は?」
「そりゃ、必要であれば対処ですよ」
「対処とは?」
「対処は対処ですよ。私ができることで、やるべきだと思ったことをやるだけです」
それでは。と、そう言ってエレベーターに乗り込み、火灼は事務所を後にした。
一人残された南雲は火灼が乗っていったエレベーターを見ながら呟く。
「あなたの存在が、一番の不確定要素ですよ」
その言葉は誰にも届くことなく、事務所のなかに霧散した。
二章はこれで終わりです。
この後は、ヤマなしオチなし特に意味なしな短編をいくつか投降すると思います。
成世がいることが前提の短編もいくつかあったので、投稿できなかった……。
それが終わったら三章を書き始めます。気長に待ってください。




