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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
二章『世界端末の失敗作』

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◆五話-1

 扉に触れる。塗料という膜を隔てているにもかかわらず、固く冷たい鉄の感触が手のひらに伝わる。時期的にはすでに上着が必要な気候であるため、あまり長続きさせたい感触ではない。さっさと要件を済まそうと思い、意識を集中させる。


 触れているのとは別の手で咥えていた煙草を掴む。肺に溜め、体内に蓄えていた魔力や薬品と混ぜ合わせていた紫煙を扉に吹き掛ける。


「不用心ね。セキュリティが弱い」


 仕掛けられていたのは人除けといくつかの呪いだったが、この程度であれば追加の煙草は必要ないだろう。残った煙を鍵穴に押し込め、軽く指先で叩く。錠の開く音が小さく響く。


「……ねぇ火灼、そういうのってどこで覚えるの?」


 感心半分、呆れ半分といった目をこちらに向けながら、スノウが聞いてくる。


「あー……、希少価値の高い資料って個人での保有とかが多いし、そうじゃないものだと表向きは歴史的資料ってことで博物館とかに仕舞われているのが大半なの。交渉して貸してくれるのならそれで済むんだけれど、それが無理ならこっそりと見せてもらうしかないのよ」


 すでに遮音の術は掛けてあるので、一連の動作やこの会話は周囲には届かない。


「なるほど、諦めないのは美徳だねー」


 問い掛けに対する答えとしては大変粗雑であったにも関わらず、納得したようで、うんうんと、いい笑顔でスノウが頷いた。


「諦めが悪いのは不徳だよ」


 苦笑いで返す。


 ていうかまぁ、不法侵入自体がよろしくない。とはいえ、私が望むような資料を持っている奴らは基本的にこちら側だ。一般的な倫理観とは方向性にズレがある。ほとんどの奴らは「侵入されてしまうような脆弱な拠点を築いた方が悪い」と、被害者側がのたまうのだ。


 いや、そんな魔術師どもの話などをしている場合ではないのだ。


「バトンタッチ」


 そう言って、扉の前から退いてスノウに明け渡す。


「ほいほい」


 と、スノウは言うが早いか扉を無遠慮に一切の躊躇いなしに開いた。


 ――慎重な行為は私の手番だが、大胆な行動はスノウの特権だ。


 扉が開ききる前に、暗闇の奥から異形が這い出た。歪で無骨な大鎌を構えた死霊が侵入者へと襲い掛かる。


 が、それをスノウは――


「邪魔」


 一言と平手の一振りで潰した。異形は断末魔とも取れる音を発しながら塵に帰していく。


 先ほどはスノウが私の手際に感心していたが、私は私で同じように感心する。


 術式の組み上げや解析、解除や変換などに関してはスノウよりも私の方が上手であるというか、そういった部分に関して言えばスノウは凡百の魔術師どもに埋もれるが、純粋な暴力ならば天賦の才をもってして全てを叩き伏せられる。


 何度見ても感服するばかりだ。


 スノウは玄関で靴を脱ぐことなく、土足で廊下へと踏み入っていく。私もその後に続く。


 仕掛けられた異形が出現しては潰されていく。スノウは得物すら取り出さず、素手で総てを薙ぎ払う。まさしく鎧袖一触だ。


 淡々と、感情を表出させることなく、まるで死人(しびと)のような冷たさで蹂躙していく。


「ここだね」


 そう言いながらスノウは奥にある扉を開く。


 途中の扉は素通りしているが、展開している魔力の範囲を広げ、中の検分自体は済ませているのだろう。


「……あー、なるほどね」


 在ったのは人間の肉体だった。



◆◆◇◇◆◆


 ――時は少し遡り、刀河火灼は事務所内で南雲に詰め寄っていた。


「話せ」


 青筋を浮かべ、問答無用の事情聴取を始めようとする火灼に対して、南雲はどうしたものかと困ったような笑みで返す。


 火灼の額には青筋が浮いたままだった。

 南雲は視線をちらりとスノウに動かす。

 スノウは無表情で南雲を見ていた。感情を読み取れないことがなによりも雄弁な証だった。


 助けを求めるようにネセルへと目を向けるが、ネセルは壁際で手を後ろに回して立ち、目を瞑っていた。それはネセルなりの抗議の意だった。


 味方がいないことを悟った南雲は白状することを選んだ。


「日本にもいくつか『世界端末』関連の研究をしている家系があるのは把握していましてね。とはいえ、そのほとんどは断絶していたり、道を違えていたりしたのですが、その中の一つに『空海』という家がありましてね。元を辿ると、学府に所属していた人間がこちらに根差した家系でして。それもあってか、ほんの少しではあるが学府との交流が存在したんですよ。とはいえ、ここ数世紀はそれも途絶えていたようですが……。それでちょっとした伝手があり、コンタクトを取ることに成功したのです。ただ、残っていたのは青年が一人と少女が一人。二人は兄妹でして、他の一族は全て亡くなったとのお話でした。『世界端末』についての研究を行っているのであれば、こちらと協力体制を築かないかと、そう提案しました」


 そこまで南雲が話した段階で火灼が言葉を挟む。


「随分と勝手をしているわね」


 思わず漏れ出たという言葉だが、南雲はそれに対して言葉を返さない。


「一先ず、妹さんをこちらに寄越してみませんか? と、そんな話をしたのですよ。スノウくん達が通う学校への編入手続きをこちらで済ませておき、あちらに送りました。自由にご使用くださいと。結果的に返事は保留されたのですが、妹のほうはそれを利用して来ていたようですね。こちらの意図が判らない為おいそれと返事は出来ないが、使えるものは使って探りを入れようと、そういった判断でしょうね」



◆◆◇◇◆◆


「意図が読めなかったんだ。向こうのメリットが薄いのは明らかだった」


 玄外の言葉に首を傾げ、秦は疑問する。


「薄いのですか? あなたたちがその『世界端末』について専攻していたのなら、メリットは十分にありそうですけれど」


 専門的に研究、それも一族が世代を経て行い続けているとなれば、情報の積み重ねがなによりも圧倒的となる。たとえそれが失敗の積み重ねだとしても、どういう条件下での試行が失敗に繋がるかを知っているというのはそれだけで強みになるからだ。故に、南雲が空海家に対して協力体制の打診を行うことに秦はそこまでの違和感を得なかった。


「いいえ。向こうが開示した情報を鑑みるに、あちらは私たちを必要としていない。精々、何かがあった際の補助、次善の策というよりかは、善後策としての意味合いが強い」

「それはどうして?」

「簡単ですよ。向こうはデイライトが主導した探知、それに対してこちらは代替品の模造です。世界端末を手中に収めるという目的は同じですが、その過程があまりにも違う」


 成れないからと見つけることを選んだデイライト。


 見つけることができないからと贋作を製作しようとした空海。


「あちらはデイライトの長女が探知機として目覚めたと言ってきた。つまり、そう言える段階にまで進んだと、少なくともそう言い切れる程度には何らかの成果があったということになる」

「成果があったけれど、その先が難しいからこそ、さらに進むために協力を申し出ただけなのでは?」


 秦は思いつくままに疑問を口にするが、玄外は首を振る。


「それはありえない」

「何故断定できるのですか?」

「至極簡単なお話だよ。私たちが望む『世界端末』という存在が特別だからだ」

「世界端末というのは……」


 語尾を弱める秦を見て、玄外は思案する。そういえばこの少年には『世界端末』そのものの説明をしていなかったなと気付く。学府の所属とは言っても、知る者自体が限られるような存在であるからして、秦が把握しているはずがない。


「君は位階についてどれぐらい理解している?」


 玄外による世界端末に関する説明が始まる。

 それを秦は黙って聞くことにした。

 知っていてはおかしいことなので、初耳であるかのように相槌を打つ。



◆◆◇◇◆◆



「協力だなんて、よくもまぁそんなことをぬけぬけと言えたわね」


 火灼は汚物を見るかのような目で南雲をねめつける。


「魔術師という人種において、共同研究なんてモノが成立するのはせいぜい三つ。その協力関係に関与する強力な第三者がいる場合か、相手を滅ぼせる場合か、相手から逃げ切れるだけの準備がある場合だけだもんね。とはいえ、一つ目に関しては学府とかの研究機関でもない限り、基本的には成立しないし」


 スノウが補足するように、魔術師が他者との共同研究を行うことはほぼ在り得ない。


 今回のような目的の先にあるモノがわかりやすく強力な場合は特に。


 強力な力を手に入れようとも、それを他の人間も使えてしまっては価値が下がり、効力も弱まる。また、場合によっては協力した結果、自身よりも先に相手が先に辿り着く可能性だって存在するのである。そうなると、『不要となった協力者』であり『後塵を拝す競争者』でもある自身に相手が危害を加えない理由が存在しなくなる。


 スノウが述べた後者二つはその場合に対する回答だった。


 先に辿り着かれたとしても、牙を向けられた際にそれを返り討ちにするだけの力か、必要な情報を抱えて確実に行方を眩ませるだけの能力が要求される。


 そして、そのどちらもが現実的な案ではない。


 南雲は学府の第三席であり、権力の頂点に君臨する。極東の島国、その片田舎に根差しただけの魔術師の家系とは比ぶべくもない戦力差が存在する。


 また、空海家が土地に縛られているというのであれば、逃げるという選択肢が最初から存在しなくなる。土地の放棄というものは実質的な全財産の放棄であり、緩やかな自殺行為でしかないからである。


 そして、学府などの研究機関はそういった『研究後の諍い』を無理矢理に上から押さえつけるために存在する。学府という強大な第三者が介入することによって、研究に専念させ、成果を適切に分け合えるように出来ている。


 秘密主義や他者に対する猜疑心によって閉じて衰退していく一方だった魔術を限定的とはいえ広く普及させたのは学府の功罪とも言えるだろう。


 だが、今回の件において学府は第三者足り得ない。

 南雲飾そのものが学府であるからだ。

 だからこそ、火灼は南雲の言葉を嘲った。


◆◆◇◇◆◆



「そういうわけで、学府及びデイライトが利点の薄いこちらと組む理由はなく、もしもあちらに何かしらの目的や意図があったとしても、それがこちらに及ぼす悪影響のほうが高いわけだ。そして、向こうだって我々にそう考えられることを理解している上で、こちらに提言している。あまりにも意図が読めない。理解ができない。だから、おいそれと頷けない」


 世界端末に関する説明をかいつまんで行い、一先ずの理解を得た玄外は話を本題に戻していた。


「…………」


 玄外の話を聞いて考え込んでしまう。


 自身の把握している情報との齟齬に違和感があるのだ。そのことにえも言われぬ気持ち悪さを感じていた。汚泥を首元から服の中に流し込まれたかのような感覚。


 俺は知っている。南雲飾が素知らぬ振りをしていたことを。

 俺は知った。空海成世の取り巻く現状を。


 けれど、それらが合わさろうとも、この状況に陥るのは明らかにおかしい。

 世界端末である俺自身がここにいるのは南雲さんにとって想定の範囲外であるはずだ。

 つまり、どこかで別の――第三者が介入したということだ。それは誰だ?


 だから、問う。


「それなのに、あなたは妹を送ったのか? 南雲飾とデイライトという強者がいる場所に、唯一の肉親を――唯一の妹を、あんたはどうして送ったんだ?」


 語調が強くなる。目が細くなるのを自覚する。


「アレにできることはそう多くない。そうして私にはあまり時間がなかった。そんな中、学府から遣わされた女はこう言った。『これを利用してデイライトに接近しよう』と」



◆◆◇◇◆◆



「南雲は言った。空海に遣わしたのは男だと。常に空海の動向を監視しているはずだと。けれど、私たちが見たのは――空海成世と一緒にいたやつは女だった」


 本来であれば空海成世の隣に立っているはずの男――ケレスという人間の残滓を辿った先にあったのは、中身がいくつか抜かれた人間の肉体だった。


 部屋の中央にあったのは人の身体で、それはまだ鼓動を続けてはいた。


 だが、これを生きているとは言えないだろう。


 私はその肉の塊に触れて、それがすでに人間という定義から外れていることを確信する。


「魔力の波長も照合が取れた。こいつがケレスよ。――そして、魂が抜かれている」

「抜いた魂を消失させないために、こうして肉体を残しているのね」


 スノウの言葉に私は頷く。


 肉体を楔として使用しているのだろう。それに、こうすることによって男の生命活動を偽装できるから、南雲にはこの男が存命であると思いこませることができたわけだ。


「あの女が呼んでいたやつ、ソウルイーターだったものね。魂の扱いに長けているのは当然ってことか」


 スノウが思い出したかのように言う。


 召喚士はとかく接近戦に弱い傾向があるのだが、件の女はスノウと打ち合い、あまつさえ逃走に成功している。スノウとの相性が最悪だっただけであり、実力自体はかなりのモノなのだろう。だからこそ、スノウがこうして覚えている。


「火灼」


 名前を呼ばれる。


「わかってる。道案内が潰れていた以上は仕方ない。南雲から聞き出した座標まで飛んでいって、そこから天木がいる場所を虱潰しで探すわよ」


 空海の家は山脈の中に存在する。面積も広く、領地の中でなら本宅をある程度移動させることも出来るらしい。そして領地内にはダミーとなる建築物も多いらしく、たとえ侵入したところで空海成世や天木がいるところに辿り着くのは至難だ。それに、向こうだって侵入者に家探しをされて大人しくしているわけがない。罠や戦闘などは避けられない。だからこそ、実際に向かったことのある人間を連れて少しでも手間を減らそうとしたのだが、結果としてはただの無駄足だった。……徒労ほどストレスなものはない。


「スノウが天木と魂で繋がっているってんなら、それであいつの居場所もわかったりすれば楽だったんだけれどね……」

「無茶言わないでよ。あくまでも秦くんの調子が分かるだけで、位置に関してはてんでわからないんだから」

「まぁ、だからこそ色々と着けさせていたわけなんだけれどさー」


 土地によって強力な妨害が施されているため、天木に渡していた追跡用の魔具も意味をなさない。


「いくら衰退中とはいえ、土地によるバックアップがある魔術師のところに無策もいいところな状態で突っ込みたくないなぁ……」

「でもそれ以外ないんだから、仕方ないでしょ。時間もないし」


 スノウはいつでも覚悟が決まっているので、躊躇いなど微塵も見せない。

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