◆二話『仲秋リマインド』-1
「なぁ玖島。世界が厳しいとか言い出すときってどんなときだ?」
「そらお前、ダチにとびきり可愛い彼女ができていたときだろう。しかもそのことを長いこと隠され、ふとした拍子でついでのように教えられたときなんか尚更だ。その時の俺の心情が答えられるか? 配点は三点とする」
いつも通りの昼休み。昼ご飯を食べ終わったので、いつものように玖島と雑談に興じていたところ、面倒な返答が繰り出された。微妙な配点だなぁ……。
「あー……、言わなくて悪かったよ。率先して言うことではないと思っていたんだ」
先日、スノウと付き合っていることを玖島に伝えたところ、非常に味のある表情を浮かべられた後、玖島が三日間ほど学校を休んだのだ。
「――つっても、お前さんはそのことは気にしてなかっただろ」
拗ねるような物言いをされたが、言葉とは違ってその顔はどちらかといえばいやらしい歪み方だ。
「まぁ、そうだな」
玖島は玖島であっさりとそう認める。
玖島が三日間も学校を休んだと言ったものの、それは俺が原因とかではなく、九州の方に住む親戚の法事があったとかどうとかが理由であり、スノウが彼女になったことを教えていなかったのとは全然関係なかったりする。
唐突に休んだ時はそれなりに驚いたのだが、蓋を開けてみればくだらない――法事にくだらないとか言ってはダメだな……まぁ、そんなオチだ。
因果関係がありそうな言い方をしたが、実際はそれぞれ独立した事象だったわけだ。冷静に考えればそこに繋がりなどないとわかるのに、あたかも連なっているかのように感じ取ってしまうのは人間の悪い癖だろう。……とはいえ、とはいえだ。
「『友情の儚さ』なんて、そんなメッセージだけ送られて音信不通になったときの俺の気持ちがわかるか?」
――これ、玖島も狙ってやっていたからな。愉快犯ですよこいつぁ。
「はいはいって言いながら既読放置すると思ってたわ」
「お前の中の俺、どんなイメージ? 友達が味のある表情した翌日に休んだら普通に心配するよ?」
「意外と普通な反応したよなぁ」
と、玖島は小さく笑う。
そんなわけでその三日間、俺は昼食を一人で食べることになったのだ。一時的にどこかのグループに合流するというのも「なんか違う」と思った俺は止まり木を求めて校舎内を放浪することになり、玖島失踪の二日目に踊り場で空海成世という後輩と面識を持った。
こうしていつも通りの昼食に戻ってから数日が経過して、そんな後輩のことをふと思ったわけだ。世界の仕組みを冷笑する少女は勝者を皮肉した。成功者の影に隠される失敗者をただ嘲った。それはまるで自嘲のようで、諦観のようで、無念のようで、――それでいて、不屈さを感じさせた物言い。
――地獄の底で、天を見下ろして嗤う。
そんな咲い方。
「そんで、なんだっけか。世界の厳しさ?」
玖島が話を元に戻す。脱線させるけれど、こうして自分から本筋に戻してくれるのは助かる。
「そう、世界の厳しさ。女の子がそんなことを言い出すときってどんな時だろうな」
「オンナノコ? デイライトさんが言ってたわけ?」
「いや、スノウではないよ」
あいつはそんなこと言わなさそうだよなぁ。――きっと、思っても言わないだろう。そういう奴だと思う。もしもあいつがそんなことを言い出すときはきっと、悲しい時か、疲れている時か、落ち込んでいる時だろうか。それも、とても。
そういう時に、それを吐露する相手が俺であればいいなと、そう思う。
そういう時に、スノウの隣に俺が居られたらいいなと、そう思う。
「じゃあ、妹さんか?」
「奏でもないよ。お前がいない時に知り合った後輩がそんなことを言っていてさ」
「……そんなに時間経過のない間柄のように思えるけれど、そんな話されたんか?」
「……いやまぁ、確かに俺もそう思ったけれども、年頃ならそういう話をついついしてしまうものだとは思うよ?」
カットフルーツをちまちまとつまみながら、心当たりがあるかのように「あー」と頷く玖島。
「まー、そうだな。斜に構えることを格好いいと思っている時なら、隙を見てはそういう話をしたくなる年頃かもしれんな」
玖島はそこで言葉を区切り、でも、と言う。
「どうだろうな。格好つけとかではないのに斜に構えているとしたら、それはどういう心情なんだろうな」
言い聞かせているのだろうか。――誰に?
「もしかしたら、遭難信号だったりしてな」
「時間経過のない間柄にそんな発信するかね?」
「時間経過がないからこそするんだろ」
「なるほど。なるほど?」
そういうものかと、なんとなく納得する。
「ていうか、デイライトさんが休んでいる最中に他の女の子と仲良くなるとかお前……」
思ってもいない方向から非難が飛んできた。
『助けて欲しい』
何から?
どうやって?
◆◆◇◇◆◆
目が合った。
お互いに固まる。
先に動いたのは先輩の方だった。窓ガラス越しに手招きしてくる。先輩の対面に座る少年が不思議そうな顔でこちらを見つめる。その無垢な視線になんとなく居たたまれなくなって、私は手招きに従うことにした。
住宅街に溶け込んだ個人経営の喫茶店。内装はアンティーク系のレトロ。店主は落ち着いた雰囲気のある白髪オールバックの老人。背筋が伸びており、モノクルが似合う。
……モノクル付けている人、初めて見たな。
どこぞで執事をやっていましたと言われてもおかしくないような、そんな店主に目を奪われながらも私は先輩の席へと向かう。
「こんなとこで会うなんて奇遇だな、空海後輩」
「こんなとこにいるなんて驚きっす、天木先輩」
窓際で四人掛けのソファテーブル席、それぞれの側に人がいて、片や知らぬ少年と片や見知った先輩。当然の選択として、私は先輩の隣に座る。
「これ、学校の後輩」
座った私を示して、少年に説明する先輩。これて……。
「こんにちは。空海成世です」
そう言って会釈をすると、少年の方はお辞儀を返してきた。
「こっちは弟の奉」
先輩をちっこくして、目に生気を注入したかのような顔立ちはなるほど、こうしてしっかりと見れば血の繋がりを感じ取れる程度には似ている。艶のある黒髪は男の子にしてはやや伸ばされており、細身であることも相俟って女の子と言っても通じそうな可愛さがある。先輩も昔はこんな感じだったのかなーと思うわけだが、つまりはこの可愛い少年の目も先輩みたいな死人チックになるのかと考えると、時の流れは残酷だとも思う。先輩のダウナーな感じも悪くないが、進化する際に何かの手違いであくタイプが追加された結果がアレであって、突然変異などを起こさずこのまま成長すれば、この少年は美人な青年になりそうだよなぁと思ったりする。
スカートとか普通に似合いそうだなー。ていうか、先輩も顔の作りは悪くないし、体型の出にくい服装にすればわりといけそうな気もするな。目元とかはメイクでどうにかできるし、内側カールのウィッグで小顔効果狙えば……。背丈は知らん。
などとまぁ、思考を明後日の方向に飛ばしていると、
「はじめまして、天木奉です」
ご丁寧な挨拶をされる。幼い風貌のわりにやけにはっきりとした発声で、それでいて慇懃さみたいなものが滲み出ていた。
「兄弟がいたんですね」
「まぁな」
と、頷かれる。……家族構成すらも靄が掛かっていたのかと気付く。
「手招きしておいてなんだけれど、暇なのか?」
「暇と言いますか、散歩中だったと言いますか。確かにこれといった予定が詰まっていたわけではないのですが……」
そう言うと、先輩は苦笑して頷いた。
「あぁ、うん。それを『暇』の一言で済ませられるのは納得いかないよな。悪い」
「ご理解ありがとうございます」
そんな会話をしていると、先輩の弟――奉くんがこちらと先輩を不思議そうに眺めていた。いや、不思議というよりかは珍しいものを見たかのような目だ。奉くんの眼前には半分ほど切り崩された苺のショートケーキがあるのだが、私が席に座った時からその解体作業は進展していない。
「どしたの?」
と、奉くんに言葉を振ってみる。先ほど顔を合わせたばかりの年上に唐突に話しかけられるというのは、この年齢からすればちょっとした恐怖もありそうな気もするのだが、驚く様子も慌てる様子もなく、
「兄さんの知り合いというのが、珍しくて」
などと落ち着いた返答をされる。
「あー、先輩は友達少ないもんね」
「……俺は量より質を重視しているんだよ」
さいですか。
「兄さんの交友関係にはそれほど興味ないけど、兄さんの家族以外に対する関係――態度や接し方が珍しくて新鮮だなって、そう思って」
――兄さんは家に友達とかを呼ばないし、と、奉くんは付け足す。
「新鮮?」
「うん、新鮮だった」
兄からの問い掛けに、素直に頷く弟。
「僕が知っている兄さんは、僕の兄さんか、お姉ちゃんの兄さんか、お母さんやお父さんの息子としての兄さんで、今の『誰かの先輩』としての兄さんは初めて見たけれど……」
そこまで言って、奉くんは言葉を選ぶかのように少し悩み、
「なんていうか、雑だね」
と、そう言ってあどけなく笑った。




