131 ズーグとの対決
村の外に出て、湿原をしばし歩く。
同行者はズーグの他に二人。一人は暗褐色の鱗、もう一人は暗緑色の鱗の竜人だ。
彼らはズーグが戦力として決戦に参加させるつもりの人員らしい。
ズーグから俺のことを聞いてはいるようだが、その強さについては悪い意味でなく懐疑的(本当にそんなに強い人間がいるのか、というもの)であるらしく、ズーグは自身との戦いを見せることで理解させるつもりのようだ。
「この辺でいいでしょうか」
「大丈夫なのか? 多分、この辺をめちゃくちゃにすることになると思うけど」
「狩場も漁場も遠いですし、流域も離れています。恐らく大丈夫でしょう」
迷宮の底での試練を終えた後にも、ズーグとは少し手合わせをしている。
その時点ですでにかなり戦いは激しいものとなったのだから、今の俺たちなら白竜戦に勝るとも劣らない戦いになることは想像に難くない。
破壊力のある魔法も連発することになるし、そうなると土地が荒れ果てる可能性もある。
それを考慮しての言葉だったが、ズーグは問題ないと判断したようだ。
「じゃあ、始めるか。お互いブレスありでいこう」
「よろしいのですか?」
「ああ、問題無い。パーフェクトコンバージョンは使うけど、最低威力でやるから安心して突っ込んで来い」
「ハンデというやつですか」
「いや、お前を殺さないようにだ」
ブレス有りのズーグの突撃を正面から受け切れるか、と言われれば、以前の俺なら無理だと答えただろう。
しかし、今の俺ならば十分に反応できる。
俺専用の大魔法は一つを除いて殺傷力が高すぎるから使えないが、訓練と考えればちょうどいい。それに超威力の魔法については後でやる試し撃ちの時に見せられるからな。対戦の時に見せられなくても、気にしなくていいだろう。
「いいでしょう。こちらは出し惜しみ無しで全力で行きます」
「ああ」
俺の言葉を挑発と受け取ったか、ズーグは表情を引き締め、竜徹槍を構える。
彼我の距離はおよそ十メートル。ズーグなら加速を付ければ一足で届く距離だ。
もちろんそんな無謀な攻めはしないだろうが、その程度の距離でしかないと言うことである。
俺は魔法の術式を脳裏に浮かべ、起句を口にするだけとは言え、発動できるのはせいぜい二回くらいだろう。
「合図を」
ズーグもそれは分かっているのだろう。
一歩目を強く踏み出すために、筋肉を引きしぼるように低く構える。
ズーグから指示を受けた暗褐色の鱗の竜人が、落ちていた石を空中に放り投げた。
そして石が地面に落ち、
「ウオォぉおおッ!」
「覚醒」
互いの一手目と共に、戦いが始まった。
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主人であるリョウとの訓練は、彼に奴隷として購入されてからずっと行ってきた。
しかし、俺と彼とでは得意分野が大きく異なる。自然、近接戦闘での戦いを自分が教えることがほとんどとなり、こうして勝ち負けのある戦闘を行ったのは数えるほどしかない。
そのほとんどで、俺は勝利してきた。
それは当然「近寄れば確実に勝てる」という状況を、彼が防ぐ手立てが少なかったからだ。
俺はこれまでの経験で、遠距離攻撃を繰り出してくる相手とも多く戦ってきた。
彼もセンスが無いわけではないが、少し前まで一般人だった彼のこと。いかに才能の器に裏打ちされた多彩な魔法があったとしても、経験値の差を埋めきるほどのものではなかったのである。
「跳躍、爆炎、魔法爆雷」「ちいっ、速い……!」
しかしながら。
どうしたものか、初手に魔法を唱えて以降、これまで最も弱点だった『初撃に至るまでの準備時間』を凌がれてしまっている。
移動魔法での距離稼ぎ。
地面に凹凸を作り接触爆破の魔法をばらまいての移動阻害。
それらが繰り返され、必要な間合いを取られてしまう。
牽制に使う程度の魔法の威力では、神息が付与された俺の鱗にはほとんどダメージは無い。
それでもいいように阻害されているのは、彼の放つ魔法全てが、あの覚醒と言う魔法によって強化されているからだ。
発生速度、連射速度、強度。
どれを取っても以前とは比べ物にならない。
このままでは、ただ牽制を繰り返されているだけで、こちらが疲弊してつぶれてしまう。
だが。
「初手は凌がれましたか。ならば……フンッ!」
槍の柄尻を地面に突き立て、仁王立ちになって気合を入れる。
儀礼的な動きでその力の発動の準備をし、能力を一気に開放する。
「なんだ……!? 尻尾が……伸びていく?」
戦士技能を極めると、自身の魔力をオーラのように纏い、武装もろとも自身を強化する『魔装術』が使えるようになる。
その延長線上、というにはいささか逸脱した見た目ではあるが、そのオーラが形を成して、長い尻尾を作り出していく。
「……竜尾」
「呪文……なるほど、それが竜魔法か」
「そういうことです。竜牙!」
更に呪文を唱えて槍にも巨大なオーラを纏わせ、再び槍を構える。
準備をさせないための速度を重視した初撃。
それを凌がれたならば、全能力を叩きつけて勝利する他ないのだ。
そう俺が意気込んだところで、彼はおもむろに右腕を上げ、天に掌を向けた。
「そういうことなら、俺も使わせてもらう。……神気憑依!」
彼が間合いを取ろうとするのは、何か決め手となる大きな魔法を行使するためである。これまでに行ってきた戦いでもそれは同様だった。
しかし、その時彼が発動させたその魔法は、想像を絶するなどという言葉すら生易しい、そんな神の如き力だった。
その量、その強さ、その密度。
魔力そのものは物質に作用するものではない。
しかしながら彼の纏う魔力は、あまりの強大さに空間を隔て、ビリビリとこちらを圧迫してくるような錯覚を与えてくる。
「……な、なんという……力だ」
「怖気たか?」
挑発のような言葉に首を振る。
目の前の膨大な魔力を纏う者こそは、我が主。俺が隣に立って戦い抜きたいと、そう望んだ存在なのだ。彼が強大であればこそ、俺の望みにも価値が生まれると言うものである。
「……それでこそ英雄……それでこそ挑戦し甲斐があると言うものです!」
竜魔法は、魔法と名が付き呪文も口にするが、魔装術の発展形であることは事実である。
つまり俺と彼と、切り札は奇しくも同じ自己強化術ということだ。
もちろん彼の力に比べれば、自身の力はあまりにも小さい。
しかしながら、全力を叩きつけるにはこれほどふさわしい相手もいないだろう。
「じゃあ今度はこっちからだ! 魔導槍!」
呪文と共に一息に、空間を埋め尽くすほどの数の魔法が生成・射出される。
まるで白竜の「竜矢」を想起させるほどの密度だ。
だが、
「なんのっ!」
しかしそれだけで竜魔法を発動した俺が止まるものではない。
竜牙と化した槍、そして長く伸びた尾で魔法を打ち落とし、身のこなしと突進力とを合わせてまっすぐに進む。
魔法の引き打ちと俺の突撃、その構図は先ほどと変わらないが、そこに吹き荒れる力の大きさは先ほどとは比べ物にならない。
「雷拘束、凍結槍」
攻め手に攻撃・拘束の両属性を持つ魔法が追加される。
これらは単純な魔力の弾丸であるエナジージャベリンと違い、完全に発動や接触を潰さなければ、効力を無にすることはできない。
対処は可能だが、彼はきっとそれを観察するつもりなのだ。
弾幕の奥に、冷たい瞳が見える。
「究極熱量転換」
更に魔法の種類が追加される。
込める魔力は最小単位と言っていたから、当たっても死ぬようなことは無い。
しかし継続する熱ダメージは戦闘の支障にはなってくるだろう。
「まだまだぁっ!」
魔法行使量、魔法行使速度が徐々に引き上げられて、処理が漏れ始める。
被弾のダメージが少ないエナジージャベリンを体で受ける。
もちろん、ブレスの強化を受けているこの体であればダメージは少ないが、削られていることに違いはない。
手加減されている訳ではないことを、俺は理解していた。
これはこちらを見極め、要点で最大の火力をぶつけようとする冷徹な攻めなのだ。
望むところだ。
そのために俺は彼との戦いを所望したのだからな。
とは言え、その要点――つまり俺の崩れる瞬間を先に見いだされては、本当に一切の勝機も無くなってしまう。
間断無く放たれる魔法の弾幕。俺が進み、彼が引く。
伸縮する彼我の距離が、ほんの一歩分、それまでより近づいて、俺は覚悟を決めた。
「ここだぁっ! 竜翼っ!」
纏うオーラが更に放出され、それが竜の翼のように象られる。
まだ習得の不完全な、俺の隠し玉。
飛行などできようも無いが、第三の手となる尻尾に加えて、攻め手が増える形になる。
更にこの術は特徴として、非常に高い防御手段として機能するのだ。
「行きますっ!」
ひとつ大きく羽ばたいて、翼の圏内の弾幕を消し飛ばす。
一瞬の空白地帯が生まれ、彼の目が驚愕に見開かれる。
開いた空間を助走に当て、速度を付けて最後の突撃を敢行する。
「いざ……勝負っ!」
俺の踏み込みに合わせ、構えた槍の切っ先に纏ったオーラが、ひときわ鋭い形をとった。
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