129 大人の役目
「それじゃ、オレはシータと先に出るんで」
俺が決戦の主力となる魔法を習得してから三日。
いくつかの用事と準備が済み、いくつかの物事についていくつか段階を進めることができた。
その一つが決戦に挑む部隊の迷宮での特訓である。
北方大討伐での修練の集大成として行うそれは、迷宮の門番の間で、門番を相手にして行われる。
マイトリスの門番である白竜アルトリウスの他、第一迷宮の巨人、第二迷宮のキマイラをフェリシアの権限で呼び寄せて戦うわけだな。
白竜は当時の俺はかなり苦戦した相手ではあるが、流石に今の俺ならタイマンでも順当に勝てるだろう。そのため特訓は俺を除外したメンバーで行うことになっている。
「ああ、俺は数日空けるから、家のこと頼んだぞ」
「了解っす」
そういう訳で、手の空く……というか空けた俺は、ズーグの村に向かって転移のランドマークをする予定となっている。
馬車やら徒歩やらでちんたら移動する時間的余裕も無いから、俺単独で有視界転移(見える先への転移を繰り返す高速移動法)を用いた移動となる。
「気を付けて行ってきてくださいね」
「ありがとう。っていうかそれは俺のセリフだな、今シータを送り出してるのは俺なわけだし」
シータも授業と言うことでトビーと一緒に学園へ向かうことになる。
恐らく初めてだろう、兄妹水入らずの登校を、束の間ではあるが楽しんでもらいたいところだ。
「じゃあカトレア姐さんはまた後で」
「あいよ、迷宮でね」
特訓に参加するカトレアとも挨拶を済ませ、トビーとシータは家を出ていった。
「さて……じゃあ昨日言ってたとおり、少し時間もらえるか?」
「大丈夫です。朝食の食器を下げるので居間の方でちょっと待っててもらえますか?」
「分かった」
レイアの言葉に従い、俺とカトレアはリビングに移動してソファに腰を下ろす。
食卓ではレイアが食器を片付けているのだが、最近一切家事をさせてもらえなくなったんだよな。たぶん俺たちに待ち受ける決戦のことを考慮して、負担をできるだけ減らそうとしてくれるんだと思う。
ただまあ任せきりも悪い気がするのは小市民たるがゆえ。カトレアは分業もあんまり気にしてない様子で、流石のハートと言うべきだろう。いや俺が気にし過ぎなんだとは思うが。
「すみません、お待たせしました」
少し待って、レイアが居間にやってくる。
手にした盆には茶器が載っていて、それを用意していたようだ。
「悪いな、わざわざ」
「いえ、ご主人様にお声かけいただいたんですから、これくらいは」
言いつつも、レイアは少し茶目っ気のある表情である。
俺が話しはじめやすいようにする、彼女なりの気遣いというやつだろう。
お言葉に甘えて、アイスブレイクは省略して早速本題を話させてもらうことにしようか。
「それじゃあ早速なんだけど、二人に時間もらったのは、事後のことを少し話しておこうかと思ったんだ」
「事後? 事後ってなんだい」
「もちろん決戦の後のことだよ。特に、俺が負けた後のことは二人に何とかして欲しいから、直接頼んでおこうと思ったんだ」
俺の言葉に、二人が目を見開く。
まあそういう反応にもなるだろう。勝つために準備しているその最も主たる人間から、敗北の先の話があるというのだから。
「けっこうヤバいのかい? こないだ敵の情報を得たって言ってたけど」
「いやいや、そういう訳じゃない。負けるつもりも毛頭ない。けど、絶対はない。そういうもんだろ?」
「まあ……そりゃそうだろうけど」
「可能性としてそうなった時に、身動きが取れないってことを避けたいんだ。……それで、ちょっとしんどい役割になるかもだし、二人は大人だと思って声を掛けたんだが、頼まれてくれるか?」
レイアとカトレアは二人で視線を交わした後、ゆっくりと頷いてくれた。
彼女らに不安を生んでしまうのも避けたいことではある。
ただ、起こり得る未来になんの準備もしないというのもまた違うだろう。
俺は悪い想定の先にある未来でどうして欲しいか、少しずつ話し始めた。
まずカトレアだ。
彼女には俺が負けた時、クリスを支えて欲しいとお願いした。
クリスはもし俺が負けたなら、決死のコールゴッドを唱える予定ではあるが、決戦の場所ですぐに行使できるかどうかは未知数だ。もし一度撤退と言うことになれば、仕切り直しで様々な障害が発生することは想像に難くない。
それらを跳ね除けて、彼女が命を掛けられる手助けをして欲しいということだ。
「その状況ってことは、ご主人サマはトビーたちと心中かい? また仲間外れなんて酷いもんだねぇ」
「そう言わずに、年長者なんだから貧乏くじを引いといてくれよ」
「……ま、仕方ないね。若者に先立たれた後の始末だし、若者が死にゆく手助けだなんて、とんでもなく嫌な役目だけど」
片眉を吊り上げて心底嫌そうにしていたが、カトレアはそう言って依頼を引き受けてくれた。
次はレイアである。
彼女には、奴隷契約のこと、家のこと、そしてシータのことを頼みたいと伝えた。
奴隷契約自体は、いずれにせよ決戦後に解消するようにクロウさんには言ってある。ただレイアにはそのための手続きをお願いしようと考えていたのだ。
ちなみに家については名義がシータなので、シータのことを見てあげて欲しいという依頼とセットである。
「家族が居なくなって塞ぎ込む可能性もあるし、面倒を見てやってくれると助かる。それに……彼女には魂魄魔法を教えるつもりだから、そういう状況になったら逆に彼女に頼る場面もあると思うんだ。その辺も上手くやってくれると嬉しい」
そういう状況と言うのは、要するに地上に邪神の眷族たちが進出してきた場合のことである。
シータを支え、シータに頼る。結構面倒なお願いにはなるが、最悪の事態であればアルメリアも戦力に数えられそうだし、家のことは彼女に任せる他ない。
「分かりました。上手くやれるかは分かりませんが、その時はやってみます」
俺の願いが届いたのか、レイアは力強く首を縦に振ってくれた。
最後に、彼女には息子のことも伝えておくことにした。
俺が負けた想定というなら、人類の文明はかなり末期的な状況なわけである。その段になって息子と再会なんてのもなんだか可哀そうだからな。もし彼女にその気があるなら、今からでもこの家に呼びよせても良いと、そう伝えた。
「いえ……それには及びません。けじめもありますし、リョウさんは勝利しますので」
レイアからは堅い口調でそんな返答があった。
けじめなんてものがウチに存在するのかと思ったが、彼女の言わんとすることはなんとなく理解できなくもない。ただ「勝つんだから気にしなくていい」と言うのは、今回の話の趣旨に反するし……どう納得してもらうべきか。
と、思っていたらカトレアから援護射撃があった。
「レイア……そんな頑なにならなくてもいいじゃないか。もし呼び寄せるのが嫌だってんでも、会いに行くくらいは良いんじゃない? 要は、ご主人サマは好きにしていいって言ってるわけだし」
家に呼ぶことまで許可されているのだから、そこまでのどの段階でも自由な裁量で判断していい。
実際に俺がそう口にしたわけではないが、意図としてはカトレアの説明の通りである。
妥協点を自分の好きなよう決めていい、と言うのは効果があったようだ。
レイアは眉根を寄せて少し考え込んだ後、ぽつりと「じゃあ、それでお願いします」とそう言った。
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レイア達と話をつけ、俺は支度を整えてズーグの村へと出立した。
門から出て、いつか港湾都市デンタールに向かった時のように、道を外れて小高い場所に移動する。
そこではマイトリスを少し下ろすような格好になって、市街区の壁の向こうは流石に見えないが、迷宮区の雑多な街並みは一望できる。
そこで生活する人々の営みを想起して、俺は胸に少々の感慨が去来するのを感じた。
あれを守るのだ。
あそこに居る人たちの生活を。
俺が大魔法を習得し、様々な状況が動き出している。
律速になっていたステップを越え、いよいよ「今すぐにでも戦える」状態が近づいている。
この数日ですでにアトラさんは大悪魔ネザーブラッドの情報を入手した。
その情報をもとに軍の参謀と精鋭部隊とで、対策を練っている。
更には人心を煽るネザーブラッドへの事前策として、治安を守る警備部へも話を通した。
大悪魔が復活したなら、恐怖を糧にする邪神のために人々に狙いを付ける可能性は高い。それ自体を防ぐことは困難だが、もしそうなった時に混乱を最初に食い止める警備部隊がある程度情報を持っていれば、初動も早くなるだろうと、そういう判断である。
その依頼ついて、警備部隊の長からは「陛下からそうした話があるだろうとは聞いていました」と回答があった。
どうやら王は、邪神の眷族の詳細を知らないうちから、邪神が人心に関する手を打ってくることを想定をしていたらしい。俺は割と決戦=迷宮内での戦いで完結するようなイメージだったが、邪神の性質を考えれば俺の背後こそ弱点なのは、言われてみれば確かにその通りだ。
俺の脇が甘いのはいつものことかもしれないが、今は強力なバックアップが居るのだと、改めてそう感じさせられた。
かけがえのない、俺の居場所である人の世と。
それを守るため体を張る俺と。
その後ろを守ってくれている仲間たち。
一言で表すのは難しくて、考えはまとまらなかった。
けれど決して、俺が一方的に世界を救うだけ、なんてことは絶対にない。
それだけを理解できて満足した俺は、ズーグの村に向かうため、遥か視界の先に狙いを付けて、転移の呪文を発動した。
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PS.いつも感想ありがとうございます。それに時間と労力を割いてしまいがちな性分なので返信は控えておりますが、感想いただけて大変うれしく思っています。





