125 発動2
凄まじいエネルギーが渦巻いている。
ただエネルギーを保持しているだけなのに、まるで高難易度の魔法行使に失敗した時のように、それは制御を失って俺と言う器から溢れ出る。
視界も未だ白く塗りつぶされたまま。
光を自分の中に留めようとすれば、内側から俺を破裂させんばかりの圧力を感じる。
しかしそうしなければ、そのエネルギーは荒れ狂うばかりで全く使い物にならない。
「リョウ! それは神聖魔法の一種だ! 君がいつも使っている! だから同じように制御できるはずだ!」
アルメリアから端的に説明があった。
それを受けて、俺はエネルギーとしてではなく、魔法を制御するイメージでその力の調伏に挑んだ。
並列思考を総動員して、ゆっくりと、制御を手繰り寄せていく。
風にたなびくたくさんの帯を、一つずつ引き寄せて手元で折りたたむ。
そんな地道な作業だった。
そしてしばらく時間をかけて光が収束し……俺の内側が力で満たされて、最後に俺はバキンと何かが壊れる音を聞いた。
装備が壊れた感覚ではない。恐らく、ウィスパーさんに掛けられていた思考誘導が解けたのだと、そう直感した。
視界が戻ってくると、心配そうなアルメリアの顔が見える。
アトラさんは胸の前で祈るようなポーズで手を組み、嬉しそうな表情だ。
「……リョウ、大丈夫なのかい?」
首肯を返すと、ほっとしたようにアルメリアは息を吐いた。
「はぁ……。思ったより劇的な見た目でびっくりしたよ。本当に、体は何もないんだね?」
「……ああ、たぶん大丈夫だ。むしろウィスパーさんの術が解けたっぽいから、この魔法、結構ヤバイかもしれない」
フェリシアは人間が簡単に解除できないように、わざわざウィスパーさんに術を掛けてもらったと言っていた。それが解除できたということはつまり、俺がウィスパーさんと同等の権能を手に入れたということでもある。
いや、同等は言い過ぎか。
だとしても手が届くくらいになったのは間違いないだろうな。
そう考えた時、アルメリアが腰に付けたポーチから発光が漏れ始める。
「おや、聖女様のお出ましみたいだよ」
「フェリシアか……って言うか呼ぶの忘れてたな」
できるという確信が遠ざからないうちに、と急いて発動させたのは俺である。
ただその判断は良いとしても、当事者も当事者なフェリシアに一報も入れなかったのは、ちょっと落ち度かもしれない。
アルメリアも同じ考えのようで、二人で苦笑いを交わし合う。
そうこうしているうちに、依り代の水晶から出でた光が形を作って、フェリシアが姿を現した。
「ちょっと! どういうことなのよ!」
第一声は、予想していた通りの怒声であった。
「私の居ないところでポゼッションを発動するなんて、流石に酷すぎるんじゃない!? 私だって術式作成に協力してきたのに……!」
「正直すまん……でも発動できそうだったから、その感覚を優先した方が良いかなって思ったんだよ」
「アウェイクンを先に発動させたと思うけど、その後に一瞬も隙間が無かったって言うの? それに依り代の宝珠を持って念じるだけでいいのに……」
そう詰められるとぐうの音もでないな。
ただ俺としても、これまで閉塞感があった魔法習得に進展があって、勢いづいてしまったのだから仕方ない部分はあると思う。それに……また習得がストップしてしまったらと、そういう考えが無かったと言えば嘘になる。
そう説明すると、フェリシアは眉根を寄せながらもしぶしぶ納得してくれた。
「まあいいわ。発動はしたんだものね」
少し目を細めて寄こす視線は、恐らく俺の纏っているポゼッションの力を観察しているのだろう。
「この……何て言えばいいんだ? ポゼッションで虚神から取り出した力なんだが、これはそのまま魔力と同じように使えるんだよな?」
俺の質問にフェリシアが首肯を返す。
彼女の説明によれば、どうやら量が多くなるに従い人の意思が結果に自動的に反映される――つまり「神降ろし」のような作用を生む以外は、魔力として扱って問題ないらしい。
更に言えば、魔力よりもより魔法に親和性が高いという特徴もあるようだ。
「親和性ってのはどういうことだ?」
「ありていに言えば、魔法がちょっと強くなったり、魔法を発動させやすくなったりするってことよ」
「とするとこいつは魔力の上位互換ってことになるのか。流石に神サマの力だけあるな」
「そういうことね。まあ上位互換って言うとちょっと語弊があるかもしれないけど……。呼称も『上位魔力』とかで良いんじゃない? 貴方の場合、それ以外の使い方もしないでしょうし」
確かにこの力を魔法の燃料以外に使用できるのは、長年研究対象にしてきたフェリシアくらいのものだろう。
今後研究が進むなら呼称を変える必要もあるかもしれないが、それはあくまで今後のことだ。邪神をどうにかするまではひとまず関係がない話である。
「私も呼び方には困ってたから助かるよ。『神聖力』とか言われたらどうしようかと思ってたけど」
「私と唯神教は一切関係がないんだから、そんな呼び方しないわよ」
アルメリアの言葉に、フェリシアが肩を竦める。
実際信仰にし始めたのは後世の人間だから、それも当然か。
信徒から見たらとんだ聖女様もいたもんだってところだろうが。
「そういえばアーテリンデが何か喜んでたけど……もしかして貴方、精霊祈祷を成功させたの?」
「ああ、彼女の声も直接聞いたよ。あとウィスパーさん――アーテリンデさんに掛けられた思考誘導も解除されたみたいだ」
「そう……そうよね。ポゼッションを発動させられたんだもの、そうなるはずだわ」
うんうんとフェリシアが頷いている。
感慨深げだが、以前少し彼女と話した通り、解除できないだけで思考誘導は迷宮にちょっと行きたくなるくらいの些少なものだ。俺と迷宮の関りは深くなりすぎてるから、それが無くなったところで今の俺の思考に一切の影響は無いんだよな。
気持ち的にちょっとすっきりした気分ではあるが、あったとしてもその程度である。
「確かに、右も左も分からない貴方に必要な程度の効果だったし、解除されても影響は無いでしょうね。でも、それは通過儀礼ではあったのよ。邪神の眷族の情報ももらったんでしょ?」
「ああ、まあな。名前と概要……それからいくつもの古代文明が滅ぼされてきた過程を、嫌と言うほど見させられたよ」
ただ凄惨な光景と言うだけではない。
その怨嗟、無念、怒り、哀しみ……そう言った負の感情ごと、情報は俺の中に流れ込んできた。
あれらの情報を自分の中に収めるために必要だったと言われれば、長い時間かかったことにも納得はできる。
実際のところ、アウェイクンを習得できた俺は魂の位階が上がったのだろう。
精霊祈祷には、以前神威にやられた時の香の行と同じような効果があったということだ。
「それで細かい情報は?」
「それなりってところだな。……というかお前、当時の人間だろうに、ホントに知らないのか?」
「生まれた時から家に籠ってるタイプだったのよ……」
率直な疑問には、苦笑が返って来た。
陰キャとして生まれ育ち、研究者として死んだ訳か……。
この件はツッコんでも何も出てきそうにないし、自分の創造主がそうだと聞かされても微妙な気分だから、もうこれ以上掘り下げるのはやめておこう。
俺はそう結論付けて、話を進めることにする。
「細かい情報については、アトラさんにお願いできますか?」
「ええ、承知いたしました。得たい情報を絞れれば、祈祷の難易度も下がるでしょう」
「ではそれで。……それじゃあ続いて、実践的な魔法の発動を試していくか」
宣言するように言って、俺は試験室に設置されている標的の前に移動する。
標的は木、金属、何かよく分からない岩みたいな材質の三種類が置いてあるようだ。
「あの岩みたいなのは、この試験室の壁と同じものだよ。迷宮壁から削り出した粉を素材にして作られた、耐魔石ってやつだね」
俺が的を選んでいると師匠から補足が入った。
王城の壁とかにも使われていて、生半可な魔法じゃ傷も付かないものらしい。
「ならアレを的にするか」
「そうだね、それがいい」
「当然でしょ」
俺の言葉に魔法開発者であるアルメリアとフェリシアから返答が返ってくる。
よほど自信があるんだろうな。
いやまあ、俺としても魔法の説明を聞いた時には驚いたものだが。
威力の高い魔法を依頼したのは俺である。
しかし出来上がったものは最上位の魔法開発者と古代の魔法研究者による合作で、使用魔力と行使難易度を度外視すれば、正直オーバーパワーに思えなくもないものだった。
「では、行きます。……小転移消滅!」
呪文と共に、魔法が発動する。
ポゼッションによって得た膨大な上位魔力が、知覚できるレベルで消費されるのが分かった。
標的は人の身長ほどで円柱の形をしている。
その先端から中ほどを覆うようなかたちで、黒紫色の球体が発生した。
そして内側から何かに引っ張られるようにして球体が消失し、残されたのは何かに齧られたかのように上部を失った標的だった。
「す、凄い……」
「アルメリア、どうかしら?」
「作用点発生から消失までの速度が想定以上だ。あれなら回避もされづらいだろう」
女性陣からそれぞれ感想が述べられる。
素直に感嘆するアトラさんに対して、後の二人のコメントとのギャップが凄いが。
「威力も申し分ないな」
「転移を小さい範囲で暴走させて対象物の一部を抉り取る、っていうコンセプトだからね。相手の抵抗さえ上回れれば、防御力を無視してダメージを与えられるわ」
改めて聞いてもとんでもない魔法だな。
発想が邪悪……もとい「勝てればいいんでしょ」みたいなフェリシアイズムを感じる。
「なにか文句でもあるの?」
「いや、別に。分かりづらいからちょっと他の魔法を試してみるか」
睨むフェリシアをかわして、俺は究極熱量変換を標的の残骸に打ち込んでみた。
するとしばらく発光して燃えてはいたが、結果は表面をやや融解させてただけに留まった。
フルパワーではなかったとは言え、魔力をもっと注ぎ込んだとしても融解の度合いが変わるだけだろう。ポータルバニッシュメントが瞬間的に標的を抉り取ったのを見れば、威力が段違いであることは自ずと理解できるというものだ。
「さあさあ、次は私が主になって作った魔法だよ」
小転移消滅はフェリシアが。
極大魔力破はアルメリアが。
それぞれ発案者なのである。
アルメリアもまた、自身の考えた魔法が発動されるのを一日千秋の想いで待っていたのだろう。ワクワクとした表情は久方ぶりに見たかもしれない。
思えば、俺がアウェイクンを習得できない閉塞感で、特に彼女には多くの気苦労を掛けてきた。それが払拭されて、ようやくポジティブになることができるようになったのだ。
「よーし、それじゃあやりますか!」
魔法が発動すれば、彼女の気持ちもハッピーエンド。
そう考えるとヤル気も出るというものである。
今朝は俺に伝えられなかったことがあると泣いていたのに、今日は彼女にとっても俺にとっても激動の一日になりそうだ。
期待を胸に、俺はその魔法を発動した。
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