124 発動
王城のアトラの居室に向かうと、彼女は準備を整えて待っていてくれた。
「お待ちしておりました。それでは、早速始めましょう」
「理由を言わなくてもいいんですか?」
「予感と言うものは、叶えたいものなら、霧散する前に形にするべきものですよ」
どこか確信めいた言葉を言われ、促されて精霊祈祷が始まった。
居室の中にいくつかある小部屋のうち一つ。そこの窓を厚い布で覆って光が入らないようにする。
そして明かりを消し、その暗い部屋の中心に胡坐をかいて座る。
光、視界の遮断は目隠しまでする徹底ぶりだ。
ちりぃんと、尾を引く高い鈴の音が鳴る。
視覚的な情報を減らし、鈴の音に聴覚を意識させて、内面に向き合うというのが精霊祈祷の前段なのである。
鈴の音の余韻を聞きながら、アトラさんの手が俺の肩に置かれたのを感じた。
掌から、彼女の体温、そしてそれとは別の暖かい魔力が伝わってくる。
「同調させていきます。力を抜いて」
その魔力は、どこか俺の使っている魔力と違うような気がした。
これが鹿族特有のものなのか、精霊魔法使い特有のものなのかは分からない。
ただ神聖魔法でも実のところ、魔力を呼び水にしているだけで、虚神のエネルギーを使って効果を発揮しているものだからな。魔法適性のことを考えれば、実は魔法ごとに性質の違う魔力を扱っているのかもしれない。
もちろん、それを考えたところでどうなるというわけでもないが。
「ゆっくりと呼吸して……呼吸そのものに集中してください」
俺の雑念を咎めるような口調。
アトラさんの言葉を聞き、呼吸に集中し始めれば、そうした思考は次第に消えて無くなっていく。
俺が今度こそ精霊祈祷を成功させ、魂の輪郭を把握できると思ったのには理由がある。
それはこの数日で、自分であることと他者から見た自分を強く認識することができたからだ。
普段、ただ生きている時に、それを意識することはそうないだろう。
それをできるということは、自己と世界との区別が明確になっているということでもある。
「……」
ゆっくりと息を吸い、吐く。
呼吸がどんどんと深くなっていく。
横隔膜が動き、気道を空気が通る。その先にある肺が膨張し、力を抜けば萎んで空気を送り出す。
呼吸への意識は、自分の体の中心を意識することでもある。
集中が進むほどに、自分の肌、自身の肉体の輪郭がだんだんと明確になってくる。
物理的な肉体感覚の話で言えば、戦闘中など、俺はかなり正確に自身の体の大きさを知覚できていると思う。
俺は戦士技能を持っているわけだから、体を動かすためにそうした感覚は必要だ。
加えていえば神息のバフを掛けている最中などは、より感覚は鋭敏になる。
けれど、この時に俺が得た肉体の輪郭というものは、これまで感じたことが無いものだった。
そして、俺は俺の精霊祈祷が成功したのを理解した。
自分の肉体の輪郭が、一気に拡張して、部屋全体へと行き渡る感覚。
アトラさんの体、ホランドさんの体、部屋の調度品や壁や扉。
それらの形が手に取るようにわかる。
俺の輪郭は、この部屋だけに留まらず、更に外へと向かっていく。
城の廊下の輪郭を識り、城の外観を識り、王城周辺の街、そして更に更に外へと。
自己が世界へと拡がっていくという感覚。
もしかすると、これが精霊の持つ感覚なのかもしれない。
そんな風に俺は思った。
少し語弊があるかもしれないが、自己が拡散している、という表現はイメージとしては近いだろうか。
そんな感じで、俺と言うものが世界の形に相同している。
精霊祈祷とは、精霊の感覚と自己の感覚を同調させるものなのだろう。
世界の輪郭を俺は知ることになった。
そして。
――おめでとう
俺がこの世界に来た時、最初に聞いたあの声が、俺の耳に届いた。
あの時のように一方的に情報を与えられるようなものじゃない。
初めて俺は、自らの力でウィスパーさんと繋がり、直接彼女の声を聴いたのだ。
======
精霊祈祷を成功させた俺は、アトラさんたちを伴ってアルメリアの居室へと戻った。
余韻もクソも無いと我ながら思うが、アトラさんの言葉通り、予感が霧散しないうちに結実させるためだ。
「大地の精霊様から、情報を得られたのですか?」
そんなアトラさんの問いにも頷きを返しただけである。
急くように退出を申し出た俺に、彼女は理解を示してそれ以上聞かないでいてくれた。
逆に同行の申し出がアトラさんからあったのは、どうやら彼女も俺が新しい魔法を行使しようとしていること、そしてそれを目撃したいと思っているかららしい。
そう。
俺は今の俺ならば、覚醒を、そして更にその先の魔法の発動が可能だと思っているのだ。
アルメリアの元に戻るのは、魔法発動時に偶発的なことが起きた場合、対処してもらうためである。けれど、そんなことは起こらないんじゃないかと、不思議な確信があった。
「おや、おかえりリョウ。……その表情を見るに、上手くいったみたいだね」
アルメリアは戻った俺をそんな風に迎えてくれた。
「早速で悪いけど、色々と新魔法の発動を試してみようと思うんだ。今ならいけそうな気がする」
「なるほど……それはいい。それじゃあ試験室に行こうか」
せっかちな俺の提案を、アルメリアもすぐ受け入れてくれた。
彼女自身の好奇心もあるだろうが、アトラさんもそうだったし、俺の新魔法発動がどれだけ期待されていたか分かるというものだ。
これでやってみて発動しませんでした、なんて情けないことにならないかちょっと不安になったが、まあそこはそれ。
怖気づかずに俺の中にある確信の方を信じるべきだろうな。
試験室は、魔法学院の一角にある。
魔法を試験的に発動させる時に使用される部屋で、長辺が五十メートル、短辺が二十メートルくらいの長方形をしている。
「壁は魔法耐性の高い素材でできているから、遠慮なくブっぱなしてくれたまえ」
手続きをしてくれたアルメリアがドヤ顔でそんなことを言った。
今から使うのってバフ系統の魔法で攻撃魔法じゃないんだが……。
「何を言ってるんだい。せっかく試験室を借りたんだから、ポゼッションが発動出来たら、次の魔法もやってもらうからね?」
つまりアルメリア……いや師匠は、極大魔力破と小転移消滅の発動までやらせるつもりらしい。
まあ確かに、できるならそこまでやってしまってもいいかもしれない。
攻撃魔法は迷宮で試すつもりだったが、どうやら的にできる耐魔法石の塊も用意してくれているみたいだしな。
「それじゃ、やっていきましょう」
「まずはアウェイクンからだね」
師匠の言葉に従い、術式を脳裏に思い浮かべる。
よーしやるぞ、みたいな意気込みは俺の中には無い。
やはりそこにはできると言う確信があるのみだ。
「覚醒」
過たず、術式に魔力が流れ、魔法が発動する。
かなりの期間習得できなかったのが、あっけないもんだ。
まったく苦労させやがって。
そんな下らない思考ができるほど、余裕のある魔法行使だった。
「なるほど……これがアウェイクンか」
師匠は探知魔法を発動させて、俺が発動させているバフ魔法を観察している。
アウェイクンの感覚は、精霊祈祷で得た感覚に近いものがあった。
つまり、自己の拡張。外側から自己を強化するのが神息なら、こちらは内側から自身を強化するものだと言えるだろう。
外からの強化は神聖魔法、内からの強化は魂魄魔法、という法則は、全ての神聖・魂魄魔法に当てはまる。ブレスとアウェイクンはそれぞれの特徴を最強化したもの、という位置づけになるだろうな。
外と内による二重の、最強の強化。
そしてその上に位置づけられる魔法。
それこそが。
「続けていきます。……神気憑依!」
唱えた魔法は発動した。
強化魔法による発光現象はよくあるが、通常のそれとは違う。
光が爆発したかのように試験室を満たし、視界を失うほどに、世界を塗りつぶした。
やっと発動した。
よろしければ、ブクマ・評価をお願いいたします。





