123 告白2
翌朝。
一晩考え抜いて、俺は再び師匠の研究室を訪れることにした。
昨日の俺と今日の俺。
そこに大きな変化があったかというと、恐らくそんなことはない。
けれど確かに変わったと俺は感じたし、もし実際には変わっていなかったとしても、感じたことをアルメリアに伝えたかった。
シータの告白を受けて見えてきたもの。
それは齋藤遼と地続きになった俺ではない、この世界に来て探索者として皆と過ごし、迷宮の底で心を砕かれて再び立ち上がった人間のことだった。
あの迷宮の底での出来事で、俺の心は一度粉々になった。
それが今、こうして立って進むことができている。
その理由について、俺は一度結論を出している。
仲間の存在、そして彼らが住むこの世界を守りたいという気持ち。
そうしたものが、俺が立ち上がった理由だった。
けれど、それらは全て「俺から見た景色」でしかなかったと、今にして思う。
粉々になった心を、仲間のためにかき集めて一つにしたのは確かに俺自身だ。
でも、ひび割れだらけの俺の心を繋ぎとめてくれたのは、俺の来歴ごと俺を肯定してくれたアルメリアの愛情だった。
そして俺は、そうであることに、シータの言葉でようやく気付くことができたのだ。
俺に寄り添い「君は君しかいない」と言ってくれたアルメリア。
俺の覚悟に隠されたものを暴き、勇気をもって「生きて」と伝えてくれたシータ。
決意だ覚悟だ、自分とはこうだと言っていても、その実ふわふわしていた「自分」というもの。それが二人の想いを受け、欠片を集めただけの俺の心のひび割れは、満たされて一つにまとまった。
そんな風に俺は感じた。
「そんな風に……俺は感じたんだよ」
研究室で、アルメリアに向かって自身の気持ちを語り終えた。
まだまとまり切っていないところもあるが、率直な俺の気持ちだった。
「そうか……本当に……一晩で変われば変わるものだね」
「うん、俺もそう思う」
俺の話を聞いたアルメリアは、少し眉根を寄せて申し訳なさそうにしている。
何か彼女が気に病むようなことを言っただろうか。
「本当にすまなかった」
と、思っていたら更に頭まで下げられてしまった。
唐突な展開に、少々困惑してしまう。
「私もね……君にそう伝えたいと思っていたんだよ。ふふ……シータの勇気には、少し嫉妬してしまうね」
シータに先を越されたのを気に病んでいるということだろうか。
確かにアルメリア自身が先に伝えたいと思っていて、それを残念に思ったというのは理解できる。
しかしそれで謝罪をしなければならないというのは、やはりよく分からなかった。
俺のそうした問いに、アルメリアは頭を振った。
「違うんだ。私は……君に生きていて欲しいと思っていたのに、君の覚悟を濁らせてはしまわないかと、踏み出せなかったんだ。君に生きてと伝えることで、戦う意思が挫けてしまわないかと心配だった……。それになにより、私は君と世界とを、天秤にかけたんだよ、リョウ。君を愛する者であると同時に、世界の存続を願う一人の人間として、最悪の事態になれば君に犠牲になってもらうことが、世界にとって良いことなのだと納得してしまっていたんだ」
アルメリアは目尻に涙を浮かべていた。
「本当は……本当なら! 私が君に、誰よりも生きていて欲しいと、そう伝えなければならなかったんだ。本当に、すまない……すまなかった……」
いつものように応接のソファに並んで座って話を聞いていた俺は、頭を下げるアルメリアを思わず抱き寄せた。
シータと同じようなことをしているなと少し思ったが、内心に渦巻いている感情はまるで違う。シータの告白を受けて感極まった抱擁ではなく、アルメリアの弱気を否定したい一心で、彼女を強く強く抱きしめた。
「アルメリアは、一人の人間として成すべきことを成そうとする俺を尊重してくれたんだろ? それに君になら、天秤にかけられてたって別に構いやしない。俺を想ったうえでの判断だって、自信を持って言えるからな」
昨日、彼女が何か言いたげにしていたのを覚えている。
確かにアルメリアは迷ってはいたが、それを言うなら俺なんて右往左往してるからな。
後から思えば薄っぺらい決意を口にしていたもんだ。
最近だと、クリスに対してそんなようなことを言った記憶がある。
もちろんそうした薄っぺらいものだとしても、積み重ねてきたからこそ今の厚みがあるんだが。
自重交じりに言うと、胸の中でアルメリアがくすくすと笑い声をあげた。
どうやら、弱気を挫くことはできたらしい。
「ありがとう、リョウ」
「うん、こちらこそ、アルメリア」
そう言葉を交わした後、すごく良い雰囲気になったところで、アルメリアは俺の胸の中からすっと離れた。
「君の腕の中にいるのは嬉しいけど、これ以上は止めておこうか。シータの告白にかこつけてイチャついてるなんて、申し訳ないからね」
目尻の涙を拭いながら、アルメリアはそう言って茶化すように笑った。
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「それで、今日の予定だけど」
俺が話題を変えるように言うと、苦笑が返ってくる。
「まったく……言うと思ったよ。少しは止まろうって気が無いものかね」
アルメリアと想いを交わしたことで、今の俺はやる気に満ち溢れているのだ。
それで今日は予定を変えて、精霊祈祷にもう一度挑もうと考えていた。
「精霊祈祷? 何か確信でもあるのかい?」
「少しだけだけどな。魂の輪郭ってことなら、昨日の俺より今日の俺の方が、って思う」
「なるほど……」
魔法的な何かの積み上げがあった訳ではないが、昨日今日のことがあって過去イチで胸中がすっきりしている。
精霊祈祷のような精神的な修行に挑むなら今しかないと、俺はそう直観していた。
「まあアトラの方の都合もあるだろう。予定を聞きに行って、すぐに無理そうなら戻ってくるといい。昨日話をしたカステリオンの手記の話をしよう。少々突貫での解説になってしまうかもしれないけどね」
その言葉を受けて、俺は王城にあるアトラさんたちの居室へ向かった。
すると彼女の予想通り「午後まで待ってほしい」との要望があり、とんぼ返りで研究室に戻ってきたわけである。
「それじゃあ、早速カステリオンの手記について話をしようか」
テキパキと話を進めてくれるのは本当に助かる。
テーブルを挟んで対面に座る師匠が、分厚い日記帳のようなものを置いた。
「時間も無いし私が要約するけど、いいかい?」
「ひとまずはそれで頼む。今日進展が無さそうなら、改めて読んでみることにするよ」
頷いて、アルメリアは話し始めた。
その手記には、カステリオンの日々のことの他に、彼ら魂魄魔法使いにとっての魂魄魔法がいかなる意味を持っていたかについて書かれていたらしい。
魂魄魔法の目指すべきもの。
それは完璧な人間を作り出すことである。
強靭な精神と魂、それに裏打ちされた不死の肉体……あるいは、そこから脱した肉体に縛られない存在となること。
それが魂魄魔法使いたちの悲願であったようだ。
それだけを聞いても、彼らがなぜ魂というものを研究し、それに作用する魔法を開発していたのか理解できるというものだ。
アルメリアは最後に「彼らは神を作ろうとしていたのかもしれない」と見解を述べた。
一方で、あくまで彼女の要約ベースでのことではあるが、俺は少し違う印象を受けた。
「彼らは……誰よりも人間の可能性を信じていたのかもしれないな」
この世界に存在する全てのモノが持つ可能性は、創造神が自身の全能性を千々に分け、与えたものだとフェリシアは言っていた。
可能性は神の全能の、その一端。そう考えれば、人に内在する可能性がどこまでの高みに至れるのか、確かに俺も気になるところである。
もちろん、それを追い求めるための手段は他者を顧みないものだったし、魂魄魔法使いたちは傲慢にも、それを我欲のために使っていたようにも思える。だからそうした彼らのことを擁護することは到底できはしない。
けれど、大元となる願望は、より高みを目指したいという純粋なものだったのではないだろうか。
「……なるほど、可能性か」
俺の感想を聞いて、アルメリアは顎に手を当てて考え込む。
「まあ、単なる想像ではあるけどな。もしそうだったらと考えたら、魂魄魔法へのイメージが変わってきたよ」
実利のために作られたものじゃなく、理念や理想の実現のための魔法なのだとすれば。
覚醒という魔法がどういう思考で生み出されたのかも、なんとなく理解できる。
そしてその理解は、魔法の発動に必要な一手であるように、俺は感じた。
と、そこで扉がノックされ、アルメリアが促すとホランドさんが入って来た。
どうやらアトラさんの準備ができたらしい。
「思ったより早かったですね。助かります」
「アトラ様にも、何か予感があるようです」
「予感?」
「詳しくは分かりかねますが、勘のよい方ですので……」
俺がアトラさんに精霊祈祷の修練を再び依頼したことで、何かを感じ取ったのだろうか。
お願いしに行った時の応対はホランドさんだったし、顔も見ていないはずなんだが。
ともかく、わざわざ時間を取ってもらったんだからさっさと行くことにしよう。
「じゃ、行ってきます」
「期待しているよ」
そうして、俺はアルメリアの研究室を後にした。
さあ、いよいよだ。
ホランドさんの言葉に影響されたわけではないが、確かに俺にもそんな予感がある。
王城へと向かう足取りは、自然と早くなった。
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