119 それぞれの覚悟
夜会が終わり、明けて翌日。
俺は王城に逗留しているアトラさんに面会を申し込んだ。
理由はもちろん、先日夜会の終盤にぶっこまれた、アトラさんからの申し出について詳細を話し合うためである。
夜会でも触りを少し話したが、彼女たちも邪神との戦いに参加を希望しているらしい。
戦力が増える分には否やはないが、彼女は大地の精霊の使者であり、いで立ちからも非戦闘員だと思っていたからかなり驚いた。
もちろん、護衛のホランドが戦えることは自明ではあるが……。
「精霊魔法、か……」
彼女の部屋に到着し、応接室のような場所の椅子に座って待っている時に、思わずそんな風なぼやきがでた。
確かに、そういうものがあることは知っている。
アトラさんがその使い手であることも知っている。
しかし、まさか自衛という意味だけじゃなく、決戦への参加を希望するほどとは。
使者として以外にも、森の民の代表として、彼女たちはこの国に訪れたはずである。
それは陛下に面会をしたりしていたことからも分かることだ。
その上で、俺は彼女たちは戦闘要員ではないと思っていたから、これまであまり接触をしてこなかった。
外交は王国側へ丸投げ、というか俺が矢面に立って何かをすべきことじゃないからな。
自分の中で「外交的な交渉・折衝ごと」には首を突っ込まないという線引きがあったのだ。
ただ、今回のアトラさんの申し出で、それが間違いであることが発覚した。
そうでないことを確認したわけでもないのに、自分の視野の狭さと思い込みに辟易する。
「お待たせいたしました。……あら、どうされたのですか? 渋いお顔をされておりますが」
「いえ、アトラさんたちが非戦闘員だと決めつけていた自分に少し後悔をしてまして……」
応接室にやってきたアトラさんは、俺の目の前の椅子に腰を下ろしながらクスクスと笑った。
「リョウ様は内省の強いお方なのですね。わたくしたちもあれよあれよと動いていく状況に、少し及び腰になってしまっておりましたので、おあいこと言うものです。気になさらないでください」
「そう言っていただけて助かります……」
ホランドに給仕をしてもらった茶に口をつけ、俺はため息交じりに一息つく。
そうなってしまったものはしょうがない。
気を取り直して、本題に移るとしよう。
「昨日の夜会で、決戦に参加したいとお話がありましたが、これはお二人という認識でよいですか?」
「ええ、その通りです」
「陛下とどのようにお話しされたか私は存じ上げないのですが……その、他の森の民は参加されないと?」
俺の問いに、アトラさんが首肯する。
これは昨日の申し出があって以来、俺の中で浮かんでは消えた疑問のうち、もっとも大きいものであった。
森の民、というか大地の精霊の巫女であるアトラさんは邪神の危機が迫っていることを知っている。
そしてそれを知らせるために彼女たちはこの国に来たと言った。
では邪神の危機を知っているはずの森の民は、なんらかのアクションを起こしているのではないか。
ひいては、決戦に参加する人員も他に居るのではないか、と。
「答えは否、です。リョウ様」
お茶に口を付けながら、アトラさんは言った。
曰く、森の民の中にも派閥はあると。
これまで身を潜めるようにしてやり過ごしてきた邪神の危機。それに対し今が好機、対抗すべきと考える派閥と、余計なことをせず身を潜めていようとする派閥である。
「保守派閥の考え方も、理解はできるのです。森の民の中には寿命が長い種族もおりますので、前回邪神が暴れた時代のことを、近い記憶として語り継いでいる者もおります。それゆえに、恐怖の感情が先立ってしまっているのですよ。それに……」
実際のところ生存戦略として二つの派閥があることは悪くないと、アトラさんは語った。
この考えは確かに理屈としては分かるが、かなりぶっちゃけたところはあると思う。
事実、平原に生きる人間族は、邪神が復活すれば全滅戦争待ったなしの状態だしな。
ただ、その辺りも陛下にはすでに伝えてあるらしい。
陛下はそれを受けて、最悪の事態になった時のことも考えたようだ。
つまりは、人間族を少数でも森の民のところに避難させられないか、そんなことを交渉することも考えているようである。
「その上で、わたくしは対抗派閥の長として、わたくしたち二人だけでこちらに向かうことを決めたのです。この判断は、自種族の利益しか考えていないと誹りを受けても仕方がないと思います。ですが過去の被害を現代で唯一知る者として、それ以上の戦力を割くと……耐え忍ぶことすらできないと、そのように判断したのです」
そんな風に、アトラさんは締めくくった。
その表情は少しの申し訳なさと、彼女の言う「誹り」を受け入れる覚悟の籠ったものだった。
「分かりました。俺としては……アトラさんの判断はたとえ非難されうるものだとしても、非難できる人間は、この国にはほとんど居ないと思いますけどね。決戦までに人間族が一丸となれるかすら微妙なところですから」
陛下が現在行っている諸外国との外交がいつ完了するのか。
完了するとして上手くいくのか。
上手くいったとして、戦力供出に至るまでにどれくらいの時間を要するのか。
はっきり言ってそれを期待していると勝負にならないと、俺は感じている。
「フェリシアによると、迷宮が邪神の瘴気を抑えておける刻限はどんどん近づいてきてるらしいですからね。今ある戦力を整えて強化することに注力する方が建設的でしょう」
そこで一拍おいて、俺は「それで貴方がたを、今ある戦力として数えていいということですね?」と続けた。
「もちろんでございます。わたくしの精霊魔法のすべて、そしてホランドの弓術をもってして、必ずやリョウ様の勝利に貢献して見せましょう」
対するアトラさんは、掌を胸元に当て、宣誓するように言った。
ホランドも勝手に貢献することにされているが、彼に視線を向けると首肯が返ってくる。
「では、明日次期聖女の訓練で迷宮に行くんですけど、同行いただけますか? 連携の確認もかねて次の定期討伐にも参加して欲しいですし……」
戦闘参加の意思も分かった。
森の民としての立ち位置も理解した。
ならば次に考えるのは、彼女らの実力のことだろう。
俺は訓練参加の予定調整をしつつ、彼女の使う精霊魔法について、話を聞くことにした。
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更に翌日。
今日は次期聖女クリス・グレイリィの訓練に付き合う日である。
そして急ではあるが、アトラ・ホランド両名の戦闘能力も同時に確認しようと思っている。
クリスは箱入りでやや人見知りだから、いきなりの顔合わせも大丈夫だろうか。
そう思いながら、特に心配もせず集合場所(迷宮の入り口)に行ったのだが……、
「あの、リョウ様……この人たちは……」
どうやらばっちり人見知りが発動したようである。
「お初にお目にかかります、クリス様。わたくしは大地の精霊の巫女、鹿族のアトラと申します。こちらは従者のホランドです。お見知りおきを」
そんな風にアトラさんに言われても、俺の後ろにさっと隠れてしまう。
らちが明かないので無理やり前に押し出しても、長いブルーブロンドを三つ編みにしたおさげの先で顔を隠してまごつくばかりで、まるで動く気配がない。
「兵士の人たちと探索するのは慣れたんじゃなかったのかよ、まったく」
「で、でも……」
「この人たちはたぶん、決戦に同行することになるからな。人見知りしてるまんまじゃしんどいぞ?」
「うう……」
決戦のことを持ち出すと、おずおずと前に出て挨拶をし、アトラさんたちと握手を交わす。
普段は現聖女と同じように泰然とした話し方をするのだが、意外と子供っぽいところもあるんだよな。
ただこんな調子ではあるが、彼女の邪神との決戦に向ける覚悟について、俺は信頼を置いている。
彼女は次期聖女で、決戦への同行が予定されている。
その決戦でもし、万が一、最悪の最悪の未来として俺が負けた時にどういう事態が想定されるか。
それについて、既に彼女と話をしたことがあるのだ。
つまりそれは、俺やフェリシアのコールゴッドで何の成果も得られなかった時の話だった。
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現聖女にクリスのことを託され、力の宝珠を譲り受けた直後のことである。
初めての迷宮での訓練を終え、息も絶え絶えの彼女に向かって、俺は問いを投げかけた。
「クリスは……邪神との決戦で負けた時のこと、考えたことあるか?」
「負けた時のこと、ですか?」
水筒から水を口にしながら、彼女は首を傾げる。
「リョウ様の問いは、最悪の最悪の想定、ということでよいでしょうか」
「ああ」
本来であれば、子供に向かってする質問ではないと思う。
けれど彼女は次期聖女で、現聖女を超える――すなわち俺を除いて人類最高の神聖魔法の適正者なのである。
一度、この話はしておかないといけないと思ったのだ。
「であれば答えは決まっています。最悪の最悪、という事態であるならば、私は我が身に代えて、コールゴッドを唱えましょう」
彼女にとっては怖い話になるかもしれない、重苦しい話になる。
そう思っていたのだが……どのような事態かを説明する前に、彼女は微笑みながらそう答えた。
「でも君は、コールゴッドは唱えられないよ」
彼女の気おくれの無い答えに困惑しながら、そう返す。
俺の『看破』では彼女の神聖魔法のレベルは9。
フェリシアが才能の器の適正者としなかったことから、レベル10になる適正は無いということなのだろう。
ゆえに彼女がコールゴッドを習得することはできないのだ。
そういう意図で答えたつもりだったが、彼女は頭を振った。
「それでも、唱えます。実は唯神教で秘されてきた術式があるんですよ? 私はそれを、この身に代えて、唱えるだけでよいのです」
この身に代えて。
そう彼女は繰り返した。
その意味に気づいて、俺はああそうかと得心する。
最初は「全力で」というような意味だと思った。
しかし違うのだ。
フェリシアや共に逝った彼女の友人のように、自身の身体を代償にして、神降ろしをする覚悟があると。
彼女はそう言っているのである。
「そのような顔をしないでください、リョウ様。私は所詮、最悪の最悪の際に使われるスペアです。お婆様では発動の兆しも無かったらしいですし、私がやらなければなりませんもの。それに……」
そこで彼女は一旦言葉を切って、俺の方に向き直った。
微笑みとも、決意したとも読み取れるような、曖昧な表情。
「私はリョウ様が同じ覚悟を持って下さっていると信じているからこそ、同じ覚悟を持てるのです。その時は……私の行く場所で先に待っていてくださいね?」
それは覚悟の表情だった。
その後、宣言したことが気恥ずかしかったのか、彼女は最後に少しはにかんで笑い、いそいそと帰り支度を始めた。
「はぁ……まったく。そんな覚悟、俺が全部無駄にしてやるよ」
半ば死を受け入れた少女を前に、俺はそんな風に……自身の決意を固めるしかなかった。





