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第147話


 「悪く思うな、ねぇ………アンタ、勝つ気満々だけど、多分無理だぜ。アンタじゃ俺には勝てねーよ」


 「魔法も無しでか? 寝言は寝て言うのだな」


 魔族は拳を握りしめて深く息を吐きながら構えた。

 徒手か。


 「『 その肉体は鋼となり、神速を得る。人の限界を越え天上に至らん【カルテットブースト】』ッ!」


 「へぇ………!」


 二級魔法が使えるのか。

 同じ日本人として誇らしいぜ。


 「安心しろ。剣で向かってきても構わん。武器を持つことを恥だと責めるつもりはない。俺も身体強化しているしな」


 と、言ってるので、剣で戦ってもいいが、こう言う相手の場合は、


 「!? おい、どう言うつもりだ」


 「どうって………」


 徒手に限る。


 「アンタに合わせてんだよ」


 「剣士が拳闘の真似事をして………っっ!?」


 気づいたか。

 こいつもなかなかいい腕してるんだな。

 素人にはわからないだろう。

 これがズブの素人の構えじゃないってことが。


 しかし、俺は格闘スキルは持っていない。

 ならば何故、こんな構えが出来るのか。


 答えは明確だ。

 “神の知恵”である。


 あのスキルが、俺に拳闘の基本から応用まで知識をくれる。

 後は自分で考えてそれを脳にインプットするだけでいい。

 対拳闘用の動きは完全に学習している。

 後は慣れるだけだ。


 「なるほど真似事というのは訂正する」


 「いや、しなくていいぜ。アンタのいう通りこれは真似事だ」


 「何を言って——————」



 「ただし、達人を倒せる猿真似だ」


 

 そう、所詮はごっこ遊びのようなもの。

 知っているものを真似ている。

 ただ、子供の遊びと違うのは、それが確かな情報と知恵に基づいて真似られたかどうか、だ。


 「………お前、名前は?」


 「聖 賢だ」


 「そうか。俺はお………いや、今はゼロと名乗っている」


 一瞬何かを言いかけた。

 ゼロというのは改名後の名前だろう。

 おそらく、日本人としての名前を棄てたのだ。

 


 「ほー、変わった名前だな。そんじゃ来いよ、ゼロ。猿真似が本物をぶっ倒すっていう前代未聞の出来事を見せてやんよ」



 クイクイっと指を曲げた。


 「後悔するなよ………小僧ッ!」


 ゼロは腰を低くすると一気に飛んでこちらまで来た。


 「ふッ………!」


 ブーストもかけているようなのでなかなかのスピードだ。

 ゼロはまず右手で突きを放つと同時に蹴りの動作準備に入り、反対側の拳を握りしめた。

 でも、


 「!」


 「足りねェなァ」


 俺は右の突きを首を曲げて避け、蹴りを払うと、左肩に一撃を加え攻撃を防いだ。

 

 「何という………!」


 「ブースト状態のお前でも俺の無強化に敵わねぇよ。素のステータスに差がありすぎっからな」


 「だったら!」


 ゼロは全身全霊のスピードでラッシュを仕掛けた。

 しかし、俺はそれを全て避け切った。


 「動きに無駄が多い。こうやンだ、よッ!」


 俺は同じラッシュを倍以上の速度で繰り出した。


 「いっ、がッ!」


 「そらッ!」


 横腹を狙って回し蹴りを入れる。

 ゼロは辛うじてガードするが、体は横にくの字に曲がり、そのまま飛んでいった。


 「ほら、立て」





 『………!』


 先程までよく喋っていた、見えない声の主、ナイトメアはこの光景を見て絶句していた。


 『これは一体………』


 こんな事があっていいのかと。

 強化魔法、それも二級の魔法で身体強化している者を無強化の人間が圧倒している。

 二級が使えるということは元のステータスも高いはずだ。

 なのに勝てない。


 完全に常識はずれの化け物。


 神の領域に足を踏み入れた命知らず。


 それが、



 「もう終わりか?」



 俺だ。



 『っっ………! ゼロくん帰投シテ!』


 「うっ………まだ………」


 『まだ死ぬわけにはいかないダロ!』


 「………チッ!」


 ゼロは再び空間の歪みへ包まれていく。

 俺は完全に消える前にこう言っておいた。


 「いつでも相手ンなってやんよ」


 「!」


 ゼロはそれを聞き届けると、そのまま消えて行った。





 「さて、ナイトメア………だっけ? これお前の固有スキルだろ? 解除しろ」


 『!?』


 「確か『悪夢』って名前だったな。スキルの中に集団で同じ空間に飛ばして魔力で作った幻覚や生物を具現化してみせるヤツがあった。それで作り出した空間の凄惨さから悪夢と名付けられた。ま、こんなとこだ」


 流石に驚くだろうな。


 まさか自分の固有スキルの内容がバレてるとは思っていないだろう。


 「それと俺らをマーキングして能力に組み込んだ魔法具、魔力源は魔族どもに集めさせた魔石。だよな?」


 『………そこまでバレちゃってるカー。その通りダヨ。そして、これ以上こっちが何をしても君には通じないってこともネ………』


 でも、と続ける。


 『閉じ込めるくらいは出来るヨネー』


 「!?」


 冒険者たちがどよめいた。


 「おいテメッ………おいおいおい、マジかよ………!」


 ンの野郎シカト決め込む気かよ!


 「とっ、閉じ込められちまったのか!?」


 「らしいな」


 その一言で冒険者たちが一斉に慌てふためき出した。


 「うわあああ! そんな!」


 「飯もねぇのにか!」


 「ほとんど男しかいねぇむさっ苦しい空間にいたくねぇよ!」





 「だああああああ!!!! るっせぇなァ!!! ちったァ落ち着きやがれ!! 冒険者だろうが!!」


 俺がそう叫ぶと少し静かになった。

 相変わらず不満や愚痴は聞こえるが。



 「さて、どうしたものか………………よし、この空間壊すしかねぇな。ただ、固有スキルの解除となるとそこそこ時間がかかっちまいそうだ」


 俺は地面に手を当て、この空間をこじ開けることを試みた。


 「頼むからそれまで生き延びてくれよ………!」

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