第1508話
少し変更を加えました
「え………」
壁があった。
何もない、人もいない。
当然、蓮もいない。
飛ばされたと理解するのに数秒。
その犠牲を理解するのに、また数秒。
そして、フィリアの顔から次第に血の気が引いていった。
「そんな………」
蓮の犠牲も、自分が足を引っ張っているこの状況も、全てがショックだった。
しかし、一番フィリアが受け入れがたかったのは、その犠牲が、全て無駄だったこと。
飛ばされた先、蓮が命をかけて作ったはずの逃げ道は、袋小路であったと、フィリア達を見下ろしている彼らは、そう示していた。
「全ては計算の内。あなた方がここへ来ると知っていた我らが主人は、全ての憂いを断つべく、大部隊をここへ用意した。逃げ場などありはしない………というのに」
その魔族の男が、怪訝そうに目を細めた先にいたのは、フィリアを庇うようにして堂々と前に立つリンフィアであった。
「不可解ですな、先王よ」
「だからですよ。これだけ理不尽だと思える状況を、ひっくり返しうる奇跡が近くにあって、諦めるのは………魔族だと言えますか?」
「なるほど、一本取られましたな。半魔である貴女に、魔族の道理を問われるとは」
一歩、二歩と、魔族たちは後ろへ退がる。
退却ではない。
これは誘いだと理解し、納得し、リンフィアは前に出た。
「リンフィア………」
「これも私の務めです。大丈夫。貴女は殺されません。ミラトニアを消すわけにはいかないでしょうから」
「「「!!」」」
動揺を見られたと思いつつも、隠す気のない反応に、リンフィアは少し肩を落とした。
これは弱みたり得ない。
鎌をかけた意味もあまりなかった。
だが、戦うことに変わり無い。
意を決したリンフィアは前へ進もうとするが、小さな抵抗が袖のついていることにふと気がついた。
「違う………そう言うことじゃ………」
「………」
不安はあった。
心配も、何より気掛かりなことだらけだった。
なのに、今一番近くにいる友人の危機を、リンフィアの命への心配をしていた。
当たり前のことを、こんな当たり前じゃ無い状況でやっていた。
強い子だと、リンフィアは負けじと笑った。
「大丈夫。犠牲になんかなりません。私は、魔王ですから」
袖を掴んでいた手を離す。
しかし、代わりに手を取って、しっかりと握った。
誓うように握りしめ、そして黒へと染まっていく。
最後の笑みを残し、リンフィアは空へと向かった。
フィリアには、それがとても不吉に思えた。
無騒ぎが、止まらなかった。
「じゃあ、始めましょう」
「………これは、一筋縄ではいかなそうだ」
余裕のリンフィアと、想像以上の力に警戒する敵の姿が見える。
だが、依然フィリアの不安は消えない。
不吉だとか、不安だとか、ぼかしている。
決定的な答えを避けている。
だからふと、考えを口にしてみた。
「ダメ………………負ける—————————」
胸の中にあったのは、納得感。
不安は、無慈悲に広がる。
波紋という表現では足りない。
それは雪崩のように、押し留めていたものを全て壊して広がる。
だって空には、こんなにも敵が。
フィリアの目に映る景色は、まさしく“終わり”だった。
空を駆け巡る黒い光に集まるように、数えきれないほどの小さなものが集まっていく。
止まることはない。
薙ぎ倒し、山積みになっている負傷者の数よりも、はるかに大きかった。
1、2人と倒すごとに傷ついていく。
敗北者は確かに積まれる。
しかし、傷もまた積もっていく。
そして1人の体では、限界がある。
それでも、
「………凄い」
リンフィアは、向かってくる敵を1人で圧倒していた。
攻撃は、実にシンプル。
ただ殴る、ただ打つ。
魔力を物理的な武器とし、身体に纏うか放つか。
思うがままに空を飛び、そして向かってくるもの全てを壊す。
破壊の権化。
恐怖の象徴。
まさしく、魔王。
使命に準じ、欲のままに生きる魔族たちでさえ、その手が止まってしまうほどに慄いていた。
「これなら、もしかすると………」
勝てる。
そう、そこへの疑いは次第に晴れていった。
リンフィアにはまだ余裕はある。
敵の数は着実に削れていってる。
底も見え始めた。
ボロボロにはなるが、正気は見えた。
だから、なんなんだろう。
ここで勝ったから、全てが終わるのか。
否。
戦いは続く。
これは不毛な戦いだ。
何かを得るわけでもない。
これは必要ない戦いなのだ。
それでも、ここ無駄な戦いを、同胞を傷つける戦いに進んでいったのは、フィリアを守るためなのだ。
「………」
そして、それに気づいてしまった。
今、自分のせいでリンフィアは無意味に傷ついている。
そんなことは、あってはならない。
《どうしたい?》
「!!」
声だ。
声が聞こえた。
でも、知らない声じゃない。
これは、この声は、
「私の、声………」
《気にしてる場合? って、説明してないからわからないか。じゃあ、簡単に言うね?》
フィリアの声をした何かは、問いかける。
《奇跡、起きて欲しい?》
不可思議な問い。
決まりきったことをなぜ聞くのか。
でも、なんとなく答えなければいけない気がした。
「………そんなの、欲しいに決まっていますわ!!」
《じゃあ祈って。それだけでいい。強く願えばきっと叶う。貴女の………“固有スキル”が答えてくれる》
固有スキル。
異世界人の力。
それが何故自分にと、フィリアは考える。
いや、考えるまでもない。
心当たりは大いにあった。
混ざり合った思い当たりのない誰かの記憶。
知らない世界の話。
そう、異世界。
きっとこれは—————————
「貴女は………」
《兄さんの大事なヒト、ちゃんと守ってあげてね》
フィリアは、ただ頷いた。
そして手を合わせて、必死に祈った。
力がある自覚はない。
それでも、今自分に何かが出来うるのであれば、なんだってすると、ただただ祈った。
(どんな力なのかはわからない。でも、命で奇跡が起きるって言うのなら………………今ここで、)
「誰か………リンフィアを助けてあげて!!」
「言われずとも、それは余の仕事であります」
何かが、やってきた。
それは、目にも止まらぬ速さでやってきて、リンフィアの前に立った。
戦場の時が止まる。
誰もが手を止め、その予想外の乱入者に目を奪われていた。
「ど、どうして、貴方様が………」
「決まっているでしょう。余が姉上の、弟だからだございますよ」
銀髪銀眼の少年。
リンフィアによく似た、しかし目つきの鋭いこの少年の名は、
「ランフィール………」
「お迎えにあがりました。姉上」




