第1421話
あらゆるモンスターを、その腕に束ねた一撃が、罰の神の巨大な腕を砕いた。
不倶戴天の敵の、思わぬ底力に、罪の神は驚愕の色を隠しきれない。
これが天化人の資質。
神が恐るべき、ヒトの可能性の持つ危険性。
「何なんだ………君らは!!」
「ヒトだよ。お前の怖がってる、な」
「!!」
割れた腕を瞬時にツタで固定し、すぐさま反撃に出る罪の神。
しかし動揺の乗った拳は、ミレアの目によく映った。
『合わせて。左上下下右左下上』
「ほいさっ!!」
足を馬のように変化させ、そこからさらなる変質を加える。
集合した脚力は、限界を超えた速度を生み出し、巨大な拳を難なくかわしていく。
大地を蹴るたびに刻まれる蹄の跡を追うように、罪の神の拳は完全にラビに遅れを取っていた。
「チィッ………!!」
「なんいいけど、私ばかり気にしていいのか?」
「!!」
指を指されるがままに、罪の神は素直にそちらを向く。
が、そこには誰もいない。
謀られた気づくのにも遅れるほど、その神には圧倒的に戦闘の経験がなかった。
(やっぱりな。肉付けされた戦闘技術に中身が追いついていない。拳の繰り出し方が洗練されていたにも関わらず、展開が素直すぎた。だから、)
「狩れる」
いつの間にか巨木の腕に沿っていた砂鉄が、刃を形成し、即座に腕を刈り取った。
そして、一瞬の目配せ。
タイミングを測るように、砂鉄を足場に空中へ駆け上がるレギーナは、流星のごとく肩へと駆け上がる。
もう、治させない。
完全に、修復が叶わないほどに、破壊する。
その意思は、剣に込められ、今、降り注ぐ。
既に亀裂の入った巨木は最も簡単に断ち切れ、そして、目にも止まらぬ速さで駆けていくレギーナが、それを瞬く間に粉微塵に切り刻んだ。
「よしッ!!」
「………………」
霧散する肉体から、力が霧散する。
しかしヒトは止まらない。
かつてないその光景を前に、神は、
「………良いだろう。認めよう」
「!?」
そう、神はヒトの戦い方を知らない。
だから、腕を切られた。
コウヤに傷すら当てられずに破れた。
しかし、ヒトもまた神を知らない。
霧散したとて、その力はこの世界に帰属する。
確かに消えゆくのは時間の問題ではあるが、それはまだ確かにそこに残っていた。
「君らは危険だ。故に、こちらも奥の手を使おうか」
「奥の手………!?」
「ただデカいだけだと思ったのカナ? だとすれば滑稽だねぇ。そんなわけないだろう」
再び拳を振りかぶる罪の神。
同じ構図を前に、やはりラビも拳を構えようとするが、妙な胸騒ぎがしていた。
これで良いのか?
何かあるのではないのか。
そう考えるも、選択肢がないことに気づく。
そう、ラビはこの状況に誘い込まれたのだ。
であれば、迎え打つしかない。
「殴り返せば、関係ない!!」
タイムオーバー。
時を告げるように、拳を振るわれる。
そして再び、両名の拳は、凄まじい勢いで衝突した。
ただ一点に、先ほどよりも強い強化を加え、放たれた一撃は、再びその腕の亀裂を入れる。
「凄まじい威力だ。なるほど、冷静になれば競り負けるわけだ」
「………?」
腕には確かにヒビが入っている。
しかし、どういうわけか、ダメージを負っているはずの罪の神が、ラビを押し始めた。
「な、何が………」
「言っただろう? ただデカいわけじゃないのさ。神は今、この空間の生命力を一点に集めているんだ。わかるだろう」
「ま、さ………か、ぁ………っ!?」
なくなったはずの右腕が戻っている。
そしていつの間にか、亀裂の塞がっている腕を見たところで、ラビの視界は闇に覆われた。
そして、全身を砕かれるような凄まじい激痛と共に、ラビは果てまで飛んでいった。
「リソースが消えない限り、無限に再生するんだよ」
「「ラビ!?」」
レギーナも、ミレアも、即座に攻勢に出た。
少しでもダメージが残っているうちに、ダメージを加えようとしたのだ。
しかし、今の罪の神はもはや無敵。
防御を気にせず戦えるかの神は、無造作に、そしてただ破壊のためだけに動くことが出来た。
「冗談じゃないッ!!」
無数に斬撃を加えるレギーナだが、罪の神は意に介さない。
その拳は、ミレアへと向く。
「こんな………」
「言っただろう。正真正銘奥の手だ。誇ると良い。君らの刃は、確かに神を殺し得る」
話している間も、魔法と砂鉄を撃ち込まれ続けるが、もはや避けもしない。
されるがままに受け入れ、そして癒す。
芽吹き、花を咲かし、枯れた植物が土に還り、新たな生命を芽吹かせるように、それは循環する。
これが自然。
ヒトの理解を超えた力だ。
「その鬱陶しい砂粒も、もはやなんの意味もない」
武器の形状を取り、絶えず攻撃を放つ砂鉄を、巨木の巨人となった罰の神は躊躇なく掴んだ。
腕の中で暴れるが、それだけ。
たったそれだけで、ミレアの武器は無力化された。
「ではまず、君から潰そう。ミレア」
「………!!」
巨人の拳が、向かってくる。
そして、ミレアは—————————




