第1419話
神の法衣。
それは罰の神が身につけていた“着るダンジョン”。
ダンジョン内部で振るう力を外物に出力するための装置だ。
ダンジョンの番人であり、刑の執行者としての罪の神の代理であるモンスターたちの力を、一体ではなく制限なく引き出す。
魂合召喚は、そのための技能。
罰の神の被造物と融合することで、一時的に神に近い力を得られる。
そのためには、それを扱うにあたり必要な神威に耐える肉体が必要だった。
外界では到底足りず、30年の修行でも得られなかった肉体が、たった今手に入った。
これによって、ラビはすべてのモンスターの力を身に宿す存在となった。
「先ほどの炎、カイザードラゴンだけではないな。毒に雷、風のブレスも混ざっていた」
「レギーナせいかーい。今までは一体ずつ憑依召喚しないと引き出せなかったんだけどな、これでモンスターの力が掛け合わせられる様になった。それだけで、威力は何倍にもなる。あいつを消し飛ばせる」
「では、役割ははっきりしましたね」
前線に立つのは、ラビとレギーナ。
ミレアは後方にて、砂鉄を纏わせながら宙に浮かんでいた。
「メインアタッカーはラビ、レギーナ様は撹乱、『私が全体の補助をします』」
「「!」」
砂鉄の一部を2人の耳に添えた瞬間、砂鉄を通してミレアの声が聞こえた。
これは、電気の変換だ。
妖精の魔力操作能力を獲得し、一度は神の力を得たことで身体に力の使い方が記憶された今だから出来る、究極の精密操作から成せる神技であった。
『気を付けてください。何か、狙っています』
「だよな。妙に大人しい………けど、ねじ伏せればいいだけだ」
法衣から吹き出した光が、6本の腕を作り出し、それぞれが剣のように変化する。
刃を走る雷には毒までも纏い、滴り落ちるたびに土を溶かしていった。
蜘蛛の脚、スライムの流動性、サソリの毒、そして属性を纏わせた腕はまっすぐに敵へと向かう。
その隣に立つレギーナはシンプルな剣一本。
ただ速度のみを追い求め、その首を狙う。
「行くぞ—————————」
と、号令をかけたその瞬間を狙ったように、突如景色が変わった。
イタズラの様にラビの肌に触れて過ぎ去った雷撃の進む先で起きたのは、途方もなく高密度の破壊。
雷の塊は、決して広くはないが、しかし狭い小さな場所で何も残さない破壊を生み出した。
天変地異の生まれた場所は、頭上にある、火を纏う雷雲。
足元には、剣山の様に突き出た氷の山が闇を纏ってが広がり、街さえ呑み込む土石流は、触れていく植物の残骸を溶かしながら空まで壁の様に伸びて留まっていた。
天変地異どころではない。
あり得ない自然は合わさり“不自然”となり、存在しない災害を生み出していく。
そしてその全ての指揮は、天に佇むたった1柱の神のもの。
少なくとも今言えるのは、出鼻を挫かれたという事実。
そして、今戦っている敵がどんな存在であるのかを、改めて彼女たちに刻みつける、そんな力の顕現であった。
軽かった足取りは急に重く、絡め取られた様に3人は固まる。
勝利は遠のき、心の片隅には恐怖が居着いていた。
されど、歩みは止まらず。
されど、道は途絶えず。
地を踏み直した足は、浮つくことなく、力強さを失ってはいなかった。
「死だ。ヒトの子らよ」
「お前のだろ、神様」
炎をまとった無数の雷撃が降り注ぐ。
ラビはその雷を8本の腕で切り裂き、またレギーナはその間を目にも止まらぬ速さで縫う様に進んでいった。
息をつく間もないこの壮絶な戦闘を支えるのは、後方のミレア。
砂鉄は回避不能な雷撃に対して避雷針となり、また進路を切り開いていた。
三者は舞う。
地獄の様な景色の中、希望を捨てずに突き進む。
それはさながら、神話を描く絵画の様な神秘を放っていた。
(認めざるを得ない。奴らは少なくとも、神に挑む資格を持つ存在として、片足を踏み込んでいる。だから、いい)
罪の神は微笑んだ。
見守る様に。
眺めるように。
それは鑑賞だった。
この絵を、楽しもうとしていた。
到底許す気は起きないが、せめてこれを美しい光景として、画角に収めようと見守った。
(さあ踊ってくれ。せめて神話の様に。物語の様に。そしてここまで来るんだ。ここに、神の入る場所まで)
彼女たちは戦う。
その力を駆使しながら、必死に、激しく。
そして、
(それが、君たちの—————————)
—————————動かない。
動いていない。
鑑賞を続け、神はそれに気がついた。
動画ではない。
それはもはや静止画だ。
場面は動かず、彼女たちは雷雲の元から動けていない。
いや、動いていなかった。
ひたすらに、雷と対峙をしていた。
(おかしい。彼女たちの実力だったら少なくとも………………!!)
計算のずれを自覚した時、罪の神は理解する。
ズレは、もっと根本的なところにあったと。
出鼻を挫いたはず相手に、罪の神はあろう事か出鼻を挫かれていた。
それはこの場における唯一の正解の手であった。
(………なるほど。そうか、彼女には妖精王の眼があったか。ならば、見えているだろう。この空間そのものが、神だという事が)
鬱陶しそうに罪の神は、否、罪の神を模した残像は舌打ちをしてみせる。
そう、今見えている罪の神は罠だった。
張り切るままに突っ込んできた者を、周囲に溜め込んだ力で確実に仕留めるために、虚像を置いたのだ。
今の罪の神は、この空間そのもの。
力の全消費を果たし、空間を破壊する事ができれば、ラビ達はこの戦いに打ち勝てる。
しかし、ラビたちはそれを知らずに本体を狙ってくるであろうと踏み、あえて姿を晒していたのだ。
が、ミレアは見抜いていた。
「随分と冷静じゃないかァ。ミレアたん」
「憤慨と僅かな焦燥………どうやら、慎重になっているのも確かですね」
偽らざる神本心に触れ、ミレアは笑う。
まだ、正気はあるのだと。
『2人とも、奴が勘付きました』
「「!!」」
『化かし合いはここまでです。おそらく、修羅場が来ます』
通信と共に、周囲に光が差す。
この世界を作ったカラサワ、コウヤ風にゲームで例えていうのならば、第二フェーズと言ったところ。
目の前に、無数の人影が見え始めていた。




