第1408話 妖精界の記録Ⅳ
計画は立てていた。
シミュレーションルームなら、ユグドラシル内部の監視がわずかに出来ると知ったオイラは、ある日たまたま他のローカルサポートエンジン等が会話しているのを聞いた。
まぁ、事務連絡的なものだが。
それは、実験のため確保していた生物迷宮が放たれるという話だ。
これだと思った。
シミュレーションルームは、能力操作の実験室のため多少カラサワの能力に介入できる。
だからマップ機能を弄って、“彼”が表示されないようにしているが、バレるのも時間の問題だった。
だから、避難先を探していた時に見つけたのが、生物迷宮だった。
ダンジョンは空間を隔てるため、マップ機能が使えない。
故に、身を隠すには最適。
しかし、普通のダンジョンでは身の危険がある。
そのため、安全に保護する相手のいる生物迷宮なら安心だと思った。
何より、主と仲良くなれれば、孤独じゃない。
それがオイラにとって、何より大事だった。
幸い、生物迷宮はカラサワと敵対している様子はなく、名前も奪われているからか、あくまでも自分の足で外へと向かうらしい。
後は説得するだけだった。
「………」
あまりにずさんな計画だったが、正直不思議と失敗するとは思えなかった。
たった一つ、“彼”の意思に反するであろう事を除けば。
人のいい“彼”のことだ。
動けないオイラを差し置いて、1人で行こうとはしないだろう。
だから、希望を与えることにした。
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数日後。
接触は簡単に出来た。
そして、協力も簡単に取り付けれた。
打算もあるだろう。
何せ、“彼”を隠すことで、王の力を奪ったカラサワを困らせる事が出来るだから。
ただ、
「本当のいいのですか?」
初対面の老婆は、まっすぐな目でそう問いかけてきた。
初めて見る自分以外の顔。
不安はあったが、この綺麗な目を見て、彼女なら任せられると確信した。
打算以上に、情が深いのだと、人生経験の浅いオイラでも理解できた。
「うん、大丈夫。“オイラ” が“彼”を説得するからさ」
「………私が言っているのは、記憶の話です。貴方のいう通りなら、おそらく彼は力ごと記憶を………」
「“オイラ”は、もう1人じゃないのを知ってる。だから、大丈夫さ!」
そういうと、老婆は微笑んだ。
「………“ふふ。あなたは、ユグドラシルにいた方々とは少し違って見えますね。オイラ、ですか」
「うん! その一人称も、オイラの性格も、ゲロさんって名前も、全部、“彼”がくれた、自慢のオイラさ!」
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「このクソ馬鹿野郎がッ!! お前を置いて逃げるわけねぇだろうが!!!」
案の定、“彼”は反発した。
でも、大丈夫。
希望になる言葉は用意している。
「一番最悪なのは、ここで君が捕まること。そうすれば、あいつは永久に倒せない。だから、まず君は逃げないといけない」
「逃げたって………」
「そうすれば、いずれここにプレイヤーがやってくる。オイラ達が賭けるべきは、そこだ。そこしかない」
…………と、言ったけれど、正直オイラはそれを希望とは思えない。
奴の計画通りなら、プレイヤーも奴の駒だ。
そして、他のローカルサポートエンジンの話を盗み聞きしてわかったのは、プレイヤーを使って、“彼“が持ち去った力の代わりを作ろうとしているというところ。
もはや隙はない。
だが、賭けにはなる。
希望があるところなら、きっと乗ってくる。
当然、だからと言って見捨てるような男ではないだろうが、こんな時に彼が断れなくなる言葉も、オイラは知っている。
「………だから、いつか、アイツに勝てる奴を連れて、オイラを助けに来てくれよ」
「っ………………!!」
「一緒に、自由になるんだ」
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説得に、成功した。
”彼“が記憶を消すことになったのはここだ。
老婆がプレイヤーの経験値収集を手伝わないために、カラサワは白紙化直後のプレイヤーしか入れない制限をゲートにかけた。
わざわざゲート閉ざしたり、彼女を殺さなかったのは、貴重な生物迷宮を念の為生かしておくためだろう。
そのおかげで、”彼“は迷宮に避難できる。
力の制限のため、大半の記憶と記録を消すという犠牲に代えて、命を守ったのだ。
いつか、自由になるために。
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—————————そして”彼“はコウヤと名を受け、今へと至る。
もう何もかも忘れてしまったけれど、その身体も奪われてしまったけれど、それでも彼は、彼らに自由を与えてくれる仲間を見つけた。
そしてもう、その刃は諸悪の根源の喉元へと迫っていた。
二柱の神々の対立から幾星霜。
様々な戦い、様々な願い、様々な野望をひっくるめ、ようやくこの戦いも終わりへと近づいて来た。
果たして、勝利を手にするのは—————————




